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“カリブ海の真珠”、キューバの偉大な勝利を祝して

2015年04月23日 | 三千里コラム

第7回米州首脳会議で会談するラウル・カストロ議長とオバマ大統領(4.11,パナマ)


朴槿恵大統領は4月16日~27日の日程で、中南米の4カ国(コロンビア・ペルー・チリ・ブラジル)を訪問中です。中南米で今、最も注目を集めているのはキューバでしょう。4月11日、パナマで第7回米州首脳会議が開催され、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長とオバマ米大統領が首脳会談をしました。両国首脳の会談は1961年の国交断絶から、54年ぶりのことです。そして14日には、オバマ大統領がキューバを「テロ支援国リスト」から除外すると表明しました。

米政府がキューバを「テロ支援国」に指名したのは、レーガン政権期の1982年でした。“キューバが中南米地域での暴力革命を支援している”というのが理由です。しかし、米国こそが「真のテロ支援国」であることを、この地域の現代史は如実に示しています。1954年のグァテマラ・アルベンズ政権転覆を始め、1973年のチリ・アイェンデ政権崩壊工作、そして80年代を通じて中南米諸国に対する残忍な国家テロを頻繁に展開したのは、他ならぬアメリカ政府だったからです。

キューバに対するアメリカ政府の「経済制裁」は1962年から始まりました。その解除には米議会の承認が前提なので、少し日数を要することでしょう。しかし、アメリカとキューバの関係改善は、もはや誰にも押し止めることができない現実となりました。

韓国はキューバと1949年に修好しましたが、1958年のキューバ革命を期に、アメリカに倣って断交しています。当然ながら、今回の朴大統領訪問国にキューバは含まれていません。セウォル号惨事の1周忌から逃げるようにしての外遊ですが、どうせなら、アメリカに先んじてキューバを訪問してほしかったものです。強大国に囲まれ困難な外交課題を抱える韓国の指導者として、学ぶことも少なくなかったと思うのですが...。

今回の歴史的な事変について、韓国の進歩メディア『プレシアン』が4月16日付で論評を掲載しました(http://www.pressian.com/news/article.html?no=125710)。その要訳を以下に紹介します。(JHK)


カリブ海の小国(面積:11万平方キロメートル、人口:1100万人)キューバが、世界最強国アメリカからの半世紀以上も続いた抑圧と妨害に耐え抜いて、社会主義という自分たちが選択した生活方式を維持したまま、ついにアメリカの認定、いや、事実上の降伏を勝ち取ることで国際社会に華々しく復帰したのです。

まず、キューバの国際社会復帰はオバマの善意によるものではありません。アメリカが、キューバの国際社会復帰を受け入れるしかないまでに、苦境に追い込まれていたからです。 昨年12月にオバマが語ったように“50余年間も続いた(対キューバ封鎖)政策が成果を出せなかったとすれば、その政策は変更されるべき”だということです。

加えて、2012年の第6回米州首脳会議では、主催国コロンビアのサントス大統領をはじめ中南米の33会員国すべてが、キューバの出席を要求した事実を考慮すべきです。 当時、キューバの米州首脳会議出席を拒否した国は、アメリカとカナダの二国だけでした。 これを見たアメリカの良心的な知識人ノーム・チョムスキーが、“アメリカがキューバの出席を引き続き拒否するなら、次の米州首脳会議ではアメリカが追い出されることになるだろう”と批判したほどです。中南米諸国の終始一貫した要求を、アメリカがこれ以上は無視できなくなったのです。

コロンビアは中南米でアメリカと最も親近な国です。また、サントス大統領は決して左派指向ではありません。このような彼がキューバの参加を要求したことは、現在の中南米でキューバの占める地位がどのようなものかを示しています。一例として前回の首脳会議では、ボリビア・ニカラグア・ベネズエラなどが、次回会議にキューバが参加できないなら自分たちも欠席すると警告しています。

また、今回の会議でアルゼンチンの大統領は、“キューバの出席が実現したのは(アメリカの善意の結果ではなく) 去る50余年間、アメリカの経済封鎖に対抗したキューバ人民の不屈の闘争によるもの”と力説しました。エクアドルのラファエル・コレア大統領も“オバマの和解ジェスチャーは良いが、それだけでは不充分だ。去る半世紀の間、キューバ国民を困らせてきた「非人間的で不法な封鎖」を解除して、米軍が占領した(キューバの)グァンタナモ海軍基地を返還せよ”と要求しました。

また、ボリビアのエボ・モラレス大統領は“アメリカは貧しいキューバを助けようとする優しい天使ではない。去る50余年間の経済封鎖で、キューバに及ぼした被害を補償しなければならない”と述べました。そしてサントス・コロンビア大統領は、コロンビア武装革命軍(FARC)との平和交渉における、キューバの仲裁努力に謝意を表しています。

