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チャイコフスキー庵 Tchaikovskian

有性生殖生物の定めなる必要死、高知能生物たるヒトのパッション(音楽・お修辞・エンタメ・苦楽・群・遺伝子)。

「チャイコフスキー『悲愴交響曲』にオケるバス・クラリネット使用の愚」

2009年01月09日 00時52分20秒 | 悲愴中毒(おreたちdニasはない
[Who started this stupendous idea to play those notes with a bass clarinet instead of a bassoon?]

昨年の12月、例の"tchaikovsky-research.net"の
"Forum"に、米・テクサス州のシャーマン交響楽団の第2クラリネット奏者、
という人物から、"Symphony No. 6 Bass Clarinet"
というトピックが投稿された。第1楽章第160小節後半の、
「ファゴット」による"pppppp"での
♪・・h(la)_a(so)・_fis(mi)_d(do)♪(それぞれにフェルマータ)
を、バス・クラリネットに替えて演奏することについて、である。
バス・クラリネットを使うなどという愚の骨頂は、
議論の余地なく、許されないことに決まってる。
チャイコフスキーはこの箇所をファゴットの独奏で書いてるのであるから、
後世の浅知恵者が弄した姑息に関して、本来、
チャイコフスキーには関係ない事案である。が、
ほとんどの愚かな指揮者がバス・クラリネットで代用させることが、
真のチャイコフスキー理解を妨げてる、という
由々しき問題であるので、捨て置けない。
英語ができない私であるからして、
その英文の投稿の大意をひょっとしら
曲解してるかもしれないが、掻い摘んでみれば、
以下のとおりである。

「提示部終いのクラリネットの独奏は、
 最後の4もしくは5つの音符が、 
 A管クラリネットの音域より低いためか、
 ファゴットに受け継がれて終わる。
 バス・クラリネットのほうがファゴットよりも
 はるかに低い音量を出せる、という発想から
 そうされたものだろう。それに、おそらく、
 クラリネットとファゴットの音色の違いよりも、
 クラリネットとバス・クラリネットとの音色の違いのほうが少ない、
 という理由もあったのではないかと思う。
 この慣習がどこで始まったのか、
 これがチャイコフスキー自身の措置だったのか、また、
 チュイコフスキーは他の作品(例えば、くるみ割り人形)では
 バス・クラリネットのパートを書きいれてるのに、
 なぜ、第6交響曲では 使用しなかったのか、知りたい。
 いちおう、私は自分なりの推論を立ててる。
 チャイコフスキーの頃はバス・クラリネットが(オペラやバレエの)
 オーケストラ・ピットでは一般的だったが、
 交響曲ではそうではなかった。したがって、多分、
 交響楽団にはバス・クラリネットは備えられてないので、
 チャイコフスキーは交響曲にバス・クラリネットを加えるべきではない、
 と考えたのではなかろうか、と。いっぽうで、
 チャイコフスキーのマンフレッド交響曲には、
 はっきりとバス・クラリネットのパートが書かれてる、
 ということを、最近、人と話してるときに気づいた。 
 マンフレッドは大変に長大な作品だが、ともあれ、
 チャイコフスキーの他の番号附き交響曲とは違って、
 通常の編成よりはるかに管の編成は多い。
 バス・クラリネットもそれに含まれる。が、
 たいして活躍の場があるわけではない。とまあ、
 このバス・クラリネットかファゴットかという問題について、
 私には本当のところはわからない。単に、
 仮説を立てたにすぎない。そこで、私は知りたい。
 チャイコフスキー研究の専門家の方々が、
 このことについてどうお考えなのか。
 どなたか、真相をご存じか」

実に悲痛な叫びである。それはともかく、まず、
チャイコフスキーがおそらく好きで、こんな疑問を呈するのに、
"the last 4 or 5 notes"と書いてる。
♪la_so_mido♪という4つの音を不確かにしか覚えてない、
という不思議さ、である。また、プロの演奏家であるのに、
「マンフレッド交響曲」を「交響曲」と捉えてる点である。が、
それが国内外に一般的なプロの演奏家の
平均的な認識、認知度、であるから、しかたない。問題は、
彼の最後のセンテンスに対する「専門家」の冷たさ、である。
この「フォウラム」には、世界のチャイコフスキー研究の権威が
何人も見て、参加もしてる、というのに、その中の
誰ひとりとして彼の悲痛な質問に答えてあげないのである。
そして、わずかに反応したかたも、質問者の疑問には
本質的なことでないことに話題をすげかえてしまった。
そこで、おバカなチャイコフスキー・マニアである私が、
Kamomeno Iwaoというエイリアスで、
「悲愴交響曲」の"Programme"を示してあげようと、
このように投稿してみた。

