つづきです。
だんだんミステリー寄りになっていくかもしれない雰囲気。
↓↓↓
アパートの鍵を開けたとたん、桃子は玄関先にそのまま倒れ込んだ。
英輔から土産にと渡されたワインのボトルが、ガチャンと不吉な音をたてる。
高価な紫色の液体が、見る間に紙袋から染み出して床を濡らしていく。
だが、そんなことに構っていられないほど桃子は疲れ切っていた。
ほとんど寝かせてもらえないまま、いったい何度相手をさせられたのかわからない。
英輔の体は嫌いじゃないけれど、ものには限度というものがある。
スマートフォンはもう電池が切れてしまい、バッグの中で静まり返ったまま。
頭の中に、ユウの泣きそうな顔と子供っぽい笑顔が交互に映し出される。
ほんとにもう。
あの子、昨日もここに来たのかな。
何時頃まで待っていたんだろう。
ごめんね。
ごめん……。
薄れゆく意識の中、桃子は遠くで誰かの叫び声を聞いた気がした。
「もう、どこの殺人現場かと思うじゃない! びっくりさせないでよ!」
「うんうん、すごく悪かったと思ってる。だから奈美ちゃん、もうちょっとだけ小さい声でお願い……」
目が覚めたとき、桃子は自室のベッドに寝かされていた。
同じアパートの隣の部屋に住む上原奈美(うえはらなみ)が、目に涙を浮かべて金切り声をあげている。
彼女は桃子と同じ大学に通う、数少ない友人のひとりだ。
授業で顔を合わせているうちになんとなく話すようになり、偶然アパートも同じだったのが縁で仲良くなった。
仲良くというよりも、一方的に奈美が桃子を気にかけてくれているだけ、といったほうが近いかもしれない。
実家は大きな農家らしく、たまに米や野菜を分けてくれる。
さっぱりした性格で、細かいことをグズグズ言わないのがいい。
女性にしては170センチと長身な上ショートヘアにしているものだから男性に間違われることも多いのに、内面は桃子なんかよりもずっと繊細で女性らしいと思う。
ふらふらと遊び歩いている桃子を知りながら、それを咎めることもなくごく普通に接してくれている。
「玄関のドアは中途半端に開いてるし、床は血まみれだし、とうとう本当に誰かに刺し殺されちゃったのかと思ったんだから!」
何度も何度も、必死で桃子を揺さぶったのだそうだ。
大丈夫よ、傷は浅いから、なんて言いながら。
想像して、思わず笑いそうになった。
結局、桃子はよく眠っているだけだったし、床の派手な染みはワインだと気付いて脱力したという。
「もう少しで警察に通報するところだったんだから。心配させないでよ、せめてドアは閉めてから寝て」
「疲れてたんだもん……ところで、いま何時?」
「いま? もうすぐ5時くらいじゃないかな」
「夕方の?」
「そう、夕方の。あ、思い出した! 昨日この部屋の前で男の子がずーーっと立ってたよ。それはもう寂しそうに、何時間も」
「……もしかして、背が高くて細くて頼りない感じの?」
「そう。真夜中になっても帰らないから『桃子待ってるの?』って声かけたら、ぴゅーって走って逃げちゃった。あんた、また約束すっぽかしたの?」
可哀そうで見てられなかったから、せめて電話してあげて。
そう言って、桃子にスマートフォンを押しつけてくる。
すでにしっかり充電されていた。
さすが奈美。
ベッドに寝転がったまま着信履歴を確認する。
ユウから数十件。
その合間にほかの男たち3人から一件ずつ。
中に坂崎の名前もあった。
あれ、坂崎さん久しぶりだなあ。
あのプレイは体力的にきついけれど、この現状をネタに一緒に笑って欲しいような気がする。
彼だけは、ユウに妙な嫉妬をしたりしないはず。
今年もう47になるはずの坂崎は、桃子にとって父親のような存在でもあった。
一瞬考える。
その間に頭を思い切り叩かれた。
「痛っ……」
「馬鹿、さっさとあの子に電話してあげてよ。他の男は後回しでいいでしょうが」
「……奈美ちゃん、何でそんなことまでわかるの」
「そのぼやーっとしたニヤけ顔見てたら、誰だってだいたいわかるよ。桃子の考えてることくらい」
はやく電話してやれとせっつかれて、ため息交じりにユウの番号を探す。
1回目のコール音が鳴りやまないうちに、いかにも機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。
『なんで昨日帰ってこなかったんだよ。何回も電話したのに、ずっと待ってたのに!』
「いや、たまにはそういう日も」
『いまは何処にいる?』
「ん? 帰って来たよ。でも疲れちゃって寝てるところだから」
今日は会うのやめて明日にしよう。
そう言い終わる前に通話が切れた。
「あー、もう。あの子もうすぐ来るよ、途中で切られちゃった」
