NoblesseΘOblige

持つべき者の義務。
そして、位高きは徳高きを要す。

君の知らない物語(歌詞をもとにした小説です)

2013-06-29 | 小説
「今夜、星を見に行こう」

 勇斗が突然言ったのは、八月の暑い部室の中だった。

 高校3年生。

 最後の夏休みである。

「なんだ、勇斗。たまにはいいこと言うじゃねぇか」

 部長の森友は言った。他の数名も口々に賛同した。私が所属する、正確には所属して『いた』科学部の部室には十数名の生徒がいた。夏休み中にもかかわらず、これだけの人数が集まって活動しているのは森友の上手いまとめ方に理由があるのだろう。

 私は引退した身にもかかわらず、部活に顔を出していた。私はこの部が好きだった。空間としては、最高だった。

「じゃあ今夜、一緒に行く人―――――――――――――――――――」

 勇斗が立ち上がり、人数を数えるが、手を上げたのはたった数名だった。たった数名には私も入っている。

「なんでこないのー?みんなー!!」

 手を上げた一人、物井草美奈が言った。可愛らしい顔立ちで、明るく、好かれやすい。

「だって今日急にって言われても・・・・・・」

「なぁ・・・」

「塾もあるし・・・」

 それはそうだ。2年生といえど、大学受験を視野に入れ、夏期講習を入れている人も少なくはないだろう。3年生で暇そうにしてるのは私ぐらいだろうから。

「じゃあ行くのは・・・勇斗、オレ、物井草に・・・優作もか。あと宮原先輩も」

「うん。行っちゃおうかな」

「あれぇ?いいんですかぁ?羅架先パイ。大学受験の準備とかー」

 私はいいのいいの、と言うと勇斗の顔をチラッと見た。目が合って、笑ってくれる。あぁ、その笑顔。それが見たくて行くと言ったと言ってもいいほどに。

 神藤勇斗が好きだ。




 午後8時。

 山のふもとに集合しなおした。おのおの集まってくる中、勇斗は一番最後に来た。ここからは街灯があまりないので、急激に暗くなる。私は少しだけ震えていた。

「それにしても羅架先パイ。私服のセンスいいですねぇ!美奈も見習いたいですぅ!」

「ぶっ!!」

「ちょっと勇斗くん!何で笑うの!?」

「ミナもミナらいたいのか(笑)」

「あ~そーゆーことまた言ってー!!」

 美奈と勇斗が追いかけっこをはじめる。森友はそれを見て笑っている。この温かい空気は、私の暗い気持ちを明るくする。私も笑う。

 美奈が勇斗と仲良くしてるのを見て、苦しくても。

 私は笑っている。

 笑顔でごまかす。

 いつかは私は勇斗に会えなくなる。卒業してしまう。

 私は思いを伝えることが出来るだろうか。

 そんな不安や、孤独に押しつぶされないように。

 笑う。

 世界ってゆがんでるなぁ。

「…宮原先輩……?」

 後ろから、疑問系の声が聞こえる。振り向くと、1年生の年村優作が立っていた。落ち着いていて、冷静な彼はまさしく『科学部にいそうな人』だった。

「どうしたの?優作くん」

 私は振り返って聞いた。彼の眼鏡越しに見る目は、まっすぐに私を見つめていた。

「大丈夫……ですか?」

「え?」

「先輩、無理して笑ってますよね」

 本当にくだらないことだが、私はふと思ってしまった。優作くんの眼鏡はもしかしたら、何でも見通す魔法の眼鏡なんじゃないか。そんな馬鹿げた事はないと、自分で自分を笑った。優作くんは、不思議そうに私を見つめる。表情に出ちゃったかな。

