NoblesseΘOblige

持つべき者の義務。
そして、位高きは徳高きを要す。

5、ある日の沿岸沿い

2012-05-29 | 海の向こうの家の事情。



「美都!?」

僕は急いで道路を駆け、小さな家にたどり着いた。
美都の悲鳴はすでにやんでおり、その後特に声はしないのだが、何かあったのかと急いで走る。

「なにこれ~!!超可愛い」

「……何をやっているんだ」

家に入ったらこの調子だ。家のドアは開いたままで、美都は床にしゃがみ込んでいた。
床は、木製のフローリングで、玄関がないことから土足OKだと考えられる。
美都はかがみこんでいて、何を見ているのか分からない。

「まぁ、コレ見てよ。絶対悲鳴上げるほどだって!」

そういうので、僕は美都の前に回り込んで同じようにしゃがんでみた。
そこには、でかい蜘蛛がいた。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

「ほらぁ!」

僕は飛びあがって後ずさり、美都をにらみつけた。

「ほらぁ、じゃねぇだろ!」

「む~………睨まないで?」

美都は、すこし僕を見上げるようにして言った。それはそれは、実に可愛らしい…って、僕がロリコンみたいじゃないか!でも実際、十中八九の人間が可愛いというだろう。

「ホントに悲鳴上げたじゃない」

「お前なぁ………美都は蜘蛛平気なのか?」

「ん~蜘蛛だけかな。ほかの虫は全部嫌い。アリとかバッタとかカマキリとか」

「なんでよりによって蜘蛛なんだ?」

「蜘蛛って、フォルムが可愛いし、8本の足で支えてるのがすごいツボなの!」

「……そうかぁ?」

「うん。それに、みんなに嫌われてるじゃない。あたしぐらい可愛がってあげなきゃ」

なんでもネガティブに考えるなぁ、こいつ。でも、根は結構いいやつに思えるけど。とにかく、この蜘蛛は美都に任せることにした。飼うなりなんでもするといい、といったら顔を輝かせながら、飼う!と言った。
祖母が使っていたころの家具がそのまま残っているため色々ある。ベッドはもちろん、冷蔵庫やソファや机、TVはさすがにないがラジオくらいはある。ちなみに、この家は土地の関係で二階はないが、地下室がある。電気は通っているようだ。祖母が払っているのだろうか、ここを提供したお偉いさんが払っているのだろうか、まあどうでもいい。払わなくていいだけありがたい。

「部屋割~じゃんけん!!」

美都はテンションアゲアゲで言った。大きく拳を振りかざし、さっさとやるぞアピール。僕はしぶしぶと手を出す。

「じゃ~んけ~んぽん!」

「ぽん」

美都はグー。僕はパー。ふ、勝ったぜ。


「む~…しょうがないなぁ。お兄さんからどうぞ」

「そうだな…僕が一階使っておくよ。美都は地下室ね」

「なんでよ」

なんでっていわれても、仮に居場所がばれても、ケーサツだか親だかが来ても地下室の扉隠せばいいだけだからだよ。
なんて言えるわけないから、僕はなんとなくだよと返す。
美都は、地下室を見に床の扉を開けて階段を下りていった。
僕はとりあえず、部屋にあるものをすべてみることにした。生活に必要なものはそろっている。ガスも電気も水も通っているようだ。あと必要なものは食料と金だ。まあ、すべては金があればどうにかなるのだが。
ちなみに、僕が決めた一階には、ベッドにソファ、冷蔵庫とランプが二つと蛍光灯、ラジオとキッチンと流しがある。トイレは地下のようだ。

「お兄さん、部屋は気に入った?」

「ああ、割とな」

「アタシの部屋も見る?」

「ん、じゃあ見ておくよ」

美都は床から覗かせていた頭を引っ込めて、僕は階段を下りて行った。地下室は、電気が割ときれいで明るく照らされていた。割と開放感のある部屋で美都には意味がないくらい天井が高かった。家具は僕とほぼ一緒で、キッチンがなく、トイレがあった。トイレもきれいに清掃されている。ベッドは僕よりでかかった。何気せこいな。僕の方が大きいのに。

