「君の思いは良く分かった」ジャンセンは向き直ったメキドベレンカの瞳を見つめる。「ぼくも君を悩ませるのは本意じゃない。それに、君の言っている事は正しい」
「そうでしょうね……」メキドベレンカは優しく笑む。「時代も何もかも違う二人は一緒にはなれないのですわ……」
「そう、その通りなんだ」ジャンセンはメキドベレンカの微笑に浮かぶ悲しさを見て取った。「その通りなんだけど……」
「その通りでしたら、それに従うのが節理ですわ」
メキドベレンカは、自分の悲しさを抑え込むように、強い口調で言う。ジャンセンもその意思を感じ取った。
「……そうだね、そうする事が正しいんだね」
「そうですわ」メキドベレンカは言うと、ジャンセンの背後を指差す。「お仲間の皆さんがお待ちですわ」
ジャンセンは言われて振り返る。
何度もうなずいているマスケード博士、挑むような視線を向けているトラン、うんざりした表情のジェシル、その下で身動きが取れずに泣いているマーベラ、どのみち先は無いと諦めているコルンディと傭兵たちがいた。
「そうだ、帰らなくちゃ……」
ジャンセンはつぶやく。
「そう、帰らなくちゃ」
メキドベレンカは言うと、振り返ったジャンセンの背中を押した。「わっ、たっ、とっ!」と訳の分からない言葉を発して、数歩前に出るジャンセンだった。ジャンセンは立ち止まるとメキドベレンカに向き直る。メキドベレンカは笑んでいた。その笑顔には迷いは見られなかった。
「わたくしの愚かな我儘でご迷惑をおかけいたしました……」メキドベレンカは言うと、両手の平を上にして高く差し上げ、頭を下げた。「さあ、お帰りを……」
「ああ、そうだね……」ジャンセンは答える。「でも、ぼくは君の行いを我儘で愚かとは思わない。ぼくに初めて愛を知らしめてくれた女性としてずっと心に残るよ」
「……わたくしも、これで呪術師の力を失っても後悔しないと言う思いでございます」
そう言って上げたメキドベレンカの顔はすがすがしさと高貴さとが一緒になった表情だった。
「では……」
メキドベレンカは言うと、踵を返した。民の所へ戻るのだ。
「あ、ちょっと待って!」ジャンセンが声をかける。メキドベレンカは足を止め振り返る。「……二人の想い出を作りたいんだ」
ジャンセンは言うと、たすき掛けしている鞄のかぶせを捲り上げ、右手を突っ込んだ。ごそごそと鞄の中で手を動かしている。しかし、なかなか探り当てられないようで、眉間に皺が寄る。ついには鞄を持ち上げて中を覗き込んだ。ようやく目当てのものが見つかったのか、再び手を突っ込んで探る。目当てのものが手に触れたのか、眉間のしわが消えた。ジャンセンが鞄から引き抜いた手には長さ六インチ、幅二インチ、厚さ1インチほどの箱状の物と四インチほどの棒状の物とが握られていた。
「これはね、カメラなんだ」訝しそうな顔のメキドベレンカにジャンセンは言う。「見えているのものをそのまま写し取る事が出来るんだ。しかもすぐに現像できる」
「……カメラ? 現像?」
メキドベレンカは首をかしげる。
「ごめんね、どうもぼくは説明が下手で……」
ジャンセンはぽりぽりと頭を掻く。
「いいえ、ジャンセン様がおっしゃるのなら構いませんわ」
「そう言ってくれると助かるな。……このスティックみたいなのでカメラ本体を宙に浮かび上がらせて、撮影が出来るんだよ。手が届かない所とか持ち出せない文献とかを撮影するのに使ったりするんだ。現像した写真は劣化はしないからずっと保管は出来る優れモノなんだ。でもね、確認モニターがないからへんてこなのが写ったりして、何度もやり直したりすんだよなぁ……」
「そうなのですね……」
ジャンセンの説明は分からないが、自慢げに説明する姿を、メキドベレンカは優しい笑みを浮かべて見ている。
ジャンセンはカメラを左手に持ち替え、右手でスティックを操作する。左手のカメラがふわっと宙に浮いた。カメラはジャンセンの正面で止まった。
「メキドベレンカ、ぼくの隣に来てくれないか?」ジャンセンは言うと、メキドベレンカの腕を優しくつかみ引き寄せる。肩が触れ合う。「カメラに笑顔を向けるんだ」
戸惑っているメキドベレンカだったが、ジャンセンがカメラに笑顔を向けている様子を見て、自分も真似をした。しばらくそのままにしていると、カシャリと音がした。カメラは動き始め、ジャンセンの左手の上に戻った。
「ちょっと待ってて……」ジャンセンは言うと左手のカメラを見つめる。しばらくするとカメラの端から現像された写真が出てきた。ジャンセンはそれを摘まみ上げ、二、三度仰ぐように降った。「見てくれ」
ジャンセンはメキドベレンカの前に写真を差し出す。
「まあ!」
メキドベレンカは両手で口元を覆った。
写真には、笑顔のジャンセンと並んで同じく笑顔のメキドベレンカとが写っていた。
「二人の永遠の想い出だよ。君に持っていてほしい」
つづく
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