他の国々からも、自国の医者たちが行こうとしない貧困地域に医師を派遣して医療機関を設立したり、あるいはキューバ国内で医師と教育者を養成してくれたことに対して、謝意を表示しました。キューバの識字プログラムに対する賛辞も続きました。

しかし、キューバがこのように堂々とした主権国家、特に中南米の指導的国家に成長するまでには、何と380年間もの植民地支配と、150年にわたる苦難の独立闘争がありました。キューバは1514年から、スペインの植民地支配を受けました。19世紀の初期から中盤にかけて、メキシコ、ブラジル、アルゼンチンなど南米地域の大部分が独立しましたが、キューバは解放されませんでした。「カリブ海の真珠」と呼ばれるキューバの独特な地政学的な比重のためです。

キューバの民衆は1868年から30年間も武装独立闘争を行いました。最初の武装抗争は1878年、不完全な休戦で終わりました。1879~80年の第2次蜂起やはり失敗し、1985年春に3回目の独立闘争が始まります。15歳で第1次独立抗争に参加してアメリカに亡命した、弁護士兼外交官であり詩人でもあったホセ・マルティ(1853-95)が指導者でした。

最初の戦闘で先鋒に立った彼は、スペイン軍の銃弾で犠牲となります。しかし彼は、その後も引き続きキューバ独立運動の指導者でした。1894年、亡命地ニューヨークでキューバ革命党を結成したマルティは“皆とともに、すべての人の善のために、人間の完全な尊厳を成し遂げるために、キューバ独立に献身しよう!”と訴えたのです。

1898年、キューバ人の勝利と独立が目前に近づいた時、突然アメリカが参戦します。「キューバの独立を助ける」という名分でしたが、実はキューバを支配するためでした。1898年2月15日に起きた米軍艦メイン号の‘疑問の爆発’を口実に、アメリカは4月25日、スペインとの戦争に突入しました。8月12日に勝利したアメリカは、キューバとフィリピンをスペインから奪います。

米軍の戦死者が385人に過ぎなかったことから、アメリカはこの戦争を‘栄光の小戦争’と称賛しています。スペインは交渉による平和を追求しましたが、アメリカは最後まで戦争に固執しました。交渉で問題が解決されてしまうと、キューバの独立を許容するしかなかったためです。1898年にキューバを軍事占領したアメリカは、キューバの全独立勢力を武装解除させ、軍政を施行します。そして1902年、自国の『プラット法』を強要しました。

この法律の内容は、呆れるほど厚顔無恥なものでした。①キューバに米軍事基地(グァンタナモ)を維持する、②アメリカはキューバと他国間の条約に拒否権を持つ、③アメリカはキューバ財務部に対する監督権を持つ、④アメリカは‘キューバの独立、生命と財産、個人的自由を守る適切な政府を維持するため’に、キューバの内政に干渉する権利を持つ、というのです。一言で1905年、日本が朝鮮に強要した『乙巳保護条約』と同じです。

『プラット法』の内容を盛り込んだキューバ憲法は、占領米軍によって選出されたキューバ議員31人の表決によって、15対14で通過します。それ以後、1959年のキューバ革命までアメリカは、キューバを思いのままに支配しました。1902年当時の米軍総督だったレオナード・ウッド将軍は、友人への書簡で“もちろん『プラット法』下のキューバに、独立などはあり得ない”と語っています。アメリカはこのように、キューバ民衆が30年に及ぶ武装闘争で得た独立を横取りしたのです。

つまり、キューバは380年間のスペイン植民地支配、60年にわたるアメリカの間接支配、そして50年余りのアメリカによる封鎖を打ち破り、ついに真の自由と独立を勝ち取ったのです。実に“500年ぶりの解放”といえます。

今回の米州首脳会議でラウル・カストロ議長は、「私たちのアメリカ(Our America)」という主題で49分間の演説をしました。本来、各国首脳の演説時間は8分です。キューバが参加できなかった、以前の6度にわたる首脳会談の分まで含めての時間でした。その主な内容を以下に要約します。

“私たちはその間、無数の苦境に耐えてきました。キューバ国民の77%が、アメリカの経済封鎖以後に生まれた世代です。私はオバマ大統領に、相互尊重の精神で対話に臨むことを約束しました。また、両国の甚大な差異を認め尊重しあうこと、品位を失わない共存のために努力することを強調しました。オバマ大統領の勇敢な決定に賛辞を送ります。私たちはキューバ式社会主義の改善に向けて経済モデルを革新し、すべての正義を成し遂げるという信念で開始した革命の成果を強固にして、一層発展させるために努力するでしょう。”

