NoblesseΘOblige

持つべき者の義務。
そして、位高きは徳高きを要す。

8、ある日のお友達

2012-07-29 | 海の向こうの家の事情。



 「とりあえず、これからの生活をどうするか…だが」

 「外にうかつに出たら危ない…だっけ??」

 「そうだ。まだテレビでは報道されてないようだが…流れてたラジオはFMだ。県外へ出ればこっちのものさ」

 僕はそういったが、美都は猛反対した。美都は僕が思っていた以上にこの家が気に入っているらしくて、ここを離れたくないという。美都は何としても動かないつもりのようで、僕は新しい案を考えた。

 「じゃあ、信頼できる友達に買出しを頼むか…」

 「え!?お兄さんに信頼できる友達なんているの??」

 なんて失礼なこの娘。いい友達はいなくとも、信頼できる友達はいる。僕はそう公言した後、携帯を取り出して、ある番号をプッシュする。相手はすぐ出た。まるで暇人じゃないか。というか、今日今この時間は学校じゃ…。

 “サボってねぇけど。お前と違って真面目だからよ”

 「うるせぇ。僕は暴力沙汰を起こしてないよ」

 “お前が戦略立ててんだろ~が!!”

 「まあまあ、とりあえず。学校早退して、僕の頼み聞いてくれよ、こっちきて」

 “あ?しょーがねぇなぁ、お前、めったに頼みごとしねぇ癖に”

 「めったにしないから、言ってるんだよ。じゃあ、今から場所説明するから……

 僕は、この家の場所を説明して、電話を切った。美都が僕の服を引っ張る。

 「その人…なんかあやしそうだったけど…大丈夫??」

 「ああ、一応。見た目ワルっぽいけど、ちゃんと信念通ってるから説得しやすい」

 「なんかお兄さんって…」

 「ん?」

 「策士だね」

 それがほめられたのかはよくわからないが、とりあえずスルーすることにした。そして、彼の到着を待つ…。待つこと30分。予定よりずいぶん遅れてはいるが、文句は言わない。扉を思いっきりノックする音が響く。美都だって、慌てて自分の部屋から出てきた。

 「おーい、竜樹~。いねぇのか?人呼んどいていねえならこの扉ぶっ壊すぞ~??」

 「い、いるって!!返事もしてないのに壊すとか言うなよ」

 僕は急いで扉を開ける。美都に、自分の部屋に戻るように合図してから、扉を開けると、やはりそこには彼が立っていた。ていうか、僕が呼んだのだが。彼は僕の学校の友達、頼れそうだけど、人に頼られない。見た目不良。温厚篤実容姿冷淡。優しい不良という奴。

 「ったく。もうちょっと普通に登場できねぇのかよ……」

 「しょうがねぇだろ、カルシウム不足だ」

 「カルシウム不足のイライラを僕にぶつけるな、伊織」

 彼の名は、祀祇伊織(マツリギ イオリ)。女のような名前だが、ちゃんとした男だ。伊織と廊下でぶつかって、僕がビビりまくってたら、向こうから謝ってきてくれたのでびっくりした…というのが始まりだが、この話はまた今度。

 「それで、話って何だ?」

 「それで…じつは…これこれこうで………」

 ――――――――――――――――――――

 「ハァ!?小さい女の子誘拐したって?」

 「確かに小さいけど、中身は中学生」

 「それで、太鼓の達人??」

 「そこはどうでもいいけど…まあ、とにかく任意誘拐だ」

 僕は、床の扉を見つめながら答えた。美都…この話聞いてんのか?聞き耳でも立ててんのかな……??とりあえず、事をかいつまんで説明した僕は、改めて伊織に頼んだ。

 「伊織も知ってると思うけど、僕ら……今捜索願出されてて。これじゃ、ちと困るんだ…。まだ家に帰すわけにはいかない。いろいろあってだな……。だから、協力してくれないか?」

 「誘拐に?」

 「いや、食料その他調達に」

 「パシリってことか?」

 「そ……そうじゃないけど」

 「竜樹はいつだってそうだ。嫌なことなら真実でも目をそらそうとする。そこはお前の悪いところだ」

 「………」

 「でも、協力はしてやる。お前のダチだからなぁ」

 「伊織」

 「追われる身の気持ちは分かってる。探されてるのに逃げる気分は分かんねぇけどな。どう行動すべきかは十分に把握してる」

 「ありがとう」

 「………そ、そんな露骨に褒められたら照れるじゃねぇか……」

 照れるというより、デレたな。やっぱりこいつは悪い奴じゃない。皆の誤解は相当激しいな。

 「んで……その子はどこだ?」

 「は?」

 「だから…その小さい子だよ」

 「えっと、中2だからな。身長が低いだけで」

 僕は断りを入れてから、床下のドアをノックする。美都はすぐにドアを少しだけ開けて、僕を見てくる。出てきていいよ、と合図すると、美都はゆっくりと出てきた。美都は最後の数段を飛び越え、すこしスカートを整えた。

