兎神伝
紅兎〜追想編〜
(31)安眠
「愛ちゃん、愛ちゃん。ほら、起きて、風邪引くよ。」
案の定、愛は湯船の中で寝入ってしまった。
私は、愛を抱きかかえて上がり、寝台にのせて揺り起こそうとしたが、全く目覚める気配はなかった。
どんな夢を見てるのか、無邪気に笑っている。
『やはり、まだ子供なんだな…』
こうして見ると、愛が産んだ赤子と同じに見える。
『爺じに似て、美人さんになるわ。』
愛が、無邪気に言った言葉を思い出す。
だが…
揺り籠に眠る赤子と、無防備に裸を晒したまま眠りこける愛を見比べると、やはり、私には母親似に見える。
同じ寝顔なのだ。
愛の身体(からだ)を拭き、寝間着を着せてやりながら、二人の寝顔を交互に見比べると、次第に愛しさがこみ上げる。
愛に対する愛しさなのか…
赤子に対する愛しさなのか…
自分でもよくわからない。
ただ、どちらも絶対に手放したくない気持ちでいっぱいになる。どちらか一つでも失うなら、腕の一本も失った方が良い。
そう言えば、前にも同じ気持ちになった事がある。
百合が、赤子を産んだ時だ。
その時、百合はまだ十二歳にもなっていなかった。
赤子を抱く百合は、新しいお人形でも貰ったようなはしゃぎ方をしていた。まだ、床上げ前だと言うのに、赤子を抱いて駆け回らんばかりであった。
『ほーら、ちゃんと寝てないとダメでしょう。まだ、赤ちゃん産んで、身体(からだ)が元に戻ってないのよ。』
母にいくら窘められても、聴くものではなかった。
『だって、可愛んだもん。』
百合は、鼻に皺を寄せて笑いながら、赤子を抱きしめ頬擦りしていた。
『お兄ちゃん、この子、お兄ちゃんの子にしてあげる。だって、お兄ちゃんの白穂が、私の中にいっぱい出て来た時にできた子だもん。』
百合は、私に抱かせると、唐突に言った。
『お兄ちゃん、今日から、お父さんだぞー。』
そう言うと、百合はケラケラと笑いだした。
無論、誰の子かなどわからない。懐妊が発覚する寸前まで、総社(ふさつやしろ)の神職(みしき)達に、両手も穴と言う穴も、全て穂柱で塞がれ、弄ばれていたのだ。
ただ…
悪阻の嘔吐は、私の胸にした。神職(みしき)達に流し込まれた白穂を拭ういとまも与えられず、私に騎乗位をさせられている最中の出来事だった。
私は、複雑な気持ちを抱えながらも、日一日と百合の事も赤子の事も愛しくなり、このまま三人で遠く逃れたいと思った。誰も知らないところで、三人で暮らしたいと思った。
その思いを何気なく告げると…
『逃げても良いのよ。母さんも、朧衆も、貴方達を助けてあげる。逃してあげる。何としてでも…』
母は本気だった。
『母上…本当ですか?』
思わず、母の顔を見返す私に…
『本当だとも。この平蔵、必ずや、若様と百合殿お二人のお子を、お逃がせいたしますぞ。だから、大船に乗ったお気持ちで、お任せあれ。』
胸を叩いて言う、母への一途な思いから、母と共に、幼い頃から私を見守り続けてくれた、朧衆火盗組頭の平蔵も、本気で言ってくれた。
しかし、私が断念した。もし、そんな真似をすれば、母も旻朱(ミンシュ)山脈の朧山に暮らす朧衆の人々も皆殺しにされるだろう。天領(あめのかなめ)から密かに伝わり、朧山で守られてきたと言う正当なる旻朱道(みんしゅとう)、立顕旻朱道(りっけんみんしゅとう)の信仰も、跡形もなく消されてしまう。総社(ふさつやしろ)に屈服して手先となった霞衆が、神民道(ジミントウ)に忖度し、ねじ曲げられた旻神道(ミンシントウ)のみが、正当なる旻朱道(ミンシュトウ)として伝えられる事になるだろう。
何より…
もし、総社(ふさつやしろ)に捉えられれば、百合の産んだ赤子は、私達の見てる前で、生きながらに鱶の餌食にされ、百合は嬲り殺される。
私は、逃げる事を断念した。
百合の産んだ赤子は、百合から無理やり捥ぎ取るようにして里子に出された。
そして…
『お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃーん!』