「大丈夫だよ、たぶん」

「…より……いの方が……いです」

「え?なんか言った?」

「いえ」

 優作くんは急ぎ足で先に行った。森友の大きな声が私をせかす。私も足早に坂を上った。

「みんなー!!こっから顔上げんなよ!」



 
 そう言われて歩くこと10分。ようやく頂上らしき所にたどり着いた。20度ほどの斜面の人工芝生に身体を預けると、ようやく今日初めての星を見た。

 星。

 星。

 星。

 星――――――――――――――――――――。

一面星だらけだった。小さな粒から大きな点まで、とにかく光り輝いていた。都会では見られないほどの光だった。

今にも星が降ってきそうだ。

みんな驚いて言葉が出ないらしい。美奈の息をのむ音が聞こえた。

「こーゆー真っ暗な山なら、結構見れるんだ、星」

勇斗が小さく呟いた。

 星が降ってきたら、私の願いを聞いてくれるのかな。

 勇斗のこと、いつから好きだったんだろう。

 最初はそんなでもなかったはずなのに。ただの後輩だったはずなのに。

目で追いかけてしまう、私がいて。

 勇斗はちゃんと聞いてくれるかな。

 いつもみたいにふざけないで、ちゃんと聞いてくれるかな。

 私の大切な、この思い。

 私は、言えるのかな。


「あれがデネブ、アルタイル、ベガ」

 勇斗は空に向かって腕を伸ばしながら言った。星座標を見て、覚えて空を見上げる。

「あんなに命燃やしちゃって……。何がしたいのかなぁ」

「つーか、今はもう、こっちから見える星はなくなってるんだろ?今見えてるのは、大昔の星」

「なんかロマンチックだねぇ」

「はー。やっぱりいいなぁ。星。オレ、この場所特等席にしてたんだよなぁ」

「しょうがない。勇斗のために俺がここのこと、言いふらしてやる」

「あ、美奈もするー!」

「ちょ、森友!美奈!」

 隣から楽しそうな声が聞こえる。私は懸命にベガとデネブとアルタイルを探す。ベガ…ベガ…ベガ…。

 あ、あった。

 ベガは割とすぐに見つかった。あれが織姫様か…。きれいだなぁ。次いで私はデネブ…デネブ…。

あれ、みつからない。天の川の向こう岸を見ても、一向に見当たらない。

 ダメだよ、彦星様。

 織姫様は、待ってるんだよ。

 私は耳鳴りがするのを感じた。

 どこにいるの?彦星様。

 これ以上、織姫様を一人にしないで…。

せっかくの恋を、終わらせないで。

「あれ、北斗七星じゃね?」

「あーほんとだぁ!さすが森友!!」

「オレの方が先に見つけてたしー!」

「勇斗くんなに意地張ってるの~?」

「そうだぞ、勇斗」

 楽しそうに笑う、隣にいる勇斗。こんなに近い距離なのに、私は何もいえない。

 今言ってしまえば、終わるじゃないか。

 言える。

 言える!

「宮原先輩、流れ星探して願わなくていいんすかー?」

勇斗は空をつかむようにして手を伸ばして言った。

 うん。願いたいよ。勇斗に想いが、届きますようにって。

「やっぱ、大学受験っすよね~」

 ううん。大学なんかより、勇斗の方が大事だよ。

 本当はずっと、勇斗のことを……!