「あらまあ。なんていうか、よっぽど好きなんだねえ、桃子のこと」
奈美が感心したようにうんうんと頷く。
違う。
そうじゃないと思う。
もう言い飽きた言葉を、桃子はまたうんざりしながら口にした。
「あの子はほかに誰もいないだけ。四年も大学サボってコンビニしか行かずに生きて来たような子なんだよ。立ち直ったら、すぐにまともな彼女みつけるはずだから」
「でも、恋愛なんて普通そんなもんでしょ? 最初から永遠に続いていく保証のある恋愛なんて、聞いたことないし」
「う……まあ、ね」
「将来はどうだか知らないけど、いまはあの子、間違いなく桃子のことを好きだと思うし恋をしてると思うんだけど」
なんだか顔が熱くなる。
たぶんいま鏡を見たら、茹でダコよりも真っ赤になっていることだろう。
「よ、よくそんな恋だとか愛だとか恥ずかしいこと言えるよね……信じられない」
「はあ? 何人もの男と遊びまくって、さんざん恥ずかしいコトばっかりしてる桃子に言われたくないよ」
バーカ、バーカ。
お互いの頬を軽くつねったりして小学生のような罵り合いをしているうちに、ドンドンと玄関ドアが叩かれた。
「おっと、来たんじゃない? じゃあ、わたしはもう帰るから」
「うん、ありがと」
「アパートの壁薄いからさ……後で彼と盛り上がるのはいいけど、あんまりアンアン言わないでね」
桃子の声、大きいんだから。
「馬鹿! 変態!」
「あはは! あんまり激しいコトするんだったら、ホテルでやりなさいよ」
げらげら笑いながら出ていく奈美と入れ替わりに、見慣れない服装のユウがちらちらと奈美の後姿を気にしながら部屋に入ってきた。
細身の黒い綿のパンツに白シャツ、上にはベージュのスプリングコートを羽織っている。
散髪したのか、髪形もすっきりしてお洒落な感じになっていた。
少し着ているものが違うだけで、スウェットのときとは別人のように良い男に見えるから不思議だ。
ユウはベッドに寝たままの桃子を見て眉をひそめ、心配そうに手を握りしめてきた。
温かい手。
よくわからないけど、ホッとする。
怒っているようでもあり困っているようでもある、そんな微妙な表情。
「桃子、昨日何かあった? すごく顔色が悪いみたいだけど」
「……なんでもない、ちょっと疲れただけ。それよりユウのほうこそどうしたのよ、その服」
「ああ、これ? あの、学校に行くんだったら必要かなって思って買ったんだ。家にあるのはすごく古いし」
似合うかな。
照れたように頭をかくしぐさが可愛らしい。
「すごくセンスがいいし似合ってる。大学に戻る気になったのも嬉しいし、コンビニ以外の場所に買い物に出かけられるようになったのも良かったと思う。ところで」
「うん?」
「それ、誰に選んでもらった?」
無言。
顔がこわばっている。
何か口の中でもごもごと言い訳らしきことをしているが、だいたい予想はつく。
「そのコート、見せて」
しっかりした仕立て、上等の生地。
裏側についたタグのロゴを確認する。
やっぱり。
「これ、表参道のお店で買ったんでしょ? 選んでくれたのはお洒落な茶髪のお兄さんだよね? このまえ、そこまでわたしを送ってくれた美山くん」
「や、でもあの、言っちゃだめだって。桃子ちゃんが怒るから、それは内緒って言われてて」
「怒ったりしないから正直に言って。どうして美山くんのお店になんか行ったの?」
「さ、最初は行くつもりなんかなかったんだけど……でも……」
あの、その。
しどろもどろになりながら話すユウの言葉を、頭の中で翻訳する。
昨夜。
ユウはいつまでも帰ってこない桃子を待って、アパートのまわりをウロウロしたりドアの前でぼんやり立って携帯を弄ったりしていたらしい。
ところが奈美に声をかけられてその場に居づらくなってしまい、帰ろうとしたときに見覚えのある車が前に見たときと同じ位置に止まっていたのだそうだ。
『桃子ちゃん、たぶん今日は帰ってこないんじゃないかな』
『少し話がしたいんだけど、いい?』
そんなふうに声をかけられ、車に乗せられたらしい。
美山には約束が重ならないように、他の男たちと会う日を教えてあった。
桃子が英輔と会うときはたいてい朝帰りになることも彼は知っている。
「だめじゃない! よく知らない人の車なんか、ほいほい乗ったら危ないでしょ!?」
「それを桃子が言う? 僕だって乗るつもりなかったけど、でも少し話してみたら良さそうな人だったし」
はじめはユウも警戒していた。
けれども彼は、桃子を心配する気持ちや不安になっている心境をそれはそれは優しく聞き出してくれたのだという。
異常に口の上手い男。
するりと相手の懐に潜り込み、相手がだれであっても味方につけてしまう。