百合もまた、私の名を泣き叫びながら、引き摺るように聖領(ひじりのかなめ)の神妣聖宮社(かぶろみひじりつみやしろ)に連れて行かれ、連日に渡って、これまで以上の陵辱を受け続けた。
神妣島(かぶろみしま)に駐留する占領軍兵士達にあてがわれた愛は、何人もの混血の赤子を産んだ。
皆、女の子だった。
大戦の記憶が新しい占領軍兵士達は、皇国(すめららぎのくに)の者を人間とはみなしていなかった。百合の事も、百合が産んだ赤子の事も…
占領軍兵士達は、百合の赤子の物心がつくと、百合の見てる目の前で裸にして弄んで見せた。
赤子達が大きくなり、乳房が膨らみかけると、占領軍兵士達は気に入った子を養女と言う名目で連れ去った。連れ去った後も、仲間達と弄び続け、皆、十二歳を待たずに父親の分からぬ子供を産んだと言う。
百合が、私の子にすると言った子は、何処の何者に貰われ、どのように暮らしているのか未だに分からない。
愛の産んだ赤子には、そんな目には合わせない。厳選した良家、幸福に育ててくれるであろう両親の手に引き渡す。
そして…
愛は渡さない…
この子は、聖領(ひじりのかなめ)になど送りはしない。
この手で守り抜くのだ…
赤兎の皮剥と兎弊は、社領(やしろのかなめ)の禊と言われている。
社領(やしろのかなめ)の罪・咎・穢を赤兎の身に纏う着物と一緒に剥ぎ取る事で、社領(やしろのかなめ)は産まれたままの姿に清められる。
しかし、社領(やしらのかなめ)は清められても、領民(かなめのたみ)一人一人の生まれ持つ罪業は残る。この罪業は、領内(かなめのうち)に暮らす男達の放つ白穂と共に、赤兎の参道に流され、御祭神が無垢なる赤子に変える事で完全に浄められると言われる。
故に、領民(かなめのたみ)達の罪業が、無垢なる赤子として浄められるまで、赤兎に着物を着せる事は、社領(やしろのかなめ)に罪・咎・穢を着せる事になり、神領(かむのかなめ)最大の禁忌とされている。
やがて、領民(かなめのたみ)の罪業を無垢なる赤子として浄めた赤兎は、聖なる青兎として聖領(ひじりのかなめ)に捧げられる。
捧げられた青兎は、神領(かむのかなめ)の子孫繁栄を齎す兎母神(ともみ)として祀られ、死ぬまで神饌共食祭の穂供(そなえ)を受ける事とされている。
しかし、実際は違う。
赤兎を皮剥し、兎幣する本当の目的は、禊ではなく報復である。
和邇雨一族に従わない者の幼い娘を、赤兎として嬲り者にする事でみせしめる事が、真の狙いである。
更に言えば、赤兎を兎幣する事であがる、莫大な利権が目当てでもある。
和邇雨一族の報復と利権の為に、赤兎にされた幼い少女は、言わば生贄であり、闘犬の噛ませ犬である。
七つか八つ…
幼過ぎる身体(からだ)で、連日絶え間なく穂供(そなえ)され続けた赤兎は、仔兎神(ことみ)を産んでも産まなくても、参道も御祭神もボロボロにされ、命を落とす者も少なくない。
命も絶え絶えに噛み付くされた噛ませ犬には、最早、噛ませ犬の価値もない。
十二歳を迎えた赤兎は、青兎として聖領(ひじりのかなめ)に捧げられると言うよりは、用済みに捨てられると言った方が良い。
神領(かむのかなめ)の主な財源は、兎神子(とみこ)達が産む仔兎神(ことみ)の利権と、領民(かなめのたみ)達の初穂料と玉串料、そして、密貿易である。
聖領(ひじりのかなめ)に用済みに捨てられた兎神子(とみこ)達の待ち受ける運命は、その密貿易相手である、海賊や闇の商人達の慰み者になる事であった。
そして、今は、慰み者にされる相手として、海賊達や闇の商人の他に、占領軍砦の兵士達に加わった。
占領軍砦に駐留する兵士達の数は日を重ねる毎に増え、当てがう青兎は、何人いても足りなかった。
一人の青兎が、一日に相手取る占領軍砦の兵士達は百人を下らないとも聞く。
これまで、散々弄ばれ、踏みにじられてきた愛に、そんな目になど決して遭わさない。
必ず私が守るのだ…
「爺じ…今夜も眠れないの?」
愛は、不意に起き上がると、目を擦りながら私を見つめた。
「いや…誰に邪魔される事なく、この子をみたくなってね。」
私は、赤子の眠る揺り籠に顔を覗き込ませながら言った。
