泣き虫なんて呼ばれていた人は
きっと感受性が強くて(豊かで、と言った方がよいかな)
色々な出来事にいちいち大きく反応して、
喜んだり、驚いたり、悲しんだり、苦しんだりしてきたのだと思う。
もし、自分の人生の中の大事件といえそうな衝撃的なことに関しては、
割と記憶に残っているということが、
たくさんの人に共通だとしたら、
感受性豊かな人は他の人に比べて
たくさんの記憶を持っているかもしれない。
衝撃的なできごとばかりが起きていたわけだから。
何かをしながら、
景色を見ながら、
いちいち過去にあったできごとや、
それと関係する人が頭をよぎるとしたら、
そして二度と戻らない日々の郷愁みたいなものや、
二度と会うことのない人との思い出だとしたら、
例えば、空を見ると雲をみると、
桜を見ると、キンモクセイの香りを感じると
風がほほをなぜていくと、塩漬けのキュウリを食べると
とんびの鳴き声を聞くと・・・・
ひとつひとつきちんと思い出が蘇ってしまうとしたら、
それが積み重なって、
今を生きているだけで、
記憶があふれて
感情があふれてしまうとしたら、
良いとか悪いとかを置いておいたとしても、
抱えきれず、苦しくなってしまう。
そんな人っていないのかな?
あふれてしまいそうになっているのに、
なぜかそれは大きな空白みたいなものとして
感じられて、
力は奪われていく・・・
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