函館は、私、終戦直後、小学生のとき、2~3年いたので、とっても懐かしいのです。
昭和20年、私は、神奈川県平塚市で終戦を迎えました。
しばらくして、軍隊にいっていた父が帰ってきて、一家で函館へ引っ越ししました。
小学校の4年から6年ぐらいまで、函館山の裾の街に住んでいました。
だから、山へもいったし、港へも行ったし、あの時のいい思い出ははっきり記憶に残っているのです。
今日、民放テレビを見ていたら、私時代の懐かしい場所・情景が次々と出てきて、ほっこりとしました。
テレビの番組は、再捜査刑事 片岡悠介というのです。主演 寺島進。
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この背景の建物は、十字街というところの交差点角にあった丸井百貨店があったビル。当時は函館の唯一の百貨店だった。
ある冬の日、赤い羽根共同募金というのが始まり、小学生がここの玄関前で赤い羽根募金を募集したのです。
私は、足が冷たくて辛抱できず、デパートの中に逃げ込んでいたのでした。
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函館港の岸壁では、夏過ぎに小鯖が釣れるので父に連れてってもらいました。
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函館山の斜面から市街を見下ろしている場所。
真ん中の人の頭のあたりには、湯の川温泉があって、あのあたりもとっても懐かしいのです。
私の居たころは、終戦直後で、すべてが貧しかった。
でも、いろいろ動き回って、目くるめくいろんな経験が出来ました。
僅か2~3年のことだったけれど、70年過ぎた今でも、さまざまな記憶が残っていて、温かく思い出すことが出来るのです。