その宿は、海沿いの街の駅から歩いて20分ばかりのところにあった。
ネットでみつけて、食事付きで料金も安いし、一人でも料金の割増はない。たまたまの休みに急に思いついた一人旅とあって、予約したのだった。
チェックインを済ませて、部屋にはいる。
窓の外には、木造家屋の民家越しに海が見える。荷物を置いて、畳に横になった。
昔からの宿とみえて、外観も内装も年季がはいっている。ロビーや廊下は節電しているのか薄暗かった。
(まるで廃墟じゃないか・・・。)
自分以外客の姿はない。そればかりかフロントにいた支配人と思しき男以外従業員すら見当たらないのだ。
さっき洗面所で、洗った顔を拭こうとして驚いた。かかっていたタオルがカビていたのだ。
(これは、言ってやらなきゃいけないな・・・。)
とりあえず、風呂にはいる事にした。地下の大浴場にいこうとエレベーターのボタンを押す。反応がない・・・。壊れているのだ。
しかたなく階段をおりる。ふと、踊り場の鉢植えの木の影に張ってある貼り紙が目にとまった。
ネットでみつけて、食事付きで料金も安いし、一人でも料金の割増はない。たまたまの休みに急に思いついた一人旅とあって、予約したのだった。
チェックインを済ませて、部屋にはいる。
窓の外には、木造家屋の民家越しに海が見える。荷物を置いて、畳に横になった。
昔からの宿とみえて、外観も内装も年季がはいっている。ロビーや廊下は節電しているのか薄暗かった。
(まるで廃墟じゃないか・・・。)
自分以外客の姿はない。そればかりかフロントにいた支配人と思しき男以外従業員すら見当たらないのだ。
さっき洗面所で、洗った顔を拭こうとして驚いた。かかっていたタオルがカビていたのだ。
(これは、言ってやらなきゃいけないな・・・。)
とりあえず、風呂にはいる事にした。地下の大浴場にいこうとエレベーターのボタンを押す。反応がない・・・。壊れているのだ。
しかたなく階段をおりる。ふと、踊り場の鉢植えの木の影に張ってある貼り紙が目にとまった。
「当館は、xx年xx月xx日を持ちまして閉館致します。永らくありがとうございました。」
(?? xx年って、2年前じゃないか?)
訝しんで、しばらく立ち尽くしていると、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、支配人が立っていた。
「どういたしました?」 支配人が尋ねる。
「いや。この貼り紙・・・。何かおかしいなと思って。」
「さようでございますか。それは、当館が閉館した時のものでございます。」
「閉館って・・・。今、やってるじゃないですか?」
「それには事情がございまして。しかしながら、当館は確かに2年前、閉館したのでございます。あらぬ口コミを書き立てられまして・・・。」
「はあ? 何を言ってるんですか? 現に僕がこうして泊まっているじゃないですか。」
「はい。あなた様は当館より選ばれたお客様でございます。
閉館後はあなた様のようなお客様のみ御泊まり頂いております。」
「何を言っているのかわかりませんが・・・。そうだ。支配人さん。洗面所のタオルがカビていましたよ。それに・・・。」
「さようでございますか。それで、その事もまた書くおつもりで?」
「いや、だから何を言ってるんですか?」
実は、この宿に泊まったのは初めてではない。3年くらい前だろうか、泊まった時、設備や従業員の対応があまりにひどかったので、旅行サイトに書き込んだ事がある。
「しかし、あれは真実を・・・。」
「書き方がありますでしょう。あなたのような口コミが多数書かれた為、当館はついに閉館に追い込まれたのでございます。」
男が不気味に笑ったように見えた。
「さ、逆恨みだよ! そもそもクレームがあったら直そうと努力すべきじゃないか!?」
「はい。お客様は神様でございますからねえ。しかし、どうです? こんな低料金で、従業員は昼夜もなく働き、私共は多額の借金を抱え、いったいこれ以上どう努力をしろとおっしゃるのですか? 従業員を解雇せねばならなかった私の苦しみがわかりますか?人知れず、幕を閉じなければならなかった悲しみが。露頭に迷った従業員のなかには、自殺した者までいるのでございますよ・・・。人が死ぬまでわからないというのは、世の常なんでございますかねえ。」