美山のしたり顔が目に浮かぶ。
「で? 車でどこに連れて行かれたの……まさか、変な場所に」
「変な場所? ううん、普通にファミレスでご飯食べさせてくれて、桃子のこととか大学の話とかいろいろして」
桃子以外の人とあんなに楽しく話せたのって久しぶりだったから、すごく楽しかった。
ユウが少し笑う。
ファミレスのあと車の中で仮眠をとり、朝になってから開店前の店に連れて行かれ、結果的には服やバッグ等を大量に買わされたらしい。
でもユウは「友達になって欲しいと言われた」と喜んでいる。
……あーあ、良いように転がされちゃって。
頭痛がした。
「話って、具体的にどんなこと言ってたの? あと、車の中で変なことされたりしなかった?」
「ん? べつに普通の話だよ。変なことなんかされるわけないだろ、男同士なんだし」
きょとんとした顔。
どうやら、まだ手を出されたわけではないらしい。
ホッと胸をなでおろす。
「もっと学校とかでまともな友達作りなさいよ。あんな人、深入りしない方がいいから」
「そうかな、面白くて良さそうな人だったよ」
「騙されちゃだめ。心の中では何考えてるかわかったもんじゃないんだからね」
「……たしかに、嫌な話も聞かされたけど」
「嫌な話? 意地悪なこと言われた?」
「いや、そうじゃない。あの人が……美山さんが桃子とやるときどんなふうにするか、とか」
そう口に出して思い出したのだろう。
みるみるうちにユウの顔が曇っていく。
最悪。
いったい何をどこまで聞いてきたのだろう。
まったく、面倒事を増やしてくれちゃって。
言葉に詰まっているうちに、ユウがすっかり元気をなくした表情で桃子の手を軽く引っ張って立ちあがる。
「な、なに?」
「帰ってきてずっと寝てたんなら、風呂はまだだよね? 今日は僕、一緒に入ってもいいかな」
狭い浴槽いっぱいに張られた湯から、もうもうと湯気が立ち上っている。
ユウはいつになく積極的に桃子の服を脱がせ、自分も裸になって浴室に入った。
桃子を立たせたまま、手のひらでボディーソープを泡立てて肩のあたりから順々に白い泡を擦り付けていく。
背中から胸へ、そして腰の下へ。
決していやらしい手つきではないのに、肌の上を滑るように撫でられるたびゾクッと産毛が逆立つ。
「い、いいよ。そんなことしなくても自分でするから」
「疲れてるんでしょ? たまには僕が洗ってあげる」
断れば断るほど、意地になって『洗う』と言ってきかない。
しかたなくあきらめて、好きなようにさせることにした。
優しく手を滑らせながら、ユウが学校のことを話し始める。
学生課にかけあい教授たちに頼み込んでみたところ、あと3年以内にすべての単位を取りきってしまえば卒業には問題ないらしい。
「しばらく勉強なんてしてなかったけど、学校行ってみたら少しだけやる気になってきたよ。桃子のおかげで」
「そっか。良かったね、ユウにはまともな生活の方が合ってるから、はやく学校戻った方がいいのにってずっと思ってた」
「うん、自分でもそう思う。でもやっぱり、まだ大勢の人がいるところに行くと怖いね。息苦しくなったりする」
「いままでほとんど部屋にこもってたんだから、無理ないよ。そのうち、すぐに平気になるんじゃない?」
「美山さんにも同じこと言われた。学校以外にもアルバイトとかしながら世の中に慣れていったほうがいいんじゃないかって」
「バイトねえ……あ、だめだよ! 美山くんの店に誘われても、あの店でバイトしちゃだめだからね!」
「あはは、僕にアパレルなんて出来るわけないよ。まだ何をするかは決めてないんだけど、ゆっくり探してみるつもり」
「ちょっとだけ脚を開いてみて。うん、それでいい」
ユウが足元にしゃがみこみ、下からのぞきこむようにして脚の間に指を差し入れてくる。
前から後ろへ、丁寧に指先を動かして洗いあげていく。
それに合わせて、ひくん、ひくん、と腰が動いてしまう。
「あ……ちょ、ちょっと、待って」
じっと立っているのがつらい。
真横の壁に手をつき、体を支えた。
湯気が白く視界を覆いかくし、すぐ近くにいるはずのユウの顔が見えない。
「だめだって、動いたら洗えないよ」
「だって、ゆ、指が……」
「綺麗にしたら、後で気持ち良くしてあげるから。いまは我慢して」
足が震える。
手はすぐに太ももから膝へと移動していくのに、あの恥ずかしいところの疼きがおさまらない。
ふくらはぎから、足首、足の指の間まで残すところなく泡がつけられていく。
どこまでも丁寧に。
それは恐ろしく時間をかけた愛撫にも似て、体の芯を痺れさせていく。
