シミターキャット・ホモテリウムの核ゲノム解析 史上稀なる長距離追跡型のネコ科動物+追記
マカイロドゥス亜科(剣歯猫)、シミターネコ群の代表的種類であるホモテリウム latidens の核ゲノムシークエンシングが実施されており(Current Biologyオンライン誌 2020年12月号)、注目を集めています。
カナダ・ドーソンシティの永久凍土層で出た上腕骨(4万7000年以上前)由来のDNA情報で、剣歯猫では初の核ゲノム解析の例となります。ホモテリウム属は剣歯猫のみならず、恐らくネコ科史上最も広い分布域を持っていたタクソンで、亜北極帯の凍土層からも氷河期時代の骨格が見つかっていることから、ミトコンドリアDNAの抽出、シークエンスの試みはこれまでにもなされていました。
同種の系統進化史、特徴的な遺伝子適応の特定、そこから導出された行動生態の仮説など興味深い内容となっているので、以下、二次資料ではなく当の論文内容(Barnett et al., 'Genomic Adaptations and Evolutionary History of the Extinct Scimitar-Toothed Cat, Homotherium latidens', 2020)の大綱を述べるとともに、生意気ですが、個人的な問題提起なども試みてみたいと思います。
その前にホモテリウム属について略述しておくと、マカイロドゥス亜科のホモテリウム族(Homotherini=シミター型剣歯猫群。スミロドン属に代表されるダーク型剣歯猫に比べて控えめな長さで鋸歯状となった上顎犬歯、四肢遠位部の伸長した細身の体形に特徴がある。ただし、シミターネコはポストクラニアル形態が多様であり、以上の特徴に当てはまらないタクソンも複数存在した)の最後期に現れたタクソンであり(更新世後期・氷河期に絶滅)、アフリカ南端からユーラシア全域、亜北極帯、北中米、南米に及ぶ広範な分布域を持っていたことからして、非常に繁栄した剣歯猫であったことが窺えます。
主に生息地/年代とサイズの違いを根拠に、同属には伝統的に複数種(H. latidens, H. serum, H. nestianus, H. sainzelli, H. crenatidens, H. nihowanensis, and H. ultimum)が類別されてきましたが、前述のミトコンドリアDNA解析(Paijmans et al., 2017)の結果を受けて分類が見直された経緯があり、現在、ホモテリウム latidens 一種のみが有効という状態です。
まず、ホモテリウムの系統と現生ネコ科の系統とは漸新世‐中新世境界に近い2250万年以上前に分岐していたことが示され、両者間の遺伝的距離の大きさが浮き彫りとなっています。マカイロドゥス「亜科」として、剣歯猫群がネコ科の中で進化系統を異にする独自のクレードを占めるという、従来からの分類を裏付ける結果だといえます。
ホモテリウムのDNAと現生のいずれのネコ科種のDNAの間にも、遺伝子流動が起こったことを示す形跡は認められなかったようです。ホモテリウムは広範囲に分布する過程で様々な環境系に適応し、多くの場合ヒョウ属の各種と分布が重なっていたことを思えば、これは意外な結果とも取れるかもしれません。
遺伝子流動(=異種間交配)が妨げられていた要因として幾つか考えられる中で、最も信憑性が高いとして著者らが挙げているのは、ホモテリウムの行動生態における他のネコ科との根本的な違いです。
ホモテリウムに独自性を与えるところの遺伝的適応を確かめるために、比較ゲノム分析(comparative genomics analysis)の手法を用いて、正の選択圧を示す複数の遺伝子の特定が行われました。
視覚に関わる複数の遺伝子、概日リズムの調整や同調に関わる遺伝子にそれぞれ正の選択圧が示されることから、ホモテリウムは(多くのネコ科種が夜行性や薄暮時活動であるのに反して)昼行性であったらしいことが窺われるといいます。この仮説は、顕著に発達した視覚野等、ホモテリウムの解剖的な諸特徴とも符合します。
さらに、呼吸器系、循環器系、血管新生に関わる複数の遺伝子が正の選択圧を示しており、長距離持久型の走行への高度な適応が示されたといいます。加えて、発達した社会性を持つうえで重要と考えられる複数の遺伝子が正の選択圧を示しており、以上の遺伝的諸特徴は、おそらくは「開けた環境系に生息し、長距離持久追跡型の狩りを群れで行う、昼行性の捕食獣」という実態(もちろん、あくまでも仮説ですが)を浮き彫りにする、と結論づけられています。
(ヒッパリオン属の古代ウマを追跡する、ホモテリウム latidens のパック)
イラスト ©the Saber Panther
私のブログに親しんでこられた人たちならご存知でしょうが、ホモテリウムは剣歯猫中の「変わり種」で、走行特化(四肢遠位部の伸長など。肢全長に占める遠位部の長さの比率がダーク型剣歯猫、ヒョウ属よりも大きい。また、爪の出し入れの程度が小さい)が認められるということは、何度しつこく強調してきたか知れないくらいです。言うまでもなく、形態的特徴について述べていたわけですが、遺伝子適応の側面からも走行特化の剣歯猫であったことがいわば例証された形であり、個人的にはむしろ、形態研究に身を置く人たちの眼識の確かさに、改めて感心する次第です。
しかしながら、典型的な(イヌ科の多くやブチハイエナにみられるような)長距離持久型の狩りに適応していたという主張が出てくるとは、全く意想外だったし、ネコ科の中ではこのタイプの狩りに適応していた、知られる限り唯一の例ではないでしょうか。かつて、『ヒョウ属、チーター、スミロドンの狩り』と題してネコ科の狩猟法の類型化を試みたことがありますが、全く異なる狩猟型を加える必要が出てきたということでしょうか。
論文では、ホモテリウム latidens の遺伝的多様性が現生ネコ科のいかなる種よりも高い度合いを示すことにも言及があります。遺伝的多様性と個体数規模は相関する場合が多いようですが、ホモテリウムは同時代のヒョウ属、スミロドン属に比べて化石数が少なく、これは個体数密度が一貫して低い為であるとする従来の仮説からすれば、これまた意外な結果とも取れます。
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