日経ウーマン様のホームページより下記の記事をお借りして紹介します。(コピー)です。
「まずは2年間のトライアル、駄目なら東京に戻る」と決めて軽井沢へ移住した櫻井夫妻。土地勘がないまま「東京と同じ感覚」で借りた駅前の賃貸物件での生活は、思わぬ困難に見舞われます。移住1年目の生活について、聞きました。
東京の感覚で選んだ賃貸物件の顛末(てんまつ)
2015年、軽井沢での生活がスタートしました。最初の住まいにはどんな場所を選んだのでしょうか?
櫻井泰斗さん(以下、泰斗) 軽井沢駅から徒歩15分ほどの賃貸住宅です。軽井沢は車社会で、東京のように公共交通機関が発達しているわけではないため、「車は1人1台」が常識。けれども私たちは2年後に東京に帰る可能性もあったため、車など大きな買い物はなるべく最小限にしたいと考えていました。そこで私が仕事でいない間も、ユウコさんが自由に車を使えるように、駅まで徒歩で行けるエリアで家探しをしました。当時は軽井沢の各エリアの違いをいまひとつ把握できていなかったため、「駅から徒歩数分の便利な立地」というような選び方をしました。都市生活の感覚が抜けていなかったのだと思います。
―― 家はどうやって探したのですか?
泰斗 移住直前の2015年1月に下見旅行をしました。軽井沢の不動産屋さんに会い、いくつかの物件を内覧し、私たちの希望を伝えました。東京に戻った後、目星をつけておいた物件に空きが出たという連絡を受け、即契約をしました。
櫻井ユウコさん(以下、ユウコ) 東京の家よりも家賃はやや安く、広さは2倍以上になりました。戸建てだったので、庭や駐車場もありましたし。1DKから3LDKと、広さの面ではだいぶグレードアップしましたね。
軽井沢での賃貸は庭付きの戸建て。それでも家賃は下がった(写真はイメージ)
―― 新幹線の駅まで徒歩圏、庭付き一戸建てで家賃は下がって……理想的な環境ですね。
ユウコ ところが、軽井沢の駅前での暮らしには重大な問題がありました。観光シーズンになると、人混みと渋滞がものすごいんです。ゴールデンウイーク(GW)やお盆期間なんて、普段なら車で10分の場所に行くのに、渋滞で1時間半とか2時間かかることもありました。観光シーズンが近づいてくると、事前に買いだめをしておいて、混雑中はずっと家に引き籠もらざるを得ない日もありました。これは、観光地・リゾート地特有の悩みですね。京都、鎌倉、熱海でも同様の話を聞きます。「紫陽花(あじさい)や紅葉の季節の江ノ電は使えない」とかですね。とにかく、日常の生活インフラが使えなくなるので、迂回ルートを探すなど生活するために工夫が必要でした。
観光シーズンの渋滞(櫻井さん提供)
―― 車で10分が2時間にも……本当にさま変わりしてしまうのですね。
泰斗 そうなんです。そんな悩みがある一方で、やはり自然は豊かで身近でした。
野生動物、寒さ……自然豊かな地の住まいの課題
泰斗 駅から自宅まで徒歩15分ほどなんですが、途中からは完全に森の中になるんです。本当の真っ暗闇です。近くのリゾートホテルがナイトツアーをするような場所なので、鹿などの野生動物が普通に通るんですよね。スマホの明かりを頼りに帰宅しながら、闇の中から今にも野生動物が飛び出してくる気がして、いつもドキドキしていました。実際に、帰宅途中にハクビシンに追いかけられたこともあります。タヌキが家の庭に居着いてしまいそうになったこともありました。
野生動物は本当に身近な存在で、生活にも影響してきます。特徴的なのがゴミ出しです。ゴミって、東京のマンションだと「24時間、いつでも捨ててOK」なところも多いですよね。ところが軽井沢は、エリアによっても違いますが「ゴミ出し可能時間は早朝30分のみ」などと制限されていることが多いんです。しかも、ゴミ捨て場にはおのおのが鍵をかけなくてはいけない。何故こんなに厳密かというと、ゴミを放置しておくと、熊などが出てきて荒らしてしまうからなんです。
野生動物が身近になった(櫻井さん提供)
―― 駅に近い立地であっても、野生動物が出てくるのですね。驚きです。夏の観光シーズンは人混みに悩まされたということですが、逆に冬はどうでしたか? ユウコさんは「軽井沢の冬」について、かなり警戒していましたね。
ユウコ やっぱり寒かったですね。ただ、雪は想像していたほど降らなかったです。むしろ大変だったのは、室内の寒さです。リビングなどの生活エリアでは石油ストーブを使っていて、その部屋は暖かいのですが、トイレやその他の部屋がとても寒くて気温差がこたえました。ヒートショックを起こすのでは……と思いましたね。
泰斗 部屋着も東京から持ってきたものは使い物にならないし、暖かさを売りにしたインナーを着てもまだまだ寒くて、アウトドアの店で売っている、冬山登山用の服を着ていました。モコモコのダウンのズボンとかです。窓の結露がひどくてカビも生えやすく、石油ストーブだからこまめな換気も必要と、悩みは多かったです。
