相続税で土地が路線価より高く評価されてしまう?どんな場合?
(相続税計算について、注目すべき最高裁の判決が出ました。)
先の4月19日に、相続税計算で注目すべき最高裁の判例がでましたので、少し考察してみようと思います。
相続税を計算する時、土地の評価については通常「路線価」と呼ばれる国税庁の土地評評価の単位価額を基準にして評価しますが、国税庁(管轄は札幌南税務署)が今回、それをほぼ実勢価格(取引価格。一般に路線価より高い価額になる。)で評価し、約3億3000万円(相続税約2億9000万円と過少申告加算税額)を追徴課税がなされた…という事例です。
この最高裁の判決は、裁判所のHPの判例検索ページで閲覧できます。
事件番号: 令和2(行ヒ)283
事件名: 相続税更正処分等取消請求事件
裁判年月日: 令和4年4月19日
URL:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/105/091105_hanrei.pdf
上記判例や、この判決の元になった高等裁判所の判決(「原審」といいます。)、及びさらにその元となった一審(地方裁判所)の判決を読んでみての、当職の考えを述べてみたいと思います(高裁や地方裁判所を「下級審」と言いますが、この事件に関する下級審判例は上記裁判所のHPからは閲覧できないようです。)。
ただ、最高裁の判決が出るまでに5年ほど裁判が続いており、その間、原告側(相続人側)や被告側(国税庁側)から膨大な証拠および事実や法律に関する主張がなされているはずで、当事者やそういう証拠や主張に生で触れている裁判官、代理人(担当弁護士)等と違い、当職の考えが正確な事実や主張に基づくものではありません。あくまで判決を読んで分かる範囲の事実や主張からしか検討できていません。
裁判というものは両者それぞれに事情があります。追徴税を課された相続人の方達は、「自分らは正確に相続税を計算したはずだ。」と思うから最高裁まで争ったはずです。ですので、今回高額の追徴がされたことについて、どうしても「何がいけなかったのか?」を分析しますが、それが相続人の方自身の否定や非難をするものでは決してありません。
ただ、最高裁の判例は、今後の裁判実務および行政(国税庁)の運用、そして当然国民の生活に多大な影響があります。そこで、今後相続税を申告する方達に、少しでも参考になればと思い述べてみます。
ただし、ちょっと恐ろしげに書いてしまいましたが、一般的な相続時に、今回の判例が影響して土地の評価が難しくなる、相続税が高くなる…という事はありません。通常は、今までどおり、路線価で土地の価格を評価し相続税を計算すれば大丈夫ですので、ご安心を。
Ⅰ 最高裁の判決内容の概要
(判決文言を私的な言い回しに変更したり、判決にない言葉を追加したりしていますので、あくまで参考です。実際の判決は、上記裁判所がアップしている判決をご覧ください。)
1.評価通達(※1)によらない評価で課税することが違法になる場合/ならない場合
※ 評価通達: 通達によって定められている財産の評価方法、基準。
「通達」とは、法律等の解釈や運用について、上級庁から下級行政機関および職員に対して発する、指揮・命令。
国税庁は、土地を路線価評価することや借家の借家権割合等、財産評価についての具体的な方法や数値等を「通達」で定めています。
これら、標準的な財産の評価方法を定めた通達を、特に「財産評価基本通達」と言います。
相続税を申告する人は、この「通達」に従って財産を評価し申告すれば、税務署に問題なく受け付けてもらえる、というものです。
ただし、「評価通達6項」というものがあり、それには「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と定められており、評価基本通達での評価が否定される場合があります。これは「税務署の伝家の宝刀」と呼ばれています。
(1)原則、評価基本通達によらない評価での課税は違法(例えそれが、適正な時価でも)
(法律上は、一応、相続財産は「時価」で評価するとなっている(相続税法22条)。通達による評価は、不動産に関して、通常それより低い額の評価になる。)
「評価基本通達(以下「評価通達」という。)による路線価等の基準で、課税庁が画一的に財産評価していることは公に知られている。
よって、(国民はそれを前提として課税計算をしているのに、)、課税庁が特定の案件で、合理的な理由もないのに、(いつもやっている)評価通達の計算より高額に評価することは、課税に関し国民間に不平等を生じさせ、(恣意的な課税となるため)『租税の一般原則としての平等原則』に反し、違法
上記は、評価通達によらない課税庁の財産評価額が、時価(取引価格)を上回らなくても同じである(違法となるので、やってはいけない。)。」
(2)例外的に、評価通達によらない個別評価が適法になる場合がある。
「しかし、評価通達で画一的な評価を行うことが、(逆に)租税負担の公平に反するというような場合は、(例外的に、その案件を特別扱いすることが)『(適法となる)合理的な理由があると認められる』から、(評価通達によらない)財産評価が(たとえ)評価通達による評価額を上回っても、上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。」
2.今回の相続の事案への当てはめ
「本件各通達評価額(路線価等による相続人の計算)と本件各鑑定評価額(国税庁の計算≒時価)との間には大きなかい離があるということができるものの、このことだけでは、「(適法となる)合理的な理由があると認められる」ということはできない。
