禍福は糾える縄のごとし
この数年、実感している言葉の一つです。
冷静に考えてみると、今の私には福の方が多い。なのに数少ない禍が気になる。
それだけの話なんだろうなあと思います。
その辺の感受性の違いが、人のプラス思考マイナス思考というものなのでしょう。
よい事があっても素直に喜べない人間っているんです。
それはよく言えば、かつての経験を忘れず、いつの時も有頂天になってたらいけないという、自戒のできる人間という事かも知れません。
何か悪い事が起こると、自分のせいじゃない事にでも、自責の念にかられる人もいます。
前世で余程悪い事をしたのだろうか、などと。
生い立ちや体験から、数少ない不幸を探しているかのような人もいます。
世の中には、他人を利用してのうのうと生き、それなのに何の罪悪感も持たず生きている人がいます。
人間として屑でも、その人自身は不幸ではないんです。
いい人ほど傷つく。他人を想い、裏切られる。
何かあるたびにあたかも、すべて自分に責任があるかのように思ってしまう。
もう、やめましょう。悪いのは自分自身の行いとか前世の功徳とかではないのです。
あるのは「今」
今生きている自分を好きになり、自信を持つこと。
ちょっとハメをはずしましょう。
足枷をはずずように。その足枷は自分自身でつけたものだから。
しあわせはいつも自分のこころが決める。私の好きな言葉の一つです。
しあわせはなるものではなく、きづくもの。これは七福神めぐりで出会った言葉です。
辛いという字にたった一本足せば幸せという字に変わるんです。
その一本は、自分自身で引くんです。
その線を引く鉛筆を、素直に受け取りましょう。
あなたのまわりには、きっとその鉛筆をプレゼントしてくれる人がいます。
感謝をこめて
つる姫
私は羽目を外して、髪の毛をピンクに染めました。
(爆)
(ブログ開設から2551日)