the Saber Panther (サーベル・パンサー)

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プレヒストリック・サファリ 29 「大型奇蹄類 と 肉食動物②」 '雷獣'(メガセロップス) & ブグティ・ワニ(アストルゴスクス)

2020年08月06日 | 巨大奇蹄類 対 肉食動物 特集(期間限定シリーズⅡ)

Prehistoric safari




イラスト&テキスト by ©the Saber Panther (All rights reserved)


左 始新世後期 およそ3500万年前 北米中西部 
右 漸新世後期 およそ2500万年前 中央アジア南部

 
描かれているのは「雷獣」ことメガセロップスと、ブグティワニ(アストルゴスクス)。
この復元画は複数の大型奇蹄類を一度にフィーチャーする『バトル・ビヨンド・エポック』の一部。例によって、時空と場所を超越した顔合わせの描出となっています。
今後も全体を発表する前に、一場面ずつ紹介していく予定。
 
以下、アストルゴスクスとメガセロップスについての記述を付しておきます。
 

:Species:
左(始新世後期 およそ3500万年前 北米中西部
メガセロップス属最大種 Megacerops coloradensis

右(漸新世後期 およそ2500万年前 中央アジア南部
アストルゴスクス属種 Astorgosuchus bugtiensis


:ブグティワニについて:

2014年に『プレヒストリック・サファリ⑪(漸新世・中央アジア)新生代最大の攻防戦!』という記事で、復元画とともに紹介した「ブグティクロコダイル」。
米国オクシデンタル大学のProthero教授が自身のインドリコテリウム亜科研究を集成した当時の新著にて、成獣パラセラテリウムの脅威となりうる唯一の存在として挙げていたのが、クロコダイル上科に含まれるこの大型ワニでした。
 
ブグティワニは、古く20世紀初頭にパキスタンのブグティ丘陵にある漸新世後期地層より上顎骨、前上顎骨の各一部と頭骨断片(標本タグ IM E221)の発見が報告されていて、Pilgrim( 1912)は当時、Crocodylus bugtiensis の学名を付していました。
同地層からは、パラセラテリウムの幼個体のものと考えられる顎骨に、致命傷として残ったワニの歯形が確認されてもいて、上述のProtheroの仮説に根拠を与えていたわけです。
 
この度、同じブグティ丘陵の漸新世後期地層で出た二体分の大型ワニの下顎枝前方部位(標本タグ NHMUK R.5266 と UM-DBLCJ1-02)の形態分析('A large crocodyloid from the Oligocene of the Bugti Hills, Pakistan' Jérémy Martin et al., 2019(英文論文。公表は2020年5月))が新たに報告されているので、この機に復元画とともに少し紹介したいと存じます。といって、形態学的分析記述の詳細にまで踏み入ることはしませんが。
 
ともあれ、まず、この2標本及びIM E221は同一種であるという結論に至っておりますが、追加の化石を得たことで本種の形態特徴が鮮明になったことは勿論、ガヴィアルモドキ亜科※の種類である可能性は否定される運びとなりました。漠然と「大型であろう」と認識されていたサイズについても、もっと具体的な数字が提示されています。
 
(※ガヴィアルモドキ亜科 Tomistominae=ガヴィアル科の下位分類。現在、ガヴィアル、ガヴィアルモドキがクロコダイル上科に含まれることはありません。DNA解析に基づくワニ目の直近の分類に準拠。念のため)
 
推定の吻部長は頭骨幅のおよそ倍であり、ガヴィアルモドキの種類と比べて明瞭に短く、頭骨も幅広でがっしりした造りであることが見えてきました。
復元画では、現生ナイルワニやイリエワニの成獣よりもプロポーション的にわずかに短吻にしてあります。
 
とはいえ、歯形態はガヴィアルモドキにも類似し原始形態型であり、他にも外鼻孔の相対的な大きさや位置、
板状骨が下顎結合にまで及んでいる点はどのクロコダイル属種とも異なる故に、新しい属名アストルゴスクス(Astorgosuchus bugtiensis Astorgosはギリシャ語で「無慈悲な」、suchusはエジプト神話にみられる鰐頭神のギリシャ語名)が提起される事態となっています。
 
本種はクロコダイル上科の基底種の一つとみてよいのでしょう。その進化系統的に近縁と考えられるのは、始新世中期のアシアトスクス germanicus。アシアトスクス属は典型的な'waste busket'タクソンとされており、複数種の間で形態差異が著しいので、あくまでAsiatosuchus germanicus の名が限定的に挙げられています。
 
