マイマイのひとりごと

自作小説と、日記的なモノ。

【官能小説】甘い時間【百合】

2012-07-08 07:32:15 | 自作小説
もうやめてほしいと言ったのに、

もう許してほしいと懇願したのに、

彼女はまるで聞こえないようなふりをする。


その指が、舌が、唇が、

どこまでもわたしを狂わせる。


 あのとき、わたしはまだ23歳だった。

 会社でも任される仕事はそれほど多くなく、定時になれば職場を離れて、同僚の女の子たちと共に毎晩のように飲みに出かけた。できたばかりのオシャレな居酒屋、いい男が集うと噂のショットバー、そうでなければ彼を誘う前の下見を兼ねて、夜景の綺麗なレストラン。

 まだ若いわたしたちにとっては、夜の街そのものがとても魅力的だったし、女の子同士で秘密の話を繰り広げる時間はなによりも特別なものだった。

 同僚の中でも、特に優希と過ごす時間は楽しくて、みんなで飲みに行った後、さらにまた店を替えてふたりだけで遅くまで話しこむようなことも多かったと思う。

 如月優希。きさらぎ、という音の響きに加えて、ゆうきという男でも女でも通用しそうな名前が彼女の中性的な魅力に拍車をかけていたような気がする。

 女性にしては背が高く、170センチを少し超えるくらい。ショートヘアで常に形の良い両耳を露わにし、目鼻立ちのはっきりとした顔の中で、まるで何かに挑む様な強い瞳が揺らがない意志を感じさせた。すらりと細身で、仕事の日はいつもパンツスーツをピシリと着こなす。

 洋服の上からでは女性らしい凹凸を見ることはできないけれど、ふと何かの拍子にシャツの奥に見える肌の白さと、意外と華奢な首筋にドキドキさせられることがある。

 外見に違わず、彼女は男性にも負けないくらいの業績を上げていたし、同期の女性の中では唯一の幹部候補生と社内でももっぱらの評判だった。まったく、うらやましい話。こっちはどんなに頑張ったって優希の半分も業績を上げられないっていうのに。


 この日も、ふたりで飲んでいた店のカウンターでそうつぶやいたわたしに、優希は笑った。

「なに言ってんのよ。こっちは亜由美のことがずっとうらやましいって思ってるのにさ」

「なんで?わたしのどこがうらやましいのよ」

 わたしなんて、背も低くて仕事もそんなに出来なくて、ちっとも素敵な女の子じゃないのに。

「いいじゃない、なんていうか、可愛げがあってさ。素敵な彼氏もいるでしょ?アタシには男なんて寄ってきやしないんだから」

「そうかなあ・・・」

 たしかにわたしには彼がいる。でも学生時代から付き合っていて、もうそろそろお互いに飽き始めているのがわかる。電話もメールも、日毎に減っていくばかり。そんなのがうらやましいだろうか。

「優希にさあ、彼をつくる気が無いだけなんじゃない?こんなに素敵なんだもの、その気になれば恋人のひとりくらいすぐにできるよ」

「えーっ、そうかなあ・・・ふふ、じゃあさ、亜由美が恋人になってよ」

 優希は悪戯っぽく上目づかいでわたしを見た。薄暗い照明に照らされた優希の顔は、酔っているのかほんのりと赤く染まっている。またいつもの冗談が始まった。

「そうね、じゃあわたしたちは恋人同士よ。浮気なんかしたら許さないんだから」

 わたしもノリでそう応えてやる。優希はとろんとした目でわたしの肩にもたれかかってきた。

「亜由美こそ。彼よりアタシを選ぶのね?」

「もちろん。あんなやつより優希のほうが100倍良いよ」

 ふたりで声を揃えて笑ったのを見て、馴染みのバーテンのおじさんが微笑ましげな視線を送ってくれた。優希が時計を見る。

「あ、ねえ、そろそろ帰らなきゃ終電間に合わないよ。ここから電車の駅まで行くバスがもう最終じゃない?」

 ああ、いまからすぐにダッシュしても間に合うかどうか。バーテンのおじさんにまた来ますと手を振って、わたしたちは荷物やコートを手に抱えたまま、きゃあきゃあと嬌声をあげながら薄暗いバス停までの道を駆け抜けた。

