ブログを書かなかったひと月以上の間に試していたことがある。
集中して物事をなす必要にせまられたというか、日々、感覚的で計画性の無い過ごし方に、私はこれで大丈夫かの疑問と不安を感じてしまったのだ。
欲張りで、したいことの幾つかをちょこちょこと気の向くままに並行しながらそこに向かう癖が身についていた。
老いを感じ、限界を感じてきたのかも知れない。
それで一つの「制限」を生活に課してみることにした。
朝起きてからの1時間と、夕食後の1時間である。
我が夫は、真逆なタイプで、母は彼の行動で時間がわかり、時計を見ると彼が今何をしているかがおおよそ検討がつくようなのだ。
私は人が何時に何をするかなど気にも留めていない。
その1時間であるが、いくら興味が沸いたとしても1時間という制限である。
私はその1時間の枠に、どちらも苦手なのに、何故か好きな部類に入る英語とピアノを選んだ。
どちらも万年初級をキープというか、その域から成長しないといった方が正しい。
だから好きなのかも知れない。
朝起きて一番が英語、夕食後一番がピアノ、残りの時間は縛りなしと決めた。
たまに好きなだけする制限なしの勉強の方法と制限ありの継続で、何かが変わるかも知れないと淡い期待を抱いた。
8月18日のスタートであった。
制限ありの初日の英語は二つぐらいの単語を調べているうちに終ってしまった。
また進んで来ると、どこかで先を急いでいる自分がいた。
早く次に進みたい自分だ。
簡単な英語のストーリーでも万年初級の私には容易では無い。
ページにしておよそ50ページ。
挿絵も大きく載っているので40ページぐらいの英文だろうか。
エリザベス レビー著 レベル4 「the schoolyard mystery]
この本は 英語教本なのかも知れない。
さっと読み進めればそれまでの本なのだが、なかなかどうしてひとつの単語を気にしてみると深い。
勘違いの解釈で終わる事も可能である、
ネット上にhearingができるよう、同じ本がたまたま載っていた。。
これには驚き喜んだ。
最近の英語翻訳機能の進歩は目覚ましい。
なんと良い時代に間に合ったのだろうか。
残念ながらネット上に翻訳までは載っていなかった。
そこで、私の挑戦はこの本の翻訳までと決めた。
翻訳機も駆使するが、それでも流れや前後関係でなんとなくおかしいと感じる部分を気にして深掘りをする。
であるから英語の1時間はあっという間に終ってしまう。
「制限」を課してあるのでたとえ勢いがついてきても1時間以上はやらないと頑なにこだわる。w
ピアノはちょっと辛い。
一日の終わりの夕食後は、環境としてまずいかも知れない。
ただピアノは継続することで実感できるものである。
すぐにできた、できないが形というか音に現れてしまう。
何度弾いても同じところで間違い、どうしたら良いものかと考えるより脳に刷り込むしかない。
そんなことをしていると1時間が終わる。
同じ1時間だが今のところ、夜のピアノの1時間が英語よりずっと長く感じられる。