シャワーの湯で泡を落とされていく間も、桃子は壁にしがみつくようにして寄りかかったまま忍び寄ってくる快感に耐えていた。
「美山さんにもこうやって触られてるんだろ? こういうのが好きだって聞いたんだ」
「す、好きじゃい、別に」
美山は好奇心が旺盛で、桃子の体でいろいろなことを試したがる。
たしかに風呂場でこういう遊びをしたこともあるが、たった一度きりのことだ。
「じゃあ、桃子はどういうふうにされるのが好き?」
教えてほしいな。
足元にしゃがんだままのユウが、腰を抱き寄せながら下腹に唇をつけてくる。
まだそんなこと、一度もユウにはさせたことないのに。
へその下、恥毛のはじまるあたりから少しずつ股間の内側へ。
赤い舌先が、ちろり、ちろりと黒い繁みをよりわけていく。
頭に血が上る。
嫌だ。
恥ずかしい。
耐えられない。
両手でユウの頭を抱えて押し返そうとしたのに、いっこうに離れてくれなかった。
ぬるぬるしたものが、秘唇の割れ目をたどってさらに内側へと潜り込んでくる。
くすぐったいような、むずむずするような感覚。
腹の奥の疼きが大きくなる。
熱い。
「や、やめて、こういうの……ヤリたいんだったら、もう入れてもいいから」
「まだ僕の質問に答えてないよ。どういうのが好きなのか教えて」
「な、何なの? こんなやり方、ユウらしくない……あ、だめ、中は舐めちゃ……」
ひっ、と小さく叫びのような声が漏れた。
膣口を探られ、その奥まで舌が捻じ込まれていく。
ぺちゃっ、ぺちゃっ、とねばついた音が鳴る。
動いてる。
ぬるぬるして。
中で、いっぱい。
全身の熱がその一点に掻き集められていく。
得体の知れない軟体動物に内部から喰らい尽くされていくような気分だった。
もういや、いや。
「ユウは、こんなことしなくていい……ふつうで、いいのに……」
「僕のやり方が気に入らないから、昨日帰って来なかったんだよね?」
「そんな、ちがう、全然ちがう! 謝るから、帰ってこなかったのは、わ、悪かったって思ってる」
「いいよ、もうそれは。美山さんの話聞いて、僕もちょっと反省したから」
「反省って、いったい何……やっ、やだぁっ、そこ、だめっ」
膣の入口を嬲り尽くした後、舌先がねろりねろりとクリトリスを刺激し始める。
小さな突起はほんの一瞬で隆起し、わずかな快楽をも敏感に吸収していく。
感じちゃう、すごく。
もう、気持ちいい。
膝がガクガクと震える。
「み、美山くんは、何を……?」
「あのね、『桃子ちゃんはユウくんのことが一番好きだと思うよ』って。だけど、他の男と切れないのは『まだユウくんに魅力が足りないからだよ』って言われた」
もっと服装にも気をつけてカッコよくなって、エッチも上手になればきっと桃子ちゃんはユウくんだけで満足できるようになる。
……ほんと馬鹿。
そんな大嘘を真に受けるなんて。
「ち、違うから! そういうんじゃないから、あっ、あっ……!」
「ここを舐められるのも好きだって聞いたよ。そんなことも僕は知らなかった」
悔しそうな顔。
僕だけでいいじゃないか。
もう他の誰もいらないじゃないか。
そう言いたいのがはっきりと伝わってくる。
「だ、だって、ユウはもっと……賢くて良い彼女と一緒にいて欲しい……そうなるべきだと思うもん……そしたら、わたし捨てられちゃうじゃない」
流れ落ちる涙が、高まっていく快感のせいなのか感情からくるものなのか判別がつかない。
全身を震わせてしゃくりあげる。
言いたくなかった。
こんなの、かっこ悪い。
ユウはまだ舌の動きを休めない。
「桃子を捨てたりなんか、僕は」
「絶対そうなるの、わかってるの! でも、ひとりじゃ耐えられない、そんなに、わたし強くない……ユウのこと笑って見送ってあげられる自信ない!」
せめて、何かでごまかしていなくちゃ。
これ以上、本気になっちゃいけない。
そんな気持ちが常に心のどこかにある。
「なんでそんなふうに言うんだよ。僕、気にしないようにするから。いままで桃子が何人の男と遊んできてたとしても」
「……なんにもわかってない。ユウは、ほんと何にも、あ、あぁっ……!」
凄まじい愉悦が桃子の中心を貫いていく。
ほとんど無理やりのように与えられる絶頂感。
タイルの床に倒れ込みそうになったところを、腕の中に抱きとめられた。
大丈夫だよ。
ずっと大切にするから。
的外れな言葉が耳をすりぬけていく。
すべてを打ち明けて甘えてしまいたい気持ちと、もういっそこのまま離れてしまいたい衝動がせめぎあう。
桃子にはまだ、ユウにも美山にも、他の友人たちにも知られていない秘密がある。
それをいま生きている人間の中で知っているのは、坂崎だけだった。
(つづく)
だんだんミステリー寄りになっていくかもしれない雰囲気。
