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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

映画『ハゲタカ』感想 ~派遣労働者の連帯とシニシズム~

雑誌『POSSE VOL.3』のテレビドラマ特集でも取り上げた『ハゲタカ』の劇場版が6月6日に公開された。ストーリーの本筋じたいも金融危機を踏まえた怒濤の展開でなかなか迫力があるのだが、ここでは、その一要素として描かれる、派遣労働者の労働組合運動について一言感想を書いておきたい。(※ネタバレありですのでご注意ください)

07年に放送されたテレビドラマ『ハゲタカ』は、金融ファンドによる日本の大企業の買収劇を描きながら、経営や雇用、労働のあり方について問いかける意欲的な作品だった。
金融ファンドは利益のために会社のことなど全く考えない「ハゲタカ」なのか、バブルのツケを清算できない「腐った」日本の経営を立て直す「救世主」なのか―。このテーマはなかなか面白かったが、結局ラストは、「古き良き日本的経営」にあった「誇り」として、会社への帰属意識が守るべき価値として据えられ、日本型雇用のあり方までは問われなかったことが残念だった。

しかも、ドラマ版では、「我々のような赤字部署は会社の犠牲になって当然だってことですか」「カネの問題じゃない信義の問題なんだ」と、リストラに抗議する正社員の労働組合が登場する。彼らの訴えもあり、労働者をむやみに切らずに日本的経営の「誇り」を受け継ぐという路線が追求されるのだが、最後まで非正規雇用労働者についてはほとんど描かれていなかった。

しかし、昨年の金融危機を受けて急遽もともとのストーリーを変更したという映画版『ハゲタカ』では、派遣労働者・守山が登場する。彼は、「日本国そのもの」とまで言われる大手自動車会社「アカマ自動車」で働いている。そして彼は、職場の派遣の仲間を集め、集会を開き、デモやストを計画するのである。

…と書くと聞こえは良いのだが、実はそれもこれも玉山鉄二扮する劉一華率いる中国系の金融ファンドがアカマ自動車を買収するために、守山を焚きつけた結果だったのだ。

確かに、「俺たち部品なんだよ」「誰でもいいんだ」「「誰か」であっちゃいけないんだ」と派遣の実態を訴える守山に劉が「派遣が解禁されたのは、中年の既得権を守るためだ」「「誰か」になれ!」とファミレスで説得するシーンは、なかなかスリリングだった。

そして、守山はアカマ自動車による、労災隠し、派遣労働者の外見などの特徴のリスト化、派遣を期限の3年直前で切って3ヶ月クーリング期間を置いて再び派遣として雇うなど、ここ最近話題になった問題を一通り行っていたアカマ自動車を告発しようとする。

しかし、アカマ自動車への交渉の材料としてその運動を阻止(何人かに正社員化を約束することによって!)してみせることで、劉はアカマ自動車を買収することに成功する。結局彼らは利用されただけだったのだ。派遣労働者の連帯の可能性が、結局カネの前に屈してしまうというあんまりな展開だ。怒った守山が劉に抗議するも、彼もまた、劉から渡された400万円を受け取ってしまう。

この作品において、結局この社会を動かすのは金融ファンドと経営者でしかない。労働者はそのなかで翻弄されながら、真面目に働くことしかできないのだろうか。「良心的」な経営者や「良心的」な金融ファンドが持っているかもしれない日本型雇用の「誇り」に参加できない労働者たちには、個人主義的に自分の力で這い上がる道しか残されていないとでも言うのだろうか。

現実には、自動車などの製造業の派遣労働者の労働組合は日野自動車ユニオンなどをはじめ活躍しているし、京品ホテルの運動にも見られたように、ハゲタカファンドに対抗する労働組合の運動もある。また、フランスでの金融危機に対抗する労働組合の活動に関しては、6月発売の『POSSE vol.4』でも触れている。なぜ、映画が現実に追いつくことができないのだろうか。

なお、テレビドラマにおいて、派遣労働者の組合がカネによって買収されるという展開は、実は今年放送していた『銭ゲバ』でも描かれていた。劉からもらった札束を守山がかき集める姿に、『銭ゲバ』で労働組合に参加していた派遣労働者が大金をもらって主人公の犯罪に協力するシーンがダブって見え、非常に悲しくなった。

結局、テレビドラマや映画の中では、日本型雇用を超えて労働者が連帯することはできないのだろうか?

映画『ハゲタカ』では、正社員化に目がくらんだ仲間によって、企画していた派遣労働者の集会がつぶされてしまうシーンがある。散会し、もはや誰もいなくなった広場に向かい、ひとりメガホンをもって守山が必死で叫び続けるシーンが、非常に印象に残った。「みんな、「誰か」になるんだ!」使い捨てられる部品としてではなく、一人の労働者、人間として生きていきたいという切実な訴え。少なくともこの瞬間、守山自身は、決して自分の利益だけではなく、派遣労働者全体の立場について思いをはせていたのだった。このシーンじたいは胸に残るものがあった。

こうした登場人物の思いが、カネの前に挫折するというシニシズムではなく、実際に社会を動かす力になる―そんな作品が求められているのではないだろうか。
一応これまで登場しなかった派遣労働者の運動が次々と映像作品として登場していることじたいは、確かに進展だろう。しかし、その次の段階に行くという壁が越えられていない。このままでは、単に非正規雇用労働者の運動が「ブーム」として消費されているにすぎない。現実の労働運動が、実際の運動をつうじて、社会を変えていくロールモデルを提示し、そして発信していくことが重要な課題になってくることだろう。

今年は、『蟹工船』、『沈まぬ太陽』と労働組合が出てくる映画がまだ公開を控えている。こちらも要注目だろう。ちなみに、守山役の高良健吾は、『蟹工船』でも労働者役である。

なお、『ハゲタカ』や『銭ゲバ』などのテレビドラマと貧困、労働の描写の関連については、『POSSE vol.3』で特集していますので、ぜひご覧下さい。(坂倉)
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