I do not know who had first performed or had directed to play those notes with a bass clarinet instead of a bassoon. It is certain that a bass clarinet can better handle the "each-fermated" pppppp four notes than a bassoon especially in the compass. However, I do not think it is good idea. It sounds something comfortable or warm, while it attaches to ff-stroke of tristan chord(c-g-a-es). It is strange. The compass of those four notes is almost the same as that in the beginning a bassoon plays with pp. Then, please imagine a bass clarinet play at the introduction. Does not it sound strange? It is important that it is hard to play, I think. Motif in the introduction substantially in E minor, that is, motif of main theme in B minor, quotes the tune on which Beethoven by himself titled in French "La grande sonate pathetique". Moreover, those origin is opening motif of Bach's Mathew Passion in E minor, "e-----^fis^g_fis-----^gis^a_gis"_fis_e ("la-----^ti^do_ti" "ti-----^ ♯do^re_♯do").

The 6th Symphony and the 3rd Piano Concerto are the last orchestral works of Tchaikovsky's. And both, after the accompaniment of the strings, a bassoon begins to play each motif. This is the same way at the beginning of Mozart's "Requiem". Therefore, I suppose it as follows. Tchaikovsky composed this symphony as "Pathetique=the Passion", that is, "Requiem".

(英訳ソフトを使って英文に直す前のもとの日本語)
 誰が最初にこれらの4つの音符をファゴットでなくバス・クラリネットで演奏する、あるいは演奏させるという愚行を犯したのか私は知りません。確かに、バス・クラリネットのほうがファゴットより(とくにこの音域では)「4つの音符すべてにフェルマータがかけられた」箇所を「pppppp」で演奏しやすいでしょう。しかし、その安易な代用を私は愚かな猿知恵だと思います。
 バス・クラリネットがその箇所を吹けば「いくらか心地よく、暖かく」聴こえるかもしれません。しかし、4つの音符の最後の音が「ff」で始まる展開部の「トリスタン和音(ハ-ト-イ-変ホ)」に間髪入れずに繋げられてるのです。バス・クラリネットなどにしたら変でしょう?
 これらの4つの音符の音域は、序奏部でファゴットが「pp」で奏しはじめる音域とほぼ同じですね。想像してみてください。序奏部のファゴットの箇所もバス・クラリネットが吹くのを。奇妙奇天烈ではありませんか? それとまったく同じことなのですよ、これらの4つの音符をバク・クラリネットに吹かせることなど。この箇所のファゴットの「pppppp」は吹くのが困難であればあるほど、つらければつらいほど、意義があるのですから。
 チャイコフスキーの「悲愴交響曲」の序奏の実質ホ短調の動機、すなわち、主部の主主題のロ短調の動機は、ベートーヴェンが自分で「大悲愴ソナタ」とフランス語で名づけたピアノ・ソナタの動機を引用したもので、タイトルの「悲愴」もこれに倣ったものです。しかし、このベートーヴェンの動機も、大バッハの「マタイ・パッション(受難曲)」の冒頭のホ短調の動機が元ネタです。
 交響曲第6番(悲愴)とピアノ協奏曲第3番は、チャイコフスキーの最後の管弦楽作品です。そして、そのいずれもが弦の伴奏に乗ってファゴットが旋律を吹き始めます。しかし、この始めかたはモーツァルトの「レクィエム」そのものなのです。ですから、私はこのように推定しています。チャイコフスキーはこの交響曲を「悲愴な=パテティク=パッション=ギリシア語のパトス」という意図で作曲したのだと。つまり、この交響曲はチャイコフスキー自身の「レクィエム」なのです。

これだけアマチュアの私が示唆を与えてあげてるというのに、
質問者からも他の誰からも、まったく反応がなかった。
チャイコフスキーの音楽が好き、というわりには、
情けないというか、揃いもそろって
張り合いのない方々である。もっとも、
競馬番組キャスターの柳沼淳子女史と
E.H.エリックの次女女史(現在の夫の姓は柳沼)の
顔の区別もできない愚脳な私の戯言ゆえ、
1ミリほどさえ顧みられなくても無理はない。
コメント (10)
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「チャイコフスキー『悲愴』の【365歩のマーチ】」

2008年10月24日 00時34分43秒 | 悲愴中毒(おreたちdニasはない
[bach's st.matthew passion motif in tchaikovsky's pathetic]