 目指すバス停は、繁華街から少し離れた人通りの少ない場所にある。わたしたちが息を切らせてたどり着いた時には、無情にも最終バスが発車したすぐ後だった。一応ふたりで運転手さんに止まってほしいとアピールしてみたものの、さすがに信号が青になったばかりの道路では止まってくれなかった。

「あーっ、最悪!バス行っちゃったよー!!」

「あはは、ごめんねえ、もうちょっと早く時間に気づけばよかった」

 優希が申し訳なさそうにうつむいたので、わたしは慌てて優希のせいじゃないよ、と言った。

「わたしだって、あんまりおしゃべりが楽しいから、つい時間忘れちゃって。優希だけのせいじゃないよぉ」

「怒ってない?」

「ちょっと、なんでわたしが怒るの?」

「ほんとに?」

「ほんとだってば」

 街灯が照らしだす優希の表情はちょうど影になって見えない。

 あんまりにも元気をなくしてしまった優希が心配で、いつも女の子同士でそうするようにぎゅっと優希を抱きしめた。

「ねえ、ほら、怒ってないから。元気出してよ」

 やっと優希がちいさく笑った。

「・・・恋人だから、許してくれるの?」

 ああ、さっきの冗談の続きかと思った。だからわたしは、からかうように唇をつきだしてこう言った。

「そうね、恋人だもんね。じゃあ、仲直りのしるしにキスでもしようか?」

「亜由美」

 思いがけず本当に優希の唇が重なってきて、声を出すこともできなかった。柔らかな感触、お互いの唇に塗ったグロスが混じり合う。なにこれ?どういうこと?

 いつのまにか抱きしめられているのはわたしのほうで、優希を見上げるような格好になっていた。優希の瞳が不安げに揺れる。

「いやだった?ねえ、亜由美、こんなの嫌?」

「えっ・・・冗談、だよね?」

「冗談でもいいよ。ねえ、いまだけ、アタシの恋人でいてくれる?」

 明日になったら全部忘れて構わないから。

 そういう優希の言葉は切実で、聞いているほうが胸の痛みを覚えるくらい。いったいどうしたっていうんだろう。酔っているの?あれこれ考えて返事ができずにいると、優希はわたしの手を握り、もう片方の手でちょうど通りかかったタクシーを停めた。

「乗って」

「え?ちょっと」

 優希が運転手に目的地を告げる。それはわたしの家の最寄り駅の名前だった。ここからタクシーだと40分弱。深夜料金が加算されれば、ちょっとした金額になってしまう。

 わたしの耳元に唇を寄せて、優希がちいさな声で囁く。

「だいじょうぶ、アタシが払うよ。ねえ、そのかわり、着くまでの間だけアタシの自由にさせてくれるって約束して」

 自由に?意味がわからない。熱い吐息が耳にかかる。背筋がぞくぞくして、うまく頭が回らなくなった。優希が差し出した小指に、自分の小指を絡める。その瞬間、甘い約束が成立した。耳元の声は繰り返す。

「絶対に動かないで。声もあげちゃダメ」

 わけもわからないまま、優希の言葉に頷く。囁きの後、耳にそっと唇が触れた。

 驚いて身体を離そうとしたのに、両肩を掴まれて動けない。優希の目を見る。そこにはいつもの一筋の揺らぎもない挑む様な光があった。

 唇が重なる。熱く濡れた舌が入り込んでくる。男のそれとは違う、柔らかで繊細な動きが口の中で繰り返される。

 優希の指がシャツのボタンを外し、その隙間から肌に直接触れてくる。唇はまだ離れない。運転手はミラー越しに気づいているのかいないのか、ただ正面をみて無表情に運転を続けている。

 指はゆっくりと胸を這い、下着の奥まで潜り込んですでに敏感になっている乳首にまで触れてきた。乳輪をなぞるような、焦らすような動きを何度か繰り返した後、その先を優しく擦りあげる。

