巣山古墳は馬見古墳群の中央群で中心的な地位にある墳丘長220mの超大型前方後円墳で、国の特別史跡に指定されています。
発見容易
説明板あり
駐車場あり
トイレは公園内各所にあり
お勧め度:
1.基本情報
所在地
奈良県北葛城郡広陵町大字三吉元斉音寺
現況
古墳
史跡指定
国指定特別史跡
指定日:昭和27年(1952)3月29日
出土遺物が見られる場所
2.諸元
築造時期
4世紀終わり頃(現地説明板より)
墳丘
形状:前方後円墳
墳丘長:220m(全国ランキング23位)、後円部径:118m、前方部幅:96m
後円部高:17m、前方部高:15m
外堤を含む全長:333m、全幅:245m
段築:後円部・前方部ともに3段築成
葺石:あり
埴輪:あり
主体部
竪穴系の埋葬主体が2基
出土遺物
周堀
周堀とその外側に周堤あり
3.探訪レポート
2020年9月5日(土)
この日の探訪箇所
狐井城山古墳 → 築山古墳 → 新山古墳 → 牧野古墳 → 佐味田宝塚古墳 → 三吉2号墳 → 巣山古墳 → 狐塚古墳 → 倉塚古墳 → 一本松古墳 → ナガレ山古墳 → 乙女山古墳 → 池上古墳
では、先ほどからチラチラ見えていた、巣山古墳の方へ行ってみましょう。
巣山古墳は主軸をほぼ南北方向に取り、南側(写真右側)が後円部です。
周濠に近づくと説明板がありました。
築造時期に関しては説明板には4世紀終わり頃と記されており、中期古墳に分類する研究者もいますが、前期古墳から出土する車輪石や鍬形石が見つかっていることや、後述する通り、墳丘のデザインから考えて、私的には前期古墳に分類したいと思います(車輪石や鍬形石の編年と照らし合わせて考えが変わる可能性もあります)。
まあ、前期とか中期とかは研究者個人の分類上の問題であまり本質的な話ではないですね。
さて、この巣山古墳は説明板にも書かれている「出島状遺構」で有名です。
造出とはまた違う趣の遺構で、独特な形状をしています。
説明板では文字と写真による説明ですが、これだとよく分からないですよね。
『巣山古墳 調査概報』(広陵町教育委員会/編)より巣山古墳調査位置図を転載します。
このように3段築成となっていますが、後円部の最上段がかなり高いですね。
形状だけをパッと見た感じでは前期古墳だと判断します。
そして前方部の西側に変なものがくっついていますよね。
変な物とか言うと被葬者に怒られそうですが、それの実測図も前述書から転載します。
この図だと上の墳丘図から90度回転していますが、これが「出島状遺構」で、大変珍しいものです。
私的には見た瞬間、「よすみ」(四隅突出型墳丘墓)を想起しましたよ。
後円部側を見ます。
前方部側を見ます。
この位置から見えるのは、出島状遺構ではなく西側の造出です。
巣山古墳が築造された場所は丘陵の東側斜面で、古墳の向こう側(東側)は地形が低くなっています。
巣山古墳は、東側に向かって落ちている地形の途中に地山を削り出して構築しましたが、おそらく東側は盛土をしないと構築できないと思います。
ところで、馬見古墳群は南北約7㎞、東西約3㎞の細長い丘陵を中心に点在する古墳の総称ですが、便宜上、北群、中央群、南群に分けて説明されることが多いです。
厳密にはこの分類は往時の政治情勢を鑑みると正確な分類にはなりませんが、地理的に分かりやすいため、この分類で説明されることが多いわけです。
その中で、墳丘長220mの巣山古墳は、すぐ南にある200mの新木山古墳とともに中央群を代表する超大型前方後円墳で、築造順は巣山古墳の方が早いです。
さて、残り時間も少なくなってきましたし、下へは降りずに巣山古墳は今回はこの程度に留めておきましょう。
いずれクラツーで馬見古墳群のツアーをやりたいので、そのときにまた下見で来れるでしょう。
というか、朝からもう15㎞くらい歩いているのでそろそろ足がダメになってきて歩き回るのがつらくなってきた・・・
とにかく今日は近鉄の駅までたどり着かないことには帰れませんから、重要な古墳を見つつ、なるべく最短ルートを歩いて駅まで向かおうと思います。
(つづく)
4.補足
5.参考資料
・現地説明板
・『巣山古墳 調査概報』 広陵町教育委員会/編 2005年
・『シリーズ「遺跡を学ぶ」026 大和葛城の大古墳群 馬見古墳群』 河上邦彦/著 2006年