私は歩くのが好きではない。どんなに急ぎ足で歩いても、
その速度はたかがしれてる。グズグズが体質に合わない私には、
それがじれったいのである。加えて、私はメタボ体質なので、
足に体重がかかる負担が甚大である。そして、
ちょっと長く歩くと足の裏の皮膚が破けてしまう。さらに、
5分でも日中に外を歩くと、すぐに顔がやけどになる。という
やわな体質でもある。ところが、
世の中には頑丈で健康な人がたくさんいるようである。
歌謡歌手の水前寺清子女史は、日本ウオーキング協会なるものの
理事を務めてるらしい。なるほど、
「365歩のマーチ」をヒットさせた人物ならでは、である。
モーツァルトの「魔笛」の「鳥刺し」の相棒は
tamino王子であるが、
「涙を抱いた渡り鳥」の歌手はtamiko姫である。が、
チータはとびきり足が速い。獲物を横目に
のんびりと歩いてなどないのである。ただし、そんな
“狩猟”を横目に「チータって速イエーナ」と感心してる獣は、
チータが仕留めた獲物を横取りするのに長けるのである。が、
鼠先輩と元彌ママのセッチー女史の顔の違いもわからない私には、
チータとプーマと豹の区別ができるはずもない。ついでに、
ベッキー女史とぐっさん山口智充は共演してる番組数が多いが、
その理由を知るべくも知るべっきーでもない。が、
同女史の名は別所清子でも水前寺清子でもない、
というのは本当らしい。それらはどうでも、私はやはり、
「歩く≒arc=アーチ」や「マーチ」よりも、たとえ
日産マーチであっても車で赴くほうを採る。

第3楽章に忙しいタランテッラとマーチを置く
チャイコフスキーの「交響曲第6番」全楽章、及び、
第3楽章に金管軍の行進を配した「交響曲第4番」全楽章、
を貫く骨子が♪「do>ti>la>so」♪という、
母アレクサンドラを象徴する動機であることはすでに言い及んだ。が、
この「悲愴」にはもうひとつ、全4楽章を通じて流れる重要動機がある。
第1楽章序(奏)部にも使われてる
同楽章主部の主要主題(第1主題)である。
♪【la<ti<do>ti】、【ti<do<re>do】♪
これは、大bachの“st. matthew 【passion】”の
♪【la<ti<do>ti】、【ti<♯do<re>♯do】♪
に由来する、beethovenの“Grande Sonate 【pathetique】” の
♪【la-la<ti<do-do>ti】、<【re-re<mi<fa-fa>mi】♪
タイトル【pathetique】ともども引き継いだ、
【3度登って2度下がる】という【365歩のマーチ】の
【3歩進んで2歩下がる】という【人生=жизнь】的精神な動機である。

「悲愴交響曲」第2楽章の中間部は、主部と同テンポないっぽう、
調性はその平行調(調号が同じ)の「ロ短調」である。その主(要)主題は、
*♪ミーーミ・ミーーー>レー|>ドーード・ドーーー>シー|
 <ラーーラ・<ドーーー>シー|>ラーーラ・>(<)ファーーー>ミー*♪
(♪前の「*」印は、この「カタカナ楽譜」の「1文字」の単位が
 「8分音符・休符」の音価に相当することを示す、
 このブログだけで通用させる定義である。
 「**」ならば「1文字」の単位は「16分音符・休符」の音価である)
この4小節単位が2セットで構成される。最後の1小節の3乃至5拍だけ、
2度めにはオクターヴ上にされる。この拍と律動であるが、
5拍子を「2拍+3拍」と内訳てる。そして、8分音符単位で見てみると、
「『3、1』・『4、2』」
という“やや歪んだ”配分である。が、
この律動は続く副(次)主題の前半4小節、
*♪ミーー<ファ・<ソーーー<ラー|>ソーー>ファ・>ミーーー>レー|
  レーー<ミ・<ファーーー<ソー|>ファーー>ミ・>レーーー>ドー*♪
でも一貫してるのである。そして、中間部後方で主部の主題が絡んでくるまで
それは変わらないのである。もちろん、上記副主題の後半4小節、
*♪【ドーー<レ・♭ミーーー>ドー】|<【ファーー<ソ・♭ラーーー>ファー】|
 <【ラーー<シ・ドーーー>ラー】|<[ドーー<レ・<ミーーー>ドー]*♪
でも同一律動は保たれてる。が、それはさておき、この【】内の動機は、
第1楽章第1主題の主要動機、
*♪【ラァッ<シィッ|ドー>シ●】*♪
の亜種である、展開部第258乃至266小節の
*♪【ラ<シ|ド>ラ】*♪が「短3度ずつ上昇してく」ゼクヴェンツ(同型反復)
*♪【fis<gis|a>fis】、<【a<h・・<c>a】、
  <【c<d|es>c】、<【es<f・・<ges>es】、……*♪
を「呼び起こした」もの、なのである。