もっとも、(本件相続発生前に)土地購入のための金銭の借り入れと、それに続いて(賃貸用の)マンションと土地の一括購入がなされている。
そういう事情がなければ、本件相続による課税価格の合計額は6億円を超えていたのに、上記の借り入れと不動産購入が行われたことで、評価通達で定める方法により計算すると課税価格の合計額が2826万1000円にとどまり、(そこから)基礎控除した結果、相続税の総額が0円になった。
そして、被相続人及び(相続人である)上告人らは、近い将来発生することが予想される被相続人の相続において、相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件(マンション・土地の一括)購入・(そのための)借入れを企画して実行したと思われ、租税負担の軽減を(も)意図してこれを行ったものといえる。
そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記(「(適法となる)合理的な理由があると認められる」)事情があるものということができる。」
3.判例の基準の要点(私見)
この最高裁判決が出るまででも、国税庁が、申告者が評価基本通達(以下、適宜、単に「評価通達」と表示したりします。)で計算した相続税の申告を否定し、税務署側の鑑定評価等に従って課税した例はありました。今回、最高裁の判決が出たため、今後の運用にどのような影響があるのか、どのような場合に評価基本通達での評価が駄目になるのか、その基準が示されるのか…ということで注目が集まりました。
結論から言えば、「今までの運用に変化はない」、「具体的基準は示されていないが、以下のような抽象的基準は示された」と思います(あくまで当職の私見です。)。
① 評価基本通達の基準・方法で計算した評価額と実際の取引価額(相当)額のとの間に、大きなかい離がある。
ことを前提として、
② 相続発生からあまり離れていない時点で、
③ 被相続人や相続人による、相続税の負担を軽減させる財産行為(購入、借入、交換等物権移転や債権債務の発生/消滅等の行為)があり、
④ それにより、相続税が発生しなくなる等、実際に大きな節税(減税)効果が発生し、
⑤ その結果、他の納税者との間に著しい不平等が発生したと評価できるような場合
であれば、評価基本通達による画一的処理ではなく、個別的な評価基準・手法を用いることも適法である。
Ⅱ 判決の対象になった事件の概要
では今回の相続がどのような内容で、どのような経緯を辿っているのか、最高裁の指摘した事実の詳細を見て行きたいと思います。
1.相続の発生と相続前の不動産購入
A(被相続人)は、平成24年6月17日に94歳で死亡し、上告人ら(1審、2審を経て最高裁に本件を訴えた人。相続人のうち本件不動産を取得した人等3名が上告人になっている。)ほか2名(以下「共同相続人ら」という。)がその財産を相続により取得した(以下、この相続を「本件相続」という。)。
これに先立ち、Aが90歳と91歳の時に、銀行から借入した資金等で、東京都杉並区と神奈川県川崎市に、それぞれ土地も含めたマンション1棟(1部屋とかではなく、マンション全体)を購入していた。
2.相続財産の内容(評価基本通達による評価と取引価額相当額との “大きなかい離”の点)
(1)問題の不動産について、購入額、相続人と国税庁それぞれの評価額等
対象不動産(土地建物合算)
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相続人が主張する価額
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国税庁が主張する価額
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東京都杉並区のマンション
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2億0004万1474円
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7億5400万円
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神奈川県川崎市のマンション
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1億3366万4767円
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5億Ⅰ900万円
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評価の根拠
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評価基本通達による評価
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不動産鑑定士による評価
(収益還元法を基本とする評価)
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※ 上記を見れば分かるように、評価事本通達による計算と実際の取引価格相当額との間に、かなりの差が生じている。
