人はなぜ戦争をするのか

循環器と抗加齢医学の専門医が健康長寿を目指す「人」と「社会」に送るメッセージ

ミトコンドリアの繁栄に学ぶガン化制御の大切さ

2022年03月28日 14時24分17秒 | 社会
私たちの体の中で、平和への思いを具現化しているのがミトコンドリアです。ミトコンドリアは、細胞という国家の中に暮らす国民のような存在です。

ミトコンドリアはα-プロテオバクテリアという大腸菌の仲間の子孫であり、約20億年前に別の細菌である古細菌と共生して、その中に住み着いてからは、ミトコンドリアと名前を変えました。

ミトコンドリアがその後の生命進化に果たした功績は計り知れません。ミトコンドリアは酸素を利用して莫大なエネルギーを産み出し、細胞を巨大化させ、多種多様な機能を営むことを可能にしました。ミトコンドリアの役割はエネルギーを産みだすだけではありません。ミトコンドリアは細胞に対して従属的な立場でありながら、生死の決定権を持つという国民と国家との関係にも似た相互支配の関係を作り上げました。ミトコンドリアはガン化を企てる細胞を自殺に追い込むことによって、宿主である細胞のガン化を防ぎ、細胞の宿主である個体を長生きさせ、自らの生存と子孫の繁栄を確かなものにしているのです。

ミトコンドリアはガン化という細胞同士の戦争をやめさせることによって大繁殖に成功しました。細胞内には平均して約2,000個のミトコンドリアが存在します。人間は約60兆個の細胞からできているので、一人の人間の中に暮らすミトコンドリアの総数は12京個という天文学的な数字にのぼります。腸内細菌数は約100兆個なので、ミトコンドリアの数は腸内細菌をはるかに凌ぎます。数百万種は存在すると言われる動物も、そのすべての細胞の中にミトコンドリアが暮らしています。ミトコンドリアは地球上で最も栄えた生命体なのです。

ミトコンドリアが地球上の生物界を席巻したのは、細胞同士の戦争を未然に防ぐという巧みな生存戦略の成果でした。ミトコンドリアがリードした生命進化の歴史は、自らが暮らす細胞のガン化との戦いでした。体の中のすべての細胞はガン遺伝子を有しており、ガン化する可能性を秘めています。ひとたび細胞がガン化すればその個体は滅びてしまい、ミトコンドリアも生存することはできません。そこで細胞はガン遺伝子が自由に作動しないように監視する装置を備え付けながら進化してきました。生命は20憶年以上もの歳月をかけて、ガン化制御という最も困難で時間のかかる作業に取り組んできたのです。
生命進化の歴史に比較すると、人間社会の歴史はわずか数千年に過ぎません。人間社会が戦争のない世界を築くために備えなければならないガン化制御装置は依然として余りにも未熟なのです。

人間社会も細胞と同様に、戦争に苛まれた歴史を辿ってきました。細胞の考えることを人間が考えるのですから、これは当然と言えます。国家という人間の集団が形成されるまでは、食糧や領地を巡って個人の争いがあり、国家が形成された後は、国家間の戦争が絶えませんでした。近代以降、国は領土を奪い合い、植民地を獲得するために侵略戦争を繰り広げました。国家間の取り決めによって侵略戦争が禁止された第二次世界大戦後も、利害の対立する米ソの代理戦争として朝鮮戦争やベトナム戦争が行われました。ベルリンの壁崩壊で世界は融和するかに思えましたが、今度は、石油の利権や中東の国境線を巡る対立が湾岸戦争やイラク戦争を生みました。現在はその後遺症も癒えないまま、イスラム国を中心とした過激集団がまるで全身に転移したガン細胞のように世界各国でテロを繰り広げています。国民の飢えや苦しみを顧みることなく権力を振るう独裁者や、力で領海、領土や領空の現状を変更しようとする国家も存在します。こういった国家が新たな戦争の火種になり、今では核戦争の脅威すら迫っています。

戦争のない平和な世界を築くには、人間社会はどのように進化すればよいのでしょうか。その答えを探すには、生命がどのようにして細胞同士の争いをやめさせ、進化してきたのかを紐解く必要があります。生命進化の謎に迫るとき、人間社会の歩むべき道が見えてくるはずです。次回は、その生命進化の歴史を辿りたいと思います。


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