「やはり、この子は、愛ちゃん似だ。寝顔を見比べたら、そっくりどころか、全く同じに見えたよ。」
「それって、私が赤ちゃんみたいだって事?」
「みたいじゃなくて、赤ちゃんそのものだよ。」
「まあ!ひどい!」
愛は、口を尖らせてむくれながら、私の側に来た。
赤子は、安心しきったように、スヤスヤ眠りこけている。
「私、幸せ…」
愛は、赤子を見つめながら、私に寄り掛かってきた。
「幸せ?」
「爺じと二人きりで二月過ごして、この子がお腹にできて、十月待って、この子が産まれてきた。
爺じ、私ね、産まれてから、この一年が一番幸せだった気がする。」
幸せ…
私には、その意味がよくわからない。
『親社(おやしろ)様、これが幸せよ。』
ふと…
友達だった狐の呑兵衛(どんべえ)が、子狐を連れて遊びに来た時、早苗が、私に子狐の一匹を抱かせて、満面の笑みを零した時の言葉が脳裏をよぎる。
『暖かいでしょう?これが、幸せなのよ。
それで…』
早苗は、その子狐を親に返すと、親狐は、愛しそうに子狐をペロペロと舐め始めた。
『これが、一番の幸せなのよ。』
幸せ…
その言葉を口ずさむ為だけに産まれてきたような早苗は、嬉しそうに狐の親子を眺め続けていた。
愛と二人きりで過ごした日々…
愛の笑顔だけを見て過ごした日々…
愛の温もりに包まれて過ごした日々…
毎日が暖かく、優しく、安らかだった日々…
そこに、赤子の笑い声と泣き声が加わって、もう何も必要ないと思われる程、満たされた気持ちになった。
幸せとは、こう言うものなのか…
問いかけても、幸福の二文字にいつも心満たされていた、あの小さな女の子は、もういない…
「このまま、ずっと時間が止まってほしいな…」
愛は、ポツリ呟くように言った。
「赤ちゃんと爺じと三人で、好きな絵を描いて、野原を駆け回って、料理こしらえて、笑ったり喧嘩したりしながら食卓を囲んで…
最後はこの子の寝顔を見て一日を終えるの…」
それができたら、どんなに良いだろう…
私も思う。
愛と赤子と三人きりで、誰も知らない静かな場所で、穏やかに楽しく暮らす…
毎日、愛に怒られ、振り回されながら、少しずつ、愛の産んだ赤子と共に、大人になって行く愛を見守りたい。
「ねえ、この子だけじゃなくて、もっともっと、赤ちゃん欲しいな。爺じの赤ちゃん、もっと産みたい。
駄目?」
「良いね。今回は女の子だったけど、男の子も欲しいな。家中、可愛い子供だらけになったら、さぞかし賑やかで楽しいだろう。
まあ…マサ君やリュウ君のように、ロクでもない悪戯する奴も現れて、手を焼くかも知れないけどね。」
「大丈夫。そこは、厳しく躾けるわ。あんな悪戯したら、お尻の皮がむけるくらい叩いてやるの。
だからさ、もっともっと、赤ちゃんつくろう。」
「今は駄目だ。」
「どうして?」
「赤ちゃんを作る以前に、君が子供だからだ。次の子供は、まず、君が大人になってからだ。」
「まあ、酷い!私、子供じゃないわ!大人よ!ほら、もうこんなに可愛い赤ちゃん、産めたわ。」
口を尖らせ、むくれかけた愛は、おし黙る私を見て…
「ごめんなさい…爺じ、この子をつくったのは、その…」
「君が、ちゃんと大人になったら、沢山の赤ちゃんつくろう。」
「うん。」
だが…
そんな日は永遠に訪れはしない事を、愛はもう知っている。
雪解けと同時に赤子は里子に出され、愛は聖領(ひじりのかなめ)に送られる運命を知っている。
「愛ちゃん、逃げよう。」
「えっ?」
愛は、思わず目を見開いて、私の顔を見つめた。
「私と愛ちゃんと赤ちゃんと…社(やしろ)の兎神子(とみこ)達みんなを連れて…」
一瞬、本気で思った。
百合と逃げたいと思った時、私は無力だった。逃げおおせる自信はなかった。
しかし、今は無力ではない。この手で斬り殺した数は、百人を遥かに超えている。いや、千人を下らないかも知れない。
更に、和幸、秀行、政樹、竜也の力も加われば…
「駄目よ、爺じ…」
愛は、寂しげに笑いながら言った。
「私達が逃げたら、お兄ちゃん達やお姉ちゃん達の家族はどうなるの?