参考:土地については、一般的な目安として公示価格(国土交通省が毎年公示する標準地の価格)を“1”とすると、実勢価格や他の基準額は、以下のような割合だと言われています(絶対ではありません。特に実勢価格)
実勢価格(取引価格): 公示価格の1.1 ~ 1.2倍程度
路線価(相続税) : 公示価格の8割程度
固定資産税評価額 : 公示価格の7割程度
上記からすると、今回の相続事案では、一般的な実勢価格と路線価格の差よりも、かなり大きな開きがあるケースになっていることが分かります。
3.不動産購入から相続発生までの経緯
(1)本件不動産の購入と、その為の借り入れ
Aは、平成21年1月30日付けで信託銀行から6億3000万円を借り入れ、同日付けで東京都杉並区のマンション(以下、「甲不動産」と言います。)を代金8億3700万円で購入した。
またAは、平成21年12月21日付けで共同相続人らのうちの1名から4700万円を借り入れ、さらに同月25日付けで信託銀行から3億7800万円を借り入れた上、同日付けで神奈川県川崎市のマンション(以下、「乙不動産」と言います。また、甲乙不動産をまとめて「本件不動産」と言います。)を代金5億5000万円で購入した。
(2)相続の発生
先に述べたように、Aが平成24年6月17日に94歳で亡くなられ相続が発生した。
相続人は5名(うち3人が、本件訴訟の当事者。)。
4.相続発生後の経緯
(1)乙建物の売却
相続人のうち一人が、本件不動産を全部相続。この相続人は、平成25年3月7日付けで、乙不動産を代金5億1500万円で第三者に売却した。
(2)相続人らによる相続税の申告
上告人らは、評価通達の定める方法で相続税を計算し、平成25年3月11日、札幌南税務署長に対し、本件各通達評価額を記載した相続税の申告書を提出した。
申告書では、課税価格の合計額は2826万1000円とされ、基礎控除の結果、相続税の総額は0円とされていた。
(3)国税庁(管轄:札幌南税務署)による更正処分等
国税局は、「評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる」として、評価通達6の定め(そのような場合は、「国税庁長官の指示を受けて評価する」旨の定めがある。)により、平成28年4月27日付けで、上告人らに不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準により評価した価格で計算し、相続税の総額を2億4049万8600円(孫養子への2割加算分を含めると、約2億9000万円となる。)とする更正処分・賦課決定処分等をした。
(4)国税局の処分を巡って裁判となる
上告人らは、上記処分を不服として、東京地方裁判所に、行政訴訟を提起した。その後、2審(高等裁判所)を経て、今回最高裁の判決となった。
なお、1審、2審も、国税庁の更正処分等は適正と判断している。
Ⅲ 経緯を見ての感想(私見)
(税務署に「通達で評価する場合と金額が大きく異なる」と思われやすい場合とは?)
実際の裁判では、もっといろいろな事実が主張立証され、もっといろいろな事情があるのでしょうが、最高裁判例その他の、公に知ることのできる情報から感じた、当職の感想を記載します。
1.近々の相続発生が予想されるのに、あまりに極端な財産行為がなされている感は否めない
被相続人が90歳という高齢であれば、近々相続が発生することが当然に予想されます。
それなのに、高額の借金をして、わざわざ首都圏にあるマンション棟を買う必要性がどこにあったのか。やはり、被相続人やその家族の生活と関係ない、他の目的を意図したもの…つまり、相続税対策と推認されても仕方ないかなあ…と思います。
しかも、乙不動産は相続発生後まもなく売却されています。それからも、相続人の生活とは関係が無く、相続税対策が目的ではないか…という推認が強く及びます。
ただし、後述するように、「目的」は重要ではありません、資産の評価を減少させる行為がなされたことが重要です。
2.最高裁判例が言うように「本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と…看過し難い不均衡」が生じてしまう。
税務署の管轄が札幌南税務署であることから、被相続人の住所は札幌にあるはずです。もちろん、そこが普段の生活の本拠であるのか、単なる住民票だけの住所か分かりませんが、札幌に身分関係、生活関係はあるはずです。そういう人が、首都圏のマンションを棟ごと購入する。しかも、銀行から10億円もの融資を受けられる、ということは不動産事業等の事業を行っていて、実績もあり、法律や制度の知識に長けている、ということが予想されます。それ自体は問題はありません。むしろ良いことだと思います。
ただ、そういう力がある人は、法律や制度を、その趣旨に合うように使う、利用するという責任もあります。力のある人が歪な使い方をすると、関係者やひいては社会的な混乱を招きます。もし、今回のような、経済動向等の偶然作用でなく、意図的に行える相続税の大幅軽減行為?が多発すると、「路線価」という制度自体の改変ということにもなりかねません。それによって財産評価が上がるようなことになると、ただでさえ都会での自宅相続は難しいのに、さらに難しくなる、自宅を手放すケースが多くなる…ということにもなりかねません。
そこで今回の資産運用が、「不動産についての相続税計算の便宜を図る」点から見てどうか、金員の流れの点で見てみると、
※ 上記の金額の単位は全て「円」
