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短編小説〜母の味〜

2024-04-11 11:08:00 | 短編小説

 「刑の執行が明日の朝に決まった」


 まだ春と言うには少し肌寒い、ある日の早朝。


 鍵の掛けられ、ドアについた強化ガラスの窓越しに、私はそう言った。


 そう言われた囚人番号1192は、特に表情を変えることなく、いつも通りの少し焦点のずれた視線を私へ向ける。


 「そうですか」


 「今日の夕食が最期の食事になる。何か食べたい物があるならば言いなさい。最期の食事は希望にできるだけ応える事になっている」


 そう言う私の言葉を聞くと、囚人番号1192は少しだけ考えて、野菜スープと囁くような声で言った。


 「本当に野菜スープでいいのか。寿司でも、ステーキでもいいんだぞ。確かにフランス料理のフルコースと言われれば、それは無理だと言うしかないが、野菜スープの他に、もっと何かあるだろう」


 お節介と言えば、お節介だと思うのだが、明日の朝には絞首台に登る身であるというのに、最期に許された希望が野菜スープというのは、少し寂しすぎる気がする。


 今から七年前。


 彼は子供から大人まで、合わせて11人を殺害した罪で死刑判決を受けた。


 元々は、つき合っていた女性との別れ話のもつれから、彼女を衝動的に刺すという、殺人未遂事件がきっかけで逮捕されたのだが、捜査の過程で実の母親も含め、11人もの犠牲者を出した連続殺人事件の犯人であると言う事を自供し始めたのだった。


 その事件で最初の犠牲者は、彼の唯一の身内であった母親だった。

 彼の身の上話を聞けば同情するに値する人生であったと誰でも思うだろう。

 父親はどこの誰であるかも解らず、幼い時から母親の虐待を受け、義務教育すら満足に受ける事ができない日々。 

 行政に保護され、施設へ一時的に引き取られるものの、母親の元に戻り地獄のように辛い日々が、母親を殺害したその日まで続いたという。

 もちろん、だからと言って彼が犯した罪は消えるものではない。

 「人生は野菜スープみたいなものだって、言うじゃないですか。確かに俺の人生は野菜スープのようなものだったと思えますよ」

 彼はそう言って小さく笑ったのだった。

 「母親が作ってくれた料理で覚えているのは野菜スープくらいなものです。美味い時もあれば、まずい時もある。好きなものもあれば、嫌いな物もあった。だけどどちらにせよ、食べなければ生きて来られなかった。まさに人生は野菜スープみたいですよ。俺の意志なんか関係なかったんです」

 「良い意味でも、悪い意味でも、母の味って言う奴か」

 「まぁ、そんなところです。オフクロを殺した日も野菜スープでした。近くの河原で取ってきたタンポポとツクシ、それに残り物のキャベツとトマトを足し、塩で味付けしただけのスープ。16になってた俺は、流石にタンポポはないだろうと、オフクロと大げんかになり、カッとなってしまって、つい……」

 その後に彼が残酷に殺した人々はどんな理由で殺したのだろうと思ったが、死刑を明日に控えた彼にそれを聞いたところで、何の意味もないだろうとも思った。

 その日の夕食。彼の希望の通り、最期の晩餐は野菜スープとなった。

 私が監視する中で独房から出た彼は専用の個室で野菜スープを啜っていた。 

 それだけではなんだろうと、パンとご飯も用意したが、彼はそれらに手を付けることなく、ただ野菜スープを声を出さずに泣きながら啜っていたのだった。

 翌日、刑は整然と執行され彼は27年の人生を終えた。


 絞首刑によって伸びた首。

 垂れ流した糞尿。

 隆起したジョニー。


 彼はどこからか引用して、人生は野菜スープのようなものだったと言っていたが、彼の最期の姿を見た時、野菜の栄養分は熱に弱いので、スープとして出された時点で野菜の栄養分は失われており、野菜スープでは栄養素を得る事ができないと言う話を思い出した。つまり、野菜は生で食べろと言うオチだ。


 後日、ネットで彼の記事を見かけた。

 どこからか、彼が最期に野菜スープを食べたという情報が漏れたらしく、その事について書かれたいた。


 何でも囚人番号1192は殺人を犯すと、遺体の一部を持ち帰ると、野菜スープと一緒に食べていた過去があるという内容の記事だった。



 「本当に母の味だったんだな」



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