NoblesseΘOblige

持つべき者の義務。
そして、位高きは徳高きを要す。

11,ある日の行方不明

2012-08-13 | 海の向こうの家の事情。


 「………ッ!だって、美都は確かに見たって……」

 “そんなあわてんな。確かに見たといってかもしんねぇが、見間違いの可能性だってある。オレは、怜ちゃんに被害がなかったとは言ってねぇ”

 「……よし、話を聞こうじゃないか」

 “いいか。怜ちゃんは、左腕を刺されたんだ。単純な話だ。美都はたぶん、血と倒れた怜ちゃんに目がくらんで、よくは見なかったんだろ。それに、中学生が見れるようなもんじゃねぇ”

 「でも…嘘だろ…おい」

 “嘘じゃねぇよ。怜ちゃんが、病院に運び込まれた記録が残ってる。両親は、美都ちゃんが学校に行ったと思って怜ちゃんを病院に連れてったんだろうな。ほっといて、もっとひどくなったら元も子もねぇだろうし”

 「まじかよ…。じゃあ、まだ怜ちゃんはあの家に…?」

 “もちろんだ。あ、あと、あそこの親父。暴力団の幹部らしくてな、結構な人員使えると思うぞ。おふくろさんは、まあいわゆる夜の人で……典型的な悪い見本の家族だな。だから、十分気をつけろ”

 「それで…お前は相談するのか?」

 “だってよ、さすがにマフィア相手だったらダメだけど、お前なら、暴力団の幹部くらい楽勝だろ?”

 「でも……さっき相談するって」

 “お前が計画を立てるんだろ?竜樹ならできるじゃねぇか。お前が作戦を立てて負けたことは一度もねぇ”

 「いや、あるだろ」

 “こまけぇことは忘れた。とにかく、このことは美都ちゃんには伝えるな。絶対に帰ろうとする”

 「分かってるよ。妹が生きてたなんて言ったら、今すぐ速攻で帰りそうだ」

 「何よそれ」

 「……………あ」

 美都はすでに、試着室から出ていて、元々来ていたあの人形のような服を袋に入れて抱えて立っていた。僕は、耳に入ってくる伊織の声を無視して美都にしゃべりかけた。

 「たとえ話だって。本気にしたなら謝るよ、僕が軽率だった」

 「怜ちゃんが…生きてるって」

 「だから、もし美都に言ったら帰るっていいそうだよなって言う話を伊織としてたんだって」

 「冗談だとしても…笑えない」

 「いやだから謝るって……」

 「謝って済むんじゃなくって!」

 美都は声を大にして言った。店中の人が振り返る。伊織の声が耳に響くが、なんて言っているかは聞き取れない。

 「謝るとか、そういうのじゃないんだよ。怜ちゃんが生きてるなら、アタシは見捨てられない」

 美都はそう言って、袋を捨てて店を飛び出した。ただし、マンガみたいに飛びだしたわけじゃなく、ちゃんと自動ドアが開くのを待って。僕は再び、伊織の声に耳をすませた。

 “おい!竜樹!!返事をしろ!”

 「……ああ、聞いてるよ」

 “美都ちゃんに聞かれたのか?”

 「…ああ、出ていったまったよ。走って」

 “バカヤロッお前、なんで追いかけ……竜樹?”

 「僕は一体、ここ4日ほど、何をしてきたんだろう?」

 “は?”

 「美都にとって、妹の存在がどれだけデカかったか…僕は分かってなかったよ」

 “だからどうした?”

 「こっからどうするていうんだよ!僕は…僕は………もう、美都から大切なものを奪いたくない」

 “だから、お前にとってはどうなんだよ、竜樹”

 「………」

 “竜樹にとって、美都ちゃんはどれぐらいのものだったんだ?美都ちゃんの気持ちなんて今は考えるな。自分がどうしたいかだけ考えろ”

 伊織は、それだけ言って、勝手に電話を切った。
 僕の…気持ち?僕の中の美都は、いつでも笑ってて…違う。美都はきっと、いつだって妹の事を気にしていた。ただ、それを口に出さなかっただけで。妹が死んだと思って泣かないわけがないじゃないか。
 
