スキップ・ガール １８

「これまでは、国際タイムスキップ宣言を元年として、それ以前の年代へ行くことは永く禁止されていました。そもそも、あなたが暮らしているこの時代にはタイムスキップに対する理解は皆無ですし、あなたがわたくしに対して感じられているように、我々渡航者は不審者に間違えられかねません。ともすれば、捕らえられたり身に危険が及ぶやもわかりません。そのような訳でして、永らく禁じられていたわけです。ですが、近年になってこの時代へ関心が高まってきました。規制を緩和しようという機運が高まり、より過去に遡った時代とも行き来ができないかと模索する動きが出てきました。今はまだ、わたくしどものような許可を得た者だけが、ごく小規模に調査をしている段階なのですが。この時代、つまりはあなたの生きているこの時代のことですが、スキップがながらく途絶えた暗黒の時代と考えられてきました。それどころか、歴史上はじめてスキップが現れるのは、もっと後の時代になってからとの説をとなえる学者さえいます。そんな訳で、わたくしがあなたをここで偶然みつけられた事は、まさしく奇跡といっていいでしょう。歴史を塗り替える大発見ともいうべきことなのです。驚くべきことに、あなたは、はじめてのスキップ、それも初心者にとっては非常に難度の高い後方スキップを成功させました。それも一度きりで。その移動時間も３０分と、常人では到底考えられない異例の長さでした。これを成功させるには、本来ならばそれ相応の修練と時間が必要なのです。わたくしも、これには正直非常に驚かされました。あなたのような優れた逸材が、この時代にも存在したともなれば、規制緩和に反対する強硬派への強力な説得材料になり得ます。ぜひ、あなたには、この時代を象徴する代表的なモデルとなっていただきたい」
「この時代を象徴！？」おいおい、それはない。それはないよ。どうみても、わたしは代表というより、その他大勢よりの人間だよ。
「そう。この時代と未来との懸け橋の役割を担っていただきたいと考えております」「かっ、かけはし！？」
　わたしが懸け橋だって？わたしが時代の象徴だって？
「でも、わたしなんか、どっちかっていうとかわいくもないし。わたしなんかよりずっと・・・」
「その点は、どうかご心配なさらないでください。わたくしどもは、あくまで純粋にあなたのスキップ能力を高く評価しているわけでして」
　おい！そこは否定しないのかよ。謙遜も少々いれたつもりだったんだけどさ。
　そもそも、そんな話いきなりされて信じられるか。あなたは未来から来たなんでも知っている未来人かもしれない。そして、わたしは、あなたから見れば、何も知らない無知でどんくさい過去の人間なのかも知れない。
　そんなのずるいよね。あなたは知っているのがあたりまえで、わたしは知らないのがあたりまえなんだから。
　こんなの不公平だよ。わたしは、あなたが言っているのが本当なのかウソなのか確かめようがない。
　あなたが言うように、もしかしたら未来にはスキップで時間を自由に行き来きする世界になっているのかも知れない。
　でも、今のわたしには、そんな事はとても信じられない。だからといって、それって笑われるようなこと？
　今から何十年、何百年たって、そうそう、昔はバカな人間がいたよ、昔はそんな風に考えていたんだって、ププププとかいって。
　でも、わたしだけ今それを信じることなんて出来るわけないじゃない。だって、そんなことをしたら・・・。
「あるいは、もっと気楽にこう考えてみたらいかがでしょう。河原の石をひろって、その石に絵を描いている男がいたとします。彼は、毎日絵を描くのに手頃な石がないかと河原を探して歩いています。男は、これはと思った石を手にとる。男は、その石をそのまま家に持ち帰るか、あるいは気が変わって、その石を河原に投げ捨てていくかも知れない。手から滑り落ちた石は、膨大な河原の石にまぎれてしまって、もう二度と男が手に取る事もないでしょう。しかし、男が家に持ち帰った石は、男が絵を描き、それは男のギャラリーに並べられ、それが誰かの目にとまるといったこともあるかもしれない。傍目にはなんら違いのわからない河原の石は男のさしのべた手によって、まったく違った意味のあるなにかに生まれ変わったのです。そして、その時男が手にした石は、その石ではなく、すぐひとつとなりの石、あるいは男が数歩歩いた先に転がっていた石であったかもしれないのです」
　おいおい、時代の象徴から今度は河原の石ころか。そうだよ。わたしなんてタダの石ころだよ。高く持ち上げられたかと思えばポイと捨てられ。いったいこの男、何がいいたいんだ。
「けっしてせかしはいたしません。今から３０分だけオペレーターを増員などというキャンペーンはございませんし、こちらからお電話をさしあげるなどということもありません。慎重に考えてご返事をしてくださればけっこうです。こちらも慎重に事を運びたいのは同じですから」