サイズについてですが、IM E221も今回の二標本も非常に大型であり、成体の頭骨全長はUM-DB-LCJ1-02で推定80㎝、NHMUK R.5266では91㎝以上になります。
Fukuda et al.(2013)によれば、クロコダイル属種の全長(total  body length)対 頭骨長の比率(頭身)は頭骨長circa  60㎝で1:8になりますが、同circa 70㎝の大型個体では 1:8.8 に変化するとのこと。この後者の割合を適合させるに、標本NHMUK R.5266の全長は8mに達することになります。
 
中新世南米パンアマゾニア地域に生息した新生代三大ワニ(プルスサウルス brasiliensis、グリポスクス croizati、モウラスクス amazonensis いずれも全長10m超級となる。
詳しくは拙『プレヒストリック・サファリ⑲(中新世後期・南米パンアマゾニア)超級ワニの隆盛)』参照されたし)には及ばないものの、現生イリエワニの平均を優に超える特大種であったということは、間違いなさそうです。
 
もっとも、全長11m級とも喧伝されていた当初のサイズが下方修正された今、成獣のパラセラテリウムをも襲い得たかというと、疑問符を付ける余地があるわけで、それこそ歯形付きの化石が示唆するごとく、補食対象としては幼獣~若個体までというのが、実際だったかもしれない。
 
個人的に興味を惹かれたのは、アストルゴスクス bugtiensis は、かつてガヴィアル属種と記載され、今ではガヴィアルモドキ属種に同定されている「大型種」(このワニについての詳細は、残念ながら書かれていません)と同じ河成堆積物中から発見された、という記述がみられること。前述のようにアストルゴスクスの歯形態はガヴィアルモドキ種のそれと判別が難しく、件の歯形付きの化石にしても、
噛み主はこの大型ガヴィアルモドキ種であった可能性も消去できないといいます。
 
してみれば、中新世パンアマゾニアのように、漸新世の中央アジアにも複数(二種以上)の特大級ワニが共生していた可能性があるということか?
中央アジアのガヴィアルモドキ亜科の特大種としては、中新世にランフォスクスが生息していたことを思い合わせれば、その可能性は十分に考えられましょう。

『プレヒストリック・サファリ⑪』でも既に強調していたことですが、漸新世の中央アジアは、強豪種のひしめき合う、特に恐るべき場所の一つだったと思います。

 
:雷獣ブロントテリウム科について:
 
突然ですが、奇蹄類の歴史上、パラセラテリウム属などインドリコテリウム亜科の超巨大種に次ぐ「二番目」に大型であったのは、どの種だったと思いますか?

更新世中期の「ジャイアント・ユニコーン(大一角犀)」こと、エラスモテリウム属の最大種(Elasmotherium sibiricum、またはElasmotherium caucasicum)は、真正サイ科中の最大種、ひいては奇蹄類中でもパラセラテリウム属種に次ぐサイズの持ち主として、真っ先に挙げられる存在ではないでしょうか。
コーカサス地方に分布した種類は特に大きいとされ、大型の個体で体長4.5m超、肩高2m前後に達していたようで、その体重は恐らく4トンを超え(3.6–4.5 tonnes)、すなわちケナガサイ及び現生シロサイを、著しく凌駕していたことになります(以上の寸法、推定体重については Zhegallo et al., 2005 に準拠)。

「ウーリーマンモスの小型個体群と体重幅が重複」するなどという、眉唾物の記述も散見されますが、E. caucasicumの特大級ともなれば、さもありなんと肯かされてしまうのも確か。

しかし、上の問いに際して、大一角犀と骨格寸法で遜色ない、別の古代奇蹄類群を看過することはできないと思う。
遠く始新世に繁栄していた巨大奇蹄類群、「雷獣」ことブロントテリウム科の大型種がそれです。
個人的には、体重ではエラスモテリウム最大種を上回る種類があったとすら睨んでいます。もっとも、確実な根拠があるわけではなく、それこそ眉唾だといわれてしまいそうですが。

遠大な始新世を通じて最大の陸獣の座を占めたブロントテリウム科は、複数の特大種を輩出しています。
通俗的読み物に肩高2.5mに達するという記述が散見されるほどで、驚かされます。

ニューヨーク自然史博物館で展示されているメガセロップス属種(北米産で、最大の雷獣の一角。当復元画)の全身骨格※はその十全さと偉容ぶりで著名ですが、この標本は数名の復元従事者が一緒に写っているパブリック・ドメインの画像がありますし、ある程度、ディメンジョンを推し量ることができましょう。
現地で当標本を見たというアメリカ人の証言もあるのですが(私信。別途引用は禁じます)、肩高6'11"(2.1 m)前後にはなることが分かりました。
 