↓↓↓
アパートの鍵を開けたとたん、桃子は玄関先にそのまま倒れ込んだ。
英輔から土産にと渡されたワインのボトルが、ガチャンと不吉な音をたてる。
高価な紫色の液体が、見る間に紙袋から染み出して床を濡らしていく。
だが、そんなことに構っていられないほど桃子は疲れ切っていた。
ほとんど寝かせてもらえないまま、いったい何度相手をさせられたのかわからない。
英輔の体は嫌いじゃないけれど、ものには限度というものがある。
スマートフォンはもう電池が切れてしまい、バッグの中で静まり返ったまま。
頭の中に、ユウの泣きそうな顔と子供っぽい笑顔が交互に映し出される。
ほんとにもう。
あの子、昨日もここに来たのかな。
何時頃まで待っていたんだろう。
ごめんね。
ごめん……。
薄れゆく意識の中、桃子は遠くで誰かの叫び声を聞いた気がした。
「もう、どこの殺人現場かと思うじゃない! びっくりさせないでよ!」
「うんうん、すごく悪かったと思ってる。だから奈美ちゃん、もうちょっとだけ小さい声でお願い……」
目が覚めたとき、桃子は自室のベッドに寝かされていた。
同じアパートの隣の部屋に住む上原奈美(うえはらなみ)が、目に涙を浮かべて金切り声をあげている。
彼女は桃子と同じ大学に通う、数少ない友人のひとりだ。
授業で顔を合わせているうちになんとなく話すようになり、偶然アパートも同じだったのが縁で仲良くなった。
仲良くというよりも、一方的に奈美が桃子を気にかけてくれているだけ、といったほうが近いかもしれない。
実家は大きな農家らしく、たまに米や野菜を分けてくれる。
さっぱりした性格で、細かいことをグズグズ言わないのがいい。
女性にしては170センチと長身な上ショートヘアにしているものだから男性に間違われることも多いのに、内面は桃子なんかよりもずっと繊細で女性らしいと思う。
ふらふらと遊び歩いている桃子を知りながら、それを咎めることもなくごく普通に接してくれている。
「玄関のドアは中途半端に開いてるし、床は血まみれだし、とうとう本当に誰かに刺し殺されちゃったのかと思ったんだから!」
何度も何度も、必死で桃子を揺さぶったのだそうだ。
大丈夫よ、傷は浅いから、なんて言いながら。
想像して、思わず笑いそうになった。
結局、桃子はよく眠っているだけだったし、床の派手な染みはワインだと気付いて脱力したという。
「もう少しで警察に通報するところだったんだから。心配させないでよ、せめてドアは閉めてから寝て」
「疲れてたんだもん……ところで、いま何時?」
「いま? もうすぐ5時くらいじゃないかな」
「夕方の?」
「そう、夕方の。あ、思い出した! 昨日この部屋の前で男の子がずーーっと立ってたよ。それはもう寂しそうに、何時間も」
「……もしかして、背が高くて細くて頼りない感じの?」
「そう。真夜中になっても帰らないから『桃子待ってるの?』って声かけたら、ぴゅーって走って逃げちゃった。あんた、また約束すっぽかしたの?」
可哀そうで見てられなかったから、せめて電話してあげて。
そう言って、桃子にスマートフォンを押しつけてくる。
すでにしっかり充電されていた。
さすが奈美。
ベッドに寝転がったまま着信履歴を確認する。
ユウから数十件。
その合間にほかの男たち3人から一件ずつ。
中に坂崎の名前もあった。
あれ、坂崎さん久しぶりだなあ。
あのプレイは体力的にきついけれど、この現状をネタに一緒に笑って欲しいような気がする。
彼だけは、ユウに妙な嫉妬をしたりしないはず。
今年もう47になるはずの坂崎は、桃子にとって父親のような存在でもあった。
一瞬考える。
その間に頭を思い切り叩かれた。
「痛っ……」
「馬鹿、さっさとあの子に電話してあげてよ。他の男は後回しでいいでしょうが」
「……奈美ちゃん、何でそんなことまでわかるの」
「そのぼやーっとしたニヤけ顔見てたら、誰だってだいたいわかるよ。桃子の考えてることくらい」
はやく電話してやれとせっつかれて、ため息交じりにユウの番号を探す。
1回目のコール音が鳴りやまないうちに、いかにも機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。
『なんで昨日帰ってこなかったんだよ。何回も電話したのに、ずっと待ってたのに!』
「いや、たまにはそういう日も」
『いまは何処にいる?』
「ん? 帰って来たよ。でも疲れちゃって寝てるところだから」
今日は会うのやめて明日にしよう。
そう言い終わる前に通話が切れた。
「あー、もう。あの子もうすぐ来るよ、途中で切られちゃった」
「あらまあ。なんていうか、よっぽど好きなんだねえ、桃子のこと」
