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以下は元々、「プレヒストリック・サファリ」カテゴリーに2019年09月13日に発表した記事の、アーカイブとなります。
ナトドメリライオンの系統分類に関しては、後続の研究(2023)で興味深い仮説が示されており、それについても加筆しておきました。是非ご覧ください。
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次回『バトル・ビヨンド・エポック』シリーズの7作目では、アフリカ大陸東部という、新生代を通じて世界規模で見ても屈指のメガファウナ密度を保持してきた地域において、直近の三エポックそれぞれを代表する最強の大型肉食獣の復元画を、比較的詳細な説明文と併せてご紹介します。
各種を一度にフィーチャーする前に、生息年代の新しい動物から順番に復元画をアップさせてください。わずかでも記事数が稼げるので(笑)
まずは更新世の「ナトドメリライオン」、次いで鮮新世の「アフリカショートフェイスベア(アグリオテリウム属最大種)」、中新世の巨大肉歯類「メギストテリウム属最大種」の順に復元画を紹介していきます。
最後にバトル・ビヨンド・エポック其の七で全種を一度にフィーチャーするわけですが、その際にそれぞれの形態や体のサイズを比較吟味してみてください。
バトル・ビヨンド・エポック其の七では、個人的な見解のもとに各種の「能力チャート」ごときものを数値化してみたので、それも併せて記載します。勿論、この能力チャートは学問的根拠を欠く興味本位の戯れ事に等しい試みであって、何らの資料的価値を有するものではありません。ただ、各種の形態要素に関する理解に幾らか与するところは、あるかと思います。
(超大判オリジナルサイズ画像)
©the Saber Panther(Jagroar) (All rights reserved)
ナトドメリライオン (the Natodomeri lion / Panthera leo, sensu lato)
ジャイアントアフリカバッファロー(Pelorovis antiquus)を成功裏に仕留めたナトドメリライオンのプライド
ナトドメリライオンについて
2018年にアフリカ東部、ケニヤ北西部に位置するナトドメリの更新世地層で新発見された、巨大なライオンの古亜種。アフリカ東部で発見された最古のライオンの化石で、生息年代はおよそ20万年前、更新世中期-後期境界の頃と推定されています(Werdelin et al., 2018)。
ナトドメリライオンは、まず以下の二つの点で驚くべき存在だといえます。第一にその大きさ。 発見された頭蓋骨は矢状陵を欠くなど欠損部位が大きいながらも、基部直径(basal skull length)38cmを超えており、もし欠損部位を補った場合、その頭骨全長は最終氷期ホラアナライオン(Panthera spelaea spelaea)の既知の全ての頭骨標本を凌駕し、更新世北米のアメリカライオン(Panthera atrox)と比べてみても、僅かに二体の標本を除く全ての頭骨よりも大きくなります(Werdelin et al., 2018)。
アフリカ大陸で見つかっている純正なライオン(Panthera leo)の最古の化石年代は、およそ200万年前にまで遡ります※。複数の古亜種が派生しましたが、その間、形態的にもサイズ的にも、現生ライオンと比較してほとんど目立った差異が生じることはなかった(Yamaguchi et al., 2004)といいますから、本標本の例外ぶりがうかがえます。
※(200万年前というのは、2018年当時のWerdelin et al. の記述に従ったもの。下の「追記」にて触れているように、2020年の分子系統学に基づくライオン(P. leo)とホラアナライオン(P. spelaea)との分岐年代は約185万年前と示されており、それ以前の化石標本についてはレオ種ではなく、ライオン系統の基底タクソン(例えば Panthera shawi)由来とみるべきでしょうか)
ホラアナライオン系統の種類(Panthera spelaea fossilis、Panthera spelaea spelaea、Panthera youngi、Panthera atrox)は純正ライオンよりも総じて大柄ですが、そうかといって、本標本がホラアナライオン系統に分類されるべき妥当性は、Werdelin et al.(2018)によれば、限りなく低いということです。 本標本と現生ライオンの頭骨との間に形態学的差異が認められないことに加えて、これまでにアフリカ大陸にホラアナライオン系統の種類が分布していた形跡は全く知られていないからです。
つまり、そしてこれが注目すべき二番目の点ですが、ナトドメリライオンは純正ライオンの、これまで存在が知られていなかった特大サイズの古亜種とする仮説が、現段階では最も信憑性が高い(Werdelin et al., 2018)ということ。最終氷期ホラアナライオン(Panthera spelaea spelaea)よりも大きく、アメリカライオン(Panthera atrox)やステップホラアナライオン(Panthera spelaea fossilis)に肩を並べる大きさの、純正ライオンの古亜種が存在していたということになります。
野生動物一般において、いわゆる「平均的サイズ範囲」を逸脱するような大型個体は、その絶対数自体が極めて僅少であるといえます。ナトドメリライオンを既知のライオン古亜種と同一視するならば、例外的特大個体の発見という見方も不可能ではないでしょうが、未知の巨大古亜種としての特異性を鑑みれば、ナトドメリライオンの標本サンプル数はまだ絶対的に乏しいということになりますし、本標本は高い確率で(ナトドメリライオンという巨大古亜種の)平均範囲内のサイズの個体であったとみてよいでしょう。それでいて既知の最大級のアメリカライオンに匹敵していたというのですから、確かにこの大きさは驚きに値すると思います。
それでは、純粋補食肉食性(ハイパーカーニヴォリー)のライオンが、これほどのサイズ(因みに、アメリカライオンはハイブリッドのライガーよりも大きいですから、本当に最大級のアメリカライオンに匹敵するとなれば、体重400kg超程にもなったのでしょうか)を実際に維持し得ていた要因としては、何が考えられるか、ということになりますが、Werdelin et al.(2018)によれば、それはやはり第一にメガファウナ(大型動物相)の豊饒さということに尽きるようです。