「は? 知らないよ。そんなのそっちの事情じゃないか! わかった。帰らせてもらうよ。」
「そうは参りません。あなた様は、選ばれたお客様ですから。」
あまりの異様さに思わず階段を駆け上った。館外に出たかったのだが、男が立ちふさがっていたのだ。すぐさま男が追いかけてきた。俺は、ひたすら上を目指し、ついには屋上への重い扉を開いた。
猫の額ほどの屋上はコンクリートの低い囲いがあるだけで柵もない。建物は5階ほどだろうか。背後には男が迫っていた。
「柵は、とっぱらってしまいました。ない方が、なにかと好都合でしてねえ。
そうでした。従業員が飛び降りたのも、この屋上でございました。
お客様は神様でございますから、それに相応しい場所に行かれてはいかがでしょうか?」
男は無表情で空を見上げた。
「な、何が望みなんだ?」
「当館が閉館した後も、旅行サイトの当館の口コミページは閉鎖されず、当館へのあらぬ悪評が晒され広まり続けているのでございます。」
「わ、わかった! 帰ったら、この宿がとても良い宿だと書き込むよ!」
前回の書き込みだって嘘を書いた覚えはない。しかし、目の前にいる男は、そんな理屈の通る相手ではない。
「また嘘を書き込みなさるので?」
「う、嘘じゃない! だから、この宿がいい宿だって!」
「もう遅いのでございます。なにしろ、この宿は2年前に閉館しているのでございますから・・・。」
もう何がなんだかわからなくなってきた。何故、閉館している宿の予約が出来たのか? この宿が閉館しているなんて情報はどこにもなかったのだ。
ネットでこの宿を見かけた時、まだ、やってるんだ。今はどうなっているのだろう? 口コミによれば最近はよくなっているようだが、冷やかし半分ちょっと行ってみるか、という気になったのだ。
「どうしたらいいっていうんだ!?」
「大声を出さないでください。また悪い噂が立つじゃありませんか。」
数歩先の空と男を見比べた。いったい俺は何を恐れているんだ。目の前にいるのは痩せた初老の男ひとりじゃないか? 手に凶器を持っている訳じゃなし・・・。
男の手元を見る。そこには刃渡り2、30cmはあろうかと思われる包丁が握られていた・・・。
「これですか? お客様の御夕飯をお造りしなければなりませんので・・・。お客様の御決意次第では、その手間も省けるのですが・・・。」
このまま追い込まれるか、それとも、あの包丁で・・・。
また、なんでこんな宿に? 回避する選択は、もっと前にいくらでもあったのに・・・。
訝しんで、しばらく立ち尽くしていると、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、支配人が立っていた。
「どういたしました?」 支配人が尋ねる。
「いや。この貼り紙・・・。何かおかしいなと思って。」
「さようでございますか。それは、当館が閉館した時のものでございます。」
「閉館って・・・。今、やってるじゃないですか?」
「それには事情がございまして。しかしながら、当館は確かに2年前、閉館したのでございます。あらぬ口コミを書き立てられまして・・・。」
「はあ? 何を言ってるんですか? 現に僕がこうして泊まっているじゃないですか。」
「はい。あなた様は当館より選ばれたお客様でございます。
閉館後はあなた様のようなお客様のみ御泊まり頂いております。」
「何を言っているのかわかりませんが・・・。そうだ。支配人さん。洗面所のタオルがカビていましたよ。それに・・・。」
「さようでございますか。それで、その事もまた書くおつもりで?」
「いや、だから何を言ってるんですか?」
実は、この宿に泊まったのは初めてではない。3年くらい前だろうか、泊まった時、設備や従業員の対応があまりにひどかったので、旅行サイトに書き込んだ事がある。
「しかし、あれは真実を・・・。」
「書き方がありますでしょう。あなたのような口コミが多数書かれた為、当館はついに閉館に追い込まれたのでございます。」
