「そうと決まれば、さっそくですが、あなたのご両親にご挨拶に伺いたいと思うのですが」「え?」
「そうしたほうが、ご両親はもちろんのこと、あなたもご安心でしょう。今回の件について出来る限り丁寧にご説明いたしたいと思います」
いやいやいやいや。「そっ、それだけはやめてください!」男は不思議そうな目をして、こちらを見た。「どうしてでしょう」
「だって、あなた。まさか、その恰好で家に来るつもりじゃないでしょうね?そのキラキラした・・・」
「はい。もちろん、この服で伺うつもりですが。このスーツは弊社の正装でもありますし、実はわたくし、これ以外、服の持ち合わせがないもので。なにか問題でも?」
うそでしょ。そこには問題しかない。そんな恰好の男を娘が家に連れてきたら、うちの親は卒倒してしまうだろう。
全身ミラーボールのようないでたちの男。こんなものを着た人間が、普通に歩いている未来の世界とはいったいどうなっちゃってるんだ。
服を変えればいいというものでもない。この男の口から、スキップなんちゃら話が出たとたんに、ただでさえ高くないわたしの家庭内地位は地に落ちるだろう。
わたしでさえ、にわかには信じきれないこの話を、一世代前の親たちが受け入れるってことは不可能だ。宇宙遊泳するカバみたいに。
「そ、それだけはやめてください」「ご両親にも納得のうえでお話を進めさせていただきたいので」
うちの親が納得することは永遠にない。この男に、それを理解させるにはどうしたらいいのだろうか。
この男、いろいろな時代を調査してまわっているだろうに、どうしてこんなにも時代背景に疎いのか。調査不足もはなはだしい。
「ですから、あなたがいきなり訪ねてくると、うちの両親もきっと混乱すると思うんです」「たしかに。それはそうかもしれませんね」
「わたし、あなたがわたしの両親に、どうしても会うっていうんだったら、今回の件はお断りさせてもらいます」
「できればお話をしたいんですけどね。のちのち不用意にトラブルにならないためにも」
「それが条件です。それを守ってくれないなら、ほんとに、わたしやめます」
「そうですか。あなたが、そこまで強い意思をお持ちなら、それはしかたありませんね。わたくしどもにしても、あなたのようなまたとない逸材を手放したくはない。ここは、こちらが折れるしかありませんかね。約束は守りましょう。では、この話うけてくださいますか?」「は、はい」わたしは、小さく頷いた。
そうだ。聞き逃していたことがあった。「さっき言ってたレッスンのことですけど。料金のほうはどうなりますか?わたし、それによっては受けられないかも・・・」
「そうでした。その点についても、どうかご安心なさってください。これは、とても大きなプロジェクトでもありますから、あなたのサポート全般におきましては十分な予算があてられております。後にも先にも、あなたにいかなる請求がいくことはございません」「ただってこと?」男は、こくりと頷いた。
ただ。そういわれると逆に不安になってくる。ただは、ただであって、ただじゃない。ただならぬただなのだ。ほら、ただほど高いものはないっていうじゃないか。
「どうかご心配はなさらずに。それは、あなたに価値をみとめているという証しでもありますから。あなたが才能をのびのびと育てられる環境を整えるのが、わたくしどもTSAの役割でもあります。それこそ、何ものにもとらわれず、のびのびとスキップの練習に打ち込んでいただきたい」
「わたし、もしかしたら期待に沿えないかも・・・。あんまり期待しないでください」
わたし、なんだかものすごく持ち上げられてる。ほんとは河原で拾われたただの小さな石ころなのに。
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