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☆ 塩野七生さん著の大作を9月の中旬より読み始め、
第9巻の「 賢帝の世紀」を読み終えた処です。
幾つかの巻で感想でも書く機会があったのですが、ついつい
延ばしてしまっています。こう読んで行くと「皇帝」というか
ローマ人の上に立つものの考え方が段々と染み付く感じがしてきます。
たとえば、【カエサルが曰く】
『人は見たくないものを見ず、見たいものを見るものだ』とか、、
『属州を纏めるには、現地の有力者をそのまま懐柔し、なるべく現地の
風習を認めて、統治する』、すなわち現代の日本でもよく言われる
地方自治優先の方式を紀元前からやっていること、、
ただ、トライヤヌス、ハドリアヌスの様にローマの絶頂期になって、この
皇帝達の価値観というか、、やっぱ「神」に近くなっているような気がしますね。
塩野さんの文章の明快さにもよるでしょうが、、彼女がいくつかローマ人に関わる
本の紹介も織り交ぜてあり、それがまた読書をそそる様になっているのです。
今は、「ハドリアヌス帝の回想」(マルグリッと・ユルスナル著、多賀智満子訳)
も読んでみました。
かなり密度の濃い回想文で、大方のハドリアヌスの一生を知らないと訳がわからない
モノローグとしてしか見えないでしょう。
とりあえず、ここまで。
第9巻の「 賢帝の世紀」を読み終えた処です。
幾つかの巻で感想でも書く機会があったのですが、ついつい
延ばしてしまっています。こう読んで行くと「皇帝」というか
ローマ人の上に立つものの考え方が段々と染み付く感じがしてきます。
たとえば、【カエサルが曰く】
『人は見たくないものを見ず、見たいものを見るものだ』とか、、
『属州を纏めるには、現地の有力者をそのまま懐柔し、なるべく現地の
風習を認めて、統治する』、すなわち現代の日本でもよく言われる
地方自治優先の方式を紀元前からやっていること、、
ただ、トライヤヌス、ハドリアヌスの様にローマの絶頂期になって、この
皇帝達の価値観というか、、やっぱ「神」に近くなっているような気がしますね。
塩野さんの文章の明快さにもよるでしょうが、、彼女がいくつかローマ人に関わる
本の紹介も織り交ぜてあり、それがまた読書をそそる様になっているのです。
今は、「ハドリアヌス帝の回想」(マルグリッと・ユルスナル著、多賀智満子訳)
も読んでみました。
かなり密度の濃い回想文で、大方のハドリアヌスの一生を知らないと訳がわからない
モノローグとしてしか見えないでしょう。
とりあえず、ここまで。
単行本は、、、ちょっと高くて躊躇してしまうのが個人的な課題だったり。それだけの価値は間違いなくあるんですけどねぇ。
文庫版の部分はもう4回も読んでるし・・・
思います。
SDTMもイマイチ人生を振り返ると
浅知恵で動いていたのだなぁ~痛感しています。