青少年育成連合会 | 日本の未来を【夢と希望に満ちた国】にする為に日本人の心に訴えたい
子どもは日本国の宝|私たちは【子どもをいじめと虐待、性犯罪から守る】為にあらゆる方法を講じ解決にあたります



↑私の愛用の武器・ヌンチャク
・多数を相手に戦うことが出来る最高の武器

「仁」とは「人」と「二」と書く、もう1人の人と生きることがひとなのである。

(吉川 英治)<作家>1892-1962

神奈川県秦野市の模型店店主、増田守男(79)が殺害された事件。
殺され方が半端じゃない。傷は頭部・胸・背中・わき腹・首など上半身を執拗に刺された。その数、数十箇所。

死因は失血死。何も悪いことをしていない善良な1人の殺人鬼によって、凄惨な殺され方。家族は、どんなにショックであったのか、それも真面目な人で、毎日何が起きるか判らないこの頃。

もう他人事じゃない!私は外に出るときは必ず胸に小型のヌンチャクを持参、万が一誰かが路上で襲われているときには、何も持ってないときは素手で、相手が凶器を持っていたときは、ヌンチャクで相手を攻撃

絶えず、そういう気持ちで行動している。車に乗っているときは、同じく助手席にはヌンチャクを持参。

何時でも何かあったときは、攻撃できるような態勢をとっている

自分の行動に対して皆さん、何かおかしいですか

しかし、毎日のようにおきている事件、それを防ぐ人がいても私はいいと思いますが皆さんどうでしょうか

しかし、悲惨な事件が起きる背景には必ず凶器が使われているではありませんか

だからこそ、私は、それに対抗するためにヌンチャクを携帯しているわけで、そのあたりは警察官を含めて、寛容であって欲しい
しかし、職質のときに偶然にも懐にヌンチャクを持参している時、軽犯罪法でゴタゴタしたことがありますが、事情を説明、やっと開放されたことがありますが、今後そのようなことが無いように、大いにブログでアピールしておきます。

(事務局長にもコメントさせてください)
もし、秋葉原に理事長のような人がいたら、被害者は最小限に抑えることが出来たと思いますし、手を貸してくれる人もいたかもしれません

(K・Tにも言わせてください)
秋葉原の事件で私は納得できないことがあります。大勢の目の前で次から次へと刺されていく人がいるのに、何故皆で、何かアクションを起こさなかったのか。私はそのことが、一番やりきれない気持ちでいっぱいです。

本当に目の前で起きている惨劇に傍観している人に対して、逆に犯人以上に憎しみを感じました。日本人ってこんな正義感が無くなった民族に成り下がったのには、失望しました。

しかし、1人ぐらいは正義感を持った人もいてもいいんじゃないでしょうか?うちの理事長だったら犯人に対して、メチャクチャにやっちゃいますけどね・・・

(理事長コメント)
多くの武道家・格闘家の皆さん、これだけ毎日起きている殺人を含めた多くの事件を少なくするためには、我々の力が少しでも社会に対して貢献してもいいとは思いませんか

弱者救済は我々力を持っている人間の義務であると思っています。大同団結を以って社会を良くしていきましょう!!




2000年1月犯罪被害者の会設立。今の司法制度の中で、被害者や遺族は完全に蚊帳の外にされている。遺影を持ち入ることも出来ない。

裁判の傍聴券にしても検察庁にお願いして犯罪被害者の権利について考えてもらいたい。

もっと被害遺族が刑事裁判に参加して加害者に色々なことを聞きたいとか、裁判の中で自分の事件の内容を知りたいと訴えている本村氏の話に私も賛同し会場で名刺交換。そういう意味で本村氏の活動に共鳴し、そのときの本村氏の名刺を紹介した。


今回、死刑制度ということで、光市母子殺害事件をもう一度検証したい

最初本村氏と犯罪被害者の会の会場で出会ったのが、確か8年位前だと思う。

その時に、本村氏の話を聞きながら自分ながらに感じたのは、本当にしっかりした信念を持っていて話しをしていたこと。今でも時々思い出します。

私の一番の印象としては非常に頭のいい人に見え、きっと何かやってくれると思った

話を聞いてるうちにその頃の少年法の欠陥、そして理解できない問題点・厳罰による犯罪防止よりも少年の更生に重きを置き、18歳未満の死刑適用の禁止に対しての件に関しては、絶対に我々は納得できなかった