奈美が感心したようにうんうんと頷く。
違う。
そうじゃないと思う。
もう言い飽きた言葉を、桃子はまたうんざりしながら口にした。
「あの子はほかに誰もいないだけ。四年も大学サボってコンビニしか行かずに生きて来たような子なんだよ。立ち直ったら、すぐにまともな彼女みつけるはずだから」
「でも、恋愛なんて普通そんなもんでしょ? 最初から永遠に続いていく保証のある恋愛なんて、聞いたことないし」
「う……まあ、ね」
「将来はどうだか知らないけど、いまはあの子、間違いなく桃子のことを好きだと思うし恋をしてると思うんだけど」
なんだか顔が熱くなる。
たぶんいま鏡を見たら、茹でダコよりも真っ赤になっていることだろう。
「よ、よくそんな恋だとか愛だとか恥ずかしいこと言えるよね……信じられない」
「はあ? 何人もの男と遊びまくって、さんざん恥ずかしいコトばっかりしてる桃子に言われたくないよ」
バーカ、バーカ。
お互いの頬を軽くつねったりして小学生のような罵り合いをしているうちに、ドンドンと玄関ドアが叩かれた。
「おっと、来たんじゃない? じゃあ、わたしはもう帰るから」
「うん、ありがと」
「アパートの壁薄いからさ……後で彼と盛り上がるのはいいけど、あんまりアンアン言わないでね」
桃子の声、大きいんだから。
「馬鹿! 変態!」
「あはは! あんまり激しいコトするんだったら、ホテルでやりなさいよ」
げらげら笑いながら出ていく奈美と入れ替わりに、見慣れない服装のユウがちらちらと奈美の後姿を気にしながら部屋に入ってきた。
細身の黒い綿のパンツに白シャツ、上にはベージュのスプリングコートを羽織っている。
散髪したのか、髪形もすっきりしてお洒落な感じになっていた。
少し着ているものが違うだけで、スウェットのときとは別人のように良い男に見えるから不思議だ。
ユウはベッドに寝たままの桃子を見て眉をひそめ、心配そうに手を握りしめてきた。
温かい手。
よくわからないけど、ホッとする。
怒っているようでもあり困っているようでもある、そんな微妙な表情。
「桃子、昨日何かあった? すごく顔色が悪いみたいだけど」
「……なんでもない、ちょっと疲れただけ。それよりユウのほうこそどうしたのよ、その服」
「ああ、これ? あの、学校に行くんだったら必要かなって思って買ったんだ。家にあるのはすごく古いし」
似合うかな。
照れたように頭をかくしぐさが可愛らしい。
「すごくセンスがいいし似合ってる。大学に戻る気になったのも嬉しいし、コンビニ以外の場所に買い物に出かけられるようになったのも良かったと思う。ところで」
「うん?」
「それ、誰に選んでもらった?」
無言。
顔がこわばっている。
何か口の中でもごもごと言い訳らしきことをしているが、だいたい予想はつく。
「そのコート、見せて」
しっかりした仕立て、上等の生地。
裏側についたタグのロゴを確認する。
やっぱり。
「これ、表参道のお店で買ったんでしょ? 選んでくれたのはお洒落な茶髪のお兄さんだよね? このまえ、そこまでわたしを送ってくれた美山くん」
「や、でもあの、言っちゃだめだって。桃子ちゃんが怒るから、それは内緒って言われてて」
「怒ったりしないから正直に言って。どうして美山くんのお店になんか行ったの?」
「さ、最初は行くつもりなんかなかったんだけど……でも……」
あの、その。
しどろもどろになりながら話すユウの言葉を、頭の中で翻訳する。
昨夜。
ユウはいつまでも帰ってこない桃子を待って、アパートのまわりをウロウロしたりドアの前でぼんやり立って携帯を弄ったりしていたらしい。
ところが奈美に声をかけられてその場に居づらくなってしまい、帰ろうとしたときに見覚えのある車が前に見たときと同じ位置に止まっていたのだそうだ。
『桃子ちゃん、たぶん今日は帰ってこないんじゃないかな』
『少し話がしたいんだけど、いい?』
そんなふうに声をかけられ、車に乗せられたらしい。
美山には約束が重ならないように、他の男たちと会う日を教えてあった。
桃子が英輔と会うときはたいてい朝帰りになることも彼は知っている。
「だめじゃない! よく知らない人の車なんか、ほいほい乗ったら危ないでしょ!?」
「それを桃子が言う? 僕だって乗るつもりなかったけど、でも少し話してみたら良さそうな人だったし」
はじめはユウも警戒していた。
けれども彼は、桃子を心配する気持ちや不安になっている心境をそれはそれは優しく聞き出してくれたのだという。
異常に口の上手い男。
するりと相手の懐に潜り込み、相手がだれであっても味方につけてしまう。
美山のしたり顔が目に浮かぶ。
