合掌の郷の緑地には、毎年鯉のぼりをあげています。
以前は自分であげていましたが、今は草友会の方々にお願いしてあげていただいております。
草友会のみなさん、毎年、有難うございます<m(__)m>
真鯉は住職が生まれた時に、母の実家の祖父母が送ってくださったもの。ですから、もう52年前のモノということになります。
今風の軽い鯉のぼりではなく、厚手の布に手染めの立派な鯉のぼりです。
少し色が褪せたりしていますし、口輪のところが切れたりして修理も何回か行いましたが、今年も元気に泳いでおります。
重いのでなかなか上がらないのが難点ですが、一度泳ぐさまをみれば、その堂々たる姿に見ほれること請け合いです。
緋鯉や青鯉、吹き流しは長男が生まれた時に、山形の実家が、真鯉の大きさににあわせて、山形県寒河江市の渋谷鯉幟店に発注してくれたものです。
親の思い、有り難いものであります。 親思う心に勝る親心、親になってはじめてわかる親心、でありますね。
数年前、「ウチの小さな鯉も一緒に挙げてもらえませんか?」との申し出があり、ちっちゃな鯉たちも一緒に泳ぐようになりました。
さて、子供のころ、この時期になるとよく食べたのが「笹巻き」や「なた巻き」です。
「笹巻き」「なた巻き」・・・この言葉を聞くだけで、こんなに胸が熱くなるのはナゼ?
台所で「なた巻き」を蒸し上げる、笹を蒸すその湯気の匂い。
茹であがった「笹巻き」が台所の梁につるされ、ずっしりと重みを持ってゆっくりと揺れるその様子。
そう、郷愁と、たらちねの母の優しさを想いださせる端午の節句の食べ物、それが「笹巻き」「なた巻き」のふた品なのであります。
山形の実家の方は月遅れの節句ですので、まだ「笹巻き」「なた巻き」のシーズンでは無いのですが、
弟子の康樹さんのご両親(山形県酒田市在住)が、おいしい「笹巻き」を送ってくださいました。(「なた巻き」については、また後日・・・)
黄金色に輝く、むっちりした「笹巻き」。
もち米を笹に包んで茹であげたものです。ま、一般的に言うところの「ちまき」であります。
巻頭の写真のように、きれいに笹でくるんであるそのお着物を一枚一枚はがしてゆくと・・・・・
現れました、黄金色の「笹巻き」。住職の実家の山形県内陸部ではあまり見かけない、黄金色の「笹巻き」です。
山形県庄内地方でも、庄内南部でしかみられない製法で作られているのです。
普通の白い「笹巻き」は普通の水で茹で上げるのですが、黄金色の「笹巻き」は灰汁の上澄みを使って茹で上げるのだとか。
この独特の黄金色は、灰汁の上澄みから出るのですね。
黒蜜をかけて、青きな粉をかけて食します。
・・・・・・・・・うまい。
たとえて言えば、上等のわらび餅のような食感。
もち米のツブツブが少し残っているので、それがまた舌を優しく撫でるように刺激してくれて・・・・
さらっとした黒蜜、淡い香りの青きな粉とのハーモニーは、端午の節句なのにまさに官能的な口福の世界。
朝に1個、昼ご飯に3個、なんとか確保して食べましたが、夜までに何個残っているでしょうか・・・家族との争奪戦です。
山木さん、御馳走様でした。大変美味しく頂いております(^-^)
庄内の「笹巻き」についてもっと知りたい方はこちらへどうぞ。
山形新聞のこちらの記事もなかなかです。「笹巻き」のまき方の説明があります。方言での説明も、テロップ付きで解りやすいかも?
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藤の花が咲き始めました。木々の緑や紅が、日増しに濃くなっていくのがわかります。
つつじも蕾が膨らんできました。中にはひとつ二つと花をつけている株もあります。
連休中には、見ごろを迎えるかもしれません。
今日はここまで。
母が、よく好んで食べていました
奄美の方では、「灰汁巻き」と言います。
小さいころ、この名前で『変な食べ物』と思って敬遠していましたが、
大人になってからは、「あれ?美味しいじゃん」って、母と一緒に口にするようになりました
お互い、口からきな粉をハフハフ飛ばしながら食べていた…そんな場面を思い出しましたョ(笑
懐かしいな。。。。
日本全国におなじ様な食べ物があるのとおもうと、ちょっと感動です。
上杉茂憲という、沖縄県令になった最後の米沢藩主の方がいるのですが、その方が作り方を伝えた、ということはないでしょうね(^^ゞ
作ってくれるお母さんの数だけ、いろんな味わいがあるのでしょう。
本文にもかきましたが、たらちねの母の味のする一品です。