みんな、社領(やしろのかなめ)で生きて行けなくなる。みんなの弟や妹達は、一番悲惨な社(やしろ)の兎神子(とみこ)にさせられるわ。それも、一番幼い妹達は、確実に赤兎にされて、見せしめに徹底的に苛めぬかれる。私の妹の舞ちゃんも、赤兎にされる。」
私も、言われてハッとなった。
私が逃げれば、まず、純一郎と進次郎が責任を問われて、失脚するだろう。そうなれば、太郎率いる神饌組の子供達が、一転して社領(やしろのかなめ)の苛めの対象になる。
拾里の百合達は…
隠里の里一達は…
朧衆達は…
父の事だ、私を操る価値を失った彼らを、あっさり皆殺しにするだろう。
「誰かを不幸にして、幸せになれる人なんて、誰もいないわ。」
「でも、君は…」
それでも、私は愛のこれからを思うと、やはり…
「聖領(ひじりのかなめ)に行けば、君は…」
「知ってるわ。私は、異国の兵士達の玩具にされる。勿論、行き先の社(やしろ)の人達、聖領(ひじりのかなめ)の領民(かなめのたみ)達にも、玩具にされる。もう、鱶見本社(ふかみのもとつやしろ)のお兄ちゃんやお姉ちゃん達も助けてくれない。神饌組も守ってくれない…」
「嫌だ!君をそんな目に合わせたくない!君をもう、誰にも傷つけさせたくない!君を普通の子供に戻したい!大事に守られ、育てられ、幸せに大人にしてやりたい!」
「爺じ…」
愛は、思わず胸に縋り付く私を、そっと抱きしめた。
「私は平気、大丈夫よ。これから、何処で何があっても、思い出がある。社(やしろ)のお兄ちゃんやお姉ちゃん達に遊んで貰った思い出、太郎君や神饌組達に守って貰った思い出…それから、此処で爺じと二人きりで過ごした思い出…」
私は、静かに隠砦の中を見回した。
『これから、この部屋全部、私と爺じだけのものになるのね。』
私に手を引かれて、此処に篭った最初の日、愛は部屋中見渡し、くるくる回りながら言った。
『この寝台も、箪笥や鏡も、お風呂も、全部、ぜーんぶ、私達だけで使って良いのね。』
『そうだよ。思い切り暴れても良いし、湯船で泳ぎ回っても良いんだよ。好きなだけ、遊べば良い。』
『凄いなー!凄い!凄い!』
愛は、何の為に此処に篭ったのか、忘れてしまったように、大はしゃぎしていた。
『でも、お兄ちゃんやお姉ちゃん達、太郎君達に悪いなー。みんな、当分、隠砦が使えなくなっちゃう。』
『その代わり、ここで企てられる悪戯も無くなって、喜ぶ奴も少なくないだろう。』
『それも、そうね。』
愛は、クスクス笑いながら、着物の帯を解こうとした。
『待って…』
私は、慌てて、愛の手を止めた。
『どうして?此処には、赤ちゃん作る為に篭ったんでしょう?脱がないと、赤ちゃん…』
愛は、不思議そうに、私の顔を見上げた。
『そんなに急がなくて良い。赤ちゃんは、闇雲にやればできると言うものでもない。万全の身体(からだ)でないと、ちゃんと作れない。』
『でも…』
『愛ちゃんの身体(からだ)は、かなり傷ついている。赤ちゃんをつくるところがね。少し休んで、傷を治す必要があるんだよ。』
と…
私は、不意に、愛が着ている着物に目を止めた。
背の高い愛には、小さ過ぎて、つんつるてんの着物であった。
『それより…
サナちゃんの着物、まだ着ていたんだね。
君には小さ過ぎる。君の身長に合う丈のを探すのは難しいけど…せめて、茜ちゃんかナッちゃんの着物を借りれば良いのに…』
『だって…この着物、サナ母さんが、命と引き換えに着せてくれた着物ですもの…』
『そっか…そうだったね…』
私が、しんみり俯くと、愛は慌てて…