この問題は、私も聞いてるうちにその当時の流れがあまりにも被害者軽視
おそらく多くの被害者遺族に生涯の苦しみ与えたばかりではなく、すべて蚊帳の外。

だから余計に、本村氏の感情論として、もし法的機関が死刑を与えないなら、私が自分の手で殺すまでです

私は被害者感情として当然だと今でも思っている。
それに一番納得できなかったのは、法廷内に遺影の持込を拒否されたこと。なぜ被害者を逆なでするような事をするのか
司法は、この写真を見て犯人が何かプレッシャーを感じたりして、虚偽の証言をしたり裁判の進行が阻害される可能性があるという理由に、私は逆に憤慨した。

もし逆に自分だったら逆上して多分大騒ぎしたと思う。私は誰がなんと言おうと当然だと思うし、それが本当の被害者感情であって、他人がガタガラ言う筋合いではないと思う

2000年3月22日一審判決無期懲役。理由は元少年には更正の可能性がある。本村氏の話として結局、敵は被告人ではなく、司法だということが判った。

私もその通りだと思うし、その当時の司法は被害者遺族のことは一切何も考えない冷酷・非常な連中だと私は以前から絶えず思っていた。

いじめで自殺をした子供の問題にしても、どれだけ残された遺族が悲しい現実に泣いたことか

遺族だって、回復しないといけない。人を憎む、そういう気持ちを乗り越えて、また優しさを取り戻すには死ぬほどの努力をしないと、いけないですと、本村氏も話をされましたが、その反面世論からの批判を、招いたと話をされましたが、私は違うと思う。

逆に批判をした連中は、死刑廃止論者とかそれに近い多くの弁護士どもが、マスコミを通じて流していたということは、私たちの活動の経験で自信を持って言える。

2002年3月二審判決・無期懲役
2005年4月本村氏の活動によって、犯罪被害者基本法施行。遺影の持込も許可
2006年6月主文・原判決を破棄し本件を高等裁判所に差し戻す。最後は無期懲役を破棄し、審理のやり直し
2007年20人を超える大弁護団の主張、この裁判は実は検察が作り上げた物証であってそれを裁判所を見落とした。ようやくまともな裁判が実現されていくことを願う。

弥生さんの暴行については、魔界転生の中で姦淫行為で精子を死者の中に入れることで復活なんて、本当に国民をこんなことで納得させると思っているのか。あまり馬鹿にするな

赤ちゃんの夕夏ちゃんを絞殺後押入れに隠したことについて、ドラえもんの四次元ポケットは何でも願いをかなえてくれるから、ドラえもんが何とかしてくれると思いました。もうここまでくると、聞いてるだけでもうんざりする。いい加減にしろ

殺意や性的暴行の起訴事実を全面否定。自分が助かるためにいい加減なことを言うな

本村氏は約7年間にわたり傍聴してきましたが、これほどの屈辱を受けたのは、今回が初めてです。

こういった弁護がどれだけ被害者の心を傷つけたことか。殺人ではなく傷害致死傷を主張している大弁護団、それに、少年。

また、少年はレイプするためではなく、お母さんに甘えるだけですという言葉に多くの国民は愕然としたに違いない

最後に事件から9年広島高等裁判所に於いて、判決死刑
私は当然だと思っている。もっと早く死刑判決にすべきであって、司法が9年もかけたこと自体が異常だ。国民の多くが思ったに違いない

私は異常というより司法の怠慢だと思っている。この裁判には多くの国民は私と同じように考えたに違いない。裁判当日26の傍聴席を求めてに4000人もの人が集まったことが何よりも示している

死刑適用基準について
誰が聞いても残酷な事件であり、元少年に対する死刑判決は当然だと評価できるでしょうが、過去の裁判例を見ると、これまで、このようなケースでは死刑を回避し、無期懲役となることが多かったといえます。

1983年に最高裁が示した死刑適用基準(永山基準)によれば、(1)犯罪の性質(2)犯行動機(3)犯行態様、特に殺害方法の執拗(しつよう)さ、残虐さ(4)結果の重大さ、殺害被害者数(5)遺族の被害感情(6)社会的影響(7)犯人の年齢(8)前科(9)犯行後の情状、をそれぞれ考察し、その刑事責任が極めて重大で、罪と罰の均衡や犯罪予防の観点からもやむを得ない場合に死刑が許されます。

この事件では、元少年の犯行時の年齢が18歳と1ヶ月であり、少年法51条1項によれば、18歳未満の少年には死刑を科すことができないと定めていること、最高裁の示す死刑適用基準でも、犯人の年齢が考慮すべき要素として挙げられていることからして、死刑を回避すべきで事案ではないかという点が争われました。