NoblesseΘOblige

持つべき者の義務。
そして、位高きは徳高きを要す。

3、ある日のアタシの家

2012-05-13 | 海の向こうの家の事情。



私、立原美都はある家の前で立ち止まっていました。
その家は、私の暮らす家であり、私が一番入りづらい家でもあります。
お母さんは、いてもいなくても同じようなものです。お父さんはお父さんで、いてもいなくても同じです。
お母さんのときと、お父さんのときの同じは違います。

「姉(ねぇ)?」

妹が私の袖をひっぱります。現在小学2年生の私の妹、怜(れい)は私よりも小さいですが、10センチも離れていません。少し悔しいです。

「怜ちゃん、もう帰ってきてたんだ。今日は学校早く終わったの?」

「うん…姉も早かったんだ…」

「うん、そうだよ。美都も…早く終わったんだ。…………お家、入ろっか」

「う、うん………」

私はそのまま怜をつれて家の中に入ります。
洋風の私の家は基本引き戸で可愛らしい取っ手が付いているが、綺麗なのは玄関の外側だけ。中は皆汚いんだ。
家に入って、靴を脱いで、階段を上ろうとします。
ただ、上ろうとするだけです。

「おい……帰ってたのか」

リビングの奥から声がします。その声は、聞く人によっては素敵なお父さんの声に聞こえるかもしれないし、イライラしてるお父さんの声に聞こえるかもしれません。私には、悪意しか聞き取れません。

「た、ただいま……」

私は小さく答えます。怜は私の裏で小さく縮こまってしまう。
お父さんは、ゆっくりと近づいてきて、私に言いました。

「ん?なんだぁ…声が小さいじゃねぇか。パパへの愛が足りないようだなぁ…あ?」

「………」

お父さんは、静かにくわえた煙草を手にとって私の腕をとり、押しつけます。
ジュッ…と小さく皮膚の焼ける音がします。怜が目をそむける気配がします。お父さんは、さらにグリグリと煙草をねじります。
熱いです。痛いです。怖いです。逃げたいです。泣きたいです。それでも。
熱いなんて、痛いなんて、怖いなんて、逃げたいなんて言えません。泣けません。だから。
いつまででも耐えるしかない。永遠に。私たちは、逃げられない。
怜を置いてなんて逃げられないから、私はここで怜をかばい続けるんだ。

「姉……大丈夫??」

「ん…??怜ちゃん、美都は大丈夫。お部屋、行こっか」

お父さんはとっくに椅子に座っていました。私がぼうっとしていたようです。
私は怜の手を引いて部屋を後にして階段を上ります。この家の階段は11段。
私と怜は、小さな声で見つからないように段数を数えながら階段を上ります。
ささやかな楽しみ、でも私たちにとっては大切な楽しみです。
夕ご飯はありません。お母さんも作ってくれないし、お父さんはもちろん作りません。
私と怜は一緒に抱き合いながら部屋の隅っこで眠ります。いつものように、小さく寝息を立てている怜を見ると安心します。

翌朝、私が起きると怜はいませんでした。
朝から怒鳴る、お父さんの声も聞こえませんでした。
ゆっくりと下に降りると、お父さんとお母さんのひそひそとした声が聞こえます。

「どうすんのよ、これ」

「んなのしらねぇよ。知らんふりしときゃ、しばらく大丈夫だろ」

「でも、私たちがやったってばれたら…」

「うるせぇ!!最初にやってきたのはこいつなんだ。どうなろうと知ったこっちゃねぇ」

「美都にはなんて…説明するのよ」

「しばらくどっかいったって事にしとけ」

どうやら、怜のことでもめているようです。
私は、そのまま少しだけ部屋をのぞくと、そこにいたのはお父さんとお母さん。そして、血だらけの怜でした。
胸には包丁が刺さったままです。
私は吐き気がしました。
涙も出ません。
突然過ぎて、わけがわかりません。
でも、とにかく怖くなりました。
私は急いで部屋に戻って制服を着て、こっそり家を出ました。
怜を家に残したまま。
私はとにかく家から出たくて…そして、ゲーセンにたどり着きました。
ひとまずこの場で待機することにし、学校には行きませんでした。
もちろん、夕方に家に帰った時はすごく怒られました。
罰を受けました。
怜の姿はどこにもありませんでした。


「……………というわけなんだけど」

「ふうん。なるほどな」

僕は軽く相槌を打ちながら、内容を整理した。
美都は、僕の方を見ながら何か聞きたそうな顔をした。

「どうしたんだ?」

「なんでお兄さんは何も言わないの?」

「何言ったってお前は満足しないだろ」

そういっただけなのに、その時の美都の笑顔は、今までで一番かわいかった。