『それに、茜姉ちゃんの着物、背丈はあっても、体型が…』
言いながら、クスクス笑いだした。
『成る程…背丈は、まあまあだけど、体型は君より子供か…』
『そう。本人とマサ兄ちゃんは、自慢の体型だと思っているみたいだけどね。』
私も思わず吹き出すと、二人で大笑いした。
『さあ、切り絵も随分描いたし…
此処は、気分を変えて、水彩画でも描いてみようか。油絵も良いかな…
此処での暮らしもまだまだ続く。沢山、画材、用意したんだぞ。』
半月程経った時、私が山のような画材を積み上げてみせると、愛は首を傾げた。
『どうした?やはり、切り絵が良いのか?私は、そろそろ飽きてきたかな。たまには、違う絵が描きたい。』
『ねえ…』
愛は、絵の具と色鉛筆を手に取って眺めながら言った。
『そろそろ、赤ちゃん…』
『よし…今日は絵を描くのは休んで、湯船で泳ぐか!火をつけず、水のまま泳いでみるかな。』
『私、赤ちゃん作らないと、親社(おやしろ)様が…その…』
『それ!水鉄砲!』
私は、愛の問いに答えず、湯船の水を手に汲んで、水鉄砲をやってみせた。
『どうだ、うまいもんだろう?』
『もう!人の話、聞いてるの!』
愛は、怒ったように言うと、徐に帯に手をかけようとした。
『待って!』
私は、慌てて、愛の手を止めた。
『愛ちゃん、そこに寝て。』
『こお?』
『うん。それから、大きく脚を開いてみて。』
愛が、言われるままに脚を拡げると、私はそっと神門(みと)のワレメを広げ、参道の中を見た。
『オシッコしたーい。』
愛が、惚けた声を上げて言う。
『しちゃってもいい?』
『バカッ。』
私が、軽く睨んでやると、愛はクスクス笑い出した。
参道の傷は、既に癒えていた。もう、やって出来ない事はないだろう。
だが…
『愛ちゃん、まだだ。もう少し、休んでおこう。』
愛は、上体を起こすと、キョトンと首を傾げた。
『もう、痛くないし、平気だよ。』
『まだだ…』
『でも…』
『まだだって言ったら、まだ何だ。』
『でも…』
『私は、宮司(みやつかさ)でもあるが、医師(くすし)でもあるんだ。この手で、何人も赤ちゃんを取り上げたんだぞ。』
『でも…』
『しょうがないな…医師(くすし)の言う事が聞けないって言う悪い子は…』
『わっ!いやん!やめて!』
私が、唐突にくすぐってやると、愛はケラケラと笑い声をたてた。
時は、緩やかに…
しかし、瞬く間に過ぎて行った。
私は、いつしか時の経つのを忘れていた。
二人で篭って過ごす日々は楽しかった。
毎日、好きな絵を二人で描くだけでなく、絵本を読んだり、お手玉やおはじき、手遊び…いろんな事をして遊んだ。
今にして思えば、よく飽きなかったな…とも、思う。
しかし、あの時は、何をしても、話しても、楽しく飽きなかったのだ。愛の笑顔を見て一日が始まり、愛の安らかな寝顔を見て、一日が終わる。
振り向けば、いつもそこにいて、他愛ない話に笑ったり、喧嘩したり…
一瞬、一瞬が愛しかった。
一瞬、一瞬が楽しかった。
『ねえ、赤ちゃんはいつつくるの?』
『まだだ…』
『でも…』
『そんなに、あんな事をしたいのか?』
私が言うと、愛は押し黙った。
『素直に言う。私は嫌だ…君に、あんな事はしたくない。させたくない。
君だけじゃない。此処にいる子達、みんなもね。
あれは、もう少し大きくなってから、本当に愛し合った者同士がする事何だ。』
『親社(おやしろ)様は、私の事、嫌い?愛してないの?』
愛は、少し潤んだ目をして、言った。
私は、静かに首を振り、答える代わりに、愛を抱きしめた。
