ぼくぽてちん忘備録

a chainless soul
ずーっと夏休み

不羈磊落

2024-03-27 06:37:00 | 日記
【背負家】
野村忠宏さんが高藤さんを背負いでぶん投げているのみて、
あれ?そんなに。。。たいしたこと。。。

そうなんだよね。
おれたちは、とんでもない背負家、五十嵐先輩にぶん投げられてきたんだよね。
簡単に解説すると、
野村の背負は
①前動作の上半身が大きい。相手を大きく開く。
②その間、下半身は深く入り込む。滑り込む。
③右釣り手と、背中で相手の位置を一旦確認する。
 (背負い投げは相手に完全に背を向けるため)
④そして投げ切るモーションに入る。
⑤引手の軌道に合わせて釣り手を使って投げる。
⑥投げ終わりの引手は引き切った状態、釣り手は脇を固めた状態。
そうして一本、乃至はその後の寝技に移行できる完璧な背負が完成する。

一方、我が弱小明治学院の『五十嵐背負い』は説明しようがないのよ。
試合(乱取)開始から、相手の波長というか動きを見てるんだよね。
兎に角、迫力が半端ない(サイズは私と同等170cm弱60kg)。
恐らく組んだ手先からその感覚を完全に掌握している。
ここで上記③の確認を終わらせている。
①②は一瞬、相手の力も利用するし、てめーの力も半端ない。
そっから先③④⑤は、まじで解説しようがない。
ぱかーん五十嵐先輩の真下に相手がいるのよ。

ぶん投げられている本人でも、試合で客観的に見てても
35年経った今でも説明できない。
⑥がへたくそなのか、投げられてる相手が速すぎて、ついてけないのか
1.5回転⇒有効、2回転⇒無効、が多く1試合で相手がくるくる回されちゃってく姿を何度も見てた。

五十嵐は顔もかっこよすぎちゃったせいで、
全日本の選考試合、ラブホテルでバックレるという。

間違いなく明治学院史上唯一の世界を視野に入れられるだけの
技術、センス、勝負勘、特に負けん気(これかっこよかった)の持ち主だったと思う。
五十嵐以上の背負、いまだに見たことないもん
どんな世界大会でも。
おれらも五十嵐のおかげで強くなれたし、五十嵐のおかげで根性なくなっちゃって、女に走ったなぁ
ほんとに練習しないヒトだったなぁ
んで、全てに於いて五十嵐先輩に勝てなかった。


【5分間と1時間55分】
「桜井さんはヒダリですよね」

4年ほど前、私は毎週月曜日早朝に鹿島神宮から高速バスで出勤していた。
鹿島神宮を大体6時前後発、東京駅行、丁度2時間の行程。
その頃、何となくはまっていたyoutubeがあって、その主は必ず毎週月曜日の朝6時に配信する。
その構成・内容が秀逸で、主に哲学、哲学者の主張、背景それに派生する事物を、淡々とその書籍、時には意訳者の意に沿う形で、説明する。
恐らく感情豊かな人だと思うが偏りを敢えて減らす狙いか、
極めて淡白に、冗長的に解説する。
時間は5分。
私は車中、その5分に極めて集中する。
2時間を使い、
反芻しながら聞く。
同時にアウトプットを意識して腹に落とす。
周辺事実をスマホで調べながら、さらに深める。
私の秘密のアウトプット場所に書き出す。
首都高に差し掛かる頃にはAmazonで注文終了している。
もう一度聞きなおす。
あっという間に2時間。

読書再開のきっかけを作ってくれた人。
丁度、久里浜退院から一年程度の頃だった。
何せ声がとても素敵。
強い感情を頑強に抑えた、優しいトーンで丁寧にあらゆる角度からも漏れがない、死角なく説明をする。
この主は、兎に角謎で、ごくごくたまに出る「素」を見逃さず、想像することも楽しみの一つであった。

私のこの脈絡ない日記のように、誰の為でもないアウトプットが目的だったのかもしれない。
どこかの誰かが拾ってくれるかな?
そんなものだったのかもしれないが、何せ完成度とレベルが高い。

月曜日の朝6時という誰もが憂鬱なこの時間に、ぽっかり緩やかな、世間にほっぽられた時間で脳みそをフル回転させられる、途轍もない贅沢な時間だった。
あれから4年、この不思議な声の持ち主とZOOMで話すことになった。
私は、忙しくない時はてめーの理解のほどを顧みず、コメントを残してきていたので、声の主も把握なさっていたようで、本題の用件はさっさと済み、
何となく普段彼が配信で敢えて話さないイデオロギーのようなものに触れてみた。
彼は私を冒頭のように評価してくれた。
びっくりした。
初めて言われたかな。
確かに私は話が合う唯一の年配者は、元活動家の弁護士先生。
江戸期の社会システムを望み、その思想家を好むところが多く、
その後の時々の実践家を好む。
「復古主義ですから」
このようなことも言っていた。
まだ頭の中を整理できていないが、
言葉にできない程の清々しい気持ちになった。
そうか、確かに近現代の右が大っ嫌い(近現代しかないかこんな分類)