「で? 車でどこに連れて行かれたの……まさか、変な場所に」
「変な場所? ううん、普通にファミレスでご飯食べさせてくれて、桃子のこととか大学の話とかいろいろして」
桃子以外の人とあんなに楽しく話せたのって久しぶりだったから、すごく楽しかった。
ユウが少し笑う。
ファミレスのあと車の中で仮眠をとり、朝になってから開店前の店に連れて行かれ、結果的には服やバッグ等を大量に買わされたらしい。
でもユウは「友達になって欲しいと言われた」と喜んでいる。
……あーあ、良いように転がされちゃって。
頭痛がした。
「話って、具体的にどんなこと言ってたの? あと、車の中で変なことされたりしなかった?」
「ん? べつに普通の話だよ。変なことなんかされるわけないだろ、男同士なんだし」
きょとんとした顔。
どうやら、まだ手を出されたわけではないらしい。
ホッと胸をなでおろす。
「もっと学校とかでまともな友達作りなさいよ。あんな人、深入りしない方がいいから」
「そうかな、面白くて良さそうな人だったよ」
「騙されちゃだめ。心の中では何考えてるかわかったもんじゃないんだからね」
「……たしかに、嫌な話も聞かされたけど」
「嫌な話? 意地悪なこと言われた?」
「いや、そうじゃない。あの人が……美山さんが桃子とやるときどんなふうにするか、とか」
そう口に出して思い出したのだろう。
みるみるうちにユウの顔が曇っていく。
最悪。
いったい何をどこまで聞いてきたのだろう。
まったく、面倒事を増やしてくれちゃって。
言葉に詰まっているうちに、ユウがすっかり元気をなくした表情で桃子の手を軽く引っ張って立ちあがる。
「な、なに?」
「帰ってきてずっと寝てたんなら、風呂はまだだよね? 今日は僕、一緒に入ってもいいかな」
狭い浴槽いっぱいに張られた湯から、もうもうと湯気が立ち上っている。
ユウはいつになく積極的に桃子の服を脱がせ、自分も裸になって浴室に入った。
桃子を立たせたまま、手のひらでボディーソープを泡立てて肩のあたりから順々に白い泡を擦り付けていく。
背中から胸へ、そして腰の下へ。
決していやらしい手つきではないのに、肌の上を滑るように撫でられるたびゾクッと産毛が逆立つ。
「い、いいよ。そんなことしなくても自分でするから」
「疲れてるんでしょ? たまには僕が洗ってあげる」
断れば断るほど、意地になって『洗う』と言ってきかない。
しかたなくあきらめて、好きなようにさせることにした。
優しく手を滑らせながら、ユウが学校のことを話し始める。
学生課にかけあい教授たちに頼み込んでみたところ、あと3年以内にすべての単位を取りきってしまえば卒業には問題ないらしい。
「しばらく勉強なんてしてなかったけど、学校行ってみたら少しだけやる気になってきたよ。桃子のおかげで」
「そっか。良かったね、ユウにはまともな生活の方が合ってるから、はやく学校戻った方がいいのにってずっと思ってた」
「うん、自分でもそう思う。でもやっぱり、まだ大勢の人がいるところに行くと怖いね。息苦しくなったりする」
「いままでほとんど部屋にこもってたんだから、無理ないよ。そのうち、すぐに平気になるんじゃない?」
「美山さんにも同じこと言われた。学校以外にもアルバイトとかしながら世の中に慣れていったほうがいいんじゃないかって」
「バイトねえ……あ、だめだよ! 美山くんの店に誘われても、あの店でバイトしちゃだめだからね!」
「あはは、僕にアパレルなんて出来るわけないよ。まだ何をするかは決めてないんだけど、ゆっくり探してみるつもり」
「ちょっとだけ脚を開いてみて。うん、それでいい」
ユウが足元にしゃがみこみ、下からのぞきこむようにして脚の間に指を差し入れてくる。
前から後ろへ、丁寧に指先を動かして洗いあげていく。
それに合わせて、ひくん、ひくん、と腰が動いてしまう。
「あ……ちょ、ちょっと、待って」
じっと立っているのがつらい。
真横の壁に手をつき、体を支えた。
湯気が白く視界を覆いかくし、すぐ近くにいるはずのユウの顔が見えない。
「だめだって、動いたら洗えないよ」
「だって、ゆ、指が……」
「綺麗にしたら、後で気持ち良くしてあげるから。いまは我慢して」
足が震える。
手はすぐに太ももから膝へと移動していくのに、あの恥ずかしいところの疼きがおさまらない。
ふくらはぎから、足首、足の指の間まで残すところなく泡がつけられていく。
どこまでも丁寧に。
それは恐ろしく時間をかけた愛撫にも似て、体の芯を痺れさせていく。
シャワーの湯で泡を落とされていく間も、桃子は壁にしがみつくようにして寄りかかったまま忍び寄ってくる快感に耐えていた。