上記を見れば、売買価格と路線価等による評価通達による評価額に、大きなかい離があることは明白で、被相続人および相続人らは実際に実勢価格相当額で取引しているのだから、評価通達により機械的に申告することで大丈夫か?…という意識を持つことは十分可能であったと言えます。まして、相続前後でテクニカルな資産運用をされているのですから、税務等の知識も豊富と思われ、より申告時に注意を払うべき点についての意識は持ち易かったと想像できます。
3.本判決について、「評価通達6項」の「著しく不適当と認められる財産の価額」となる場合(≒判例の「他の納税者…との間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」場合)の具体的基準が曖昧、納税者の為に示して欲しい…という意見について
それはなかなか難しいと思います。もともと「原則に対して不都合起きた場合」という「例外規定」です。このような例外規定は「予定外の不具合、不都合が生じた時に対処できるようにしている規定」ですから、能動的な目的を企図して積極的に適用要件を設定できる通常規定と異なり、予め適用要件を設定することは困難です。いわば、民法第1条の「信義誠実」や「権利濫用」の規定のように、具体的事案の事実毎に、法秩序や利益衡量や社会的意義等をもろもろ検討して判断するしかないと思います。具体的な要件を設定しまうと、「それ以外はOKか」ということになり、「例外規定」の実効性が無くなってしまいます。それに人の活動ですから、必ず、要件をすり抜ける上手い?手法を考えて…となり、国税局とのいたちごっこを促進してしまう結果にもなりかねません。
そうはいっても、国民の方からしたら、「どういう場合に、普通のやり方が駄目になるの?」というのは知りたいですよね。折角行政内部の処理指針(通達等)が公開されているのですから、“それをどのように理解して自分は税務処理を行えばよいのか?”と思うのは自然なことです。また、それが分かれば経済活動、資産運用を活発に行い易くなるという面もあると思います(租税法律主義により担保される予測可能性機能の確保)。
この点、今回の最高裁判例は、今までの不動産に関する評価通達が争われた裁判例を否定するようなものでない、それらと整合性があるような内容と思いますので(あくまで私見)、それらを見れば、どのような場合に評価通達ではなく、他の評価をすべきなのか、どんな評価をすべきなのか…というのがある程度予測できると思います。
当職が拾った裁判例の事例と判決内容を簡単に後述します。興味がある方、もっと詳細に知りたい方は判例検索DB等で判決本分やその解説等にあたってみて下さい。
また、国税庁のHPで、税務大学校の先生が株式等も含めた「財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について 一裁判例における「特別の事情Jの検討を中心に一」という論文を掲載してくれています。その論文では多くの裁判例が分析され、一覧にまとめられ、どういう場合に評価通達によらない財産評価が適切とされているかの判断基準を分析してくれています。ですので、とても参考になると思います。
税務大学校の論文がダウンロードできるURL:
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/80/02/index.htm
では、当職が拾った裁判例を以下に示します(上記税務大学校の論文に掲載されている裁判例と重複するものもあります)。
当職が拾った、不動産に関する評価基本通達での評価額(表中では「評価通達評価」という)が争点になった裁判例一覧 のリンク(クリックで一覧表に飛びます。)
⇨ 相続税~財産評価基本通達での評価が問題になった裁判例~
4.上記裁判例を見て感じた事
裁判例の分析等というようなたいそうな事はできませんが、裁判例、特に最高裁まで争っている裁判例を読んでみた感想程度のものを記載します。
(1)評価通達評価でなく実際の取引価格や市場価格で評価される場合の一番の基本的要素は、やっぱり金額(取引価額や各評価額等の差)の差
税務署が、路線価等の「財産評価基本通達」による評価でした申告を否定して、実際の取引価格等で評価して課税するのは、実際に取引した価額と路線価等で計算した金額との間に大きな差がある時です。
相続税法22条が、「財産の価額は当該財産の(相続等での)取得の時における時価により」とあり、通達はその解釈であり、画一的処理を可能にするための便宜的なもの…という位置づけですから、法律に戻り「時価」で評価しようとするのは、当たり前と言えば当り前です。
ただ、国税庁をはじめとする組織が、上記組織の解釈基準である通達を公開して、国民一般がそれによって処理すればよいというシステムにしているのは、「画一的な処理により迅速な事務処理を可能にする」というだけでなく、そのような処理が平等な課税に繋がるからです。だから、その時の気分で「ある時は通達、ある時は時価」というような恣意的課税は許されません。通達じゃない方法・基準で評価するという例外が許されるのは、それが国民間の平等課税に資する時に限られます。だから、判決でも再三、「実質的な租税負担の公平」というような言葉が出てくるのです。
ですから、「評価通達と別の評価が必要となる場合」は「通達での評価計算と時価(実際の取引価額等)に大きな差がある場合」が一番の基本です。
(2)税務署に「通達で評価する場合と金額が大きく異なる」と思われやすい場合とは?