 「………クソ」

一体美都のどこを見てきたのだろう。そういえば、ときどき美都は自分の事を「美都」と言っていたかもしれない。アタシ、という一人称をつかわないことで、他人事のようにしていたのかもしれない。アタシではなく、美都に聞きたいことがあるんでしょう?と。
 なんてくだらないことをグダグダ考えている間にも、時間は過ぎていく。僕は、急いで固まっていた店員さんに服の代金を払い、店を飛び出た。そろそろ店中の人の視線が痛くなってきたころだった。
 外は、店の仲とは違い、賑わっていた。ただし、美都はあのヒールの高い靴でも走れるらしく、美都が通った跡が人ゴミが割れていてはっきりと残っていた。僕はそこを走っていく。いくら走れても、スニーカーの僕にはかなわないだろう。そう浅読みしていた。

 「……ハァ、ハァ……全然いねぇ」

 途中で息をつきながらも、足だけは動かし続ける。もう、美都と出会ったゲームセンターの前は通り過ぎた。この走っている間にも何軒ものゲームセンターを見かける。となると、美都が学校をさぼった日数は相当なものになる。まあ、僕が言える立場じゃないが。

 「………家?」

 かなりの距離を走った。すでに街中から抜けていて、すこしづつ緑が見え始めたところだった。すでに13件のゲームセンターの前を通り越した。前に続く道に美都の姿はなく、一軒の家しかなかった。しかし、この家は暴力団の幹部が住むには可愛すぎるような気もするが……。いや、でも美都の話によれば、見た目は小奇麗だと………。

 「えっと表札は………」

 あった。これもまた、可愛らしいまるで妖精が気に入りそうなデザイン。妖精に会ったことはないが。とにかく、そこには確かに「TACHIHARA」と書いてあった。

 「やっぱり美都の家……?………あ」

 少し、回り込んでみてみると、窓から様子をうかがおうとしている美都を発見。その姿を見ると、これだけ真剣に追いかけてきたのに拍子抜けだ。なんて言うと、また怒られそうだけど。僕はそっと近づいて、美都の肩をたたいた。美都は機嫌悪そうに振り向くと、やっぱりかというような顔をしてこちらを見る。

 「なによ、お兄さんも来たの?別にいいけど。静かにしてよね」

 「あれ、今日はいつになく冷静だな」

 「お父さんがいない日だから。うちの家族、キリスト教だからさ。ミサ行ってるの」

 「へえ、じゃあ、入ればいいじゃないか」

 「ダメよ。いっつもお父さんの部下を置いていってるんだから」

 「ふぅん。なるほどねぇ」

 「それで、作戦は考えたの?」

 「は?」

 「アタシはお兄さんが追いかけてくることも見通して走ってきたの。思いの外遅かったけど」

 「悪かったな、遅くて」

 「さっきはごめんね。勝手に言うだけ言って走って」

 「あ、いや……」

 「でも、嘘ついたお兄さんも悪いんだよ」

 美都に諭された。どうやら酷くは怒っていないらしい。でも、美都の機嫌はよくしてやらないとな。後が怖い。
僕は作戦を考えることにした。要は、美都の妹、怜ちゃんを助け出せばいい。ただし、暴力団の部下に見つからないように。というか、考えるほどの事でもないようだ。案外簡単に行けそうだ。

 「家で留守番する時、いつもどこにいた?」

 「え?自分たちの部屋…だけど」

 「美都、家のカギは?」

 「あるけど……」
 
 「じゃあ、ちょっとそれかして」

 僕は美都からカギを受け取ると、家の正面で待つように言った。僕は、手ごろな石を持つと家の側面にある二階の窓へ軽く放り投げた。窓に見事当たるが、割れるほどではない。急いで正面へ逃げると同時に窓から男が顔を出す。

 「なんだぁ!?………ッチ。なんもねぇか。どうせ近所のガキのいたずらだろ」

 といって、奥へ引っ込んでいった。ところでその男が二階から顔を出している時に、こっそり玄関を開けて、小さい靴の片方を手に持って、外へ出る。今度は美都に、反対側の側面で待つように言って、僕は先ほどのものより大きい石を取って、先ほどと同じ窓へ投げる。と、同時に、靴を地面に置く。今度は思い切り投げたからか、窓が盛大に割れる。男が叫ぶ声が聞こえる。カルシウムとれよ。