「悲愴交響曲」第3楽章「A-B・AA-BB」のB(BB)部は、
「マーチ」である。この主題の後方で、
♪mi<so|(g dur→es dur:♭la→do)<do>ti>la>so、
 <re<♯re|<mi>re>do>ti、
 (es dur→g dur:mi→do)<【do<re|<mi、>re】>mi|
 <do、> ti>mi|<la>so>la、<fa>mi>la|
 <re>do>do、<la>so>♯do|<fa♪
と、【3度登って2度下がる】パッション動機を
この附近の節の極大をなしてる。

「悲愴交響曲」第4楽章、主要主題の後半は、
♪fa-fa-fa<so>mi、<la-la-la<ti>so、<do<re>ti、
 (h moll→fis moll:mi→la)<la<ti>so、
 <【do<re<mi、mi>re】>do>ti<do、
 >ti>la>♯so<la、>Nso>fa>mi<fa、
 >mi>re>do<re、(fis moll→h moll:do→so)
 >so>fa>mi<fa、……♪
である。ここも、【3度登って2度下がる】パッション動機を
「ff」として、この周辺の強弱の頂点に位置づけてる。

このように、「悲愴交響曲」のソナータの主要主題は、
全篇を跨い(マタイ)で配されてるのである。
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「チャイコフスキー『悲愴』、イエスはペテロの足を洗う」

2008年08月17日 01時39分56秒 | 悲愴中毒(おreたちdニasはない
陸上女子10000mのティルネシュ・ディババ女史のラスト1周は
脅威の約60秒だった。1968年のメキシコ五輪の10000mの
ナフタリ・テムとマモ・ウォルデの一騎討ちを思い出した。また、
競泳女子100m自由形、
大不振の(8コース)リスベス・トリケット女史の逃げを、
ほとんど届かない位置からの、
同様に不振の(7コース)ブリッタ・シュテッフェン女史の差し切りは、
じつに見ごたえあるレイスだった。ちなみに、
シュテッフェン女史は「アディダス」を着てたから、それが
これまでの「不振」だったのかもしれない。また、今回の五輪競泳の
女子は白人でも小柄な選手が多いのが異様に感じられた。また、
ドウピング疑惑のイアン・ソープが現役から足を洗ったからか、
男子では、フェルプス選手の門外の種目では、
これまでまったく競泳に強くなかったフランスが
高身長を活かしてアランかぎりのメダルを取ってくのが目立った。ただし、
「強く、体躯よく、顔よく」、という三拍子揃った選手は、
男子競泳にはあまりいないようである。

「悲愴交響曲」第2楽章の「5(2+3)」拍子の意味については
以前に書いた。が、いまいちど「5(2+3)」に関して触れる。
「悲愴交響曲」第1楽章はソナータである。ソナータは
「主主題」と「対主題」の“ツートップ”を
対比させ展開させて構成したものである。さて、
「悲愴交響曲」第1楽章における「対主題」は、
「呈示部」において「2」度出現させられる。その「2」度め、
フルート2管+オーボエ2管+クラリネット2管、
ホルン4管、チェロ+コントラバス、によって、
「●タタ・タタタ」という律動の伴奏が附せられてる。
「pesante(重く),ノン・スタッカート」と指示されてる。
(にもかかわらず、この箇所を「切って」演奏させる輩がいる)
「●タタ(2)+タタタ(3)」という、
「2+3=5」の第2楽章の「予告」にもなってるのである。ときに、
ロシア語の「5」は「пять(ピャーチ)」である。と聞いて、
チャイコフスキーの名「Пётр(ピョートル)」を連想する人は、
言語野が発達してる。嘘だと思ったら専門家に
「諮問」してみるといい。冗談はさておき、
「ピョートル」は英語/独語でpeter(ピーター/ペーター)、
仏語でpierre(ピエール)、伊語でpietro(ピエートロ)、
という「ペテロ」=「(人々の身を守る)岩/石」である。いっぽう、
「ヨハネ福音書」の13章には、
過越祭前の最後の晩餐時にイエスが弟子たちの
「人足」になる場面が描かれてる。そこで、
自分が洗ってもらう「番」になったとき、
主の尋常ならぬケファいを感じたペテロはこう問う。
「あなたさまが私めの足を洗われるのですか?」と。
「足を洗う」のは当時は「奴隷の役目」であり、今では一部の
M奴隷がS御主人様のオミアシを御舐めするのが当然の行いだからである。
イエスはこう答える。
「私がしていることは、今はあなたには解からないだろう。が、
後のち解かるようになるはずだ」と。そして、
「『私のパン(=肉体)を食してる者が、
私に向かって踵をあげた(=逆らった)』
という聖書の言葉は現実のものとなるであろう」
と、ユダの裏切りを知ってることをほのめかすのである。
ロシア語の「踵」は「пятка(ピャートカ)」であり、
「汚す、汚名を被せる、顔に泥を塗る」という意味の動詞は
「пятнать(ピィトナーチ)」なのである。また、
ラテン語のcalx(カルクス)は、
「石灰」と「踵」の両方を表す言葉である。それから、
いい加減な推定だが、サッカーを表す
「calcio(カルチョ)」という伊語も、
「蹴る」<「踵」(ヒール・キック)と無関係ではあるまい。
よけいなおセッカイながら付け加えとく。
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「チャイコフスキー『交響曲第4番』と『悲愴交響曲』」

