overdose2025のブログ

詩と小説を書いています。もしよろしければ見て頂けると幸いです。

「最期の写真」

2025-01-09 11:20:34 | 小説

                     「最期の写真」

 

僕は彼女といた時間を思い出す時が時折ある。僕が暗くて気分が冷めそうな冬空の下でずっと彼女の手を握っていた日。その日が僕と彼女の最後の日だった。あの時、彼女は生まれつきの青い髪と瞳が時を経つにつれて暗い青色の髪と瞳の色彩になっていた。そして、多分、彼女は逝く時は髪と瞳の色彩が黒くなると言っていた。彼女は逝く事を恐れていたけど、敢えて僕に言わなかった。しかし、それが余計、彼女が苦しい感情に陥っている気がしていた。それでも、僕達はこの冷めた暗色の青空の下、ずっと話をしていた。もう二度と会えない僕達はその事を受け入れて話をしていた。しかし、この日、全ての色彩が暗い青色になっても、寂しくても、この日の彼女の暗い笑顔がとても僕にとっては魅力的に思えた。

「私の事は忘れてもいいよ。私も向こうの世界があるとすれば誰かとまた付き合うから」

この肌と心も痛いぐらいの冷気な風が二人にまとわりついていた。この風に前髪が乱れて僕は精神的に痛む心の傷が無数に増えていく気がしていた。僕は彼女と離れても生きていける事が、彼女と一緒に逝けない事がとても辛く思った。そして、ふと、彼女は僕の手を繋いでいた。二人で一緒にいる時間が短い事を知っていた彼女の手を温める事すら僕には出来ないと思っていた。でも、彼女と手を繋いでいる内に彼女の冷たい手の温度が少しずつ温まってきた気がした。この日、暗色の残り時間を彼女は僕と過ごす事にしていた。

「多分、私が先に逝くとは思うけど、もしかしたら、君の方が早く逝くかもしれない。……だけど、それは無いと思うから、せめて君は私の分まで生きてね」

彼女はもう少しだけ僕と一緒に生きたかった。僕ももう少しだけ彼女と一緒に生きたかった。でも、彼女は僕の顔を見て「無」になるまでは覚えているよと言ってくれた。僕はその時、感情的になり冷たい涙が流れていた。彼女は僕の表情を見て初めて僕の前で泣いた。そして、灰になる前に写真を撮ろうと彼女は言ってきた。僕はカメラで僕達の写真を撮った。棺桶に入れる彼女の写真を懸命に撮っていた。彼女もカメラを持っていて僕達の写真を互いに数多く撮っていた。彼女の泣き笑いの顔の写真を生涯、持ち歩こうと僕は思っていた。彼女は結局、何の為に生きていたのか分からなかったけど、それでも最期が良かったからそれで良いと思うとだけ言っていた。その時の彼女の顔を見て僕は彼女と出会えた事を素直に良かったと思った。きっと、僕は彼女と一緒に過ごした時間が、この先もとても大切な記憶になると思った。そして、この日、僕達が一緒に撮った写真を現像して二人は少しだけ暗い気分が明るくなり色々写真を見ながら笑っていた。この先、もう僕達は思い出を残せない。そう思うと、僕は涙が止まらなくなりそうだから敢えて明るい表情を浮かべた。彼女も僕と同じ気持ちで何とか涙を流さないように明るく振る舞っていた。でも、最後に僕は彼女の顔を見ると少しだけ明るい感じがしていた。この日の暗色の青空に似合う笑顔だと思った。

そして、後日、彼女は僕と一緒に撮った写真を握りしめて亡くなった。火葬場で彼女が灰になっている時に、僕は彼女と撮った泣き笑いの写真を生涯、持ち歩こうと思った。僕は彼女と二度と会う事はないだろうけど、でも、生きている間はこの写真を持ち歩こうと思った。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「雨の記憶」 | トップ | overdose2030 »

コメントを投稿

小説」カテゴリの最新記事