第30回 国民文化祭・かごしま2015が10月31日~11月15日まで鹿児島県各地で開催されていますが、10月31日18時30分~姶良市姶良公民館において、「歩き・み・ふれる歴史の道・・島津義弘にみる薩摩魂」のテーマで、歴史講演会(講師・・童門冬二)が開催されました。
講演が始まる前に、薩摩示現流の演舞が披露された後に、国民文化祭姶良市実行委員長(姶良市長)より、姶良市で開催される国民文化祭の内容と今回の歴史講演会の意義などについての挨拶があり、講師紹介の後に、講師の童門冬二氏が登場して講演が始まりました。
「島津義弘にみる薩摩魂」のテーマで約1時間30分の講演を時々ホワイトボードを使用しながら立ったままの状態で話をされました。私はメモをとりながら講演を聴きましたので、講演の一部を紹介します。
・天下と地方・・義弘公が生まれた時代は地方自治が100%の時代・・天下(国)の役割はほとんどなく、地方で全ての問題を解決しなければならない時代・・織田信長が天下統一を考えた理由・・「あゆち・・愛知の語源」のような豊かな地域を日本全国に広げることを目指したという説・・島津氏は九州を統一する勢いであったが・・豊臣秀吉が織田信長の後を継いで天下を統一・・島津氏は豊臣氏との交渉で本領安堵 ・島津氏・・外城制度・・地域の自治・・郷中制度
・島津氏の強さの源・・・島津4兄弟はそれぞれの役割を分担・・4兄弟の力・・和(+)ではなく積(×)の強さ・・他に例をみない強さを発揮・・義弘公・・兄弟の中心的な役割
・恕(じょ)・・孔子の弟子の一人に与えた言葉・・「ゆるす」「おもいやる」などの意味・・義弘公の言動から「恕」の心が働いていたと思われる・・朝鮮の役の例など
・茶道と文化・・戦国時代が終わり、千利休を中心とした茶道などの文化が盛んになり、義弘公は茶道などの文化の発展と、朝鮮から連れてきた陶工による陶芸の発展などに尽力し、恕の心で人々を導いた文化人としての役割が現在の文化の発展につながっている。
・「らしさ」→「なら」・・義弘公は地方に理想を求めた・・地域の特性を生かした「地域らしさ」・・地域の連合体・・「義」を重んじる郷中教育の原点を作る・・現代の地方創生・・「地域らしさ」を生かして・・住むなら「姶良」生きるなら「姶良」、死ぬなら「姶良」と言われる地域を目指して努力してほしい。
講演が終わってから、花束贈呈があり、講演会が終了しましたが、ロビーでは書籍の販売も行われていました。今回の講演を聴いて、文化の発展が心豊かな生活をするために、最も大事なことだと感じたので、今後も努力していきたいと思っています。
会場の一部を写真で紹介します。
講演が始まる前に薩摩示現流の演舞
国民文化祭姶良市実行委員長(姶良市長)の挨拶
講師・・童門冬二氏による講演の開始
ホワイトボードを使用して説明
講演が終わって花束贈呈
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