 「なんだぁクソガキィィィぃぃぃ!!」

 「あのーすいませーん!!」

 僕は下から叫ぶ。

 「アァ!?貴様か!?」

 「いいえ~通りすがっただけなんですけど~コレがおちてまして―」

 僕は、靴を拾い、見えるように掲げる。男は、顔を真っ青にして、窓から顔を引っ込めて、ドタドタと階段を下りる音がした。そのうち、玄関が開いて男が飛び出してきた。

 「おいガキ。女の子見なかったか?アァ?」

 「ひぃ……え、えと…あっちの方に…」

 僕はビビるふりをして、走ってきた道のり、街中へ行く道のりを指さす。男は血相を変えて走って行った。「ダンナに見つかったらやべぇ」だとかなんとかいいながら。僕は美都のもとへ駆け寄り、早く家に入るように言った。美都は少し心配そうにするが、走って家の中へと入り、靴だけはちゃんと脱いで二階へと上がって行った。僕はついていかない。ここからは、美都と、怜ちゃんの問題だ。

10,ある日の計画

2012-08-08 | 海の向こうの家の事情。


 伊織にしたあの電話から、僕はすぐに計画を立てた。計画を立てるのは得意だ。無鉄砲な伊織によく戦略を託されている。それで勝てるかは伊織次第だけれども。

 「それで、どんな計画なの?」

 「とりあえず、伊織からの連絡を待つ。というか、あいつが勝手に自分で判断して行動する可能性もあるから、こちらから毎日のように連絡を入れる。それで、美都の家の状況の情報を手に入ったら、その時の状況に対応する。僕たちはこのままこの家で待機していよう」

 「ふぅん。なかなか冷静に考えるね」

 「そうか?」

 「お兄さんて、なんか感情的にならなさそう」

 「そんなことないぞ。僕だって感情的にぐらいなる」

 「え~?」

 「え~じゃない。僕だって人間なんだ。ロボットじゃないんだぞ」

 「ロボットって………ぷっ。ダサくない?ネタ」

 中学2年生に言われてしまった。ダサい。たった3つくらいしか違わないのに。これほどのものなのか、この進化を遂げ続ける日本で、三年の差はこれほどのものなんだな。いまさらながら悲しくなる。

 「じゃあ、洋服買いにに行こうよ!」

 「いやいや、さっきまで外出できないからって友達に頼んでただろ!!!」

 「だから、洋服ぐらい自分で選びたいの!」

 「でも、見つかっちまうじゃねぇか!」

 「じゃあ、もう一回街中に戻ろ!たぶん、その辺の人たちは、そうそうラジオなんて聞かないだろうから。まだラジオでしか言われてないんでしょう?」

 美都の言うことももっともだ。僕だって買ってあげたい…というか、僕の金ではないけれども。しかし、みんながみんなラジオを聞いていないとも限らないが。

 「だからこそよ!もう少しあとになったら、もう何もできないかもしれないじゃない」

 「美都……」

 「大丈夫っ!ロリコンって言われてたら否定しといてあげるからっ!」

 「別にそこの心配してねぇよ」

 美都があまりにも言い続けるので僕は仕方なく行くことにした。ていうか、さっきから僕って美都に流されすぎじゃないか?一応、伊織にも連絡は入れておいた。まあもちろん、事情を説明すると

 「バカか。勝手にしとけ。そこらへんのロリコン親衛隊と警察官に捕まってもしらねぇぞ」

 このとおり。
 美都は、久しぶりの外出に嬉しさを隠そうとしなかった。また鼻歌歌っていやがる。僕は若干憂鬱な気分で、しかし、久しぶりにまともに体を使ったので、少しだけうれしかった。このあと、この外出がもたらす不幸をも知らずに。

 「ん~お兄さんは、どんなのがいいと思う?」

 悩んでいること1時間ほど。一店のお洒落な店に入って試着したり、見比べたりの繰り返し。はっきり言って何が楽しいのか分からない。しかし、美都は先ほどから10着以上の服を試着しているが、どれも似合っていた。
 ちなみに、今試着しているのは少し肩がはだけた短めの丈の淡いピンク地の英字が黒く入ったTシャツ、中には黒のタンクトップ。下は、黒のグラデーションのチェックのミニスカート。少しでも身長を伸ばしたいのか、やはりヒールの高いブーツをはいている。傷だけは気にしているのか、ちゃんとストッキングをはいていて、腕には黒くて長い手袋をしている。

 「なんでも似合うんじゃね?」

 「何そのてきとーな言い方。アタシがお兄さんの趣味合わせてあげようって言ってんのよ。感謝しなさいな」

 「なあ…やっぱ美都ってツンデレだよな」

 「だからさっき否定したばっかじゃない。ち・が・う!」

 「ハイハイ……で、僕の好みだっけ?」

 「っていうか、まあ、うん。アタシ、なんでも似合うからなんでも着れるよ」

 自分で言うか、普通。自意識過剰…ではないところは、まあいいのだが。僕の好みとか……やっぱり、ロングスカート?

