☆つる姫の星の燈火☆

バブルとマイケルとわたし~タネを蒔く~

通勤途中に横切る公園のベンチに

毎朝、赤い顔をして眠っているホームレスのおじさんがいた。

怖いし、汚いと思った。

そのうち、おじさんが居ないと心配するようになった。

いつの間にか

おじさんの横を通り過ぎるのが、日常の一部になっていた。

 

ガード下で、東の空に向かってお辞儀をしているホームレスもいた。

頭がおかしいんじゃないかと、気味が悪かった。

感謝すると言う事を全く知らない、私の方が貧しい人間だという事に

気づく事が出来なかった。

 

ある日私は、読めてきた社長の機嫌の具合を見計らって

ひとつ、お願い事をした。

 

「社長、宅建の勉強をさせてください」

不動産業を行うには、一定の人数の宅地建物取引主任者が必要である。

名義貸しは法律違反だが、実際には台頭していたし

この事務所にも、名前だけの取引主任者がいた。

「おう、おめえがもし合格したら、名義借りてる奴に

 無駄なお金を払う事もいらないし、学校行くなら、経費でだしてやるよ」

「いいえ、社長。参考書や問題集だけ買ってください。自分で勉強します」

「おう、わかった。好きなだけ買ってこい。事務所が暇な時間、読んでてもいいよ」

 

暇と言う時間が、必要な時間に変わった。

勤務時間の大半を、勉強の時間に充てる事が出来た。

 

おしゃべりな社長は、うちの事務員が宅建の勉強を始めたべ、と

来る人、来る人にしゃべりまくる。

業界には実務は十分こなせても、資格試験には何度も落ちている人が沢山いた。

 

「合格したら、お祝いを頼むよ」

と、社長が色んな人に、無駄な催促をしている。

 

どうせ、受かるはずがない。

それが全員一致の見解である。

だから、合格したら何でも買ってやると豪語する人もいた。

 

とある日曜日。

私は何年振りかに、試験会場の机の前に座っていた。

 

数学の試験に追いかけられる夢を、やっと見なくなった所だった。

 

「独学で受からなかったら、学校行けや」

社長の下手なエールを思い出しながら

試験開始の合図と同時に、カリカリと鉛筆を鳴らす。

 

頭の中の「宅地建物取引」の引き出しが開いて

そこに入っている記憶だけが

一本の鉛筆の先から、解答用紙に流れこむ。

鉛筆が、ぴたりと止まる事が数回あったが

一気に問題を解き終えると

見直しをすることもなく、30分ほどで試験会場の部屋を出て家にかえった。

試験の結果は2ヶ月かそこら先の話だ。

自信があった訳ではないが

やる事をやったら、結果を気にしてみても、何の意味もない。

 

ちなみに、現在

私の頭の中のその引き出しは

すっかり錆びついて開かなくなっている。

 

翌日の月曜日。

しけんうけてきました~、と軽く報告する。

社長も、あっそう、と軽く受け流す。

しかし午前中に、他の不動産屋の誰かが

どこからか入手した試験問題と解答を、FAXで送ってきた。

ううむ。そういうルートがあるのか。

 

社長が意味不明の笑みを浮かべ

「調べてみれや」と、FAXを手渡すと

気を利かせてか、湯呑茶碗を持って

来客用に区切ってある、すりガラスの衝立の向こうへ行き

皮ばりのソファにどさっと音を立てて、大きなお尻を沈めた。

 

写して帰った試験の答えと、送られてきた解答を見比べる。

 

日当たりのよい私の席は、晴れた日には机が眩しくて困る。

目の前にある駅に、電車が入って来る。

しばらくしてベルが鳴り、

駆け込み乗車はおやめ下さ~いと、アナウンスが聞こえる。

ガタンゴトンとホームから滑り出て行く電車に、ちらりと目をやって

「・・・・・・・・・しゃちょう・・」

感情を殺して、声を発する。

 

「おう、まあ、次もあるし、がっかりすんな」

そう言って、お茶をすする。

 

「・・・受かってます」

 

衝立の向こうで、社長の影が立ちあがった。

「ほんとうか!?まちげえねえかい?」

 

「この解答が間違いなければ、高得点で合格してます」

 

