the Saber Panther (サーベル・パンサー)

トラディショナル&オリジナルの絵画芸術、化石哺乳類復元画、英語等について気ままに書いている、手書き絵師&リサーチブログ

史上最大のネコ科猛獣 「ステップホラアナライオン Panthera fossilis」(『大型奇蹄類 と 肉食動物』の付帯作品)

2020年10月28日 | ライオン系統特集(期間限定シリーズ)
Prehistoric Safari
更新世中期初頭 ユーラシア中央部の大草原


史上最大のネコ科猛獣 ステップ・ホラアナライオン(Panthera fossilis)父と子
The Steppe Cave lion family : 'Dad's now gon' out for hunting'


( 超大判オリジナルサイズ画像(高画質)) 
イラスト:All images by ©the Saber Panther (All rights reserved)
 

バトル・ビヨンド・エポック其の一で二大剣歯猫の傍らに描き添えていたPanthera fossilis の復元画は、描写が甘く出来栄えに不満を感じていたので、
今回、同じ構図のもと全面的な描き直しを敢行しました。因みに今作は、バトル・ビヨンド・エポック『巨大奇蹄類と肉食獣』の付帯作品(accompanying piece)として意図しております。
 
Panthera fossilisは、既知の骨格寸法がハイブリッドのライガーやアメリカライオンと比べても大きく、ヒョウ属史上最大で、私見では平均体重でも大型剣歯猫を凌駕し最大のネコ科動物の座にあった存在です。
 
ホラアナライオンといえば、更新世後期(氷河期)にヨーロッパからシベリア、ベーリングやアラスカまでのユーラシア広範囲に分布していた固有種、Panthera spelaea(ユーラシア西方に分布のPanthera spelaea spelaea と、極東シベリアからベーリング、アラスカに分布していたPanthera spelaea vereshchagini の2亜種に分かたれる。詳しくは、拙『祖先型ホラアナライオン と 大型剣歯猫」 再アップ+【最新】ライオン系統の進化史』参照されたし)を指すことが専らですが、P. fossilisはそれよりも古い(更新世前期終盤から中期)タクソンであって、体の大きさや形質においてP. spelaeaとは明瞭な差異があるとされています。
 
P. spelaea P. fossilisの局部的個体群から派生したとする仮説が古くから唱えられている一方、両者の分類階級については諸説あります。先の私の記事では、P. fossilis をホラアナライオンの古亜種'Panthera spelaea fossilis'として位置付ける仮説を展開してみましたが、別種とみる見方も根強いのです。遺伝子情報に基づく系統分類が進捗する以前には、これらライオン系統の古タクソン全てがライオン(Panthera leo)のもとに括られることも多く、その場合いずれもライオンの古亜種という扱いになってしまうのでPanthera leoがwaste busket タクソンであると批判されても致し方ない状況だったと思います。
 
ここで、P. fossilisの進化史に話題を絞り、主にSabol(2011)の研究に準拠して大雑把に概観し、当復元画に添える記述としてみたいと思います。


Sabol(2011)によれば、アフリカ起源のライオン系統の古タクソンはまず西アジア(ウラル地方)~中央アジア(西シベリア)に進出しました。先に西シベリアの更新世前期末葉の地層からP. fossilisの形質特徴を具えた骨格が発見された旨を紹介しましたが、その固有の進化はアジアで起こったことが窺えます。
 
その後、更新世中期の初頭に西方のヨーロッパにも進出し、北欧を除く全域に分布。これらはいずれも(ウラルや西シベリア産も含めて)同質の形態に特徴づけられ、当時の開けた環境系(草原、乾燥平原)での生活に適応していたとされます(相対的に伸長した四肢遠位部など)。余談ですが、P. fossilisは分類の不透明性を反映したものか否か、俗称も固着している風ではなく、文献によって様々に呼ばれています(Cromerian lion(クローマーライオン), Mosbacher Höhlenlöwe(モスバッハホラアナライオン), ancestral cave lion(祖形ホラアナライオン)など。私自身は、間氷期ホラアナライオン(interstadial cave lion)という言い方を好んで使用してきました)が、今回はSabol(2011)に倣ってsteppe cave lion(ステップホラアナライオン)の名を当てています。P. spelaeaがトラと同様にモザイク的環境系に適応していたとされるに反して、本タクソンは開けた環境系に主に分布していたとされるので(後述のアメリカライオンも同様)、好適な名称だと思われます。
 
P. fossilisからP. spelaeaが派生したか否か、確かなことは現状では言えません。しかし、ヨーロッパの低地から中央ヨーロッパのアルプス地方に進出した山岳分布の個体群から、P. spelaeaとしての形質を具えたものが派生した(更新世中期終盤)ことが、化石記録によって示唆されている模様です。なお、P. fossilisの形質は更新世後期までには淘汰され消失するのですが、その残存個体群(relict population)がヨーロッパの低地帯でしばらく存続していたらしいことも、化石記録から窺われるそうです。

アジアに目を移すと、中国産のPanthera youngi(いわゆる「楊氏虎」)をP. fossilis の局部的ヴァリアントに同定するSotnikova et al. (2014)の説に従うならば、P. fossilisは極東アジアにまで進出し、少なくとも局部的には50万~40万年前頃まで存続していたことになるわけです。
 
Baryshnikov and Boeskorov (2001)によれば、極東シベリアからベーリング、アラスカに分布せるP. spelaea の亜種(Panthera spelaea vereshchagini)の直系祖先はP. fossilis であろうとのこと。P. spelaea vereshchagini はユーラシア西方に分布していたもう一つの亜種、P. spelaea spelaeaよりも小型であり、P. fossilisと比べれば大分小さいのですが、これは荒涼たるベーリングで長い酷寒の冬期や獲物の僅少さ、移動距離の広大さといった過酷な条件に順応し、小型化した結果であるという説が紹介されています。
 
ウィスコンシン氷床以南(アラスカとカナダ以南)の北米大陸におよそ34万年前に現れたアメリカライオンPanthera atrox)は、このベーリング、アラスカの個体群から直接的に分化したとする説があります。このシナリオでは、豊饒なメガファウナや更新世中期当時のフォシリスの生息地と似通った環境に接して、P. atroxはアメリカ大陸にて再度フォシリス級のサイズに大型化した、ということができそうです。

両者(P. fossilis P. atrox)はサイズ、形質、生態も似通っていた(Sotnikova et al., 2006)とされているので、この復元画はそのまま、アメリカライオンを描いたもの、と解釈してもらってもよいかもしれません。
 
復元画について言及した流れで、最後にタテガミについて述べておきたいと思います。先にゲノム解析に基づくホラアナライオンの進化系統に関する新知見を紹介したとき触れたように、現生ライオンとホラアナライオンとの間に遺伝子流動が起こった形跡は認められておらず、これはホラアナライオン系統の雄がライオン(Panthera leo)の雄に特有のタテガミを欠いていたことが、両タクソン間で生殖的隔離を促す要因の一つ(あくまで、一つです)として働いていたため、という説が有力です(de Manuel et al., 2020)。ですから、私はホラアナライオン系統のタクソンの雄はタテガミを欠いていたとみて妥当かと考えます。
 
 
イラスト&テキスト : ©the Saber Panther (All rights reserved)
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