「ところで美都、現実的な問題だが」

「なによ」

「僕と美都は一応男と女だ」

「一応じゃないじゃない。お兄さんはオカマだったの!?」

「おまえはアホか」

「まさかのおナベ!?」

「アホか?ではなく聞く前にもはやアホだった。いや、アホ以上だ」

「アタシはMじゃないからそんなに言っても嬉しくないよ」

「まあとにかく。そのへんは大丈夫なのか?」

「ん~別にいーよ」

「え、まじで!?」

「ただし、お兄さんが変態発言、もしくは変態的な目線、その他もろもろなんかあったら警察に通報するよ」

「だいぶ大事だな」

「だって、もう犯罪してるし、お兄さん。アタシの誘拐~」

「………っく」

かなりな弱みを握られているな。僕は明らかにアウェーだ。それでも僕は、まだ刑務所には入りたくないので美都に従うことにした。まったく。この世の果てだな。こんなロリ野郎に従わなくちゃならねぇ日が来るだなんて。まあ、こんなこと言ったら確実に死刑だから心の内にとどめておこう。

「ところで、さらに現実的な問題だが」

「なによ」

「お金の問題だ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「あ?何をだ」

「この服とかもらったとき、お金も貰ったんだぁ」

「何円だ?お前腹黒いな」

「ん~ざっと30万。お兄さんがしっかりしてないからよ」

なんと、こいつは小さな熊のぬいぐるみの中に30万を入れていたようだ。ぬいぐるみは財布だったのか…。てか、だからあんなに太鼓の達人やってたんだ…。こりゃびっくり。とにかく、これで当面の生活の問題はなさそうだ。
とまあ、あまりにごたごたした逃亡生活だが、案外楽しいかもしれない。まだ不安や、僕が死にそうな要因はいくつかあるけれど、とりあえず安泰だ。これからは、美都といっしょに。







4、ある日の僕とアタシ

2012-05-20 | 海の向こうの家の事情。



そんなこんなでもう丸二日。
初日に色々諸事情を聞いて、2日目に必要なものをそろえて。
僕と美都の逃亡生活が始まったわけだが。
元々僕は学校に真面目に行っていたわけでもないので、その辺は心配ないが、問題は美都の家族だ。
どんな行動をとるか分からない。もしかしたら、追ってくるかもしれないし、警察に駆け込むかもしれない。
放っておくという可能性もある。
それよりも今、僕は猛烈に知りたいことがあった。

「なあ、美都」

「なに?」

「身長、120センチなんだろ?」

「なんて失礼なことを言うお兄さんなのかしら…134センチだよ」

「ウソだろ。見栄張んなくていいよ」

「ウソじゃないし~。ふざけないでよ」

まさか、130センチもあったとは…いやはや、恐るべしというか、さすがというか……。まあ、一応中2だしな。

「そういや、その服。どうやって手に入れたんだ?」

「ああ、コレ?」

「確かお前、制服で家出てるって…」

「はい、初日に男に貢がせた~」

「お前はどんなことを学校で学んだんだ!?」

「簡単だよ。暇そうなオヤジ、もしくは秋葉原の劇場に入っていく、出ていくオヤジを狙うの。それで、ちょこっと可愛く『おじさん、私家出しちゃったの。服、欲しいなぁ』って言ったら、服買ってくれたよ。ちょっとアタシの趣味じゃないけどね」

いやいや、そんなことは聞いてないが。侮るべからず、中学二年生。
とりあえず、常にこんな感じでだらだらと過ごし、僕が買ってきたコンビニ弁当や、おにぎりを食べて過ごしている。ここの場所には人は一人も入ってこず、ずっと2人で過ごしていた。
正直言って、今でも美都の家庭の問題はどうすればいいのか僕にはわからない。
でも、僕は今まで美都ができなかったことや制限されてきたこと、知らなかったことを教えてあげたい。
なんて、かっこつけたこと言ってもかっこつかないけれど。

「ねぇ、家に住みたい」

「はぁ!?何言いだすんだよ」

「なんかアパートとか借りれないの?」

「ん~……」

美都がチッと小さく舌打ちをする音が聞こえる。しょうがないから本気で考えて見ることにした。
――――――――――――――そういえば、僕の祖母は家を地方にいくつか持ってるんだっけ?