2008年08月10日 23時28分47秒 | 悲愴中毒(おreたちdニasはない
競泳女子400m個人メドレーの優勝者ステファニー・ライス(※)女史は、
容姿だけでも食ってけるほどの美人である(※)。
天は偽物を与えたりも、ニ物を与えたりもするようだ。ともあれ、同女史は
イケ面(※)のイーモン・モッテル・サリヴァン選手と相思相愛の仲なのだという。
頑丈そうな超大柄な体格なのに、他のスタイルとまったく異質な
ブレスト・ストロウクまでも巧みである。このように、
オリンピックのいいところは、日常では美人とは縁がない私のような者にも
たとえ映像ではあっても美人選手がたくさん見れることである。ときに、
「田村でも金、谷でも金、選考会準優勝のママでも金、負けても金」
と言い放ってた選手が、本当は「銅」狙い、だったとことは
世間の意表を突いた。これで、
金銀銅「3種類」すべてのメダルを手にしたのである。ということは、
「金もふたつ、銀もふたつ、銅もふたつ」
にしたくて、ディケンズの「デイヴィド・カパーフィールド」を片手に
ロンドンにも出かけるつもりかもしれない。ただ、本来は、
国内選考試合で山岸絵美女史に負けた時点で引退すべきだったのである。
「二大会連続金」とはいっても、やはり、
「その前の2大会で失敗」した前歴がある人物である。
そういう人物は往々にして「あてにならない」ものである。他方、
同じく銅メダルでも、中村美里嬢の「純情さ」は清々しい。それにしても、
内柴選手の金によって流された「君が代」はつくづく感動深い曲である。
表彰台上の内柴選手を蝕してしまったほど、前に立つヘーシングは大きかった。
オランダ人がデカいのは、土地が海より低いから、
そこで埋没しないノッポだけが自然淘汰された、というのは
ダーウィンを信奉しない私のホラんどである。ところで、
柔道の実況中に、グルジアの選手が引き上げるかどうか、
などということを言ってた。何のことを言ってるのだと調べてみたら、
「georgia-russia war」などと出てた。すわ、
ジョージア州とロシアが戦闘状態に入れリ、と相成ったか、
ヴィヴィアン・安保リーはどう動いてみせるふりをするのか、などと、
無教養な私は勘違いしてしまった。というように、
「北京の17日」が始まった。が、サム・「ペキン」パー監督の
「ダンディー少佐」という映画に出てたこともあるチャールトン・ヘストンは
アメリカ代表としてライフル競技に出ることはできなかった。
義和団や柴五郎を知らないくらいな低学歴な私であるが、
三十年ほど前にはなぜかカテキョーをやってたことがある。そのときの
生徒のひとりに猛烈なヘストン好きな男の子がいた。彼の部屋は
リタ・ヘイワースのピンナップではなく
チャールストン・ヘストンのポスターで貼りつくされてた。それはどうでも、
いつから「peking」から「beijing」に変更になったか
何人かの美国人あるいは米人に訊いてはみたが、
誰も適切な答えを出してはくれなかった。いずれにせよ、
私はたとえ自分が勝っても負ける相手が存在する「格闘技」が嫌いである。
格闘技が好きな女性もそこに救いようのない残酷性を感じて苦手である。だから、
自己鍛錬にはなるが「試合のない」居合だけを嗜んでるのである。つまり、
私は根っからの甘ちゃんチキン野郎なのである。が、それでまったくかまわない。
強さ・優秀さなどは他人に任せる。
動物界のメスは強く美しいオスにしか子孫を残すことを許さない。が、
他人の幸せを指を咥えて見れさえいれれば、それがささやかな私の幸せなのである。
というのは、チャイコフスキーの「4番交響曲」の「プログラム」でもある。

チャイコフスキーの「4番交響曲」は「ヘ短調(4♭)」である。かたや、
死の年の作品「6番交響曲(悲愴交響楽)」は「ロ短調(2♯)」である。この
二つの調は「五度圏」の概念上「正反対」の調である。が、
この二つの交響曲には強い共通点がある。