男が不気味に笑ったように見えた。
「さ、逆恨みだよ! そもそもクレームがあったら直そうと努力すべきじゃないか!?」
「はい。お客様は神様でございますからねえ。しかし、どうです? こんな低料金で、従業員は昼夜もなく働き、私共は多額の借金を抱え、いったいこれ以上どう努力をしろとおっしゃるのですか? 従業員を解雇せねばならなかった私の苦しみがわかりますか?人知れず、幕を閉じなければならなかった悲しみが。露頭に迷った従業員のなかには、自殺した者までいるのでございますよ・・・。人が死ぬまでわからないというのは、世の常なんでございますかねえ。」
「は? 知らないよ。そんなのそっちの事情じゃないか! わかった。帰らせてもらうよ。」
「そうは参りません。あなた様は、選ばれたお客様ですから。」
あまりの異様さに思わず階段を駆け上った。館外に出たかったのだが、男が立ちふさがっていたのだ。すぐさま男が追いかけてきた。俺は、ひたすら上を目指し、ついには屋上への重い扉を開いた。
猫の額ほどの屋上はコンクリートの低い囲いがあるだけで柵もない。建物は5階ほどだろうか。背後には男が迫っていた。
「柵は、とっぱらってしまいました。ない方が、なにかと好都合でしてねえ。
そうでした。従業員が飛び降りたのも、この屋上でございました。
お客様は神様でございますから、それに相応しい場所に行かれてはいかがでしょうか?」
男は無表情で空を見上げた。
「な、何が望みなんだ?」
「当館が閉館した後も、旅行サイトの当館の口コミページは閉鎖されず、当館へのあらぬ悪評が晒され広まり続けているのでございます。」
「わ、わかった! 帰ったら、この宿がとても良い宿だと書き込むよ!」
前回の書き込みだって嘘を書いた覚えはない。しかし、目の前にいる男は、そんな理屈の通る相手ではない。
「また嘘を書き込みなさるので?」
「う、嘘じゃない! だから、この宿がいい宿だって!」
「もう遅いのでございます。なにしろ、この宿は2年前に閉館しているのでございますから・・・。」
もう何がなんだかわからなくなってきた。何故、閉館している宿の予約が出来たのか? この宿が閉館しているなんて情報はどこにもなかったのだ。
ネットでこの宿を見かけた時、まだ、やってるんだ。今はどうなっているのだろう? 口コミによれば最近はよくなっているようだが、冷やかし半分ちょっと行ってみるか、という気になったのだ。
「どうしたらいいっていうんだ!?」
「大声を出さないでください。また悪い噂が立つじゃありませんか。」
数歩先の空と男を見比べた。いったい俺は何を恐れているんだ。目の前にいるのは痩せた初老の男ひとりじゃないか? 手に凶器を持っている訳じゃなし・・・。
男の手元を見る。そこには刃渡り2、30cmはあろうかと思われる包丁が握られていた・・・。
「これですか? お客様の御夕飯をお造りしなければなりませんので・・・。お客様の御決意次第では、その手間も省けるのですが・・・。」
このまま追い込まれるか、それとも、あの包丁で・・・。
また、なんでこんな宿に? 回避する選択は、もっと前にいくらでもあったのに・・・。
最近、気になっている宿がある。一泊二食付きで、信じられないほどの安さだ。建物は古めかしそうだが、それはそれで味というものだ。
ただ、人気なのだろう、予約が取れない。幾度となくチェックしていて、その度に満室だ。
過去の口コミの中には悪く書かれたものもあるが、日に日に、良いという評価が目立ってきた。特に、最近の口コミは高評価ばかり。
そんなに遠くないし、予約さえ取れれば、今度の休みにでも行ってみたいなあ・・・。
ただ、人気なのだろう、予約が取れない。幾度となくチェックしていて、その度に満室だ。
過去の口コミの中には悪く書かれたものもあるが、日に日に、良いという評価が目立ってきた。特に、最近の口コミは高評価ばかり。
そんなに遠くないし、予約さえ取れれば、今度の休みにでも行ってみたいなあ・・・。
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