人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

第九条はガン化を制御する最も進化した憲法

2014年05月05日 08時12分53秒 | 社会
5月3日は第67回目の憲法記念日でした。そこでミトコンドリアの立場から、人の命を脅かす「ガン」と「ガン化を制御する憲法の進化」について考えたいと思います。

生命の進化は約20億年前にミトコンドリアの祖先である真性細菌が、私たちの細胞の祖先である古細菌と共生したことから始まりました。ミトコンドリアが酸素を使って産み出す莫大なエネルギーと、彼らが指揮するアポトーシス(細胞の自殺)という犠牲死のシステムによって多細胞化した生物は爆発的な進化を遂げました。

人が不老長寿を願うのは、祖先が利己的欲望に従って増え続けることだけを求めていたガン細胞だったからです。しかし、不老不死のガン細胞に進化はありませんでした。アポトーシスという犠牲死のシステムは細胞の無秩序な増殖を抑え、細胞同士が協力して個体の利益を守るのに最も重要な役目を果たしました。

動物がガンにかかるのは、そもそも私たちの体を構成する細胞の祖先がガン細胞だったからです。大昔、細胞がまだ単独で生きていたころ、それらの細胞はただひたすら増え続けることを目指していました。自分がすべてであり、他の細胞を殺してでも自分を増やそうとしていました。これでは生命に進化はありません。ガン細胞のままでは、お互いの細胞が協力して多細胞生物になり、個体を形成して人類にまで進化することはなかったのです。

ガン細胞は、細菌と同様に、何度分裂しても寿命が来ない不死化した細胞です。ここで言う「不死」とは、その細胞自体が死なないという意味ではなく、細胞が分裂の永続性を保持しているという意味です。ガン細胞は試験官の中では永遠に分裂し続けます。しかし、ガン細胞は、個体の中で無秩序に増殖することによって正常細胞の機能を障害し、個体の崩壊とともに自らも死に至らしめます。ガン細胞は抑えのきかない傍若無人な振る舞いによって自滅しているのです。

やがてガン細胞は、自分たちがよりよく生きていくためには他の細胞と協力し合うことが必要であることを悟りました。そこで彼らは、自分勝手な増殖を抑える不死化制御装置を身に付けていったのです。不死化制御装置の設計図は「細胞の憲法」として遺伝子にコードされています。私たち人間は約60兆個の細胞からできていますが、それらの細胞がめったにガン化しないのも不死化制御の憲法が効力を発揮しているからです。

ガン化を企てる細胞はほとんどの場合、不死化制御の憲法によって定められたガン化監視システムが配備する発ガンを抑えるタンパク質(遺伝子の守護神p53など)に見つかって排除されます。発ガンを抑えるタンパク質は、いわば助さん、格さんのような存在です。助さん、格さんは、細胞が無秩序に増殖しようと画策していることをミト(水戸)コンドリア(黄門)に知らせます。ミトコンドリアはこれを受け、シトクローム c(ミトコンドリアの体の一部でアポトーシスを誘導する)という印籠をかざしてガン細胞(悪代官)をひれ伏せさせます。つまり、「神妙にアポトーシスの裁きを受けよ」というご老侯の命令です。ガン細胞が開き直り、増殖を始めても、次に登場するガン免疫がガン細胞を退治してくれます。リンパ球の一種であるナチュラル・キラー細胞こと必殺仕置人(中村主水)が振るう剣の裁きを受けることになるのです。こういった二重の不死化制御システムを突破してどんどん増殖するのがガンなのです。

ミトコンドリアと細胞との関係は国民と国家との関係に似ています。国には国家権力の暴走から国民を守る憲法があるように、細胞には無秩序な増殖を抑えるための憲法があります。国民であるミトコンドリアは遺伝子が定める憲法に基づき、細胞が権力を乱用して勝手に増殖しないように見張っています。もし細胞が憲法に反するような行いをすればミトコンドリアは直ちにアポトーシスの司令を発します。

ガン細胞とは、自分にとって都合のいいように改憲(突然変異)して遺伝情報(法律)を変え、ミトコンドリアの活動(言論、表現の自由)を統制してアポトーシスから逃れ、勝手気ままに増殖を始めた細胞のことです。事実、ガン細胞内にはミトコンドリアの数が少なく、その機能は抑えられています。ガン細胞はミトコンドリアに頼らず、主に嫌気性解糖(酸素を使わずにエネルギーを産みだすこと)でエネルギーを得ています。ガン細胞はアポトーシスから逃れるようにミトコンドリアを遠ざけ、だまらせているのです。

突然変異は必ずしも細胞をガン化させるわけではありません。突然変異は進化の源泉でもあります。自然選択(進化を説明するうえでの根幹をなす適者生存あるいは自然淘汰)は常にその時代の環境に合ったように突然変異した個体の生存に有利に働いてきました。突然変異の目的が個体の利益のためなのか、細胞の無秩序な増殖のためなのかを見極めるのがミトコンドリアの役目です。同じように私たち国民も目先の利害や一時の感情に流されることなく、わが国や国際社会の進化にとって必要な憲法とは何かを真剣に時期に考える時期に来ています。

第九条を改正すべきか否かについて議論が分かれています。「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、」 の文言で始まる第九条は「戦争の放棄」を掲げています。この憲法第九条は人間社会がこれまで手に入れることができた最も進化したガン化抑制装置ではないかと思います。わが国の周辺にはガン化したような国家が存在することも事実です。そういった侵略国家から領土を守るためには現行の憲法はそぐわないとする意見もあります。しかし、そのような未熟な国家に歩調を合わせて平和憲法を退化させるようなことがあってはなりません。武装によって平和を維持するのではなく、不戦という道義的優位性を前面に押し出して国際社会を味方に付けることが、他国の侵略を許さない最も強力な安全保障政策ではないかと思います。権益を拡大するために他国を侵略するような国家はガン細胞と同様にいずれは自滅するのですから、適切な距離を保って静観していればいいのです。

人間社会を進歩させてきたのは戦争、差別、迫害など、悲しい出来事や過去の過ちに対する反省でした。人類は悲惨な体験を通して同じ悲劇を繰り返させない進化した憲法や法律を生みだしてきたのです。第九条は戦勝国から押し付けられた不当な憲法であると主張とする人がいます。しかし、翻って考えると、わが国は憲法を押し付けられたのではなく、国際社会から恒久平和という人類の夢を託されたという見方もできます。第九条の理念は第二次大戦という人類史上最悪の惨事を経験した国際社会の願いであり、戦争によって大きな犠牲を払った日本国民が心から望んでいたことではなかったでしょうか。第九条を「戦争ができる憲法」に改正するのではなく、「国際社会にいかなる戦争も許さない」憲法に進化させることこそが、世界平和と核兵器の廃絶に向けて国際社会をリードすべきわが国民の役目ではないかと思います。

このブログは風詠社出版の『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の一部を抜粋、編集したものです。小著は真のサクセスフル・エイジングとは何かをテーマに、健康長寿を目指す「人」と「社会」に向けてミトコンドリアの立場からメッセージを送ります。


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