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聖ジョルジュアンナ高等学園 1年J組 岡園恵一郎  第1部 恵一郎卒業す 25

2021年08月18日 | 岡園恵一郎(第1部全44話完結)
「あ、お父様……」
 理事長は言うと父親を見る。父親は何事だと言う顔で見返す。理事長は微笑んでいる。思わず口元が緩みかけた父親は、はっとして唇を強く結ぶ。
「何か……?」父親は無理に勿体ぶった言い方で答える。「もう、わたしたちの出来る事はありませんがねぇ……」
「いいえ、ございますわ……」理事長は言うと、恵一郎が記入している書類に目を向けた。「書類をご覧ください」
 父親がイヤそうな顔で書類を覗き込む。恵一郎は書類が見えるように身を反らせた。父親はしばらく書類を見つめていた。
「それで……?」
 父親が怪訝そうな顔を理事長に向ける。
「お気付きになりませんか?」
「はあ、一向に……」
「きちんとお読みくださいましたか?」
「まあ、一応は……」
「お父様……」理事長がふっと真顔になる。それだけで、ぴんと緊張感が走る。「お子様のこれからが掛かっているのに、何なのですか、その態度は?」
「ちょっと、ひどい言い方ですわね!」母親が参戦する。「主人に失礼じゃないですか!」
「良く見ていただければ、お分かりでしょう?」理事長は母親を無視する。「書類の最後の方をご覧ください」
 無視された母親は理事長を睨みつける。父親は理事長の言うままに書類に目を戻す。
「あ……」
 父親が声を上げる。母親も書類を見た。
「あら……」
 母親も声を上げる。
「お気付きになりましたね」理事長は穏やかに言う。「恵一郎君は未成年ですわ。なので、保護者様に記入して頂く欄がございますの。保護者様の承諾ですわね。印鑑の欄もございますわ」
「保護者って……」
「それは、お父様とお母様の事ですわ」
「分かっていますわ!」母親が声を荒げる。「……ねえ、あなた、記入するの?」
「えっ?」父親が驚いた顔で母親を見る。「……それは……」
「あなた、良いの? ここであなたが記入したら、手続きが終わってしまうのよ! 恵一郎を売り渡してしまう事になるのよ!」
 売り渡すなんて、母さんは何を言っているんだ? 恵一郎は驚く。
「まあ、おほほ……」理事長は笑った。「お母様、ユニークな事をおっしゃいますわね」
「わたしは真剣です!」母親は立ち上がる。「あなた! 記入しちゃダメよ! 記入したら、わたしたちの負けだわ! 上流人の餌食になってしまうわ!」
「お父様……」理事長は、いきり立つ母親から父親へと顔を向ける。「どうなさるのです?」
 穏やかな表情だったが、有無を言わさない雰囲気が理事長には有った。父親は書類の横に置かれた理事長のペンに手を伸ばした。
「あなた!」母親が父親の手を叩く。「しっかりして! 後々困るのは、恵一郎だけじゃない、わたしたちもなのよ!」
「……じゃあ、恵一郎をどうするんだ……?」父親が弱々しく言う。「何か良い知恵でもあるのか?」
「それは…… 担任の先生と相談して……」
「それがわたしたちの気に入らないものだったとしても、受け入れるか?」
「それは…… 他に無ければ……」
「もし、恵一郎が担任に『聖ジョルジュアンナ高等学園』の特待生の話があるなんて言ったら、どうなると思う? 絶対そこに行けと言うんじゃないか?」
「それは…… 恵一郎が言わなければ良いんですよ!」母親が恵一郎を見る。「言わないわよね、恵一郎?」
「僕は……」恵一郎は深呼吸をした。「言うよ。せっかくの機会を両親に奪われたって言う」
「この、親不孝者!」
 母親は叫ぶと台所へと走って行ってしまった。すすり泣く声が聞こえる。そんなに大きな事なのかなぁ…… 恵一郎は呆れている。
「お父様……」理事長が言う。今の出来事などなかったかのように微笑んでいる。「ご記入を……」
 

つづく


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