 「え、何お兄さん……昔ながらのスケ番好きなの?」

 「いやいや、違うって。もっと清楚な感じのやつ!」

 「ふぅん。お兄さんは清楚な人が好きなんだね」

 「そういうわけじゃないんだが…ロングスカートが似合う人は上等だろ」

 「まあそうだね。じゃあ、店員さーん!なんか、このお兄さんが好きそうなロングスカートのコーディネート、持ってきていただけますか?予算は~どんだけでもいいけど、なるべく安く。あ、全身靴からアクセまでお願いしまーす」

 そういうと、自分は試着室へ戻っていく。僕はしばらく待つため、試着室の外にある椅子に座って待つ。女性の服の専門店だから、正直視線が痛い。店員さんが、服を抱えて美都の更衣室へはいっていく。店員さんも美都にコキ使われて大変そうだ。いや…そういう仕事なのだろう。色々御苦労さんだ。

 「あの……すみません」

 そりゃ、店員さんの事を考えていたのだから声をかけられたのだからびっくりする。

 「ど、どうしました?みさ…あいつが何か?」

 「いえ…あの、今朝聞いていたラジオに、お客様方とそっくりな2人が報道されておりましたので…。誘拐されたとか……」

 げ、ばれてんじゃねぇか。幸い、ラジオでしか流れておらず、テレビでは流れてないため、向こうは顔まで知らない。十分に取りつくろえる。

 「いえ、僕たちは、ただの兄妹ですよ」

 「そ、そうですよね……申し訳ありません」

 店員は深々と頭を下げて引いていった。僕は終始笑顔。

 「なーにニヤニヤしてんのよ」

 いつの間にか、美都は試着室から顔を出していた。

 「ニヤニヤはしていない」

 「ふぅん。それよりさっ。どうかな?」

 美都は満面の笑みで試着室から出てきた。おお、さすが美都(?)というか店員さんのコーディネート。美都の体格に合っている。
 薄いピンクのホルターネックタイプのロング丈ワンピースに白いジーンズ地の短い丈のベストを羽織っている。ロングの足元にちらつくのは、夏にぴったりの白い厚底のハイヒールのサンダル。
 一見、淡い色でしまりがないように見えるのだが、頭にかぶった黒リボンのストローハットと腰に付けた革素材の茶色のウエストポーチでしっかりしまっている。腕には先ほどと対照的で白く、同じく長い手袋。

 「ん~いいんじゃね?」

 「む~!もっと…ちゃんといってよ」

 「………はいはい。美都、可愛いよ」

 「あ~なんかネットによくいるキモいおっさんに言われたみたい。まぁ、いっか。店員さーん!コレ全部くださーい!!」
 
 「僕の可愛いを返せ!!」

 「冗談だって。嬉しい。ありがとっ」

 そんなに素直に言われても…なぁ。いったい僕はこの『なぁ』を誰に向けて言って同意を求めたのかはわからないが、少し照れちまうぞ。
 美都は、荷物を取りに試着室へと戻って行った。僕のポケットでは、携帯電話がバイブ機能を発揮する。伊織からだった。

 「もしもし?伊織?」

 “そうだ。さっき、アニキから連絡があったんだけどな…”

 「なんかあったのか?」

 “確か、美都ちゃんって妹いたんだよな?怜ちゃん”

 「ああ、確か包丁が胸に刺さってるのを見たって」

 “その怜ちゃんな、まだ生きてるぞ”

9、ある日の仲違い

2012-08-07 | 海の向こうの家の事情。

 僕らはこうして本格的な逃亡生活を送り始めたが、僕はいまいち自分がやっていることが正しいのか分からないし、このままこうしていればどうにかなるわけでもないと分かっている。美都の家の事情もしかり、僕の誘拐についてもしかり。しかし、美都の家の事情については、兄に警察官を持つ伊織に探ってもらっている。僕にできることは……。

 「ねえ!お兄さん、お兄さん」

 美都は、伊織が帰ってから急に元気が出た。まったく、素晴らしく態度に出る奴だ。僕に今できることは、こいつの話を聞いて、聞き入れること。

 「ん、なんだ?」

 「あのさ………あの…祀祇さん、だっけ?あの人、ホントに信頼できるの?」

 「ああ、見た目は悪いけど……」

 「そうじゃなくってさ、なんて言うのかな…その」

 美都にしては歯切れが悪かった。いつもは、もっとはきはきとしゃべり、相手の気分がなんだろうと、べらべらとまくし立てる。……少し言い過ぎか?