ケインズが『雇用、利子及び貨幣の一般理論』を発表した年に、
高橋是清さんは殺された。
世界に先んじて貨幣、雇用、利子を理解していて実践していた最中に
是清さんは明治期の金井延「財政學 完」を参考にしていたと思う
寧ろケインズがパクったんじゃねーかって真面目に思う

そうして、敗戦後の日本は最終責任転嫁先を失い、
それでも最終転嫁先を利用し、
ミギを自称しながら、
自滅した。
特に遊び倒した戦後生まれの1970~90年代の過ごし方は酷かった。
彼らは’60s~’70s学生運動をした。
社会に出てみたら、彼らの卑近の先輩方のおかげで、インフラは世界最高峰。
’80s~’90sを徹底的に遊んですごした。
対抗したはずの資本主義の下。
恐らくこの間、イデオロギーなど皆無であったであろう。
明治維新よりも強烈な日本破壊の前兆にあった。
そして'85悲劇が起きた。
'85〜'89は酷く、わたしが長年記録している年表を見ても、その影響が、90sに反映されている。
以降の凋落は酷いものだが、
時の日本人はまだまだ遊んだ。
'60sに築き上げたインフラを更新する事なく遊び続け、
'00s改革を礼賛し惚けて引き受けた。
このことの詳細は別で記す。

右によって勝手に自滅してきた近代史
右が江戸期の社会システムを壊し、
右が高橋是清さんを殺した。
敗戦によるアメリカ支配?
違うよ、敗戦後、しばらくして
右によって自滅してるだけなんだよね。
今もなお。

確かに右が大っ嫌いなのかもしれないね。

私の起点は、現存日本人が歴史的事実に対し深い憂慮を以って、必ず反省することを要件とする。
そして修正する、復古主義者
蓋し、ミギ、ではないのかもしれない、
但し、開国攘夷を唱えている限り、ヒダリでもないのかもしれない
”ウソ”は嫌いなんだよね



【言説・嘘】
「彼女の中では何が真実ですかねぇ」
聞いてもいない相手に、夜なべして用意した辻褄(嘘)なんて話しまくってるから、本筋がバレる。
それどころか千里を走る。
構文レベルが大衆記事だから、大衆ウケする。
話しっぷりも大衆記事(自意識過剰)そのものだからね。

【言説・正直】
令和6年3月16日、最後の言葉
「えー私ですねぇ
私の個人的な、性格とある意味生き様であると思うんですけど、
嘘。つかないことにしてるんですね
で、なんでかっていうと
嘘。つくと、その後の発言と矛盾しちゃんですよ
でも本当。のことを言い続けてると、別に、その、一生懸命(ついた嘘を)覚えなくても、噓言ってないから矛盾が生じないので、その方が、ずっと、楽、なんですね
で、私は他の人よりも謝るのが得意なので、今までも何度も舌禍事件というもの起こして、で、そん時にどうやって対処してきたかって言うと、土下座して謝る”申し訳ありませんでした!”で、じつは日本医師会とも大変なトラブルを起こしたことがあって。。。」
「〇〇の真実」なんていうちゃちな話ではない。
彼は、”正直に生きなさい、おれは正直に生きるぜ”ということをとんでもない真実をぶら下げてご講話なさってくれたのだと思う。

【言説・借用】
私は、「〇〇がこう仰っていますから!!」
この手の言説が大嫌い。
「〇〇の真実」これまた大衆ウケする話ばかり。
何やら仮想敵から日本を守ろうとしているよう。
「こんなことしていたら〇〇に消されちゃいます。」
ばーかはなから相手にもされてないのよ。
自意識過剰な嘘つきと同じになってしまう。

【言説・脱力】
ただ、人の話は聞く。
その上で、自分で整合性が合うまで調べ、違和感をなくすところまで徹底的に調べて、自分の言葉で自分のノートに筆記する。
借用していても責任は転嫁できない、よって自分の責任に於いて自分由来の言葉で話す。
極めて脱力する。脱力しながら怒るときは怒る。諭すときは諭す。
これね、実践していると分かるんだけど、
嘘言説・借用言説の人には通じないのよ。
ここに更に善意・悪意が加わる。
善意=知らない、悪意=知っている、という法学的意味。
この4種類は私的には避けるけど、公的にはこればっかで参るのよね。
だから、私的にはそういう人たちを避けて付き合うようにしてきて、今、の結実があると思う。
但し誰であっても、正直に話をする。
敵を前にしたって、公人を相手にしたって、
先生の前だって、たとえ神さまの前だって歌舞伎町の本当の話をする。
おしまい





あ!今日はてりやきマックバーガーの日だ
あれ以来か
はらぺこで臨もう
ウチから歩いて千鳥ヶ淵行って
お花見しながら

睡眠もぐちゃぐちゃ
寝る




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