本日は第六十七世日顕上人の御命日です。
唱題会で参詣してまいりました。
あらためて思うに、これまでのことを振り返れば、折伏で笑われたり、キレられたり、小馬鹿にされたり・・・そんな目に遭って当然なのです。自分もそうしてきたのですから。それを振り返らないで折伏している相手のことを言ってしまっているようでは、やはり無理なのだなと。
自分にもまだどこか遠慮?のようなものがあるのではないでしょうか。この信心は隠れてコソコソやるようなものでは決してありません。けれども、知らず知らずに自分から人を遠ざけて(はばからせる?)いるような気がします。原因がわかりません。
これでは何もかもうまくゆくはずがありません。
正々堂々、コソコソとしたり恥ずかしがったりするところなど微塵も無く、信心するべきです。思いっきり御本尊様に心をこめて唱題するところから点検し直さなければなりません。