「・・・んっ、もう、やだ・・・」

 彼にもこんなふうに丁寧に愛撫されたことなんてない。乳首は痛いくらいに尖り、ほんの少しの刺激にも叫び声をあげそうになる。もうだめ、これ以上は。

 優希は唇を離したわたしを嗜虐的な瞳が射る。苦しいような、悲しいような、これまで感じたことのない気持ちになって、その刹那、わたしはまた声を失う。

 シャツのボタンはすでに全部外され、下着も剥がされた。運転手の視線など、もう気にもしないように、優希の動きが大胆になる。

 乳房を揉みしだかれ、乳首を舐めまわされ、歯をたてられ、その間もわたしは優希の耳元でやめてやめてと懇願し続けた。

 わたしがやめてと言うたびに、優希の手の動きは止まるどころか乱暴になり、それに呼応するかのようにわたしの身体は熱く敏感に反応をみせた。

 脳裏にいつも社内できびきびと働く優希の姿がよぎる。同僚の憧れの的。パンツスーツの長い足、その裾から覗く細いヒール。

 いまわたしの身体を這いまわる指が、舌が、あの優希のものだなんて。

 そう思った瞬間、足の間がぐっしょりと濡れたのがわかった。

 優希の指はそれを察したかのように、スカートの中からその部分を探り当てる。


 リングひとつ着けていない細い指が、下着の奥の割れ目を撫でる。力が抜ける。足が震える。

「亜由美、かわいいよ」

 ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響く。唇を噛んで、ただひたすら声をあげそうになるのを堪える。指先がクリトリスをそっと弄る。くるくると円を描くような動きはいつまでも続いて、与えられる快感に耐えられずに涙が流れた。

「そんなに気持ちいいの?ねえ・・・」

 ああ、意地悪だ。こんなに下着のなかを濡らせておいて、気持ちよくないはずが無い。同じ女なら絶対わかっているくせに。

 指の動きが変化する。割れ目のその奥へと忍び込む。何度かの試すような動きで、それはわたしの一番弱いところを見つけ出す。

「あっ・・・やだ・・・んっ・・・」

「じっとして。ほら、ここでしょ?・・・いやじゃないくせに、どうしてヤダっていうの」

 指がせっかく見つけたはずの良い場所から離れてしまう。ああ、いま、やめてしまうなんて。

「あの・・・ねえ・・・」

「ヤダっていうから。ふふ、欲しいんでしょう?なんて言うの?」

 もう、我慢できないのに。どうしてこんなときに意地悪をいうの。恥ずかしさを堪えて、優希の耳元で囁いた。

「・・・ほしいの、さわって、ほしいの・・・・」

「いいよ。かわいい亜由美。・・・いっちゃえ」

 指が戻ってくる。激しい動きでわたしのなかを掻きまわす。無意識に腰を振っていて、その恥ずかしさと気持ちよさで気を失いそうになる。

「あ・・・いっちゃう・・・優希、いっちゃうよぉ・・・」

 精一杯、声を抑えて優希にしがみつく。優希は上手にわたしを絶頂に導いたあと、しっかりと抱きしめてくれた。

 それから5分ほどして、目的地に着いた。

 運転手はどうやらすべてをわかっていたようで、意味ありげな視線を投げてきた。

 優希はそれをさらりとかわすように、表示された金額の倍以上を財布から抜き、運転手に差し出した。

「おつりはいらないよ。ごめんね。だいじょうぶ、シートは汚してないからさ」

 運転手はニヤニヤと笑い、「女同士はそんなにイイのか」とつぶやいた後、わたしたちを降ろしてさっさと走り去った。

 
「もう、優希ったらあんなこと・・・」

「なによ、亜由美だって途中から」

「ちょっと、もう言わないでよ!」

 ふたりして自分たちの会話のおかしさに笑った。

 あの夜以来、わたしたちはまるで何事も無かったように同僚として仲良く過ごし、キスをすることも身体を重ねることもなかった。

 それをほんの少し寂しく思う自分を戒めながら、わたしは明日を迎える。

 あの夜から5年。

 明日、わたしはあのとき別れようかとさえ思っていた彼のもとへお嫁に行く。

 優希は予想通り、同僚のなかの一番の出世頭となり、いまもバリバリと仕事に励んでいる。

 あの夜のことが、優希の気まぐれだったのか、それともわたしのことをずっと想っていてくれたのか、それはいまだにわからない。

 ただ、その後、彼女に恋人ができたというような話はいっこうに聞こえてこないし、本人からも聞いた試しがない。もしも彼女の口から、ずっと亜由美のことが好きだったんだという一言が聞けたとしたら、わたしはためらわずに彼女に告げただろう。

 わたしも、本当はずっと前からあなたが大好きだったのだと。

(おわり)



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