剣歯猫 アンフィマカイロドゥス(旧マカイロドゥス)の分類まとめ
中新世後期・中国北西部産の巨大剣歯猫、
アンフィマカイロドゥス horribilis (
左)。更新世パタゴニア産の大型剣歯猫、
スミロドン populator(右) との時空を超えた顔合わせを描いています
※この作品は、本種の頭骨発見、形態調査に携わられた中国科学院のDeng Tao博士認定(2017)の復元画になります。
中新世後期・アフリカ中部(チャド)に生息していた巨大剣歯猫、
アンフィマカイロドゥス kabir (
中央の剣歯猫)。スマトラトラ大の基底剣歯猫、
ディノフェリス barlowi を樹上にまで追い詰めた場面です
イラスト by ⓒthe Saber Panther (All rights reserved)
スミロドン、ホモテリウムと並ぶ剣歯猫の代表格の一つで、剣歯猫群から成るクレード、マカイロドゥス亜科(Machairodontinae)という名称の元にもなっているマカイロドゥス属。中新世後期の大型種(以下詳説するように、正しくはアンフィマカイロドゥス)は、更新世南米のスミロドン popuator と並び史上最大級の剣歯猫に数えられます。
豪州、南米を除く全大陸に分布し非常に繫栄していたタクソンですが、その分布の広大さ、生息年代の長さもあり、多数の種類が分類され、多くのシノニムを持つことで知られています。ネコ科の中でも突出したwaste busketタクソンと化してしまっており、分類見直しの必要性は古くから唱えられてきました。
2004年にスペインのセロ・デ・ロス・バタリョネス(中新世中期地層)でマカイロドゥス aphanistusの骨格が多数発見されたことをきっかけに、マカイロドゥス属の形態分析は大きく進捗、Morales et al.,(2004)がヴァレシアン期(中新世中期)とテュローリアン期(中新世後期)の種類の間に属間レヴェルの差異が認められることを例証しました。
マカイロドゥスといえば、中新世後期‐鮮新世境界の一群の大型種(M. giganteus、M. horribilis、M. kurteni、M. kabir、M. coloradensis)が特に認知されているものと思いますが、Morales et al(2004)以降もWerdelin(2010)、そして後述のChristiansen(2013)らの分岐分類研究を経て、中新世後期種はアンフィマカイロドゥス属(Amphimachairodus)として独立に分類し直されるに至ったのです。
日本では、この辺の経緯はほとんど知られていないかもしれません。
一方、中新世中期のタクソン(アンフィマカイロドゥスよりも小型)はマカイロドゥス属分類が保持された形ですが、マカイロドゥス属ーアンフィマカイロドゥス属分類の全体像は、マカイロドゥス亜科全体の分類を概観した上でないと、正確に把握することは困難だと思います。
剣歯猫はカリフォルニアのスミロドン fatalisなど例外を除き、骨格が断片的にしか知られていないこともあり、従来の分類手段は主に上顎犬歯と下顎の形状に基いていたといいます。マカイロドゥス亜科全体の系統発生史を探るためにはより広範な形質要素の分析が必要ですが、それは近年の形態測定学、機能形態分析の飛躍的進歩を得て、ようやく可能になってきた面もあるようです。
2013年、最新鋭の形態測定学のコンピューター解析技術、1100万年範囲、50体分もの剣歯猫群の頭蓋‐歯形(cranio-dental)の分析を経て、初のマカイロドゥス亜科全体の系統発生史(Christiansen 'Phylogeny of the sabertoothed felids (Carnivora: Felidae: Machairodontinae)', 2013)が発表され、注目を集めました。