これは本当に感想程度ですが、「相続に近接した時点で、大きな借金をして、賃貸用の不動産(土地および建物)を取得した場合」は、その可能性が高いと思います。
また、「農地」の取引をした場合も注意が必要です(上記表の7.9.10.)。農地は、評価する時の減額要素が多いので評価額が低くなりがちですが、相続発生に近接した時点で取得や売却した場合は、取引価額で評価される可能性があります(同9.10)。それ以外でも、ケースに応じ適正な価額で評価するように処理されています(同7.)。
(3)相続開始後に近接した時点で、相続開始前に取得した不動産の売却や「租税負担を回避する目的」等は必要か?
これも本当に感想程度ですが、相続後の「売却行為」をすることが相続人の申告否定(否認)・更正決定の必須条件ではないし、「租税負担回避の目的」の有無も同様に否認や更正決定の条件ではないと思います。
評価通達の評価では不当になる…というのは、その行為が犯罪等違法なことだからということではなく、先に述べたように、「被相続人や相続人の行為は法律に何ら違反していないが、一般の人と同じように、一律に評価通達での評価を了承してしまうと、実際の価値との間にあまりに大きなズレがあり、特別扱いのような不平等な課税になってしまう」からです。
先に述べた農地の事例(上記表の、7. 9. 10.)等は、テクニカルな財産移転行為が原因での更正処分というより、評価対象(あるいは評価についての考え方の違い)による更正処分と言えます。
また、判例で問題となった事案のように、そもそも相続発生に近接した時点で、①借金をして、不動産…特に、②土地建物の両方を購入する、しかもそれが③賃貸用の物件である…という場合、それだけでかなりの相続税圧縮効果が出るのが一般です。なぜなら、預貯金・現金の評価は額面そのままですが、土地にすれば通常路線価評価で一般的に市場価格より低い評価になり、かつ賃貸用だと、土地については小規模宅地の特例や借地権負担に基づく減額等があり、建物についても借家権負担に基づく減額等があるからです。評価通達に基づいて評価すれば、その資産価値は、実際の取得価格より大抵低くなります。もし、全額借入金で購入したならその借入金は相続債務として計上するわけですから、評価通達による不動産評価額と実際に支払った代金(=債務額)の差額は、当該不動産取引に関係のない、他のプラスの相続財産価額と相殺できることになります。そういった新しく取得した不動産の価額圧縮や借入債務による他の財産価値までの圧縮…での相続税の負担軽減が、租税負担の平等(公平)に反しない程度か、許容範囲を超えるものか…は相続税支払いの時点で判断されるもので、税務署が相続後の経緯を観察していて、「被相続人名義で購入した財産を売ったから当該申告は不適切だ。」ということではないと思います。相続発生の後の資産売却によって借入金を返済しても、株式等の流動資産と違い、相続前後で地価の急騰などは無いのが普通ですから、単にプラスの財産とマイナスの借金の両方が減っただけで、相続人の財産状況に大きな影響はありません。確かに、相続前後に借入・不動産取得・売却する事案では、借入金の額が凄い額なので、毎月凄い額の利息を支払わなければならず、その分相続人の負担が大きい…早く売却して借金を無くすと相続人に得…と言えそうですが、それは相続税で得したことと関係ありません。また、そのように活発に資産運用しようとする人達なら、取得した収益用不動産の収益が元本・利息を支払っても利益が出るようなら手放しません。相続開始後に相続前に取得した不動産を売却するかどうかは、原則、相続税削減行為およびその効果の発生と因果関係はありません。単に、税務署等が「相続税をかなり減額させた」ことに目を付ける契機になったり、売却が相続直後なら交換価値がより明確になる程度だと思います(ただ、判例に現れるような事案では、申告の段階で「極端な相続税の減額がある」ことが税務署側には分かっています。税務署は、税金計算、財産評価のプロ中のプロです。「不動産が売却されるまで、相続税の極端な減額が分からなかったよ~。」というようなことは、まずありませんよ。)。
