悲しみ・・・
死別とか、離別とか。
人が目の前で死んでいったこと。
人の死の知らせを聞いて、もう二度と話すことはできないと思ったこと。
自分の支えになっていると信じていた人の心はもう離れていて、
さよならと告げられた時のこと。
嵐のような時が流れていたと思う。
確かにその時、何かがぐるぐる回っていたし、
重力よりも強い力で、体を地面に打ちつけるように倒れてしまいたかったし、
いろんな記憶が飛び回って、ぶつかったり落ちたり、
びしょびしょになったり、突き刺さったり・・・
そんな時間がそこにあったはず。確かにあったはず。
嵐が過ぎ去って、
あっという間なのか、
永遠ともいえるような長さなのか、
辿り方によってどうにでも変わってしまう時間が流れて、
何が起こったのかはわからないけれど、
悲しみは変質していく。
悲しみは変質してくれた、のかもしれない。
悲しみは、透き通っている気がする。
悲しみは、どんな音楽よりも静かで、
どんな沈黙よりも静かに
静寂から静寂の要素を全部抜き取って、
まだそこに残っている静寂よりも静かな、
そんな透明なものになっていた。
悲しみは透明で、静かで、
居心地の良さを作り出しているような気がした。
その居心地の良さは、静かな喜びと言ってもいいくらいな気がした。
たくさんの記憶。
たくさんの足跡。
悲しみのつまった宝箱を
とても大切に抱えていること。
宝箱を奪われてしまったら、それは悲しいことだけれど、
誰にも奪われずに「悲しみのつまった宝箱」を抱えていられることは、
たぶん、何にも変えられない喜びなんだろうな。
日陰にわずかに残った雪などを片付けながら、
そんな
悲しみと喜びのことについて
考えていた。