以下、マカイロドゥス属ーアンフィマカイロドゥス属分類の理解に寄与するところ大なので、分岐系統学の煩雑な専門的記述は避けつつ、Christiansenの論文('Phylogeny of the sabertoothed felids(Carnivora: Felidae: Machairodontinae)', 2013)に準拠し、要点をかいつまんで見ていきましょう。(内容の詳細を確認したい方は、当の論文に当たってください)
従来、マカイロドゥス亜科の共有派生形質として第一に重視されたのは側腹圧縮型(ナイフ形状)の上顎犬歯ですが、側腹圧縮型の上顎犬歯は現生のスンダランド・ウンピョウや祖先ネコのプロアイルルス、プセウダエルルスの一部にも見られることが分かっています。Christiansen(2013)によると、マカイロドゥス亜科の基底タクソンからアドヴァンス型タクソンまで漏れなく共有し、他のネコ科種には見られない形質は、矮小な(アドヴァンス型においては、ほぼ切歯化している)下顎犬歯※、及び矮小上顎第一臼歯と肥大化した上顎第三小臼歯パラスタイルだということです。
(※切歯化した矮小な下顎犬歯がいかなるものかは、今回の復元画でも確認できます。)
加えてアドヴァンス型剣歯猫に共通の特徴としては、極度に短縮した下顎筋突起骨など複数を挙げることができ、それらは以下「外群基底剣歯猫群」(最古の剣歯猫群)にはまだ顕れていません。
中新世中期のニムラヴィデス、パラマカイロドゥス、プロメガンテレオン、そして、上記ヴァレシアン期のマカイロドゥスが、系統未定の「外群基底剣歯猫」として括られています。
中新世後期から鮮新世以降の剣歯猫群、アンフィマカイロドゥス、ホモテリウム、ゼノスミルス、メガンテレオン、スミロドンこそが、アドヴァンス型剣歯猫に特有な一通りの共有派生形質を持ち、この5タクソンの単系性は最節約法によって高い確実性のもと、支持されます。よって'Eumachairodontia'(試みに和名にしてみると、「エウマカイロドン族 」とでもいうところでしょうか。「真の剣歯猫群」の意味になります)の名のもと表形分類されるに至っています。
従来の表形分類、即ちメタイルルス族(Metailurini)、ホモテリウム族(Homotherini)、スミロドン族(Smilodontini)については、ホモテリウム族(シミターネコ群)のみが維持され、他は無効化する結果に落ち着きました。というのも、メタイルルス族を成していたメタイルルス属、ディノフェリス属の単系性は最節約法によって支持されることはなく、この2タクソンはそれぞれ独立に、エウマカイロドン族(真正剣歯猫群)への側系統を成す基底剣歯猫群としての位置づけになります(外群基底剣歯猫とは別なので注意)。
従来はスミロドン族に分類されてきたパラマカイロドゥスとプロメガンテレオンが、独立に外群基底剣歯猫の位置に置かれることになりましたが、残りのメガンテレオンとスミロドンについても、ダーク型の上顎犬歯以外に共有形質に乏しく、単元的な分類は不可だというのです。すなわち、メガンテレオンからスミロドンへの線的進化説は否定せざるを得ないと。
実はChristiansen(2013)の分類見直し直後に、スミロドン属の姉妹タクソンとみられるリゾスミロドン属が新発見されました(このブログでも当時、詳細をお知らせしました)が、その位置づけについても今後注視していきたいと思います。
従来の表形分類が維持される結果となったのはホモテリウム族のみ。これらはシミターネコ群であり、共通の祖先をもつことが考えられます。中新世後期‐鮮新世境界のアンフィマカイロドゥス、更新世のホモテリウム、ゼノスミルスの3タクソンが含まれます。
ここで注意すべきは、上述のとおり、中新世中期のマカイロドゥスは系統未定の外群基底剣歯猫としての位置づけであって、ホモテリウム族には含まれていないということ。
冒頭でマカイロドゥス属ーアンフィマカイロドゥス属分類の全体像云々と述べましたが、現在では属レヴェルでの違いは勿論、マカイロドゥスからアンフィマカイロドゥスへの線的進化説も否定されたということに他なりません。アンフィマカイロドゥスからホモテリウムへの線的進化説については、恐らく維持されるものでしょうが。
