帝国を統治するのに必要なものは、「正当性」と「権威」と「力量」であると、塩野さんは云っています。
皇帝名 | 在 位 期 間 | 死 |
ガルバ | 紀元68年6月18日~69年1月15日 | 暗殺 73歳 |
オトー | 紀元69年1月15日~69年4月15日 | 自死 37歳 |
ヴィテリウス | 紀元69年4月16日~69年12月20日 | 殺害 54歳 |
ヴェスパシアヌス | 紀元69年12月21日~79年6月24日 | 病死 70歳 |
ティトウス | 紀元79年6月24日~81年9月13日 | 病死 40歳 |
ドミティアヌス | 紀元81年9月14日~96年9月18日 | 暗殺 44歳 |
ネルヴァ | 紀元96年9月19日~98年1月27日 | 病死 71歳 |
ライン河防衛の将兵たちに推されたヴィテリウスは、イタリア北部でオトーと戦い破ります。敗れたオトーは、自死。しかし、ドナウ河防衛の「ドナウ軍団」は、ユダヤ方面の司令官だったヴェスパシアヌスを推挙します。「ドナウ軍団」は、ローマになだれ込んでヴィテリウスを破ります。
各地の軍団の長だった人は、皇帝に推挙されるとのぼせ上ってしまうのですね。俺は皇帝になったのだ!とばかり宴会ばかり開いていて、その隙を突かれてしまった。ヴェスパシアヌスは賢明な人だった。シリア属州総督のムキアヌスや、エジプト属州の長官アレキサンドロスといった味方が居ました。
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この時期、ユダヤ戦役が始まっていました。その対処に当たっていたのが、ヴェスパシアヌス。皇帝に推挙されると、ヴェスパシアヌスは、アレキサンドリアにで待機。ユダヤ戦役には、ヴェスパシアヌスの息子ティトウスとエジプト属州の長官アレキサンドロスが当たります。
70年になってやっと、イェルサレムを制圧。それを確認してから、ヴェスパシアヌスはやっとローマへ向かいます。
この混乱の隙をついて、ドナウ河方面でも、ライン河方面でもゲルマン系ガリア人の反乱が起きていました。ローマ人の内乱、体たらくを見て、これならゲルマン人でも勝てると思ったのでしょうね。
ドナウ河方面は、ローマに向かう途中のムキアヌスが対処。ライン河方面は、ライン河防衛の兵団がことごとく敗れ、ゲルマン帝国の樹立までに発展してしまいます。ムキアヌスがローマに着いてから、やっと兵を送り制圧します。
ヴェスパシアヌスは、出自にも傑出した才能にも恵まれ無かったが、時代が求めた「健全な常識人」だった。ムキアヌスや、アレキサンドロスのような協力者がいた事が大きかったのですよね。ガリヤもユダヤも確実に制圧できたのが良かった。
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ヴェスパシアヌスは、皇帝が死んだ時の混乱が起こらないようにと、次期皇帝には、息子のティトウス、その次はドミティアヌスと決めておきました。統治のノウハウをティトウスに引き継いでから死んで行きます。ところがティトウスは若くして死んでしまいます。ノウハウが次弟のドミティアヌスに上手く引き継がれなかった?
ティトウスの時代に、大災害が起きます。ヴェスヴィオ火山の大噴火です。
これにより、古代ローマの都市ポンペイが埋まり、後世の私達は、古代ローマの文化を知ることが出来たのですね。先月、「ポンペイ壁画展」を観に行ってきました。ルネスサンスか、近代のものかと思われるような、素晴らしい壁画がありました。この小説では、ナポリ湾を挟んだ所に住んでいた人の手紙という形で、噴火の様子が描かれていました。
ティトウスは若死にし弟のドミティアヌスに政治を引き継ぎます。
ドミティアヌスも、それなりに良い政治をしたと思いますけど・・
ドナウ河とライン河の上流部を結ぶ防衛線の強化に努めたとか。恐怖政治をしたとか?
最後は、家庭問題が原因で殺された? この小説を読んでいてもよく分かりません。
皇后の奴隷によって殺されたとか。
しかし、殺害ののち時間をおかず、ネルヴァが皇帝に指名されます。やっぱり政局争いの暗殺だったのではと、思ってしまいます・・・
ネルヴァは、高齢で有ったので、あとの皇帝にトライアヌスを指名して死んで行きます。
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ネロが暗殺され、内乱により危機に直面したローマを救ったのはヴェスパシアヌス。ローマ帝国を再び軌道に乗せたが、世襲による皇帝引継ぎをしたのがいけなかったのでしょうか?
この小説のお気に入り度:★★★☆☆