「ん~家ならあるよ。一応」

「じゃあそこ住む!」

「ん」

ここから一番近いのは………海岸沿いのあそこか。歩いていっても大丈夫なのだろう。
ということで、僕と美都は歩き始めた。
外に出るのは久しぶりなのだろう。僕は少なくとも買出しに行く時は外に出ていたから平気だけど、美都は2日ぶりの太陽の光だ。目がくらみもするだろう。

「おばあさん、金持ちなの?」

「ん~全然。一般家庭」

「じゃあ、なんで家なんて持ってるの?さっき悩んでたってことは…色々あるんでしょ?」

「なんかさ、いろんな方面のお偉いさんに顔が利くみたいでさ、色々もらってんだよ」

「ふ~ん…なんか、金持ち発言だね」

「違うと思うけど…」

のんびりと、だけど確実に前へ進んでいく。街中をのんびりと歩いていると、僕なんかは明らかに高校生っぽいが、今のご時世、学校をさぼってるやつは結構いるから、あんまり目立つことはないだろう。問題は、美都だ。

「あの子…小学生?」

「あいつ、ロリコンかよ」

「まじぃ?ウケる~」

こんな会話が少し耳に入ってくる。
違う、僕はロリコンじゃない!!
って叫びたいけど…美都は全く気にしてないようだ。鼻歌歌いながらニコニコと歩いている。
海岸沿いの別荘あでは歩いて15分といったところか。都心に住んでるわけでもないから、案外早くつく。
美都の家はどこにあるのか分からないが、あのゲームセンターから近いのだろうか。
でも、毎日ゲーセンを転々と変えていたと言うから、だんだんと遠くのゲーセンへと行っていたのだろう。

「ねえ、ロリコンさん」

「さっきまでお兄さんと呼んでいたではないか」

「なんなの?その口調。皆にそう思われてんじゃん」

「聞いていたのか!!」

「うん。面白過ぎて鼻歌歌っちゃったよ」

「美都は小学生と思われているのも聞いていたんだな?」

「え?そんなことは聞いてないなぁ」

「自分に都合の悪いことだけ聞き流しやがって…なんとずるい耳なんだ」

「こういうことでもしないと生きていけないのよ」

なんてセコイ生き方をしてきたんだ。この小娘。
でも、美都はそんな生き方でしか生きていけないのかもしれない。小さなことで生きる価値を見いだすしかないように、小さなことを気にしながら生きていたら生きていけないのだろう。
僕は今まで考えたこともなかった。

「ねえ、まだつかないの?」

「もうちょっとのはず……あ、あったあった。あそこだよ」

「どこよ」

「あそこの…ポツッて建ってるやつ」

「は?もしかして、あの見た目は綺麗だけど明らかに一部屋しかないだろって感じの家?」

「………文句あんのか?ならボウリング場に戻るか?」

「ううん!全然ない!!可愛い家だなぁと思ってたんだよ。うん。もう戻らない」

案外簡単に脅せれた。美都はそんなことされてたまるかと、急いでまくしたてた。
それでも、嬉しそうに家へと走って行った。
美都が言った通り、小さく簡素な家だが、僕たち二人が住む家としては上出来だ。
たしか、月に一度掃除に来てたはずだから中はきれいなはずだ。

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

先に中に入っていた美都の悲鳴が聞こえる。
一体何が………!!