Christiansen(2013)がロコトゥンジャイルルス、ミオマカイロドゥス、ヘミマカイロドゥスといった他の中新世シミターネコ群に言及していないことは残念ですが、上記3タクソンだけを見ても、ホモテリウム族というのは各種が頭蓋‐歯形(シミター型剣歯)は相似しているのに反して、走行特化型(ホモテリウム)、ヒョウ属的なコモン・アンブッシュ型(アンフィマカイロドゥス)、そしてスミロドン的なパワー・アンブッシュ型(ゼノスミルス)と、ポストクラニアルの形態型は実に多様であることが見て取れると思います。ホモテリウムの長距離走行特化性については、以前詳説した核ゲノム解析で判明した遺伝特徴の面からも、裏付けられたといわれます。
ただ、エウマカイロドン族に単系分類されるとはいっても、スミロドン属とホモテリウム族(アンフィマカイロドゥス属、ホモテリウム属、ゼノスミルス属)との形質差異は当然大きいので、両者が早い段階で分岐していることが推測されてきましたが、それは直近のホモテリウムとスミロドンの部分ミトコンドリアゲノム解析結果(Paijmans et al. 'Evolutionary History of Saber-Toothed Cats Based on Ancient Mitogenomics', 2017)によっても、裏付けられていることです(スミロドンとホモテリウムの両系統は、中新世前期(2000万年~1600万年前範囲)に分岐していたことが判明)。
を貼っておきます。Copyright © Per Christiansen 2013
(このグラフでは従来の表形分類・メタイルルス族、スミロドン族、ホモテリウム族がそれぞれ緑、赤、青色で表示されていますが、本文で述べたように、現在ではホモテリウム族以外は無効化しています。形態測定学的分析に基づく系統樹と、Paijmans et al.(2017)のミトゲノム情報に基づく系統樹とでは、スミロドンとホモテリウム族の分岐時期が大きく違っていることは、指摘しておきます)
以上、マカイロドゥス亜科全体の系統発生史の概観を通して、マカイロドゥス属に分類されてきた種類のうち、中新世後期-鮮新世境界の頃栄えた大型種をアンフィマカイロドゥス属に編入し、中新世中期の種類についてはマカイロドゥス属分類が維持されるが、両者間に進化系統上の繋がりはないという、現在主流の分類仮説を示しました。
著しい形態の類似からホモテリウムの直系祖先説が唱えられているkurteni種(カザフスタン)は言うに及ばず、中国北西部分布で剣歯猫史上最大の頭骨が出ているhorribilis種、タイプ種のgiganteus種、北米分布のcoloradensis種など、大型で聞こえる中新世後期の種類は、いずれもアンフィマカイロドゥス表記が正しいということになりましょう。アンフィマカイロドゥスの一般的な形態特徴については拙『プレヒストリック・サファリ㉑』を、horribilis種についての詳細は『バトル・ビヨンド・エポック其の一』を、それぞれ確認していただけると幸いです。
補足
上記「アンフィマカイロドゥス分類」への反論として、ハジディモヴォ(ブルガリア)のギガンテウス種頭骨の形質分析結果から、テュローリアン期(中新世後期)のマカイロドゥス属分類の正当性を主張するGeraads et al. の学術論文(2020)については、リンクの英文記事に詳しいので、ご覧になってください。
ごく簡略にまとめると、中新世中期種と後期種の間に種レベル以上の差異は認められず(…え?)、形質的過渡期を示す段階の標本があることから、その進化は漸次的・モザイク的であり、これらに属レベルの違いを認めることは、無意味だというわけです(アンフィマカイロドゥス肯定派が自説を通すには、この「過渡期個体群」に関する指摘を、覆す必要があるかもしれませんね)。
紛糾する(!)マカイロドゥス / アンフィマカイロドゥス分類 再まとめ
※剣歯猫マカイロドゥス/アンフィマカイロドゥス分類の変遷について先に記事を上げたばかりで心苦しいのですが、ほぼ完全なgiganteus種頭骨(ブルガリアの某博物館所蔵。新発...
