昨日の茅ケ崎と同じく、富士山と矢倉岳の頂上を結んだ線は、江の島の遥か先の海原を通っている。陸地でその線上に最も近い所に立つには、海に突き出した所に行くしかないので江の島に行った。
富士山だけではなく、箱根や丹沢の峰も望める。画面左側は箱根の明神ヶ岳、そして尖った山は金時山である。一方、肝心の矢倉岳は霞みの中で埋もれている。
同じ画像に矢倉岳の位置を示した(何故か文字が甘くなってしまっているがご勘弁ください)。江の島を巡るには幾つかのルートがあるが、「エスカー」というエスカレーターには乗らず、右回りの遊歩道からの遠望である。
右には「江之島亭」、このように観光地らしい道を進んでいく。この先に「江島神社 奥津宮」がある。
「奥津宮」から左に行くと、「魚見亭」「見晴亭」など飲食店が並んでいて。目の前に視界が開ける。
階段を下って行くと「稚児ヶ淵」といわれる海岸(磯)に出る。
稚児ヶ淵 | 観光スポット-江の島 | 藤沢市観光公式ホームページ (fujisawa-kanko.jp)
そのまま島をまわって行けば「江の島岩屋」に着く。
江の島岩屋 | 観光スポット-江の島 | 藤沢市観光公式ホームページ (fujisawa-kanko.jp)
富士山と矢倉岳の眺望は、あまり島をまわりこむと無くなってしまうので、再び来た道を上り返した。
振り返ると釣り船だろうか、丁度良い構図に収まる画像が得られた。
日本武尊の東征ルートには様々な説がある。〈故、尾張国に到りて、尾張国造の祖美夜受比売の家に入り坐しき〉と古事記にあるように、尾張から駿河を通って「焼津」での〈向火を著けて焼き退けて・・・〉足柄山(矢倉岳界隈)を越え、比較的海岸線に近いルートを移動したとする。だが、この「焼津」は駿河(静岡県)とするか、神奈川県厚木市小野とするか二説あるらしい。
このことから、足柄山を越えてからのルートが矢倉沢往還に近い道筋※1 なのか、或いは曽我山の六本松越え※2 の街道なのか、という妄想が生ずる。矢倉沢往還ならば、厚木市小野へのルートとして適している。
深追いはせずに妄想に遊ぶこととする。
※ 小田急線路際歩き#5・・・渋沢~秦野 - ムラカミの公開制作的ブログ (goo.ne.jp)
このリンク先に「矢倉沢往還」の石碑の一例がある。 https://goo.gl/maps/KKEbejaPTcnNkAnQ6
※ 「富士山~矢倉岳ミステリー(仮題)」・・・大磯丘陵からの眺め - ムラカミの公開制作的ブログ (goo.ne.jp)
「六本松跡」は、鎌倉時代にこの地の豪族が鎌倉に馳せ参じるルートだったと、六本松跡に立つ説明板には記されている。地形的にも古くからの道筋だったことが想像される。
古事記の記述は「日本古典文学全集 古事記 上代歌謡 小学館」より引用。
次回に続く。
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