3、ある日のアタシの家

2012-05-13 | 海の向こうの家の事情。



私、立原美都はある家の前で立ち止まっていました。
その家は、私の暮らす家であり、私が一番入りづらい家でもあります。
お母さんは、いてもいなくても同じようなものです。お父さんはお父さんで、いてもいなくても同じです。
お母さんのときと、お父さんのときの同じは違います。

「姉(ねぇ)?」

妹が私の袖をひっぱります。現在小学2年生の私の妹、怜(れい)は私よりも小さいですが、10センチも離れていません。少し悔しいです。

「怜ちゃん、もう帰ってきてたんだ。今日は学校早く終わったの?」

「うん…姉も早かったんだ…」

「うん、そうだよ。美都も…早く終わったんだ。…………お家、入ろっか」

「う、うん………」

私はそのまま怜をつれて家の中に入ります。
洋風の私の家は基本引き戸で可愛らしい取っ手が付いているが、綺麗なのは玄関の外側だけ。中は皆汚いんだ。
家に入って、靴を脱いで、階段を上ろうとします。
ただ、上ろうとするだけです。

「おい……帰ってたのか」

リビングの奥から声がします。その声は、聞く人によっては素敵なお父さんの声に聞こえるかもしれないし、イライラしてるお父さんの声に聞こえるかもしれません。私には、悪意しか聞き取れません。

「た、ただいま……」

私は小さく答えます。怜は私の裏で小さく縮こまってしまう。
お父さんは、ゆっくりと近づいてきて、私に言いました。

「ん?なんだぁ…声が小さいじゃねぇか。パパへの愛が足りないようだなぁ…あ?」

「………」

お父さんは、静かにくわえた煙草を手にとって私の腕をとり、押しつけます。
ジュッ…と小さく皮膚の焼ける音がします。怜が目をそむける気配がします。お父さんは、さらにグリグリと煙草をねじります。
熱いです。痛いです。怖いです。逃げたいです。泣きたいです。それでも。
熱いなんて、痛いなんて、怖いなんて、逃げたいなんて言えません。泣けません。だから。
いつまででも耐えるしかない。永遠に。私たちは、逃げられない。
怜を置いてなんて逃げられないから、私はここで怜をかばい続けるんだ。

「姉……大丈夫??」

「ん…??怜ちゃん、美都は大丈夫。お部屋、行こっか」

お父さんはとっくに椅子に座っていました。私がぼうっとしていたようです。
私は怜の手を引いて部屋を後にして階段を上ります。この家の階段は11段。
私と怜は、小さな声で見つからないように段数を数えながら階段を上ります。
ささやかな楽しみ、でも私たちにとっては大切な楽しみです。
夕ご飯はありません。お母さんも作ってくれないし、お父さんはもちろん作りません。
私と怜は一緒に抱き合いながら部屋の隅っこで眠ります。いつものように、小さく寝息を立てている怜を見ると安心します。

翌朝、私が起きると怜はいませんでした。
朝から怒鳴る、お父さんの声も聞こえませんでした。
ゆっくりと下に降りると、お父さんとお母さんのひそひそとした声が聞こえます。

「どうすんのよ、これ」

「んなのしらねぇよ。知らんふりしときゃ、しばらく大丈夫だろ」

「でも、私たちがやったってばれたら…」

「うるせぇ!!最初にやってきたのはこいつなんだ。どうなろうと知ったこっちゃねぇ」

「美都にはなんて…説明するのよ」

「しばらくどっかいったって事にしとけ」

どうやら、怜のことでもめているようです。
私は、そのまま少しだけ部屋をのぞくと、そこにいたのはお父さんとお母さん。そして、血だらけの怜でした。
胸には包丁が刺さったままです。
私は吐き気がしました。
涙も出ません。
突然過ぎて、わけがわかりません。
でも、とにかく怖くなりました。
私は急いで部屋に戻って制服を着て、こっそり家を出ました。
怜を家に残したまま。
私はとにかく家から出たくて…そして、ゲーセンにたどり着きました。
ひとまずこの場で待機することにし、学校には行きませんでした。
もちろん、夕方に家に帰った時はすごく怒られました。
罰を受けました。
怜の姿はどこにもありませんでした。