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しかしながら、Xiaoming Wang et al. が発表した直近の研究(2022)において、アンフィマカイロドゥス分類は継続されており、全北区に分布した同属の時間種群(chronospecies)の遷移、それら時間種の、ユーラシアと北米における対照的な進化傾向(ユーラシアにおいては、ギガンテウス種→パランデリ種→ホリビリス種と、後続の種類ほどサイズが大型化、北米では逆で、コロラデンシス種からアルヴァレージ種に至る後期種ほど、小型化した)や、アルヴァレージ種に関する詳細などが記載されています。同様に、Jiangzuo et al. が中国南部・元謀県人類化石遺跡にみられる化石ネコ群の詳細を述べた報告(2022)でも、アンフィマカイロドゥス属分類は継続しています。
最初にアンフィマカイロドゥス分類に異論を呈したのはMorlo et al., (2004)ですが、現状、否定派はGeraadsらフランスの学派であり、Wang博士らのアメリカの学派、Christiansen博士やWerdelin博士ら北欧の学派、Anton、マレーシア・トレンガヌ大学の山口博士、Jiangzuo博士ら中国の学派と、多数派は依然としてアンフィマカイロドゥス肯定派だと見受けられるのです。中国のDeng Tao博士はホリビリス種頭骨を報告した論文(2017)でマカイロドゥス分類を採用していたものの、論文中でこれはあくまで暫定的措置であり、Christiansen(2013)の分類は信頼できる旨を記しています。
Anton著の剣歯猫の総括的研究本(2013)のマカイロドゥス分類の変遷を述べた箇所で、フランスの研究者たちがプロト・シミターネコ段階の標本を見境なくマカイロドゥス属のもとに分類し、同属がごみ箱タクソンと化した原因を作ったとして、フランスの学派を批判する箇所があります。そうした経緯を踏まえてのことでしょうか、いみじくもWerdelin et al.(2010)がアンフィマカイロドゥス分類について、
'However, making the distinction is taxonomically useful and in line with a trend in recent years of trying to restrict the usage of Machairodus to something other than a waste-basket taxon for any or all Miocene sabretooths'
「(中新世中期種と後期種との間に)区別をつけることは分類学上、有用であるし、中新世のほとんどの剣歯猫をマカイロドゥス属に帰属させることで、ゴミ箱タクソン同然にしてしまう分類法を抑制する、近年の傾向にも沿うものである」
と、見解を述べています。
ともかく、依然としてアンフィマカイロドゥス分類が多数派によって支持されている(少なくとも、分類が保持されている)ということは、指摘しておいてよいと思います。
このブログでも暫定的に(また今後どう変わるかもわかりませんが)、「中新世中期の種類」はマカイロドゥス属、「中新世後期種」はアンフィマカイロドゥス属として、引き続き統一する意向です。
むしろ私が一番(?)議論を呼びそうだと思う点は、Christiansen(2013)が主張する、マカイロドゥス属を外群基底剣歯猫として分類し、アンフィマカイロドゥスをはじめとする後代のホモテリウム族との分岐的繋がりを否定している点です。
マカイロドゥスとアンフィマカイロドゥスを別系統とする主張はアンフィマカイロドゥス肯定派からも特に支持されている様子ではなく、AntonやWerdelinはマカイロドゥス属をホモテリウム族に含め、マカイロドゥス→アンフィマカイロドゥス→ホモテリウム&ゼノスミルスの連続的分岐説を提示しています。中新世中期種と同後期種との属レベルでの区別を否定しつつも、両者に少なくとも種レベルの形態差異は認めるGeraadsの所説に照らしても、マカイロドゥス属を同系統(ホモテリウム族)に分類する方が、整合性がつくように思われます(あくまで、私の個人的見解ですが)。
事態がここまでくると、私は誰よりもまず、Christiansen博士の意見をお伺いしてみたい。
付記
近年独立種であることが発表された、中新世の剣歯猫で最も大型の「ラハイシュププ種」について、下リンクの記事で紹介いたしました。
本種もヘンフィリアン期(中新世後期)に由来するとされますから、上で縷々述べたことに従うなら、アンフィマカイロドゥス表記が正しいことになりましょう。
が、ここでは論文執筆者、Orcutt & Calede(2021)に敬意を表し、 Machairodus lahayishupup 表記に従いました。
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