お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 87

2024年10月25日 | メキドベレンカ

「メキドベレンカ……」
 泣き続けるメキドベレンカにジャンセンの声がかかる。その声は手で覆った顔に真っ直ぐ届く。メキドベレンカは思わず覆っていた手を下ろし、声の方へと顔を向けた。片膝を突いたジャンセンがじっと見つめていた。ジャンセンは優しく笑んでいた。
「ジャンセン様……」泣いた後のメキドベレンカの声はかすれている。「……わたくしがお嫌いなのに、そのような優しい笑みはお止め下さいまし……」
「……ぼくは君が嫌いではないよ」ジャンセンは笑みを崩さない。「ただ、ぼくは直接そんな言葉をかけられたのが初めてだったんで、戸惑っただけだよ」
「そんな言葉、とは……?」
 メキドベレンカは涙を湛えた瞳でジャンセンを見つめて言う。
「その、あれだ。あ…… 愛してるって言葉だよ……」
 ジャンセンは言うと耳まで真っ赤にして下を向いた。

「マーベラ! 今顔を上げちゃダメよ!」
 ジェシルは言うとマーベラの上に覆いかぶさる。トランもジャンセンとメキドベレンカがマーベラの視界に入らない位置に立った。
「……何? 何なのよう!」
 マーベラは苛立った声を出し、ジェシルから逃れようとする。しかし、ジェシルはびくともしない。
「さすが、宇宙パトロール捜査官……」
 トランは妙に感心している。

「君の気持は本当に、心から嬉しい」ジャンセンは真っ赤な顔を上げて、メキドベレンカを見つめる。それから、数度深呼吸をする。赤味が薄くなって行く。「……でも、君の心に答える事は出来ないんだ」
「……それは、伝達者様だからですの?」メキドベレンカの瞳から涙が溢れ出す。「神にお仕えする立場故ですの……?」
「メキドベレンカ……」ジャンセンは彼女の肩に手を載せる。向こうの方でジェシルがマーベラに皿に覆いかぶさっている。「……君には真実を伝えた方が良いだろうね」
「真実……?」
「そう……」ジャンセンはもう一度深呼吸をした。「実は、ぼくたちははるか未来から、それも、ここではないずっと遠い所から来たんだよ」
「えっ!」メキドベレンカは驚く。「でも、それは、神の住まわれる地である『ガルーシャラ』の事ではありませんの?」
「いや、そうじゃないんだ。元々ぼくたちは考古学…… 遥か昔の事を調べているんだ。ぼくが以前に調べた文献から、ここの言葉や風習は知っていた」
「でも、アーロンテイシアやデスゴンは本当の神でしたけど……」
「あれは、あそこの老人、マスケード博士が見つけた衣装だったんだ。神は衣装に宿り、着ている者を動かす。元々、デスゴンはぼくと同じ考古学者、アーロンテイシアは宇宙パトロール…… サロトメッカが村を守っている様な仕事をしているんだ。そして、捕まっているあの連中も、ぼくたちを追いかけてきた悪いヤツらなんだ」
「……」
 メキドベレンカは、ジャンセンの顔を見つめながら黙ってしまった。
 ……無理もない、彼女には荒唐無稽な事柄にしか感じられないだろう。ジャンセンは、戸惑っているようなメキドベレンカを見て後悔した。しかし、正しい事を愛するジャンセンは、いつまでも欺くのはイヤだった。それが古代の人であってもだ。
「ジャンセン様……」しばらくの沈黙の後、メキドベレンカは口を開いた。「どんな未来や場所であっても、悪人は居るのですね……」
「え?」ジャンセンはメキドベレンカの反応に驚く。「メキドベレンカ、君は理解してくれたのかい?」
「いいえ、理解したと言う訳ではありません……」メキドベレンカは言うと、真っ直ぐにジャンセンを見つめ、笑顔になった。まじないの無い素直な笑みだ。「でも、ジャンセン様がおっしゃる事ですから、わたくしは信じるのです」
「……メキドベレンカ……」
 感激したジャンセンは、思わずメキドベレンカを抱きしめてしまった。躊躇っていたメキドベレンカの両腕もいつしかジャンセンの背中に回っていた。

「おおおっ!」
 感動の声を上げたのはマスケード博士だった。
「え? 何? 何があったの?」ジェシルに抑えつけらえているマーベラが必死の声で叫ぶ。「博士! 何があったんですか!」
「博士ぇ!」ジェシルは暴れるマーベラを更に抑えつけながらマスケード博士に顔を向ける。「答えちゃダメです!」
「ジャンセン君とメキドベレンカが抱き合っているのだよ」博士は言いながら頷いている。「美しい光景だよ。実に美しい!」
「えええええっ!」ジェシルの下でマーベラが叫ぶ。続く声は弱々しかった。「そんな、そんな……」
 マーベラは再びわあわあと泣き出した。
 トランは処置なしと言った感じで頭を左右に振る。

 

つづく


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