チャイコフスキー 雷雨 Гроза
(グラザー言って聞かせやしょう)
ロシア帝国法務省のキャリア官僚の身分ながら
創設されたばかりのペテルブルク音楽院の生徒となってた
24歳のチャイコフスキーは、1864年の夏休みに、
アントーン・ルビンシテーインの管弦楽法のクラスの「管弦楽作品作曲」の宿題として、
Александр Николаевич Островский
(アリクサ-ンドル・ニカラーェヴィチ・アスタローフスキィ、いわゆる
アレクサンドル・オストロフスキー、1823-1886)の劇、
"Гроза(雷雨)"(1859年作)
への序曲を選んだ。農奴解放令発布の前年に初演された
"新作"ドラマである。当時のロシアはこうした自作農と小作農とか、
貴族とそれ以外、という社会階層間だけでなく、男と女、
1862年のツルゲーネフの「父と子」にも描かれてる
古い世代と新しい世代、といった関係が錯綜した、
軍事力だけが頭でっかちな歪んだ後進国だった。
この劇「雷雨」や作者オストロフスキーのことは知らなくても、
後年のチェコの作曲家ヤナーチェクによるオペラ
「カーチャ・カバノヴァー」
の原作でもあるので、おおよその筋は
(ああ、あれか)
と推察できる。とはいえ、
渋谷すばると奥田瑛二の横顔を後者の顔が長いことでしか
判別できない拙脳なる私は仔細までは覚えてない。
ヴォルガ河畔の架空の町Калинов(カリーナフ、いわゆるカリノフ)が舞台である。
"偶然"にも、同じく1860年に、
Иван Петрович Ларионов
(イヴァーン・ピトローヴィチ・ラリオーナフ、いわゆるラリオーノフ、1830-1889)
によって、"ロシア民謡"「カリンカ」が作曲されて
ヴォルガ河畔の実在の町Саратов(サラータフ、いわゆるサラトフ)の
アマチュア劇の劇中歌として上演された。
Калинка(カリーンカ)とは
Калина(カリーナ=ガマズミ)の指小形である。
ガマズミの実のようにカワイらしい子ちゃん、というような意味である。
この歌は「野に白樺は立てり」と同様に、
ヒヒジジイが金で若い娘を嫁っ子にする話である
(白樺はその嫁が不貞を働く話だが)。
"Гроза(雷雨)"の主人公はエカチェリーナである。
その愛称はカテリーナである。そのさらに指小形がカーチャである。
カーチャが嫁いだ先の姑は
Марфа Игнатьевна Кабанова
(マールファ・イグナーチエヴナ・カバノーヴァ)で、
通称Кабаниха(カバニハ=メスブタという意味)である。
その倅でカーチャの夫は
Тихон Иваныч Кабанов
(チーホン・イヴァーヌィチ・カバノーフ)である。
姑は嫁をいびるが、倅は母親に何も言えない。
カーチャは自分と似た境遇のボリースに惹かれてく。
貞操観念からなかなか踏み切れなかったカーチャだが、
ついに不貞をはたらき、密会を重ねてしまう。が、
そんな罪深い自分に悩み、雷雨の日にカーチャは不貞を打ち明け、
家を飛び出す。が、
ボリースがシベリアに行ってしまうカーチャにはもう
よすがはなかった。かわいそうにも
ヴォルガに身投げしてしまうのである。間男に寝取られながらも
カーチャをまだ愛してたチーホンは生まれて初めて母に面と向かって毒づく。
"Вы ее погубили! Вы! Вы!"
(ヴィ・イヨー・パグビーリ! ヴィ! ヴィ!)