更新世中期から後期境界の頃のアフリカ東部地域はジャイアントアフリカバッファロー(ペロロヴィス属種)やキリンに近縁な巨大シヴァテリウム属種、今日よりも多種多様なレイヨウ類の存在など、巨大な純粋肉食獣の繁栄を賄うに足るほどに豊饒なメガファウナが、展開していたということでしょう。実際、ナトドメリライオンが現生ライオンと等しくプライドを形成していたとすれば、襲える獲物の種類の範囲は極めて広かったはずです。
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ナトドメリライオンのプロファイル(油彩作品『The Unity 2』の部分)
Image by ©the Saber Panther(Jagroar) (All rights reserved)
追記
ナトドメリライオンの系統・分類に関しては、後続の研究(査読済み学術論文)で興味深い仮説が示されており、少し紹介しておきます。
米国ヴァージニア大学のSherani 博士は、統計形態測定学の分析手法を用い、ナトドメリライオンと、更新世ユーラシアのホラアナライオン系統、および完新世アフリカのライオンの各頭骨を比較分析しています(Sherani, "What kind of "lion" was the Natodomeri lion? – a comparative analysis of the Natodomeri lion with other Pleistocene lions" 2023)。その結果、マウアー産(ドイツ、約50万年前)およびシャトー・ブレクシア産(フランス、約60万年前)のPanthera spelaea fossilis(更新世中期段階のホラアナライオン亜種=「ステップホラアナライオン」)とナトドメリライオンとの間に、「驚くべき」近似性が確認されたと記しています。
この分析結果を受けて、分子系統学に基づくP. leo(ライオン)とP. spelaea(ホラアナライオン)の分岐年代=185万年前に準拠しつつ、ナトドメリライオンはライオンの古亜種なのではなく、Panthera spelaea fossilis がユーラシアからアフリカへと「逆移入(reverse migration)※」したことで、定着したタクソンである、との見解を提示しているのです。
※(「逆移入」という表現がされているのは、ライオン系統の共通祖先はアフリカ起源であって、ユーラシアへの進出後にホラアナライオンが派生したと考えられている為です)
Sherani (2023) のこの新説は、第四期・食肉類研究の世界的権威、エクス・マルセイユ大学名誉教授のArgant 博士も、ご自身の最新論文(About the origin and environment of Panthera spelaea (Goldfuss, 1810), 2024)中で言及されていて、同様の事情が南アフリカ・ボルトファームのブリッジ洞窟で見つかった「大型ヒョウ属種」標本にも当てはまる、とし、一定の賛同を示しています。
ただ、ナトドメリ(アフリカ東部)とボルトファーム(アフリカ南部)の大型標本が、「アフリカ分布のホラアナライオン」だとしても、更新世中期のユーラシアのものが逆移入したと見るべきかについては、現状ではまだ結論を出せない、とのこと。
当記事の本文でも述べましたように、ナトドメリ標本ほどの巨大個体はアフリカの他のライオン(P. leo)古亜種では知られておらず、これを Panthera spelaea fossilisと見なすことで、サイズ的に整合性がとれることは確かでしょう。しかし、更新世中期(ギュンツ氷期)のP. s. fossilis と、更新世後期のナトドメリライオンを隔てる年代的間隙の大きさを鑑みて、両者を全く同一視することは難しいのではないか。
ナトドメリライオンの新しい位置づけとしては、アフリカ東部に進出したP. s. fossilis から派生した近縁種 / 時間種(chrono species)、ないし亜種ということになるでしょうか。
このシナリオでは(興味深いことに)、Panthera spelaea spelaea(最終氷期ホラアナライオン(一般にホラアナイオンとして認知されるタクソン))も P. s. fossilisの局部的個体群から分岐したというのが定説ゆえ、ナトドメリライオンは同じ祖先系統から、かつP. s. spelaeaとは別個に派生したタクソン、との見解に行き着くはずです(下図)。
もちろん真性ライオンであった可能性も残るはず。
/Panthera spelaea spelaea
Panthera spelaea fossilis
/ \ナトドメリライオン
ライオン系統の共通祖先
\
Panthera leo(真性ライオン)
もちろん真性ライオンであった可能性も残るはず。
ともかく、ナトドメリライオンをレオ種に同定するWerdelin et al.(2018) 以来の定説に対し、最近では異なる見解も出てきているということは、知っておいてよいでしょう。
(Panthera spelaea fossilis(ステップホラアナライオン)の生体復元画(コメニウス大学のMartin Sabol教授に形態のご教授をいただいた復元画です)。
ナトドメリライオンは、謂わば「P. s. fossilis の直系の末裔」だったのであろうか)
Image by ©the Saber Panther(Jagroar) (All rights reserved)
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(Panthera spelaea fossilis(ステップホラアナライオン)の生体復元画(コメニウス大学のMartin Sabol教授に形態のご教授をいただいた復元画です)。
ナトドメリライオンは、謂わば「P. s. fossilis の直系の末裔」だったのであろうか)
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【参照学術論文】
Werdelin et al., 'Gigantic lion, Panthera leo, from the Pleistocene of Natodomeri, eastern Africa', 2018
Sherani, 'What kind of "lion" was the Natodomeri lion? – a comparative analysis of the Natodomeri lion with other Pleistocene lions' 2023
Argant, 'About the origin and environment of Panthera spelaea (Goldfuss, 1810)', 2024
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