そして、また、時が過ぎた。
愛は、ある時期から、気づき始めていた。
夜、私が殆ど眠っていない事を…
『親社(おやしろ)様、いつ目を覚ましても、起きてるね。寝ないの?』
愛は、首を傾げて尋ねた。
『愛ちゃんは、眠っている時、どんな夢を見るの?』
『夢?』
『そう、夢…』
『そうね…小さい時、お父さんやお母さん達、舞ちゃんと遊んだ夢かな…
親社(おやしろ)様と遊んだ夢や、アケ姉ちゃんや菜穂姉ちゃんと遊んだ夢もよく見るわ。
昨夜は、太郎君をひっぱたいた夢。』
言うなり、二人で吹き出し、ケラケラ笑い出した。
『良いね…私は、そう言う夢を殆ど見ない。』
『それじゃあ、どんな夢?』
愛に尋ね返されるなり、また、幼い頃の光景が、脳裏に蘇ってきた。
来る日も、来る日も、私の目の前で、総社(ふさつやしろ)の神職(みしき)達が百合を弄ぶ光景である。
百合は、苦悶に首を振り立てながら、呻き声を上げている。だが、苦痛を口にする事も、泣き叫ぶ事も許されていなかった。
そして…
参道を白穂と血に塗れさせ、漸く解放された百合を指差し、父は私に同じ事をするよう命じる。
私は、背くすべも知らず、言われるままに…
『親社(おやしろ)様…』
愛は、頭を抱えて呻き声を漏らす私をそっと抱きしめると、徐に唇を重ねてきた。
『愛ちゃん…』
『親社(おやしろ)様の悪い夢…私が食べてあげるの。』
愛は、にっこり笑うと、また、唇を重ねてきた。
甘い味がする…
私は思った。
愛とは、裏山の秘密の場所に出かけた時、よく唇を重ねていた。マセた愛が、愛し合ってる証だと言って、唇を重ねてきたのだ。そして、その日の唇が、どんな味をしていたか話し合っては、二人でよく笑いあった。
あの頃は、その日のお弁当の味がしていた。卵焼きであったり、昆布巻きであったり…
でも、この時は、ただ、甘い味がした。
何とも言えない甘い味。その味は、不思議と微睡みを誘い出した。
『親社(おやしろ)様…本当は、怖かったのね。ずっと、ずっと…』
『怖い?』
『そう、怖かったの。私、知っていたわ。私がされているのを目の当たりにしている時も、お兄ちゃんやお姉ちゃん達が、されているのを目の当たりにしている時も…
親社(おやしろ)様のあげる祝詞の声、いつも震えていたわ。』
愛は、言いながら、さりげなく、スルスルと私の寝間着を脱がせて行った。
『愛ちゃん、何を…』
『大丈夫、怖がらないで…』
私が思わず首を擡げると、愛はニコッと笑いながら、首筋から胸に向かって、ゆっくりと舌先でチロチロと舐め回し始めた。
指先は、私の乳首を転がすように揉み、やがて舌先が胸元までくると、その手を私の股間に持って行った。
『愛ちゃん…』
『親社(おやしろ)様、怖かったら、目を瞑って…』
言いながら、愛は穂柱を慣れた手つきで揉み扱き始めた。
『裏山に出かけた時、いっぱい、切り絵を描いた時、楽しかったね。
あの秘密の場所で、お弁当食べて、寝転がって、空を見上げて…』
『愛ちゃん…戻りたい…あの時に戻りたい…』
『戻してあげる。だから、目を瞑っていて…』
次第に、穂柱を揉み扱く小さな手の動きが早くなり、合わせて私の息遣いも早くなる。
愛が、両乳首を丹念に舐め回し始めると、瞼の裏側に、あの日々の光景が浮かんできた。
お弁当を食べたがる私をどんどん置いて、駆け回りながら、絵を描く場所を探し回る愛…
私が遅いと、目を吊るしあげる愛…
漸くお気に入りの場所を見つけると、熱心に切り絵を描き始める愛…