 「で、その人がお兄さんのオトモダチ?」

 「ああ、祀祇伊織。見た目怖いけど、中身は優しいから。安心しろ」

 「ふうん………よろしく?祀祇さん」

 美都は少し、いや、かなり見上げながら呼びかけるように言う。伊織は、少し目を開いて小さく、よろしく……といった。あれ、少し伊織の勢いがそがれたような……。まあ、いいか。

 「おいおい、この子。超可愛いじゃねぇか」

 伊織は僕に囁く。僕は苦笑いしながら美都の顔を見る。美都は、ん、と何かに気づいたかのようにしてもう一度口を開く。

 「立原美都って言うの。ワザワザすいません」

 「い、いや…いいんだ」

 「でも、アタシはお兄さんしか、信じないから。………たとえ、お兄さんのお友達でも」

 美都は冷たく言い放って、僕のうしろに隠れた。僕としては、嬉しい発言なのだが、伊織にとっては少々落ち込む発言のようだった。まったく、行く先が案じられる。この2人の仲は、これからも少し警戒しなければならないな。





7、ある日の大きな事件の始まり

2012-07-07 | 海の向こうの家の事情。




 いつだって、きっかけはどこにでも潜んでいた。
 僕らの関係は一口で言えるものではないが、あえて簡単に言ってしまえば『犯罪者』と『被害者』だ。僕が『犯罪者』で、美都が『被害者』だ。そこまできつい関係ではない。もう少し、いやかなり砕けた関係だが、その立ち位置がなんともいえない……。
 僕は美都を「かくまう」ために、海沿いの家を用意し、警察からか、美都の親からか、ここからでは見えない何かから守っているのか、よく分からないが、僕はとにかく自分の勘で進んできた。そして今、壁にぶち当たるということだ。

 「………うそだろ…おい」

 僕はいつものように、自分の部屋、つまり一階でラジオを聞いていた。美都も朝ごはんを食べていたため、この部屋にいた。美都は、朝ごはん代わりというアイスキャンディをなめながら、僕に近づいた。

 「どしたの?お兄さん」

 「コレ……聞いてみろ」

 僕は、ラジオを美都の方に向けた。美都はラジオに耳を傾ける。

 「……現在、高校二年生の一之瀬竜樹さんと中学二年生の立原美都さんはともに行方不明になってから4日が立っており、また4日前に都内のゲームセンターで目撃されています。なお、目撃情報によると2人はともに行動していたとみられ、警察は、一緒に誘拐されたものと見ております。しかし、誘拐犯からの脅迫などは、両者の両親ともに届いておらず、事故と事件、二つの線で捜査しております。また、一之瀬竜樹さんのご両親は………」

 「もういいよ」

 美都は、耳をふさぐようにして言った。

 「もういい、聞きたくない。いや、いや、いやぁ!やめて……」

 「み、美都…落ち着け!」

 僕はラジオをすぐに消し、美都はふらふらと自分の部屋に行こうとするが途中で足がもつれてしまい、倒れこむ。僕は美都に駆け寄り、美都を抱き寄せる。

 「いやだ……あの人が来る。お…お父さんが……来るよ…………。お父さんが……お父さんが、捜索願出したんだよ…。アタシを……美都を連れ戻すんだ…。嫌…帰りたくない…帰ったら、また…また……」

 美都はそこで言葉がつまった。美都の目には大粒の涙が浮かんでいて、いつこぼれてもおかしくなかった。僕は何も言うことができない。大丈夫だ、なんて無責任な言葉は言えない。僕が何かできるという保証はない。まさか僕まで探されるとは思ってなかった。僕の親はどうせ警察が来たときでも適当なことしか言わないのだろう。だとしたら、美都の父親が何かしらの情報をつかんで僕も一緒に届を出したのだろうか。そんな推測をしながら、僕はまだ美都を抱きしめる。美都はもう既にぼろぼろと涙をこぼしていて、その表情は恐怖で埋まっていた。

 「美都……」

 「うぅぅ…(ヒック。何よ…お兄さん」
 
 「……まだ僕はここにいる。まだ捕まってないよ。まだ帰らなくていいんだ」

 今の僕にはこれしか言えない。それでも、コレが一番いいと思った。
 このあとしばらく、美都が泣きやむまでずっとこうしていた。その間に、一度だけ美都が自分の事を「アタシ」といわず、「美都」といったことなど忘れてしまった。

 「それで……一体どうすんのよ。お兄さんまで探されるなんて考えてなかったし…」

 「そうだな…ったく。うちの親は何を言ったんだ。別にプチ家出としか言ってないのに…」

 「ん~なんか………」

 「なんだ?言いたいこと言えよ」

 「お兄さんの家族って……楽しそう」

 美都が本当にうれしそうに言った。美都は今まで、こんな温かい家庭にあこがれて過ごしてきたのだろうか。はっきり言って僕にはわからないが…そうなのかもしれない。僕はふと考える。このことが全部すんだら…全部解決したら、普通の友達として、僕の家族を紹介してやりたい。『犯罪者』と『被害者』ではなく……。