剃髪し国会前広場でハンスト中の統合進歩党議員たち。上部の後ろ姿は本会議場に入る法務長官(11月7日)
韓国憲法の「民主的基本秩序」を問う‐違憲政党は統合進歩党?セヌリ党?‐
1948年12月10日、国連総会で採択された『世界人権宣言』は、その第一条で次のように謳っています。
「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。」
人間の自由のうち最も重視されるのが、思想信条の自由を核心とする政治的な自由ではないでしょうか。そして、政治的自由を集約したものが、政党を結成し活動する自由です。
11月5日、韓国政府は総理が主宰する国務会議で、統合進歩党に対する「違憲政党の解散審判請求案」を議決しました。同案はヨーロッパ諸国を歴訪中である朴槿恵大統領の裁可を受け、即日、憲法裁判所に提出されました。確かに韓国憲法第8条4項には、「政党の目的や活動が民主的基本秩序に違背した時、政府は憲法裁判所にその解散を提訴することができる。政党は、憲法裁判所の審判により解散される。」と明記されています。
政府が特定政党の解散審判を憲法裁判所に請求したのは、韓国の憲政史上、初めてのことです。では、統合進歩党がなぜ、朴槿恵政権にとって“存続を許せない違憲政党”なのか、その主張をファン・ギョアン法務部長官の記者会見から引用してみます。
「統合進歩党は綱領などその目的が、憲法の自由民主的な基本秩序に違反する北韓式の社会主義を追求しており、党の核心勢力であるRO(革命組織=イ・ソッキ議員ら“内乱陰謀事件”の中心団体:訳注)などの活動も、北韓の対南革命戦略に従ったものと分析される。統合進歩党は民主労働党の時期から、...北韓の指令を受け連携を続けていたことが確認された。」
9月に起訴された“内乱陰謀事件”は、今月12日にようやく第一審の審理が始まります。まだ有罪が確定しておらず、内乱陰謀を立証するのは困難であろうとの見方が支配的です。その事件を一つの根拠にして合法政党の強制解散を目論むのは、どう見ても理性的とはいえません。統合進歩党の綱領に関する法務部の見解を、もう少し具体的に検討してみましょう。法務部(政府)の綱領解釈は以下のとおりです。
①「働く人々(労働者・農民)が主人となる自主的な民主政府を樹立し、民衆が政治・経済・文化など、社会生活全般において真の主人となる世の中...」は、憲法が規定する国民主権主義に違背する。
②「休戦協定を平和協定に代替し、これと連動して在韓米軍を撤収させ従属的な韓米同盟体制を解体」、「代表的な反民主悪法である国家保安法を廃止」、「6・15共同宣言と10・4宣言を履行して自主的平和統一を追求する」などの内容は、高麗連邦制を主張してきた朝鮮労働党綱領の核心部分と一致する。
朝鮮語で「嘆かわしい、あきれ返って話にならない」ことを「ハンシム(寒心)ハダ」と表現しますが、政府の見解はまさに「ハンシムハダ」です。彼らは統合進歩党を罵倒することで、実は、自分たちがいかに民主主義の原理を知らず、その根幹を蹂躙してやまない勢力であるかを暴露しているのです。
「労働者・農民・民衆」という文字さえ見ると興奮するのは、あたかもそれが「アカ」く彩色された危険な言葉だと思い込む反共的条件反射なのでしょうか。「働く人々が主人となる世の中」をタブー視するのも、「労働者・農民」が社会発展の主体となることを容認しない権威主義的な発想です。そこには「労働者・農民」を“御上の言いなりになる受動的で従順な存在”と見なす、権力者の意識が垣間見えます。
また、南北が厳しく対峙する分断状況とはいえ、外国軍の駐屯を絶対条件とする立場は主権国家の政権担当者としていかがなものでしょうか。在韓米軍司令官(実質的には米大統領)に軍事統帥権(戦時の作戦・指揮権)を委ねている現状を、今後も続けることが憲法の民主秩序なのでしょうか。盧武鉉政権は軍事主権の返還を2012年と定めましたが、李明博政権がそれを2015年に延長し、朴槿恵政権はそれを更に延長するために米政府と交渉しています。
国家保安法に至っては、言うべき言葉もありません。国連や米国務省ですら、廃止もしくは改正をくり返し勧告しています。現野党(民主党)の前身であるウリ党が国家保安法の廃止を掲げ、盧武鉉大統領が政府次元で推進した事案でもあります。
統合進歩党の綱領である「自主的な民主政府」が憲法の民主的な基本秩序に違背するというなら、朴槿恵政権とセヌリ党が志向するのは「隷属的な独裁政府」のようです。
今回の解散審判請求に危惧を覚えるのは、朴槿恵政権の目的が、単に統合進歩党への弾圧にとどまらないからです。11月6日、セヌリ党の最高幹部会議は「反国家団体・利敵団体の強制解散、解散政党所属議員の資格喪失、反国家事犯の比例代表繰り上げ当選禁止、などの諸法律も優先的に上程して処理する方針」だと確認しました。
政権にとって気に入らない市民団体も“親北・従北”のレッテルを貼り、強制解散できる法律を制定しようというわけです。そうなると、現行の国家保安法が許容する範囲内でのみ、思想信条の自由、政治活動の自由が存在することになります。冒頭に掲げた世界人権宣言の核心を否定し、民主主義の根幹を蹂躙する社会に他なりません。
昨年の大統領選挙で政府与党が行なった不法行為(国家情報機関の組織的な世論操作)は、選挙制度そのものを否定する暴挙でした。言うまでもなく、民主主義の基本は多党制です。国民の選択によって与党が野党に、野党が与党になるという政権交代が、いつでも実現することを前提にした政治体制が、民主主義です。
しかし、昨年の大統領選挙は「従北勢力である野党への政権交代は必ず阻止する」という、政府与党の強固な意志が貫徹された選挙でした。国家情報院・警察・軍が総動員され、サイバー空間での大量の書き込みを通じて世論を操作し、国民の選択に重大な影響を及ぼしたのです。また、国民の反北意識を煽動するために、持ち出しが禁止されている首脳会談の対話録を不法に入手しただけでなく、その内容を歪曲し野党候補への誹謗中傷を展開したのも朴槿恵候補の陣営でした。
一体、どの政党が憲法の「民主的な基本秩序」に違背しているのでしょうか。「働く人々が主人となる世の中」を掲げる統合進歩党なのか、あるいは、「不法選挙を敢行し独裁体制」を目ざすセヌリ党なのか...。朴槿恵政権下で保守化・右傾化が指摘される憲法裁判所ではなく、主権者である国民が賢明な審判を下すものと信じて止みません。 (JHK)