一枚描きあがると、得意げに見せてくる愛…
一緒に並んでお弁当を広げながら、自分のおかずを、私の弁当箱に入れてくれる愛…
小鳥やリスのように、私の手を引っ張って駆け回る愛…
手を伸ばせば届きそうなところに、思い出の光景が蘇ってきた。
『愛ちゃん…待って、私を置いて行かないで…』
私は、思い出の光景の中で、ケラケラ笑って走る愛に手を伸ばすと…
『大丈夫、私、ちゃんと此処にいる。親社(おやしろ)様を置いて何処にも行かないから、安心して。』
私の手が愛の頬に触れると、愛はその手を愛しそうに撫で回した後、それまで揉み扱いていたものに、ゆっくり口を近づけた。
『よせ…もうやめろ…』
顔を背けて言う私の意思とは裏腹に、愛の小さな舌先がチロチロくすぐりだすと、穂柱が反応する。
『大丈夫。お兄ちゃん、怖がらないで…』
今度は、在りし日、まだ幼かった百合の声と顔が蘇ってきた。
神職(みしき)達に見せつけられた行為…
父に強いられた行為…
いつまでも、脳裏に焼きつき離れず、頭を抱えて震える私を、百合は優しく抱きしめては、私の股間に顔を埋めて、穂柱を口に含んで舐め回し始めた。
『百合ちゃん…』
私が、その小さな肩に乗せた手をどうしたものか思いあぐねていると、百合は、穂柱を咥えたまま、私の顔を見上げて、鼻に皺を寄せて笑って見せた。
不思議な気がした。
百合にそうされたあの時も、愛にそうされたこの時も、次第に安らかな気持ちになっていった。
まるで、痛む傷口を、母に舐めてもらった時のような感覚であった。
次第に抗う気持ちが失せて行き、ただ、いつまでもそうされていたいような、心地よさだけが感じられた。
『穂柱、勃っているね。』
愛は、穂柱から口を離すと、扱く小さな手の中で更に聳り立つモノを見つめながら、クスクス笑い出した。
『する気がなくても、好きな子の身体を見て勃つのは、身体(からだ)がその子を本当に好きだって言ってるのよね。』
私が無言で小さく頷くと…
『親社(おやしろ)様の身体(からだ)が、やっと私の事を好きだって言ってくれたね。』
愛は、再び小さな口いっぱいに私の穂柱を頬張り、一層丹念に舐め始めた。
『ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…』
次第に荒くなる呼吸と、激しく高鳴る鼓動…
『何故だ…何故…太郎君ではなく…私に…』
愛は、譫言のように呟く私の声を聞き流すように、穂柱の先端を撫でるような舐める舌先の動き早めてゆく。
『アッ…アッ…私は…アッ…アッ…君の為に…アッ…アッ…何も…アッ…アッ…しなかった…』
私は、穂柱の先から下腹部、下腹部から全身へと広がる温もりの感触に、次第に真っ白く意識を遠のかせてゆく。
『でも…アッ…アッ…太郎君は…アッ…アッ…君を…アッ…アッ…守り続けた…アッ…アッ…必死に…アッ…アッ…守り続けた…だのに…』
不意に、愛の舌先の動きが止まった。
『愛ちゃんも、好きなんだろう、太郎君の事が…
だのに、何故…』
漸く小さな口腔内と舌先の温もりから、穂柱から解放されると、呼吸と鼓動と落ち着かせながら、私は、天井を見上げる目を瞑った。
愛は答える代わりに…
『親社(おやしろ)様、こっちを見て。』
言うなり、私の手を取り、神門(みと)のワレメへと導いていった。
『私の身体(からだ)も、親社(おやしろ)様を好きだって言ってるよ。』
確かに…
まだ、萌芽の兆しもない神門(みと)のワレメに触れると、中はシットリと潤んでいた。