「(拙大意)あなたが彼女(カーチャ)を破滅させたんだぞ! あなただ! あなただ!」
ちなみに、
母は倅に親称で、倅は母に敬称で話してる、
という時代背景である。さらにちなみに、
チャイコフスキーは「悲愴交響曲」初演から4日後、すなわち
死の5日前にもオストロフスキーの戯曲を観劇した。
"Горячее сердце
(ガリャーチェェ・スェールツィエ=熱き心)"(1869年作)である。
そのあとで立ち寄ったのがイタリアンレストラン・リェーィネルで、
そこで生水を所望したという噺が伝えられてる。
この宿題曲は、教官の
A・ルビンシテーインからは、
"ベートーヴェンの編成にトロンボーン3本だけ加えてもいい"
という釘が刺されてた。にもかかわらず、
チャイコフスキーはピッコロ、イングリッシュ・ホルン、ホルン2本、バスチューバ、
小太鼓、大太鼓、シンバル、タムタム、ハープを余分に加えてしまった。
それだけでも大目玉を食らうはずなので、チャイコフスキーは
卑怯にも学友ラローシに郵送して代わりに提出してもらったのである。
曲は、
[アンダーンテ・ミステリオーゾ、3/4拍子、1♯(ホ短調)]
の序奏が低弦のピアニッスィモで開始され、全奏の一撃が加えられる。低弦が
半音上に移されてそれが繰り返され、やがて、
ホルン1管とヴィオーラのユニゾンで実質ホ長調の旋律が奏される。
イングリッシュ・ホルンがそれを受け継ぎ、
[アッレーグロ、4/4拍子、1♯(ホ短調)]
の(仮)主部に進む。が、すぐに、いったん、
[ラールゴ、4/2拍子、5♯(嬰ト短調)]
となって、トロンボーンを中心として"死者を弔う"パニヒーダ調のコラールが吹かれる。
すぐにまた、
[アッレーグロ、4/4拍子、1♯(ホ短調)]
に戻って本当の主部が開始される。
♪●●●●・(♯レ<ミ)<ファーーファ・・ファーーファ・ファーーファ│>ミーーミ・ミーーー・・ーーーー・>♯レーーー♪
という第1主題が弦によって提示される。やがて、
♪ララ・ー>ミ・・ー>ラ・ー<ラ│<ドー・ーー・・>ラー・●●♪
という、金管を中心とした「雷雨」の主題が強奏され、
[ポーコ・メーノ・モッソ(少しテンポを減じて)、調号不変(実質ロ長調)]
となって、ハープのアルペッジョに導かれて第2主題が提示される。
♪ミー・ーー・・>♭ラー・<ミー│>ソー、・<ミー・・<ファー・<ソー│
>ドー・ーー・・ーー・ーー│ーー、・<ソー・・>ドー・<レー│
<ミー・ーー・・ミー・ミー│>レー・<ファー・・>ミー・ミー│
>レー・<ファー・・>ミー・●●♪
カーチャの愛の主題とされる。この主題は、
2年後、ペテルブルク音楽院卒業と同時に、
新設されるモスクワ音楽院の和声教員として雇われたチャイコフスキーが、
新学期までの間に作曲した(第1稿)交響曲第1番、
いわゆる「冬の日の幻想」の第2楽章(緩徐楽章)「陰鬱な地、霧深い地」
の序奏部としてリサイクルしたものである。ともあれ、
カーチャのテーマが提示され終わると、
[アッレーグロ・モルト・エ・コン・パッスィョーネ、2/2拍子、調号不変]
という、新たな素材による挿入部となる。次いで、
[クワーズィ・アンダーンテ、4/4拍子、調号不変]
となり、カーチャの主題の断片が回帰される。が、すぐさま、
「アッレーグロ・ヴィーヴォ、調号不変]
となって、また新たな素材による経過句的な音楽が進む。
やがてまたそこにカーチャの主題の断片が
今度はテンポを落とさずに繰り返される。
また経過句が続けられるとやがて、
[アレグレット、6/8拍子、調号不変(実質嬰ハ短調)]
となって、新たな主題がファゴット1管によって吹かれる。
それが他の木管やヴィオーラなどによって繰り返されると、
[アッレーグロ・ヴィーヴォ、4/4拍子、調号不変(ホ短調)]
となって、第1主題が戻り、雷雨のテーマなども
ほぼ提示時のものが再現されていく。そして、
[ポーコ・メーノ・モッソ、拍子不変、調号不変(実質ハ長調)]
となって、第2主題(カーチャのテーマ)が、
(チャイコフスキー独特の短縮された形で)再現される。そして、
[アッレーグロ・マ・ノン・タント、拍子不変、調号不変]
となって、仮主部が再現される。それがやがて、
[アッレーグロ・モルト、2/2拍子、4♯(嬰ハ短調→ホ長調)]
のコーダとなって、ホ長調の主和音の一撃で終わりとなる。
物語の緊迫した場面描写やそれとは対照的な美しい主題など、
中後期の管弦楽作品の趣そのものである。
形式としては当時の先生らを怒らせるに充分すぎるほどの
"チャイコフスキー形式"となってる。
序奏とコーダが附いて、展開部の代わりに経過部を
挟サンダー形の、やや規模が大きめな変則ソナータ形式、
ということもできる。
はたちを過ぎてから本格的な楽理を学んだ、という、
古今の名を残したクラ音作曲家としては超異例の、
若いチャイコフスキーがさまざまな仕掛けや効果をためした
試作としては、上出来なのではないかと思う。
いずれにしても、古典コテンとうるさい
アントン・ルビンシテーインの逆鱗には触れ、
コテンパンにされるほどドヤシつけられたらしい。
(音楽ソフトのお試し版Sibelius Firstを使って、
この序曲「雷雨」のダイジェストを作製してみました。
https://soundcloud.com/kamomenoiwao01/tchaikovsky-storm-lorage-digest
また、「雷雨」のカーチャの主題をチャイコフスキー自身がリサイクルした
交響曲第1番の第2楽章もこちらにアップしました。
https://soundcloud.com/kamomenoiwao01/tchaikovsky-symphony-1-2nd-movement )