社長の影が、すりガラスから出てきて実体となる。

小さな目をまん丸に開いている。

そのまん丸な目は、

やがて脂ののった頬の肉に押し上げられて細い弓型になり

屈託のない笑顔が出来上がる。

 

まさかの一発合格。

 

それからは大騒ぎ。

正式な発表はまだ先の話なのに、次から次へ、社長が電話を掛けまくる。

 

「うちの事務員が、一発で宅建の試験に合格したぞ」

 

正式な合格通知も来ないうちから

何か買いなさいと、現金をくださったり

高価な腕時計をくださったり。

ホストクラブに連れて行ってくださったり。

もっとも、このホストクラブというのが大笑いなのだが

それはまた別の時に。

 

そうそう、受かったら何でも買ってくれると言った人もいたけど

どうしたのかなあ。

 

 

 

愛想笑いの陰で、タネを蒔いた。

どんな花が咲き、どんな実がなるのか。

大きな木になるのか、地面を這う草か、わからないタネだ。

きっと、芽を出すために

嵐も太陽も雪も風も、全部受け止める覚悟で

正体不明のタネに、そっと土を被せる。

 

 

 

つづく

 

 

ご訪問ありがとうございます。

 

感謝をこめて                                つる姫

 

 

8月3日の月


私の好きなものは笑顔。笑顔は世界を救うと信じるつる姫のブログです。

コメント一覧

つる姫
SEIRO_NAKAIさん
あはは。
全ての解答はお会いした時にお話しします。
あっ、これはフィクションじゃった。
SEIRO_NAKAI
ふむふむと、妄想を。
つる姫さま、こんばんは。
今日の広島も、暑い&暑い1日でした。
あまり外には出ませんが、移動時に外気にふれ、もわぁ~と、汗を出しています。TOKYOも、同じなんでしょうねえ。

さて、つる姫さまが、宅建をもっておられるとは、初めて知り、また、びっくりしました。独学での宅建収得、立派です。もちろん、その免許をどれほど酷使されて人生を歩まれたのかは、のーてん気な僕には、知る由もありません。


さて、ここで、つる姫さまの宅建合格お祝いの妄想を・・・。

・帯封ありの現金・・・さぞ、おもかったでしょうねえ。うら若きつる姫さまは、初めて目にする帯封付き現金をどこに隠されたのでしょうね。気になります。

・高級腕時計・・・ブルガリでしょうか、それとも、ティファニーでしょうか。うら若きつる姫さまの腕には不似合いな高級腕時計の重さをどのように感じられたのでしょうね。気になります。

・高級ホストクラブ・・・新宿でしょうか、それとも、六本木でしょうか。うら若きつる姫さまには、イケメンのホストたちに目がくらまれたことでしょうね。気になります。

・何でも買ってやる・・・きっと、つる姫さまは、軽井沢か、箱根に別荘を買ってもらったのでしょうね。うら若きつる姫は、その別荘をどのように使われたのでしょうね。気になります。

バブル時代のおじ様族の口癖は、「ほしいものを、買ってやる・・・。」「どこへでも、連れていってやる・・・。」「なんでも、ご馳走する・・・。」は、常套句だったように記憶しています。

激動の時代を果敢に生き抜かれたつる姫さまに、敬意を。

すてきな夜を。
つる姫
るみこさん
コメントありがとうございます。
まぐれで受かったんですよ、とは言わないで(笑)
やはり、勉強時間の多さだと思います。

そろそろ「マイケル」の秘密も・・・。
るみこ
さすがつる姫さま!
勤勉さと優秀頭脳で周りの予想を覆したのですね ^・^

着々とつる姫さまの構想が実現されていく展開が
とても興味深いです。

ちなみに、タイトル中の「マイケル」が何かということも
近い内に明かされるのでしょうか。
(それとも私が見過ごした・・・とか?笑)

つる姫
メグランさん
コメントありがとうございます。
このところ月が綺麗ですよね。

はい、次の台風が来る前に緊急脱出 笑
今度は北上ですかね。

今からメグランさんのブログに行きます~~。
メグラン
つる姫さん、こんにちは。
いつもながらお写真ステキですね
8月3日は、私も月の写真を撮ってましたよ同じ頃に、同じ空(遠いですが)を見ていたのかなと思うとステキです

息子さん、やっと脱出できたようですね
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