「……………というわけなんだけど」

「ふうん。なるほどな」

僕は軽く相槌を打ちながら、内容を整理した。
美都は、僕の方を見ながら何か聞きたそうな顔をした。

「どうしたんだ?」

「なんでお兄さんは何も言わないの?」

「何言ったってお前は満足しないだろ」

そういっただけなのに、その時の美都の笑顔は、今までで一番かわいかった。



2、ある日の古いボウリング場

2012-05-04 | 海の向こうの家の事情。


そんなごねた子どもみたいなことを言って人に(未成年に)誘拐(未成年を)させるのはどうかと思う。
だが、何かわけがありそうなのでひとまず僕は、その子を連れて歩きだした。ゲーセンから出たかったのだ。なにせ、この子を連れていると目立ってしまう。

「えっと…君、名前は?」

「み、美都(みさと)」

「美都ちゃんね」

「ちゃん付けしないで」

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「なんとでも」

「ちゃん付けすんなって言ったじゃねぇか」

「ちゃん付け以外って意味だよ」

なんてめんどくさい奴だ。しょうがないので美都と呼ぶことにした。美都は、僕のうしろからゆっくりと、でも確かについてきていた。美都との会話はなんとなく楽しい。相手が無垢な小学生だからか。

「小学何年生?」

「失礼なことを言う人だね。アタシは中学2年生だよ」

「え゛!?」

事実なのだろうか。身長は120センチ程度しかない。中学二年生って、こんなに小さかったか?
それに、服装もおかしい。これはいわゆるロリータというやつだろうか。
髪の毛は毛先10センチほどがピンクに染められていて、残りは黒だ。
服装としては淡いピンクのバルーンスカートにスカートのピンクより少し濃い色のポンチョを着ている。
今は6月だが…暑くないのだろうか?靴は厚底のブーツ。厚底をはいてるのを見るともっと身長が低いらしい。
見た目相応のお人形のような格好といってもいいが、これで中2…。いやはや、見た目にも寄らないものだな。

「お兄さんこそ、名前は?」

「僕は…竜樹(りゅうき)だよ」

「ふーん……何歳?」

「17歳」

「高2か…全然そうは見えないね」

「じゃあ、何歳に見えてたんだ?」

「12歳」

「自分より下に見てんじゃねぇよ!!少なくともお前には下に見られたくない」

「お前って呼ばないで」

「さっきはちゃん付け以外なら何でもいいって言ってたじゃねえか」

「お前はただの三人称単数でしょ?ちゃんと名詞で呼んで」

「めんどくさいやつだな……」

見ると、美都は立ち止まってくすくすと笑っていた。そんなに面白いのか。手に持った熊のぬいぐるみを抱えているものだから、なんか熊の首を絞めているようにも見えるが、体を折り曲げて笑っているようだった。まあ、こんな風に会話を楽しみながら歩いていると、すぐに目的の場所についてしまった。それは、15年ほど前につぶれたボウリング場だった。ここならだれも入ってこないし、入ろうとも思わない。美都の潜伏場所にはうってつけだろう。

「ま、ひとまずここでいいだろ」

「………」

「美都、どした?」

「どうしてお兄さんは、初対面のアタシにこんなに優しくしてくれるの?」

「そんなの決まってんだろ」

「なによ」

「おま……美都が困ってたからだよ」

「困ってたら、誰でも助けるの?」

「誰でもじゃないなぁ…僕の判断基準による」

「ふーん……」

そういって、美都はすたすたと先に入ってしまった。よく分からない奴だ。
中に入ると、割とボウリング場のカタチが残っていた。適当に見つけた椅子らしきものにすわって、美都に向き合った。こうみると、余計に小学生に見える。本当に人形みたいだ……。

