かめよこある記

~カメもタワシも~
To you who want to borrow the legs of a turtle

オレ二アン

2018-01-01 01:01:01 | かめよこ手のり文庫

 目を開けると、窓から日の光が差し込んでいた。
 今日は大事な会議がある。オレは、資料をチェックしようと起き上がった。
 (ん? 待てよ。なんだ、この部屋・・・)
 床には、今にも崩れそうに積み重なった漫画本。色あせた壁紙にやぼったいカーテン。自分の部屋とは似ても似つかぬ部屋だ。
 うっ、それに、なんだこの臭い毛布は! 体に被さっていた毛布を急いで剥ぎ取る。
「ここはどこなんだ?」思わず声が出ていた。
 昨夜の記憶を必死に探った。部下のヤマイと飲んだ後、早々とタクシーで帰宅したはずだ。
 記憶がなくなるほど飲んだはずはない。ここは、ヤマイの家ではないようだし、たとえ別の誰かの部屋だとしても、こんなみすぼらしい部屋に住むような知り合いに心当たりはない。
 傍らにあった置時計をみた。(まずい、会議に遅れてしまう)
 ヤマイに連絡しようと思ったが、スマホがみつからない。
 くたびれたグレーのスウェットの上下を着ていた。自分の物じゃない。とにかく、早く着替えて会社に向かわなければ。
 ベットから起き上がって、クローゼットの中を確かめた。安物の衣料品がずらりと並んだ中に一着だけヨレヨレのスーツがぶら下がっていた。
 俺が、昨夜着ていた服はどこへいったんだ。クローゼットにも部屋中を探しても見当たらなかった。
 部屋を出て、目の前の階段をそろそろと下りて行くと玄関があり、脇のドアのガラス越しに人の影が動くのがみえた。意を決してドアを開けると、声をかけられた。
 「どうしたの、タカトシ。今日は早いのね」見知らぬ白髪頭の小柄なおばさん。おばあさんといってもいいかもしれない。誰だ? タカトシって。
 「ごはん食べるなら、昨日の残りものがあるわよ」彼女はそう言って、どう答えていいかわからず立ち尽くしている俺の脇をすり抜けた。
 わけがわからないオレは、もう一回頭を整理してみようと元の部屋に戻ろうとした。その時、洗面所の鏡に見知らぬ男の姿が映った。
 鏡にかけ寄ると、男も近寄ってくる。顔を触ろうとすると、同じようにして顔を手でペタペタと触りはじめた。
 見開いた小さな目でオレを食い入るように見つめて。
 やめろ、オレの真似をするのは!
 
 部屋にかけもどるとベットに座り、目の前で両手を広げて見た。厚ぼったくて小さな手。オレの手じゃない。
 頭の手をやると、パラパラでボリュームのない髪に触れた。いったい、何がどうしちまったんだ。
 昨日までのオレは、イケメンでエリートで、高い年収もカワイイ彼女もすべてを手にいれていたんじゃなかったか。
 呆然と部屋の中を歩き回っていると、壁際の机の上の白い紙が目にはいった。
 それは履歴書だった。さっき鏡の中で見た、ぼやっとして冴えない男の顔写真が貼られている。
 学歴欄をみて強い衝撃を受けた。なんなんだ、これは・・・。
 それは全部黒く塗りつぶしてしまいたくなるような代物だった。気がつくとクシャクシャにして、壁にたたきつけていた。
 必死に状況を整理しようとしたが、体の奥からザワザワとした波が襲って来てオレを飲み込んでいった。
 悪寒がして、ふらつく足で逃げるようにベッドに倒れ込んだ。
 どうせ、夢なんだろ。よくあることだ。夢とも知らずに、いつだって右往左往。目が覚めて、ああ夢だったんだ。そう、いつものパターン。
 臭かったことも忘れて、かまわず毛布をスッポリと頭からかぶり、ぎゅっと目をつむった。眠りから覚めれば、元のオレに戻っているはず。
 そして、遅刻もせず、何事もなかったように会議に出席しているはずだ。
 オレは泣きながら眠りにつくのを、ただひたすら待った。