「4番交響曲」は、全楽章の主要主題が
「ド>シ>ラ>ソ」という動機で構成されてる。

第1楽章:**♪『ファーー>ミ│
         ミーーー>♭ミーー・ーー>レーー>ド』・<『ファ>ミー>レ│
         レーーー>ドー・ーー』>シー<ド・>シ<レ……**♪
第2楽章:*♪●『ド・>シ>ラ│>♯ソ』<ラ・ミィッ、ミ│>シ、……*♪
(cf:中間部**♪『ドーー>シ・シー>ラー│ラーー>ソ・ソー』<ラー**♪)
第3楽章:*♪『ド>シ・>ラ>ソ』│<ラ<シ・<ド<ミ*♪
第4楽章:*♪『ドー・ーー・・>シー・ー>ラ│>ソ』*♪

かたや、
「6番交響曲(悲愴交響楽)」は、前3楽章の結尾部および終楽章の第2主題が
「ド>シ>ラ>ソ」という動機で構成されてる。

第1楽章:*♪●●・『ド●・・>シ●・>ラ●│>ソ●』、
      >ファ・・>ミ●・>レ●│>ド*♪
第2楽章:*♪『ドー・ーー、>シー・ーー・ーー│
       >ラー・ーー、>ソー・ーー・ーー』│
       >ファー・ーー、>ミー・ーー・ーー│
       >レー・ーー・・>ドー・ーー・ーー*♪
第3楽章:*♪『ドー・ーー・・ーー・ーー│
        ーー・>シー・・>ラー・>ソソソ』*♪
第4楽章:*♪『ドー│ドー・>シー・>ラ│>ソー・ーー』*♪

こうして、「悲愴交響曲」の「核心」が
♪ド>シ>ラ>ソ♪という動機だったことを
チャイコフスキーはにおわせたのである。いっぽう、
「悲愴交響曲」終楽章の第1主題
**♪【ミーーー・>レー>ドー・シーー>ラ│
  <ドー>シー・ーーーー・ーー】●●**♪
は、ベートーヴェンの「3番交響曲」第2楽章の葬送行進曲、
**♪ミーーミ│
   ミーーー・ーーーー・・<ラーー>♯ソ・<ラーー<シ│
  <ドーーー・ーーーー・・>ラーーー・●●●●│
  <【ミーーー・ーーーー・・>レ>ドーー・>シ>ラーー│
  <ドーーー・ーーーー・・>シーーー】**♪
から「採った」ものである。が、これは
チャイコフスキーがその「4番交響曲」の終楽章で第2主題に充てた
民謡「Во поле берёза стояла」
(ヴァ・ポーリェ・ビィリョーザ・スタヤーラ/野に白樺は立てり)
とも「符合」するのである。
*♪ミミ・ミミ│>レレ・ドド│>シー・>ラー│
 <【ミミ・ミミ│>レレ・ドド│>シー・>ラー│
 <シー・ー】<ド│>レレ・ドド│>シー・>ラー│
 <シー・ー<ド│>レレ・ドド│>シー・>ラー*♪

「立てリ」などというと、かつて、
甲子園を賑わした千葉県立銚子商業の、
一番いちばんがそれぞれ短くも潔い校歌、
「幾千年の昔より、海と陸との戦いの、激しきさまを続けつつ。
 犬吠崎は見よ立てり」
を想起してしまう。先週、銚子までではないが、
松尾に行って久しぶりに外房の海を見た。それはともかく、
「野に白樺は立てり」の詞である
(カタカナ・ロシア語と括弧内の日本語は拙直訳語)。

Во поле берёза стояла,
Во поле кудрявая стояла,
Люли-люли стояла.
Люли-люли стояла.
ヴァ(に)・ポーリェ(野っ原/前置格)・ビィリョーザ(白樺/主格)・スタヤーラ(立ってた)、
ヴァ・ポーリェ・クゥドリャーヴァャ(よく茂った[白樺が])・スタヤーラ、
リューリィー=リュリィー(合いの手用語)・スタヤーラ。
リューリィー=リュリィー・スタヤーラ。

Как пойду я в лес, погуляю,
Белую берёзу заломаю,
Люли-люли заломаю.
Люли-люли заломаю.
カーク(~ときに)・パィドゥー(出かける)・ヤー(私/主格)・ヴ(に)・リェース(森/対格)、パグリャーュ(ひと歩きする)、
ビェールゥュ(白い)・ビィリョーズ・ザラマーュ(手折る)、
リューリィー=リュリィー・ザラマーュ、
リューリィー=リュリィー・ザラマーュ。

Срежу с берёзы три пруточка,
Сделаю себе я три гудочка,
Люли-люли три гудочка.
Люли-люли три гудочка.
スリェージュ(切り取る)・ズ(から)・ビィリョーズィ(白樺/生格)・トリー(3本の)・プルゥトーチカ(小枝ちゃん/対格)、
ズヂラーュ(作る)・スィビェー(意訳:私用に/与格)・ヤー・トリー・グゥドーチカ(3弦楽器ちゃん/対格)、
リューリィー=リュリィー・トリー・グゥドーチカ、
リューリィー=リュリィー・トリー・グゥドーチカ。