「アタシの事、小学生に見えるとか思ったでしょ?」

「な、なぜわかった!?」

「皆最初はそれしか言わないもの」

「僕は言ってないぞ」

「顔に書いてあったもん」

「いや、書いてねぇ」

「アタシが書きましたー」

「自分で証拠作ってんじゃねぇよ!」

「まあ、ともかく。それで、アタシに聞きたいことあるんじゃないの?」

……そうだった。僕はすっかり美都のペースに引っ張られている。侮るべからず、中2。

「なんで家に帰れないんだ?」

「帰ることぐらいはできるよ。家に居たくない…家にはいれないんだよ。分かってない人だね」

「とにかく、なんでもいいからどうしてなんだ?」

「原因……というか、元凶は父だよ」

「お父さん?」

「そう、まあ……ありきたりな話だよ。家庭内暴力ってやつかな」

「へぇ……じゃ、じゃあ…あるのか……?その、えっと」

僕は、つい好奇心で言ってしまったにもかかわらず、罪悪感からか、口ごもってしまった。それでも、美都には通じたようで、ああこれかと見せてくれた。ポンチョの腕の部分を少しまくると、そこには大きな青あざや切り傷、やけどの跡のようなものがあった。ずいぶん典型的な問題だな。

「それで、家出ってことか?」

「家出じゃないもん。最近ゲーセンに来てたのは、家に居たくなかったから。ちゃんと帰ったよ」

「じゃあ、なんで僕に誘拐してなんて言ったんだ?」

「だって、今日は……死ぬつもりで家を出てきたんだから」

「………え?」

「立原(たちはら)美都は、今日で人生が終わるはずだったんだ」

僕は、こういう時に限ってなにも突っ込むことができなかった。



1、ある日のゲームセンター

2012-05-03 | 海の向こうの家の事情。




僕はある日、出会ってしまった。魔女とか、イタイ子とか、正義のヒーローならまだましだったかもしれない。
よりによって、出会ったのが太鼓の達人だったなんて。

あの有名なゲームの話じゃない。
そのまま、まんま太鼓の達人なのだ。
しかも、明らかに僕より年下で小学生と思われる女の子だった。
ときどきゲーセンでマイバチもって叩いてるスペックの高いやつは見かけるけど、それを凌駕していた。
でも、その子はちゃんと付属のバチを使っていたし、特に目立っているわけでもなかった。
しかし、その子は普通の子供のようにゲームを始めたかと思ったら、レベルが高すぎてすぐに人だかりができてしまった。
まだ台を使わないと届かないくらいの小さな体で奏でられる太鼓の音は、あっという間に人を引き込んだ。

「お兄さんは…あのゲーム、できないの?」

「ん…まあ、な」

「ふ~ん……変なの」

「……っく」

なんで僕がこの子と話しているのかというと…。
話は2日前にさかのぼる。
ゲーセンでなんとなくぶらぶらしていたら、この子がゲームをやっているのが見えた。
人だかりができていたので、すぐにわかったが、僕はあまり興味がなかったからそのままぶらぶらしつづけた。
やがて、終ったのだろうか。人がまたゲーセンの中に散り始めていた。
そんな中、僕の服の裾が引っ張られたので、振り返ると僕の目線には入っていなかった。
それもそのはず。
その子は僕の167センチの目線には入らなかったのだ。小さすぎて。
あの太鼓の達人ちゃんだった。

「お兄さん…さっき人ごみの中にいなかったよね?」

「まあ……そうだけど。なんで?」

「どうして見なかったの?」

「ん~……特に興味なかったから、かな」

「ふ~ん………」

今思えば、あまりにストレートな表現すぎたかもしれない。
しかも、相手は小学3年生程度に見える。しかし、最終的にはこの発言がすべての結果をもたらしたのかもしれない。

「お兄さん…アタシを誘拐してよ」

「………は?」

――――――――そして現在に至る。
筋道が通っていないだろう。
僕もびっくりしたのだから。理由にもびっくりしたが。

「アタシは………家にいれないから。家に帰れないから」