「あ!彦星様はっけ~ん!!」

 何もいえない。私は、何も言えなくて。

 私は空を見上げた。なんだ、簡単に見つかるじゃないか、彦星様。天の川の向こう側に織姫様が待ってる。

 でも、と。

 私は考え直した。彦星様は見つかったけど、結局織姫様は彦星様に手が届かないじゃないか。こんな恋は最初から成立しない。

 私の恋も、成立しない。

「いーなー織姫様!美奈もあんな素晴らしい彼氏ほしー!!」

 私の気持ちはあるけど、届きはしない。

「美奈には絶対無理だなっ!」

「俺も賛成」

 届かない。

「え~勇斗くんも森友もひどーい!」

 ねぇ、織姫様。泣いちゃダメだよ。

 ダメだよ。

 泣かないで。

「美奈は~勇斗くんなら美奈の彦星様になれると思う!!」

 泣かないで。

 自分に、そう言い聞かせた。

「美奈と付き合って」



「えぇ!?ちょ…勇斗!返事は!?」

「森友と同じく!美奈も聞きたーい」

「私も」

 私はようやく涙をこらえて言った。あくまで、本質的には興味がないような、第三者として。他人事として。

「私も、聞きたいな」

「…………」

 強がってる。

 分かってる。

 臆病者。

 分かってる。

 強がってる私は臆病で、逃げて、逃げて。興味がないような振りをした。私の小さな恋を隠すため。平気な振りをした。

 勇斗はしばらく無言だった。無言の時間が辛くて、私は目を閉じた。チク、チクと。胸が痛んだ。しばらくしたらやむかと思ったが、痛みは増すばかり。

 勇斗が口を開きかけたのを私は横目で見て、さらにきつく目を閉じた。

「いいよ」

 ああ。好きになるって、こういうことなんだね。

 終わったときが、辛いよ。


「おー!おめでとうな、物井草!」

「ありがとー森友!!」

「み、み、み…宮原先輩っ!」

 私はきつく閉じていた目をぱっと開いて、声の主を探した。暗くてよく見えない。探そうとしたが、探す前に腕を引っ張られ、斜面を駆けずり降りる羽目になった。幸い、みんな上を向いていたので気付かなかったようだ。

「ゆ…優作くん?」

 私は引っ張って来た主に尋ねた。優作くんは静かに呟いた。

「宮原先輩は、どうしたいんですか……!?」

「…え?」

「勇斗先輩と、どうなりたいんですか?」

「な…なんでそれを………!?」

「宮原先輩が好きだからです」

「……わ、私は…」

「知ってます。勇斗先輩のこと、好きなんですよね………。僕の思いは届きません」

「でも、私の思いも届かないもん…」

「それでも、考えるんです。どうしたいんですか?」

 私に向かって、はっきりと、目を見ていった。優作くんは強いな……。私は目を逸らすことが出来なかった。優作くんは頬が紅潮して瞳孔が開いている。

 私はどうしたいの?

 私はどうなりたいの?

 もう遅いかもしれないけど、ダメかもしれないけど。

 それでも。

 勇斗の隣がいい。

 隣にいたい。

 私は、そう思ってるんだ。

 真実を知ることは辛い。

 真実は、残酷だ。



 3月――――――――――。

 私は無事、卒業式を迎えることが出来た。いつもはかなり気崩している制服をしっかりと着て、式にのぞんだ。胸に付いた、薄桃色の花のコサージュが、なんとも気恥ずかしい。

 「あっ羅架先パーイ!!」

 美奈が人ごみの向こうで大きく手を振る。隣には、勇斗がいる。勇斗が、いた。

 あの日の夜、私は勇斗に何も言わなかった。言えなかった。言うには、あまりにも弱すぎた。私は、伝えられるほどまだ強くはなかった。

 もう二度と、戻れない。あの夏の日。

 勇斗と見た星は、皆で見た星は今でも思い出せる。私たちはあそこで、笑ったり、怒ったり、やっぱり楽しかった。

 勇斗の笑った顔も、怒った顔も、大好きだった。

 おかしいことは分かってる。矛盾してることも分かってる。言えばいいのにって思ったのも分かってる。分かってるけど、もう二度と戻れないのも分かってるはずなのに、少しだけ後悔している自分がいた。胸が痛む。

 でも、私がいつか大人になって、強くなったら。

 そうしたらきっと、思い出として、想い出として思い出せる日が来るだろう。

 勇斗が永遠に知る事のない物語として、勇斗の知らない物語として、思い出せるだろう。

 私だけの、秘密として。

 そして、思い出せるようになったら。

 なったら-------------------

「美奈ー!勇斗―!くだらないことで、喧嘩しちゃダメだよ~!!

 またあの星を、見に行こう。

 誰かとふざけあいながら。

 誰か、大切な人を隣に連れて。

 あの日の夜、勇斗が指差す星空と重ねよう。

 無邪気に笑う、勇斗の顔を、重ねよう。

 そしたら私は、笑顔でその大切な人を愛せるだろう。

 勇斗を、想い出に出来るだろう。



 『君の知らない物語』を、胸に大事にしまって。