評議院の最高責任者であるタルメリック・ローデンビッキは深いため息をついた。その様子に秘書であるベレッカ・サンピ―ラサは同情の眼差しを送る。
「タルメリック様、また、ですか……?」
「ああ、そうだ……」タルメリックはベレッカに顔を向け、再びため息をつく。「君は若くて有能で容姿も良い。それだけではなく、三児の母としても見事な物だ……」
「ありがとうございます」ベレッカは頭を下げる。「これも、良縁を結んで下さったタルメリック様のお蔭でございますわ」
「わしは、わしに関わった者たちが皆幸せになってもらうのが、何よりも好きなのだよ」タルメリックは優しい笑みを浮かべる。「君を妻にしたダングレンも優秀なエンジニアだ。この前『あんな素敵な女性を紹介して頂き、心から感謝いたします。彼女のお蔭で、自分は研究に没頭できます』なんて礼を言われた。嬉しかったよ」
「夫がそんな事を…… でも、わたくしも同様でございますわ……」そう言うと、ベレッカは頬を染める。「……わたくしどもはタルメリック様に心から感謝しております」
「そうなのだよ、わしは皆の幸せを願っておるのだよ」タルメリックは確認するかのように何度もうなずく。「それなのに、それなのにだ……」
タルメリックはがっくりと肩を落し、ため息をつく。
「姪御様、ですね……」心中を察したベレッカもため息をつく。「宇宙パトロールの……」
「そうだ! ジェシルだ! どうしようもない跳ねっ返り娘だ!」タルメリックは吐き捨てるように名を呼んだ。「あの娘は古代より続く我が一族の直系なのだよ。それなのに、あ奴はその意味を全く理解しておらん! 代々続くあの屋敷も『広すぎてうんざり』とぬかしおる! 掃除をするわけでもないくせに! 掃除のスタッフはわしが手配しておるのだぞ! 歴史的建造物故にそれ相応のスタッフにお願いしておるのだぞ!」
「心痛をお察しいたしますわ……」
「それだけでは無いぞ」タルメリックは両拳を強く握る。「宇宙パトロールになんぞに成りおって! ……まあ、一万歩譲って宇宙パトロールになる事を許したとして(『一万歩』との言い回しに笑いそうになったベレッカはぐっと奥歯を噛み締めて耐えた)、どうして指令室や事務なんぞの内勤を選ばなかったのだ? 捜査官なんぞを選びおって! 幾度も入退院を繰り返しおって!」
「ですが、今は傷一つ残らぬ施術がありますし、なにより、姪御様はすこぶるタフとも聞いておりますわ……」
「ふん、だからと言って暴れて良いわけではあるまい」タルメリックは苦々しげに言う。「捜査官なんぞになったのは、あ奴の祖父…… わしの親父のせいだ! 親父は昔気質でな、古臭い騎士道やら武術全般やらをあ奴に仕込みくさってな、そのせいで無駄に正義感だけが強くなってしまったのだよ。最近では、あ奴に親父が乗り移ったかのように見えるのだ!」
「左様ですの……」ベレッカには他に言いようがない。「ですが、優秀な捜査官と聞いておりますが……」
「その無駄な正義感のせいでだな、全宇宙のシンジケートを敵に回しておるのだぞ! あいつらを適度に使う事である程度の秩序が保たれているのだ。そうだろう、ベレッカ君?(内心では不満に思っているベレッカだが、一応話を合わせるために笑みを作ってみせた) そんなわしらの努力も顧みず、大暴れを繰り返しおって! 一体いくつのシンジケートが潰れた事か!(内心では『ジェシル最高!』を叫ぶベレッカだった)」
激昂していたタルメリックは、不意にがっくりと椅子に座り込んだ。今にも壊れそうに椅子が軋む。
「……そして、極めつけが、これだ!」タルメリックはデスクの電話を操作する。「わしのいない時を見計らって電話をしてきやがった!」
電話から発信音が流れた。留守中の通話の録音を再生している。明るく可愛らしい声が流れてくる。
『わたしは今、大物の悪党を追跡し、ギッタンギッタンにグッチャングッチャンにしてやらなきゃいけないので、今回の結婚話は無しと言う事で。じゃあ、そう言う事で、素敵なタルメリック叔父様の不出来な姪、ジェシル・アンでしたぁ!』
再生が止まり、タルメリックはまた大きなため息をついた。
「……どう思うかね?」
「はい……」訊かれたベレッカは笑いを堪えるのに必死だった。どうにか収めたベレッカは言う。「何と申しますか…… とんでもない姪御様ですわ……」
「そうだろう? あ奴はわしや傍系一族の苦労など全く意に介しておらんのだ! あ奴でわしらの血が終わってしまっては困るのだ! 本当に憎たらしさが服を着て歩いているようなものだ!(ベレッカはその表現にまた笑いそうになり、『今日はあごの筋肉が痛くなりそうだわ』と思った)」
「……ですが、凄い美貌の持ち主と聞いておりますわ」
「美貌があろうがなかろうが、憎々しさが帳消しにはならんのだよ。全くあ奴は……」
と、タルメリックが睨みつけていた電話が鳴った。タルメリックに直接電話する者は限られている。気を利かせて、ベレッカは執務室を出て行くため踵を返しドアへと向かう。受話器を取る音が背後にしている。
「……おお、ジェシルか! 元気にしておるか?」タルメリックの声が明るい。「……なに? この前の結婚を断った電話だと? はっはっは! 気にするな、気にするな! それよりも、大捕り物な話をしておったが、どうなった? ……そうか、ギッタンギッタンにグッチャングッチャンにしてやったか! でかしたぞ! え? 捕まえたのはマルナ宙域のシンジケートの大ボスだったとな! 大手柄ではないか! これで宇宙の悪も減ろうと言うものだ! 祝着じゃ、祝着じゃ!」
……なんだかんだ言って、タルメリック様は姪御様が大好きの様だわね。ベレッカは微笑を浮かべながら執務室のドアを後ろ手で閉めた。
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