NoblesseΘOblige

持つべき者の義務。
そして、位高きは徳高きを要す。

9、ある日の仲違い

2012-08-07 | 海の向こうの家の事情。

 僕らはこうして本格的な逃亡生活を送り始めたが、僕はいまいち自分がやっていることが正しいのか分からないし、このままこうしていればどうにかなるわけでもないと分かっている。美都の家の事情もしかり、僕の誘拐についてもしかり。しかし、美都の家の事情については、兄に警察官を持つ伊織に探ってもらっている。僕にできることは……。

 「ねえ!お兄さん、お兄さん」

 美都は、伊織が帰ってから急に元気が出た。まったく、素晴らしく態度に出る奴だ。僕に今できることは、こいつの話を聞いて、聞き入れること。

 「ん、なんだ?」

 「あのさ………あの…祀祇さん、だっけ?あの人、ホントに信頼できるの?」

 「ああ、見た目は悪いけど……」

 「そうじゃなくってさ、なんて言うのかな…その」

 美都にしては歯切れが悪かった。いつもは、もっとはきはきとしゃべり、相手の気分がなんだろうと、べらべらとまくし立てる。……少し言い過ぎか?

 「あの人……美都と同じ感じがする……」

 「おなじって……どういう風に?」

 「その……でぃ、DV的な?」

 美都は、言いにくい言葉を言ってくれた。少し言いすぎたかな。でも、伊織がDV……確かあいつんとこの親父さんは、それはそれは普通の会社員だったような……。

 「なんでそう思うんだ……?」

 僕は、慎重に言った。美都を、気遣いながら。

 「だって……ん~っと、傷かな?」

 「傷?あいつは結構不良に目付けられるタチだし、考えなしだから…割と拉致られてっけど?」

 「ん~そういうんじゃなくて、そういう傷じゃなくて……そういうのは、打撲とかが多いでしょう?蹴られたり……殴られたり」

 「まあ……そうとも言えるな。でも、DVでも殴ったり蹴られたりはあるよな?」

 「そうだけど……ほかの人は分からないけど、アタシの場合は……大体は、切り傷とか、やけどが多いから」

 「あ……ああ」

 「あの…それに、あの人は防御しか基本しないっぽかったし、祀祇さんは、傷が……曖昧だった」

 「曖昧?それって……」

 「残るほどの傷じゃないものがあるってことよ。たぶん、原因は……お母さん?」

 「あいつのお母さんが?」

 「アタシは祀祇さんの家のこと知らないけどさ、不良の人に女はいないでしょう?」

 伊織の家は、裕福でもないし、本当に普通の家庭だ。だから…伊織がDVなんて……。

 「ねえ、お兄さん」

 「え?」

 「普通の家庭なんて、ないんだよ」

 その時の美都の顔は、悲しそうな微笑みだった。長い髪の毛を二つに縛り、今どきの高校生のようにメイクすることもないその顔は、僕に諭すように続けた。

 「アタシの家も普通じゃない。怜ちゃんだって分かってた。アタシが言ったことがあってるなら、祀祇さんの家も普通じゃない。でも、普通の家ってどんな家?どんな家なの?お兄さんの家だって、平凡かもしれないけど、お母さん……少し変わってるみたいじゃない」

 美都の言うことはもっともだった。美都は、ソファの上でうずくまるように小さくなった。

 「それで…なにが信頼できないんだ?」

 「なんか…仲間意識みたいなの高そうじゃない、祀祇さん。アタシのこと…警察に相談しちゃったりとか」

 「………。心配するな。あいつは僕の仲間でもあるんだ」

 「だけど……同じ被害者って、共感しやすいの」

 美都があまりにも言い続けるので、僕は仕方なく、伊織に電話をした。

 「あ、もしもし?」

 “あ!?誰だこんな時に……”

 「携帯画面の表示は見ないのか?」

 “その声は……竜樹か?”

 「ああ。一応言うけど、お前、今どこにいる?」

 “え?……それは”

 「まさか、警察に相談しにいってるんじゃないだろうな?」

 “………”

 「ウソだろ…ドンピシャかよ……」

 美都がソファの上でやっぱりという顔をする。


 “そりゃ気づくよ。飛んだときにちらっと見えたんだ。お前だ言わなくたって分かるさ”

 「美都の家の問題は……僕が何とかする」

 “お前だけじゃどうにもなんねぇよ。それは俺が知ってる。今は相談しないけど……調べてみて、やばそうだったら相談する。お前には何も言わせねぇ”

 「……」

 僕は静かに電話を切った。確かに美都の言うとおりだった。たぶん、このままじゃ伊織に通報される。でも、僕にはどうすることもできない。

 「アタシは」

 美都が声を張り上げて言った。

 「アタシは、お兄さんに助けてほしいんだけどな、あの人じゃなくって」

 僕ははっとして美都の方を見た。美都はすでに、膝に顔をうずめていて、その表情をうかがうことはできなかったが、照れているのは分かった。僕は嬉しかった。ここまで頼りなくて、何の計画も立てれていない僕を、頼ってくれていることが。

 「ありがとな、美都」

 「な、なによ。別にホントのこと言っただけじゃない」

 「お前はどこぞのツンデレか?」

 「ツンデレじゃないし。お前って呼ばないでって言ったでしょう?」

 美都は、そこにこだわり、あくまで妥協しなかった。僕はとりあえず、頼ってくれた美都のためにも計画を立てた。学生ができることなどたかが知れていて、逃げることなどそう長くは続かないだろう。だけど、美都を施設に送って一人ぼっちにさせるわけにもいかない。だからこそ、僕がこうして粘るしかないのだ。