「租税回避の目的」についても同様です。それがあったか、無かったかを、裁判所は重視しないと思いますし、税務署にとってもそれがあるか無いかは重要ではないと思います。そもそも、一般の人は誰でも「税金の負担は軽くしたい」と思うものです。裁判の事例では、その税金削減の程度が極端なので、「税金軽減」の段階ではなく、「租税回避」と表現されるだけです(と私は思っています)。裁判では、当事者がその主張の中で「租税回避の目的があった」、「いやなかった」等と言えば、裁判所はそれに言及せざるを得ないから、それについて判断したり、判決中で述べたりしているだけだと思います。それに、「目的」等という主観的な内面のことは第三者には分かりません。裁判官や税務署は、神様でも超能力者でもありません。人間の内面は外形に現れた行為から想像するしかないのに、法律にも明記されていない心理的要件を適用の条件にすることは、できるだけ避けた方が良いと思います。そんなことをすれば、裁判所の判決も税務署の処分も恣意的になり、「こいつは性格が悪いから、申告を否認しよう」等となってしまい、「法の支配」じゃなく「人の支配」に陥ってしまう可能性が出てきます。さらに、目的等の主観的要件に重きを置いてしまうと、必要な時に法律が適用できない…という不都合が生じる可能性もあります。「国民に刑罰を科す」という刑法の問題なので単純・同列には扱えませんが、「強制わいせつ罪の行為には、わいせつな目的等、性的意図(主観)が必要だ」(そういう意図・目的がなかったら強要罪等、法定刑が軽い犯罪になる可能性はあっても、強制わいせつ罪にはならない。ちなみに、強制わいせつ罪は“6月以上10年以下の懲役”、強要罪は“3年以下の懲役”。被害者にしたら、「あんなことされたのに何で?」ということも出てきてしまうでしょう。)という過去の最高裁判例が近年変更され、「(強制わいせつ罪の成立に)行為者の性的意図を一律に成立要件とすることは相当でない」となりました。これをみても、主観を強調すると法律の適用の判断が難しくなる、不都合が生じることがある…ということが現れています。
確かに、今回の最高裁の判例では、「被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる」という記載があるので、「租税回避の目的」を必要としているともとれます。しかし前述した通り、法律に明記されてない主観的要件を持ち込むことで法律の適用が複雑・難解・不明確になる危険があるので、最高裁が安易にそのような要件を持ち込むとは思えません。上記表現は、被相続人や相続人の行為の事実面を評価したものと解すべきと思います。判決は、不利益を受ける当事者を説得するという役目もありますから、「上告人らも分かっていたでしょう?」という意味だと思います。
Ⅳ 最後に(相続税とはあまり関係ありませんが、今回の判決等で感じたこと。)
国税庁を頂点とする、国税局、税務署の職員の方の責任は重大だと思いました。「国民の税負担の平等を実現し維持する」という使命があるのですから。それ故、滞納処分で裁判所の関与無しに差押えができたり、警察のような任意調査もできるのだなあ…と改めて思いました。
そして、だからこそ、職員の方は、法令に精通しているだけでなく、公共心とバランス感覚を備えた優秀な人であって欲しいと思いました。
この件にふれると、“与党対野党”の話題になりがちですが、組織は、やっぱり長の影響を大きく受けます。特に行政組織は迅速な処理と結果を求められますから、指揮権を有する長の影響は大きいと思います(ロシアという国家だって、国家の長があの人でなければ戦争に走ってないでしょう。兵士達が戦場に行く必要はなかったはずです。)。だから、どういう目的か知りませんが、国会に提出する文書を自分の意のままに変更させるような人柄の人には、今後絶対、長官という地位に就いて欲しくないものです。
以上