4番乃至6番は省略するが、内容は
チャイコフスキーの「7つのロマンス」の第7曲
「私は野辺の草ではなかったの?」と似てるのである。すなわち、
「白樺」と暗喩されてる「うら若い女性」が、金はあるが
年をくったジジイに「摘みとられ」て後妻に据えられ、
その無垢な体を自由にされる、という、帝政ロシア農奴制時代の
民謡・民話によくありそうなお噺である。「7つのロマンス」は、
チャイコフスキーの父イリヤーが死んだ1880年の作品である。
農奴ではなかったが、移民の税関官吏下級貴族の娘
チャイコフスキーの母アレクサーンドラは、
38歳の鉱業岩塩省の役人下級貴族イリヤーの後妻となった。
時に20歳のうら若き娘だった。年齢差18歳。そういえば、
私の最後の恋、は8年前に終わった。17歳年下の子だった。

40年ほど前、横浜の家の庭に植えられてた白樺を、従兄弟とふたりで
青ペンキで彩色したことがあった。が、親には叱られず、
大笑いされた。ただし、白樺にとっては木の毒、とは言われたが。
果せるかな、従兄弟は蜂にさされ、私は武相高校のグラウンドでコケた。
birchが当たったのである。いずれにせよ、
この「悪行」で私は教訓を得た。自己責任とは、である。大人になったら、
誰もカバってはくれない、ということである。ときに、
「ザリガニ病棟(※)
(Раковый корпус/ラーカヴィィ・コールプゥス)」
が代表作である白樺派(※)の大作家サルジィニーツィンも、
чага/チャーガで自身の癌を治した、らしいが、
89歳の心臓にはまったく効きめはなかったようである。
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「チャイコフスキー『悲愴交響曲』第2楽章のガラシャ様」

2008年06月15日 21時00分46秒 | 悲愴中毒(おreたちdニasはない
昨日、地下鉄の新副都心線が開通したらしい。ときに、
東京メトロは宮崎あおいがCMに起用されてるのだとか。
吉永小百合を使うJR東日本といい、東京メトロといい、
私にはまったくなじまない鉄道会社である。
東横線が地下に潜るまでは渋谷止まりのようであるが、いずれにしても、
これから先、利用することもないだろう。現在私は、
篤姫が腰入れ前の1年間を過ごした薩摩藩渋谷屋敷があった
常盤松あたりが居所である。ときに、
このあたりは渋谷金王丸(のちに出家して土佐坊昌俊)の縁深い
金王(こんのう)神社がある。義朝の家来でその謀殺を
決死の「敵陣突破」で常盤御前に伝えた故事を、
関ヶ原の島津義弘の「敵陣中央突破」と重ねた鹿児島藩が
幕末、常盤松伝説の地に屋敷を購入したものである。ちなみに、
土佐坊昌俊はのちに頼朝の命を受けて常盤御前の倅の義経暗殺を図る、
という縁を重ねる。が、失敗して義経の手勢に捕まり、
鴨川河原で斬首され晒されたという。さて、ときは移り、
今日は港区長戦の投票日だったようである。私の住所は港区であるが、
自公民社という「超党派」の現職と共との一騎討ちでは、
勝敗はすでに決してる。私の「出る幕でもない」だろう。
毎度どおり、投票率は超低なことと予想される。さて、
常盤御前は倅らの助命のためにその身を主人の敵である
清盛の愛人となったようだが、敵将の人質となって
主人の不利とならないように自らを家臣に殺させた細川ガラシャとは、
目的は同じとはいえ、手段は大違いなことである。なお、
手柄が薄かったにもかかわらず、
細川家が豊前小倉から、加藤忠広が改易された肥後熊本へ、
明智の縁者で固められた徳川家によって大増禄されて移封されたのは、
忠利が光秀の孫だからである。ところで、
明智光秀の娘珠子の洗礼名ガラシャが、
gratia(グラーティア)というラテン語で、
「神の御恵、恩寵」という意味であることは、近年、
いたるところで解説されてる。