 目が覚めた。窓の外は明るかったが、何時だろう。
 願いもむなしく悪い夢は続いていた。
 汚くて狭い部屋とグレーのスウェット上下。念のため、頭を触ってみたが同じこと。いやにしつこい夢だ。
 数日前、中身が入れ替わるっていう映画をみたが、あの影響だろうか。
 とにかく、このままではどうにも落ち着かない。たとえ夢だろうと、夢が続いているうちは、もがきあがくより他ない。
 誰かと中身が入れ替わったんだとして、ここが元いた世界と同じならば、元のオレ自身も、この世界に存在しているはずだ。
 この状態でいればいるほど、自分がこの状態を認めているように思われて怖い。
 そうだ、会いに行ってみよう。机の上に放ってあった財布の中身を調べて見ると、現金は九百円ほどしかなく、交通系カードの類もない。
 階段を下りていき、さきほどのドアを開けると、例のおばさんがソファに横になってテレビを見ていた。
 男とおばさんの風貌からすると、男の母親だろうか。
 「母さん?」反応を確かめようとそう言ってみた。見ず知らずのおばさんをそう呼ぶ事に抵抗を感じないではなかったが。
 「これ来てたわよ」彼女は何を気にする風でもなく、一通の封筒をよこした。
 どうやら母親で間違いはないようだ。封筒の差出人にはウマシカ物産とあった。中身は、不採用の通知だった。
 無理もない。男の履歴書の職業欄によれば、非正規職を転々としており、何の技能も持たない中年男を雇おうなんて企業はそうそう見つからないだろう。
 さっきからおばさんの視線を感じてはいたが、オレは不採用の件には触れずに切り出した。
 「悪いんだけど、金貸してくれないかな。また面接に行かなきゃならなくてさ。今度は、ちょっと遠くて金が足りないんだ」
 地方都市に住む求職中で独身の中年男。それが男の履歴書から得た今の自分についての数少ない情報だ。
 「そう。オマエには早く働いてもらわなきゃならないからね。
  お父さんも亡くなって、なんたって母さんも年金暮らし。オマエだけが頼りなんだよ。しょうがないね。いくらいるの?」
 父親は亡くなっていたのか。そうすると、この男は母親と二人暮らしなのだろうか。必ず返すからといって、5千円を借りた。
 それにしても、スーパーエリートのオレが、こんな年老いた母親に金の無心をすることになるとは。なんともやりきれない。