「美山さんにもこうやって触られてるんだろ? こういうのが好きだって聞いたんだ」
「す、好きじゃい、別に」
美山は好奇心が旺盛で、桃子の体でいろいろなことを試したがる。
たしかに風呂場でこういう遊びをしたこともあるが、たった一度きりのことだ。
「じゃあ、桃子はどういうふうにされるのが好き?」
教えてほしいな。
足元にしゃがんだままのユウが、腰を抱き寄せながら下腹に唇をつけてくる。
まだそんなこと、一度もユウにはさせたことないのに。
へその下、恥毛のはじまるあたりから少しずつ股間の内側へ。
赤い舌先が、ちろり、ちろりと黒い繁みをよりわけていく。
頭に血が上る。
嫌だ。
恥ずかしい。
耐えられない。
両手でユウの頭を抱えて押し返そうとしたのに、いっこうに離れてくれなかった。
ぬるぬるしたものが、秘唇の割れ目をたどってさらに内側へと潜り込んでくる。
くすぐったいような、むずむずするような感覚。
腹の奥の疼きが大きくなる。
熱い。
「や、やめて、こういうの……ヤリたいんだったら、もう入れてもいいから」
「まだ僕の質問に答えてないよ。どういうのが好きなのか教えて」
「な、何なの? こんなやり方、ユウらしくない……あ、だめ、中は舐めちゃ……」
ひっ、と小さく叫びのような声が漏れた。
膣口を探られ、その奥まで舌が捻じ込まれていく。
ぺちゃっ、ぺちゃっ、とねばついた音が鳴る。
動いてる。
ぬるぬるして。
中で、いっぱい。
全身の熱がその一点に掻き集められていく。
得体の知れない軟体動物に内部から喰らい尽くされていくような気分だった。
もういや、いや。
「ユウは、こんなことしなくていい……ふつうで、いいのに……」
「僕のやり方が気に入らないから、昨日帰って来なかったんだよね?」
「そんな、ちがう、全然ちがう! 謝るから、帰ってこなかったのは、わ、悪かったって思ってる」
「いいよ、もうそれは。美山さんの話聞いて、僕もちょっと反省したから」
「反省って、いったい何……やっ、やだぁっ、そこ、だめっ」
膣の入口を嬲り尽くした後、舌先がねろりねろりとクリトリスを刺激し始める。
小さな突起はほんの一瞬で隆起し、わずかな快楽をも敏感に吸収していく。
感じちゃう、すごく。
もう、気持ちいい。
膝がガクガクと震える。
「み、美山くんは、何を……?」
「あのね、『桃子ちゃんはユウくんのことが一番好きだと思うよ』って。だけど、他の男と切れないのは『まだユウくんに魅力が足りないからだよ』って言われた」
もっと服装にも気をつけてカッコよくなって、エッチも上手になればきっと桃子ちゃんはユウくんだけで満足できるようになる。
……ほんと馬鹿。
そんな大嘘を真に受けるなんて。
「ち、違うから! そういうんじゃないから、あっ、あっ……!」
「ここを舐められるのも好きだって聞いたよ。そんなことも僕は知らなかった」
悔しそうな顔。
僕だけでいいじゃないか。
もう他の誰もいらないじゃないか。
そう言いたいのがはっきりと伝わってくる。
「だ、だって、ユウはもっと……賢くて良い彼女と一緒にいて欲しい……そうなるべきだと思うもん……そしたら、わたし捨てられちゃうじゃない」
流れ落ちる涙が、高まっていく快感のせいなのか感情からくるものなのか判別がつかない。
全身を震わせてしゃくりあげる。
言いたくなかった。
こんなの、かっこ悪い。
ユウはまだ舌の動きを休めない。
「桃子を捨てたりなんか、僕は」
「絶対そうなるの、わかってるの! でも、ひとりじゃ耐えられない、そんなに、わたし強くない……ユウのこと笑って見送ってあげられる自信ない!」
せめて、何かでごまかしていなくちゃ。
これ以上、本気になっちゃいけない。
そんな気持ちが常に心のどこかにある。
「なんでそんなふうに言うんだよ。僕、気にしないようにするから。いままで桃子が何人の男と遊んできてたとしても」
「……なんにもわかってない。ユウは、ほんと何にも、あ、あぁっ……!」
凄まじい愉悦が桃子の中心を貫いていく。
ほとんど無理やりのように与えられる絶頂感。
タイルの床に倒れ込みそうになったところを、腕の中に抱きとめられた。
大丈夫だよ。
ずっと大切にするから。
的外れな言葉が耳をすりぬけていく。
すべてを打ち明けて甘えてしまいたい気持ちと、もういっそこのまま離れてしまいたい衝動がせめぎあう。
桃子にはまだ、ユウにも美山にも、他の友人たちにも知られていない秘密がある。
それをいま生きている人間の中で知っているのは、坂崎だけだった。
(つづく)
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