「allegro con grazia」
(アッレーグロ・コン・グラッツィア)
チャイコフスキーの「悲愴」の第2楽章は、
このように示されてる。恩寵→音調は優雅に、
ということかもしれない。が、この「grazia」、
単に「優雅」ということではないのである。イタリア語の
「grazia」は、前述のラテン語
「gratia」が由来である。意味もそのまま引き継いでる。
正真正銘の医者の倅ベン・ケーシー・高峰のセリフ、
「グラッツィエ(grazie)=感謝(する)」も同源である。
そして、この意味は、イエス自身の御恵から、その御母堂である
聖母マリアを指す言葉にもなった。
チャイコフスキーがその「6番交響曲」で「祀った」人物は
母「アレクサンドラ」である。同性愛者という異端者だった
チャイコフスキーが生きた世界は「修羅」場だったことだろうし、
「主ら」も「シューラ」もない地獄だったに違いない。ともあれ、
「allegro con grazia」の「con grazia」は、
「優雅さをもって」の横に「神のみめぐみを授かったごとき至福感をもって」
という意味が並べられてるのである。ゆえに、この章の主主題は、
♪ミ<ファ<ソ(>ファ<ソ)<ラ<シ<ド♪という、
「弦楽セレナード」のワルツ章と同じな上昇音階で構成されてる。が、
チャイコフスキーが法悦の世界に浸れたモーツァルトの世界を模したこの
「弦楽セレナード」の第3楽章である緩徐章が「エレジー」だったように、
「悲愴」第2楽章の中間部では、終楽章終いの
「亡き母とのラストダンスによる死出の道」を「予告する」節になってるのである。
*♪ミー・ーミ・・ミー・ーー・>レー│>ドー・ード・・ドー・ーー・>シー*♪
「con dolcezza e flebile」
(コン・ドルチェッツァ・エ・フレービレ)
=「労わるような優しさをもって、そして、悲しげに」
まさに、聖母マリア様が我が子イエスを見つめる慈愛である。が、
これは「予知」であって、終楽章とまったく同一ではいけない。
異端ながら、道を踏み外しながらも、至福の世界に浸ってる章である。
その中に「不安」「前兆」が「顔を覗かせる」、
という中間部の「仕組み」なのである。ここで一気に
テンポを落として演奏するような指揮者には、はなから
チャイコフスキーは無理である。あえてチャイコフスキーに
関わろうなどとする必要もない。また、
まだ楽譜が読めない無垢な者がそんな愚演を耳にして、
(「悲愴」の2楽章は真ん中の部分はテンポが落ちるんだ!)
と思いこんでしまったらその罪は重い。ともあれ、
終楽章の終いの、ロ短調で再現される
*♪ミー│ミー・>レー、>ドー│ドー・>シー*♪
は、ニ長調だった呈示時、
「con lenezza e devozione」
(コン・レネッツァ・エ・デヴォツィオーネ)
=「慈愛と献身の心をこめて」
と指定されてたのである。

ところで、メンデルスゾーン姉弟は「バッハ」の
「マタイ・パッション」信奉者だった。姉ファニー・ヘンゼル女史のpf曲
「12箇月」のプロローグなど、「マタイ・パッション」の
冒頭そのものである。といっても、チャイコフスキーが
同性愛者だったから「fanny」とオソロというわけではない(※)。
いっぽう、弟フェーリクスの作品に
「リーダー・オーネ・ヴォアテ」というピアノ曲集がある。その中の、
op.30-5は「小川」と呼ばれてるらしい。
*♪ミ<ファ│<ソ<ラ・>ソ>ファ│>ミー*♪
2♯、ニ長調である。
(cf:「悲愴」第2楽章中部
 →*♪ミー・ー<ファ・・<ソー・ーー・<ラー│
   >ソー・ー>ファ・・>ミー・ーー・>レー*♪)
そして、この「無言歌」の発想標語は、
「アンダーンテ・グラッツィオーゾ」
である。

それはともかく、
「悲愴」第2楽章中間部の通奏低音「d」は、
diva→「神々しい」母=同名の妹の嫁ぎ先の姓
「ダヴィードフ(ダヴィードヴァ)の頭文字」
→「献呈する甥ヴラヂーミル・ダヴィードフの姓の頭文字」
を表してるのである。かつて、
ハリウッドの女優にフィラデルフィアの大金持ちの娘がいた。
父はアントワープ五輪のボウト・スィングルスカル、
アントワープおよびパリ五輪のダブルスカル、の金メダリスト、
兄もメルボーン五輪のスィングルスカル銅メダリスト、である。ともかく、
「上流階級」の令嬢だった。さて、
この女優の「引退作」のタイトルは「白鳥」である。そして、
役名は王女「アレクサンドラ」。のちに
不出来な子らのために自動車事故で死ぬモナコ大公妃である。
「我が子への慈愛と献身」……これこそが母親の姿である。
能の足りない倅に教育熱心になることでも、
見切りをつけて次男のほうに期待をかけることでも、
謝罪会見にしゃあしゃあと出てきて
へなへなと腰くだけに地面に横臥せになってみせることでもない。
「この母親」にまともな「人間の心」があるとしたら、
出来の悪い倅が起こした殺人事件の数時間後にはすでに
自決してたことだろう。せめても、すべての財産を遺族に残して。
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