 部屋に一着しかなかったヨレヨレのスーツを着て、明朝早く家を出た。
 それにしても体が重い。腹回りにびっしりついた分厚い肉をつまんで、これがオレなのかと悲しくなった。いったい周りからどんな目でみられているのだろう。日々トレーニングに励み、体形維持につとめていた、あのオレはいったいどこへ行ってしまったんだ?
 電車とバスを乗り継ぎ、オレの会社の入るビルにようやく着いたのは昼頃だ。
 社員証もなく、アポもとってないオレは、ビルの中に入ることさえできなかった。
 しかたなく、ビルの前で待つことにした。いつもなら、元のオレがランチをとりに外に出てくるはずだ。
 そもそも、元のオレは昨日の会議に出席したのだろうか。
 今のオレがそうであるように、体が入れ替わっただけで、入れ替わった先の情報はないに等しい。
 そんな状態で、どう立ち回れるというのだ。出席できたところで会議はメチャクチャ。オレの信用もガタ落ちだ。
 朝から何も食べておらず、壁に背をもたれて座りこんでいると、元オレと部下のヤマイが連れ立って出てくるのが見えた。
 オレは元オレの前に立ちはだかった。
 「わかってるよな」
 先に反応したのはヤマイだった。
 「誰だ、あんた」
 「おい、ヤマイ。オレだ、わからないか?」無駄とは思いつつ、ヤマイの顔を探るような目でみつめた。
 「知りませんね。どこかでお会いしましたっけ」
 しかたない。気をとりなおして、再び元オレの方を向いた。
 「オレが用があるのはこのひとだ」
 「知ってるんですか。このひと」ヤマイが元オレの顔をうかがった。
 「ヤマイ。先に行っててくれないか。話が済んだら、すぐ行くから」と元オレ。
 「そうですか」怪訝そうなヤマイに元オレは、さらに目で先に行くよう促した。
 ヤマイが姿が見えなくなったのを確認して元オレが口を開いた。
 「で、なんの用です?」 
 「なんの用って? わかってるはずだ。オレの体を返してほしい」
 「それは無理です。入れ替わったのがそうだったように、元に戻ることもボクがどうこう出来ることではないんですから」
 「キミも被害者というわけか」「そうなりますね」
 「じゃあ、こうしよう。いっしょに元に戻る方法を探そうじゃないか」
 そう言うと、元オレは頭をかきながら気まずそうに
 「確かに、最初はボクも戸惑いましたよ。
  朝起きたら、突然自分の体が若返っていて髪の毛もフサフサ、イケメンになっているんですからね。おまけにエリートっていうじゃないですか。ビックリですよね。ですがね、ボクはこの現実を受け入れはじめているんです。どうです? アナタもそうしてみたらいかがですか」
 「そんな不公平な話があるか! オマエは得るものが多いかも知れんが、こっちは失うものばかりなんだぞ」
 「まあまあ、そう怒らないで。もともとが不公平だったんですよ。
  入れ替わったことによって、不公平が解消されたとも言えませんか。言ってみれば、オアイコです」
 「ふざけるなよ。言わせておけば・・・。
  第一、なんの能もないオマエなんかにオレの仕事が務まるはずがない。すぐにもボロが出て・・・」
 「そう御心配なさらずに。このルックスと学歴が味方してくれているのか自分でも不思議なくらいうまくやれてますよ」
 「ウソを言うな。昨日の会議はどうした? どんな失敗をやらかしたんだ」
 「はははっ。もっと自分を信用してくださいよ。ヤマイがあれこれと良くサポートしてくれることも手伝って、首尾は上々でしたよ。おまけに役員昇格のお話もいただいて。アナタ、ずいぶんやり手だったんですね」
 「キサマ! そんなビギナーズラックがいつまでも続くはずないだろう。
  それに、おまえには年老いた母親が待ってるんじゃないか。母さんの事が心配じゃないのか」
 「ですから、母のことは、アナタにお任せしますよ。
  アナタみたいな優秀なひとだったら、ボクなんかより、ずっと母を幸せに出来るはずです。母だって、そのほうが幸せなはずです」
 「勝手なことを言うな! オマエ、オレに何もかも押し付けようっていうのか。無責任にもほどがある。見ず知らずの老婆の面倒なんか誰がみるか!」
 「だって、どうしようもないでしょ。今、ボクはアナタであって、アナタはボクなんだから」
 「だから、元に戻す方法をいっしょに考えようって言ってるんじゃないか!」
 「そろそろお互いに現実を受け止めませんか。
  こう考えてみたらどうです。これって生まれた時と同じことなんですよ。
  はじめ、裕福な家庭に生まれたアナタは、容姿にも才能にも恵まれた。ボクのほうといえば、裕福ではない家庭に生まれた上に、容姿にも恵まれず才能といえるようなものもなかった。今まで、それを受け入れて生きてきたわけでしょ。
  それがある日、目が覚めたら入れ替わっていた。ある意味、生まれ変わったってことじゃないかな。これからは、それぞれの身の丈にあわせて生きてくよりしょうがないじゃないですか」
 「自分に都合のいい事ばかりベラベラと・・・。
  こんなデタラメを受け入れろっていうのか!
  じゃあ、聞くがな。オマエが反対の立場だったら、同じようにそう言えるっていうのか!」
 「まあ、そうカッカしないで。
  以前、ボクもそうだったから、アナタの気持ちはわかりますよ。
  しかしですよ、過去の事をいつまでもどうこう言っていたってしょうがなくないですか。それに、この問題は、いくら考えたところでボクとアナタだけではどうすることもできないですよね。
  安心してくださいよ。アナタの人生は、ボクがちゃんと引き継いでいきますから。エリカさんのことだって、ボクがちゃんとお守りしますから」
 「オマエ! エリカに何をした!」エリカは、財閥令嬢でオレの婚約者だ。オレはヤツの胸ぐらに掴みかかった。
 「返せ!オレの体だぞ!」「昨日まではね・・・」
 「やめてください!」揉みあいになって、オレがヤツに馬乗りになった時、「警備員さん、早く!」ヤマイの叫ぶ声が聞えた。すぐにオレは駆けつけた警備員に取り押さえられた。
 「おい、はなせ!」羽交い絞めにされたオレは、ズルズルとヤツから引き離されていった。遠くに、襟元を直したヤツがヤマイと立ち去っていく姿が見えた。

 夢は、いまだ覚めてくれない。
 いつの日か死を迎えた時に、はじめて夢じゃなかったんだと気づくのかも知れないな。
 それにしても、どうしてこんな事になったんだろう。
 オレに落ち度があるはずはないが、オレの性格上、一応は自身を顧みてみる。
 あまりの多忙な毎日に、違う人生がふと頭をよぎったことは認める。どこかに隙があったとでもいうのか。
 それが原因だとしたら、それは、頭に思っただけで犯罪者にされてしまうのと同じことではないか。
 それから、確かに会社の金を不正に使ったことや取引先の便宜を図った見返りに贈与を受けていたことは認める。その事実が発覚しそうになると隠蔽もした。
 不景気で皆が苦しんでるのに、優秀な成績を上げられるものがいるとすれば、それは何故か。
 横並びの競争の中で、頭ひとつ抜け出すにはどうすればいいというのか。
 周りの期待に応えるために必死に考えて考え抜いた末の結果だった。
 それでバチが当たるというのなら、まだまだオレなんてカワイイほうで、なんでオレばかりと泣き出したくもなる。
 良い面を引き受けたからには、悪い面も引き受けなければならない。いずれ、ヤツもそれに気づくに違いない。早晩、陰の部分が明るみに出ることだろう。
 だが、もう、年老いた母親とオレというお荷物を背負い込んだオレの知ったことではない。
  今、オレはヤツであって、オレなのはヤツなのだから。


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