こちらに来て、それなりに調べて気づいたのですが、別荘地である軽井沢の賃貸住宅には、断熱性能の良い家があまりないんです。断熱性能を上げるためにはそれなりの建築コストがかかりますし、利回り重視の賃貸用の住宅にはそこまでコストをかけないので、取りあえず生活が成り立つ程度の断熱性能しかないのです。コストのかかった、断熱性能の高い戸建てが賃貸に出ることもないわけではありませんが、非常にまれです。
ユウコ 東京だと、タワーマンション、低層マンション、新築、築古、戸建て、駅近、郊外……たくさんの選択肢があって予算に合わせて選べます。でも、別荘地である軽井沢には選択肢があまりないんですね。そもそも賃貸需要が少ないので、賃貸の供給も少ないんです。しかも、その数少ない賃貸の中で、断熱性などに気を配った「住みやすい家」がほぼなかった。だから軽井沢で快適に暮らすとなると、自分たちで家を建てるのが一番なんです。
「賃貸ではなくやはり戸建てだ」気持ちの変化
泰斗 私たちも移住して1年がたった頃、家を建てようと検討を始めました。幸いにも賃貸生活で経験したネガティブな出来事が、自分たちの家づくりにおいてとても役に立ちました。大変な思いをした分すごく真剣に考えながら設計できたので、良い家が出来上がったと思っています。
―― 2人は移住するに当たって、「まずは2年間のトライアルで、駄目なら東京に戻る」という約束だったと前回伺いました。家を建てるということは、東京に帰らず、軽井沢に住み続けると決めたということでしょうか?
ユウコ そうですね。ちょうど移住して1年がたったタイミングで、「帰る? このまま住み続ける?」という話を2人でしたとき、本当に自然に、「東京に帰りたくない、軽井沢に住み続けたい」と思ったんです。東京時代は移住に反対していたけれど、もともと田舎出身だからというのもあって、暮らし始めたらとても住み心地が良くて。冬の寒さや、観光地ならではの弊害ももちろんあるけれど、それを差し引いてもなお、魅力がありました。
泰斗 季節を一通り経験して、心配していた冬も無事に越すことができた、ということも大きかったですね。雪は想像していたほどは降らないし、ユウコさんが心配していた車の運転も、何とかなりそうだとめどがついた。であれば、当時の賃貸住宅の生活で抱えていた悩みを解消するために、「自分たちで満足する家を建てよう!」と、自然にそういう流れになりました。
ユウコ 移住して最初の年は、泰斗さんはもちろん毎日のように通勤していましたが、私も頻繁に東京に帰っていたんです。友人に会ったり、好きな美術館に行ったりと楽しんでいました。だけどだんだんと、東京に行くと居心地が悪いというか、疲労感を強く感じるようになって、逆に帰ってくるとものすごくホッとする……そんな感覚が強くなっていったんです。最初の頃は東京に行くと、「ああやっと戻ってきた。これでちょっと気晴らしできるな」なんて思っていたのが、だんだんと「東京に来ると疲れるな」と思うようになり、最終的には「東京にあんまり行きたくないな」に変わっていったんですよね。
―― そうなんですね。東京と軽井沢で疲労感が違うと。
ユウコ こちらは、観光のハイシーズン以外は基本的に静かですし、人も少ない。人口2万人くらいしかいない町なんです。そもそも、時間の流れ方がまったく違うんです。自分たちも東京時代のようにせかせかしなくなりましたし、もともと軽井沢に住んでいる人たちは、もう本当にゆったりしている。こちらに来たばかりの頃は、例えば業者さんに何かを依頼してもなかなか話が進まなくて、イライラしたりもしていたんですけど、だんだん慣れてきて。逆に東京のキチキチした感じに違和感を抱くようになってしまったんです。
「1年がたち自然と軽井沢に住み続けたいと思うようになった」(写真はイメージ)
泰斗 個人的には、時間の進み方が違うのは、「車社会だから」ということも関係している気がします。10時に待ち合わせ、と約束しても、ちょっと道が混んでるから5分遅れるとか、そういうのが普通なんですよね。東京は電車も分刻みで来るし遅れないし、厳密に計画を立ててもおおむねその通りに進む前提で社会が成り立っていることに改めて気づきました。
ユウコ こちらだとそれが、まったく計画通りにならないんです。いきなり停電が起きたり、降雪で移動時間が読めなくなってしまい、約束の時間がずれてしまったり。そういうことが本当にしょっちゅう起こるので、物事はうまく進まないことが当たり前に感じるようになりました。逆に全て計画的に進められるという考え方に違和感を覚え、都市生活に戻ることに抵抗が生まれ始めました。軽井沢に家を建てたい、軽井沢に住み続けたいって、2人で自然に合意しましたね。
取材・文/豊田里美
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