 「あの人……美都と同じ感じがする……」

 「おなじって……どういう風に?」

 「その……でぃ、DV的な?」

 美都は、言いにくい言葉を言ってくれた。少し言いすぎたかな。でも、伊織がDV……確かあいつんとこの親父さんは、それはそれは普通の会社員だったような……。

 「なんでそう思うんだ……?」

 僕は、慎重に言った。美都を、気遣いながら。

 「だって……ん~っと、傷かな?」

 「傷?あいつは結構不良に目付けられるタチだし、考えなしだから…割と拉致られてっけど?」

 「ん~そういうんじゃなくて、そういう傷じゃなくて……そういうのは、打撲とかが多いでしょう?蹴られたり……殴られたり」

 「まあ……そうとも言えるな。でも、DVでも殴ったり蹴られたりはあるよな?」

 「そうだけど……ほかの人は分からないけど、アタシの場合は……大体は、切り傷とか、やけどが多いから」

 「あ……ああ」

 「あの…それに、あの人は防御しか基本しないっぽかったし、祀祇さんは、傷が……曖昧だった」

 「曖昧?それって……」

 「残るほどの傷じゃないものがあるってことよ。たぶん、原因は……お母さん?」

 「あいつのお母さんが?」

 「アタシは祀祇さんの家のこと知らないけどさ、不良の人に女はいないでしょう?」

 伊織の家は、裕福でもないし、本当に普通の家庭だ。だから…伊織がDVなんて……。

 「ねえ、お兄さん」

 「え?」

 「普通の家庭なんて、ないんだよ」

 その時の美都の顔は、悲しそうな微笑みだった。長い髪の毛を二つに縛り、今どきの高校生のようにメイクすることもないその顔は、僕に諭すように続けた。

 「アタシの家も普通じゃない。怜ちゃんだって分かってた。アタシが言ったことがあってるなら、祀祇さんの家も普通じゃない。でも、普通の家ってどんな家?どんな家なの?お兄さんの家だって、平凡かもしれないけど、お母さん……少し変わってるみたいじゃない」

 美都の言うことはもっともだった。美都は、ソファの上でうずくまるように小さくなった。

 「それで…なにが信頼できないんだ?」

 「なんか…仲間意識みたいなの高そうじゃない、祀祇さん。アタシのこと…警察に相談しちゃったりとか」

 「………。心配するな。あいつは僕の仲間でもあるんだ」

 「だけど……同じ被害者って、共感しやすいの」

 美都があまりにも言い続けるので、僕は仕方なく、伊織に電話をした。

 「あ、もしもし?」

 “あ!?誰だこんな時に……”

 「携帯画面の表示は見ないのか?」

 “その声は……竜樹か?”

 「ああ。一応言うけど、お前、今どこにいる?」

 “え?……それは”

 「まさか、警察に相談しにいってるんじゃないだろうな?」

 “………”

 「ウソだろ…ドンピシャかよ……」

 美都がソファの上でやっぱりという顔をする。


 “そりゃ気づくよ。飛んだときにちらっと見えたんだ。お前だ言わなくたって分かるさ”

 「美都の家の問題は……僕が何とかする」

 “お前だけじゃどうにもなんねぇよ。それは俺が知ってる。今は相談しないけど……調べてみて、やばそうだったら相談する。お前には何も言わせねぇ”

 「……」

 僕は静かに電話を切った。確かに美都の言うとおりだった。たぶん、このままじゃ伊織に通報される。でも、僕にはどうすることもできない。

 「アタシは」

 美都が声を張り上げて言った。

 「アタシは、お兄さんに助けてほしいんだけどな、あの人じゃなくって」

 僕ははっとして美都の方を見た。美都はすでに、膝に顔をうずめていて、その表情をうかがうことはできなかったが、照れているのは分かった。僕は嬉しかった。ここまで頼りなくて、何の計画も立てれていない僕を、頼ってくれていることが。

 「ありがとな、美都」

 「な、なによ。別にホントのこと言っただけじゃない」

 「お前はどこぞのツンデレか?」

 「ツンデレじゃないし。お前って呼ばないでって言ったでしょう?」

 美都は、そこにこだわり、あくまで妥協しなかった。僕はとりあえず、頼ってくれた美都のためにも計画を立てた。学生ができることなどたかが知れていて、逃げることなどそう長くは続かないだろう。だけど、美都を施設に送って一人ぼっちにさせるわけにもいかない。だからこそ、僕がこうして粘るしかないのだ。