『私、親社(おやしろ)様が好き、大好き。初めて会った時から、ずっと…』
『愛ちゃん…』
私が震える声で何か言いかけると…
『親社(おやしろ)様の悪い夢、食べてあげる。私が全部、食べてあげる。』
愛は遮るように、私の頬を撫でて言いながら、唇を重ねてきた。
そして、私の下腹部を跨ぐと、ゆっくり腰をゆっくり沈め、舌先で膨張させた穂柱を参道の中へと導き挿れて行った。
『私もだよ。私も、愛ちゃんが大好きだ。だから、こんな事はもう…』
『親社様、一緒に行こう。』
『愛ちゃん…』
一瞬…
時が止まった。
愛はそれまで咥えていた穂柱の上に跨ると、未だ若草萌えるどころか、萌芽の兆しもない神門(みと)のワレメに挿れていった。
『アン…アン…アン…アーン…』
愛の甘えるような、可愛い声が、部屋の中で小さく響き渡ってゆく。
同時に…
私の下腹部から、極部にかけて、暖かなものが広がってゆくのを感じる。
次第に、微睡みが襲い、瞼に広がる光景が、思い出なのか、夢なのかわからなくなって行った。
やがて…
『アーンッ!』
愛の一際大きな声が発せられると同時に、参道の中で思い切り吸い上げられるのを感じた。
次の刹那…
穂柱から一気に白穂が放たれた。
同時に、愛の中にある穂柱は、何とも言えない暖かく優しい温もりと心地よさに包み込まれた。
その温もりと心地よさは、愛の御祭神に白穂を捧げ尽くすまで続いた。
『愛ちゃん、眠い…』
全て放ち終えると、私は次第に呼吸を緩めながら、呟くように言った。
『良いよ、ゆっくり眠って。』
愛はそう言うと、参道から穂柱を抜き取り、軽く扱きながら、先端をチロチロと舐め回し始めた。
その舌先のザラつきと暖かさ…
舐め回される先端のくすぐったさが、更に私に眠気を誘った。
私は、産まれて初めて、深い眠りについた。
母や百合と過ごした優しい夢…
愛と過ごした楽しい夢…
優しく楽しい夢ばかりを見ながら、安らかな眠りについた。
その日を境に、私と愛は、毎晩のように肌を重ねた。
愛と肌を重ね、愛の中に白穂を放ち、愛の暖かく優しい温もりに包まれると、やはり、私は深く安らかな眠りにつけた。
眠るのが、こんな心地よいものだと思わなかった。
「この子の父親が、親社(おやしろ)様でよかった。」
愛は、赤子を覗き込みながら、不意にそう言うと、私の方を向いて唇を重ねてきた。
「私もね、ずっと眠れなかったの。怖い夢ばかり見て、眠れなかったの。」
愛は、唇を離すと、悲しげな笑みを浮かべて言った。
「でも、爺じの白穂が、私の中に放たれた時、久し振りに、優しい夢を見て眠れたの。」
「痛く…なかったか?」
私が、今更聞くと…
「暖かかった…」
愛は、大きく首を振って応えた。
「あの暖かいものが、この子になったのね…」
「そうだね。」
言いながら、二人でまた、赤子を覗き込んだ。
スヤスヤ心地よさそうに眠る赤子…
どんな夢を見ているのだろう。
叶うものなら、ずっと、この子の寝顔を二人で見守りたい。
大きくなって、どんな夢を見たのか話せる日まで、見守り続けたい。
この子を手放したくない…
この子を産んだ母親も…
「一緒に寝よう。」
愛は、また、私の肩を抱いて言った。
「また、あれ、してあげようか?私、もう大丈夫だから…」
「いや、良い。』
私は、私の股間に伸ばそうとする小さな手を抑えると、大きく首を振り…
「今は、愛ちゃんが側にさえいてくれたら、眠れそうだよ。ただ、こうして一緒にさえいてくれたら…」
愛を胸に抱き、やがて、私の前から消えてゆく温もりを惜しむように、いつまでも頬擦りし続けた。