(※展示標本のラベル表記は、無効化している学名Brontops robustus

肩高2.5mというのは誇張とみて間違いないでしょうが、一般に流布しているブロントテリウム科大型種のサイズ表記と、実際も大した隔たりはないことが窺われます。
ニューヨーク自然史博物館の標本は体長も約16フィート(4.9m)にはなるでしょう。

そもそもゾウ大と表現されることもある雷獣の大型種の大きさを、くどくどしく強調するまでもないと言われればそれまでですが、問題はエラスモテリウム最大種と比較して大きいのか小さいのか、ということです(個人的な興味にすぎません 汗)。

調べ得た限りブロントテリウム科大型種の頭骨や四肢長骨の寸法を並べてみるに、

Giant brontotheres' mesurements

Skull length (Embolotherium sp.) = 780-850 mm
Humerus length (Megacerops sp.) = c. 610 mm 
Radius length (Megacerops sp.)  = c. 510 mm 
Femur length (Megacerops sp.)  = c. 810 mm 
Tibia length (Megacerops sp.)  = c. 450 mm
(Janis et al.(2012)による記載に準拠)


以下、残念ながら僅かですが、エラスモテリウム亜科大型種の寸法。四肢長骨寸法はシノテリウム属種のものですが、大きさ的にエラスモテリウム属種と遜色なしとされます

Elasmotherium caucasicum
Skull length up to 970 mm

A single radius had a length of c. 520 mm
Ulna reached c. 580 mm
 
確証はありませんが、ブロントテリウム科の傾向として、頭骨長はサイの場合より相対的に小さかったようです。エラスモテリウムの頭骨長は最大970㎜ですが、サイ科の種類を見ても、雷獣と同様ブラウザーの種類はシロサイやエラスモテリウムといったグレーザーに比べ、頭骨長が劣る傾向にあるのです。
ですからこの場合、頭骨長の差異をして全体サイズの優劣まで推し量ることはできません。

残念ながら四肢長骨のcircumferenceが確認できていませんが、エラスモテリウム caucasicum は開けた環境系(マンモスステップ)に分布し、ギャロップ適応(走行特化)の窺われる、比較的細身、かつ遠位部の伸長した四肢形態に特徴があります(Deng and Zheng, 2005)。
Deng and Zheng( 2005)が手掛けた化石サイのうち、E. caucasicum の四肢遠位部は相対的に最も長かったようです。
巨体なれどエラスモテリウムが走行力に優れたとされる根拠は、ここにあります。
 
他方、ニューヨーク自然史博物館のメガセロップス標本を見るに、森林生態のストリクトなブラウザーという生態的適応の反映でしょうか、エラスモテリウム最大種に優るとも劣らぬ体高にも関わらず、四肢はもっとロバスト型で遠位部が短く、顕著にgraviportal適応を示していることが見て取れます。
つまり、エラスモテリウムよりも全体的にどっしりした印象が顕著。
 
ブロントテリウム科大型種の体重については意外に情報が乏しく、私の知る限り、G. S. Paul(2013)が算出したメガセロップス最大種の推定3.3トンというのがほとんど唯一です。
憶測で記述を費やすのはこの辺でやめにしておきますが、この数字はエラスモテリウム最大種の場合に比べて、「保守的」にすぎるとは考えられないでしょうか。
 
私は次にエラスモテリウム最大種の復元画をアップしますので、メガセロップス coroladensisとの形態やディメンジョン比較など吟味していただきたいと思います。
 
最後に蛇足かもしれませんが、ここまで主に述べてきたメガセロップス coloradensisは、最大の雷獣というわけではありません。アジア産のエンボロテリウム grangeriも違います。
ブロントテリウム科にはさらに大型であったと考えられる種が、少なくとも一つ(おそらくは二種)、存在していたということです。

冒頭で述べたとおり、これらの中に「奇蹄類第二位※」たるエラスモテリウム最大種の座を脅かす種類があったとしても、驚くにはあたらないでしょう。

(※インドリコテリウム亜科にはパラセラテリウム属以外にも超巨大種が在ったので、勿論、第二位という言い方は厳密には正しくないですが)
 

プレヒストリック・サファリ 29 「大型奇蹄類 と 肉食動物②」 '雷獣'(メガセロップス) & ブグティ・ワニ(アストルゴスクス)
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1 Comments

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Unknown (管理人)
2020-08-09 01:17:18
いいねを押してくださった皆様、ありがとうございます、大いに励みになります。(o_ _)o

当復元画には多少加筆のもと再アップを続けるかと思います。興味のある方は再度チェックをお願いします。
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