“ベネズエラに対する経済制裁は解除されなねばなりません(アメリカはベネズエラがアメリカの安保および対外政策に重大な脅威だとして、3月9日、オバマ大統領の行政命令で同国への経済制裁を断行:筆者注)。ベネズエラはアメリカの脅威になりません。行政命令の解除をオバマ大統領に要求します。また、フォークランドをはじめとして、英国に奪われたアルゼンチンの領土回復を促します。”

“2014年1月にハバナで開かれたCELAC(ラテンアメリカ・カリブ海国家共同体) 第2回首脳会談では、中南米およびカリブ海地域を平和地域と宣言しました。私たちは多様性の中の団結を追求すると共に、「国家間の平和的共存を確保するための核心的条件として、各国が自身の政治、経済、社会、文化システムを選択する譲渡できない権利」を認めて、「他国の内政に直間接的に干渉しない義務、国家主権の尊重、そして各民族が自身の運命を自由に決める対等な権利」を追求することでしょう。”

“私たちはこの宣言が志向する「善良な隣人として、寛容の精神で平和のうちに共存すること」を追求するでしょう。もちろん、多くの実質的な差異があります。しかし、平和と人類の生存を威嚇するあらゆる危険の中に、私たちが共に協力するように働きかける共通点もあるのです。”

“キューバは、これといった自然資源もない小さな国です。その間、キューバは極度に敵対的な環境の中でも、国民が国家の政治社会的政策に全面参加するよう努めてきました。普遍的で無償の医療および教育システム、国民全体に助けとなる社会安全システム、同等な機会の提供とすべての差別を除去するための努力、女性および子供の権利の全面的保障、誰でもスポーツと文化生活を楽しみながら公衆の安全を享受できる権利のために、努力してきました。”

“乏しい資源と途方もない挑戦にもかかわらず、私たちは「分かち合い」の原則を守ってきました。現在、6万5千人に及ぶキューバのボランティアメンバーが89カ国で、主に医療と教育の分野で活動しています。また、157カ国6万8千人の外国市民がキューバで専門職の教育を受けたし、このうち3万人は保健分野で活動しています。”

“資源の殆どないキューバがこのようなことを成し遂げたのですから、西半球のすべての国家が力を合わせるなら、貧しい人たちのために、どれほど多くの成果を達成できることでしょうか!”

“フィデル・カストロと英雄的キューバ市民に感謝の気持ちを伝えます。私たちはホセ・マルティの献身に敬意を表わすために、今回の首脳会議に参加しました。彼は次のように話しました。「私たちの手で自由を勝ち取った後、私たちのアメリカに誇りを持とう。その能力は愛を受け、その犠牲は尊敬を得られるように、決意と能力をつくしてアメリカを守り育てて行こう!」。”


読者の皆さん、ラウル・カストロ議長の演説はいかがでしたか? 国家指導者の品格とビジョンが伝わってきませんか? セウォル号の惨事から1周年。遺族の悲嘆と嗚咽が終わらないなか、朴槿恵大統領は逃げるように中南米へと出国しました。彼女は果たして、今回の歴訪で中南米諸国の「自主と連帯の精神」を学ぶのでしょうか...。

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4 コメント

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感動しました (pcflily)
2015-04-25 05:59:53
何時も、感動を有難うございます。
キューバやカストロに憧れ、尊敬していた息子や甥のことを思い出しました。
私達の祖国にも、この様な素晴らしい日が訪れるでしょうか?
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フィデルとゲバラを思いつつ (いそじろう)
2015-04-27 12:11:55
1960年~70年代に熱い気持ちで2人の著作を読んだこと思い出しつつ、キューバの戦い(アメリカの不条理)の歴史を学びなおすことができました。
口達者なオバマ大統領が、今度こそ歴史的な快挙を実現しますように。
人は時に追いつめられて立派な行ないをするのでしょうかね。
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"卑屈そして傲慢" (sangtae)
2015-04-30 12:08:17
アメリカ議会での安倍首相の"卑屈そして傲慢"な演説に接した直後この文章を読みました。
なんという格調の違いなんでしょう。
アメリカの武器と日本の金が、今後も何百万の人間の命を奪う事になるでしょう。
わが韓国は、キューバになにか学びますかね。

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悔しい。 (pcflily)
2015-04-30 15:44:25
 既得権者は、普通の人の命を思うことはない。
戦争をして金儲けを考えるだけです。
 安倍は戦犯の遺伝子を引き継いでますね。

 米国は、高宗の時代にも裏切り、又、裏切りました。
米国は、空爆で殺人を繰り返している国でした。

 南北が統一して国民を守る国になって欲しい。
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