お話

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聖ジョルジュアンナ高等学園 1年J組 岡園恵一郎  第1部 恵一郎卒業す 1

2021年07月24日 | 岡園恵一郎(第1部全44話完結)
 ああ、終わりだ…… 全てが終わりだ……
 受験票を握りしめ、わあわあきゃあきゃあ騒いでいる周りに虚ろな眼差しを向けながら、岡園恵一郎は思った。今立っている足元が、急に柔らかくなって、その中にずぶずぶと沈み込んで行き、首から上だけが辛うじて出ていて呼吸が出来ている、そんな感じだった。
 恵一郎は高校受験に失敗したのだ。市内で一番レベルの高い公立高校に落ちたのだ。
「やあ、岡園君じゃないか」
 爽やかな声で恵一郎は呼ばれた。恵一郎は、ぎくりと一瞬身を強張らせ、恐る恐る声の方へと振り返った。
 そこには伊勢崎勝也が、いつもの取り巻きを引き連れて立っていた。勝也は恵一郎の通う中学で図抜けた秀才だった。見た目も、声と同様に爽やかで優しそうな好男子だ。しかも、スポーツも万能で、非の打ち所がない。性格も良く、女子は元より、男子にも人気がある。当然、学校側からの信頼も厚い。
 しかし、そんな勝也は、何故か恵一郎には違っていた。恵一郎を見下し、事ある毎に絡んできた。恵一郎は、勝也と争えるような頭も運動神経も持ち合わせていない。その他大勢な恵一郎とは全く接点など無いのだが、何かと言うと、勝也は恵一郎に絡む。直接何かをしてくると言うものではなく、じわじわねちねちと精神的に追い詰めて来るのだ。
 取り巻きには、他校でも知られた美人双子と名高い、青山はるかとみちるの姉妹、運動能力は勝也以上と言われている杉田透、誰もが振り返ってしまう美少年の甘木圭、この四人だ。何時も勝也と共に居て、恵一郎に追い打ちを掛けて来る。
 そんな勝也と取り巻きが恵一郎を呼び止めたのだ。
「受験、どうだった?」勝也は優しい口調と笑顔で恵一郎に近づく。「ボクは何とか合格で来たよ。岡園君はまだ見ていないのかな? じゃあ、一緒に見ようか?」
「それが良いな」透は言うと、恵一郎が手にしている受験票を素早く取り上げた。「さ、見に行こうぜ!」
「そうね。なんたって岡園君は勝也さんの同級生になるんだもんね」はるかが笑顔で言う。「わたしたちは学校が違っちゃったけどね」
「そうそう」妹のみちるがうなずく。「わたしたち、勝也さんより頭が悪いから、同じ学校に行けなかったの。岡園君が羨ましいわぁ」
「そう、みんな違う学校になってしまった」圭が言う。「でもね、勝也君は、ボクたちみんなと、ずっと友達でいてくれるんだって。嬉しいよね」
「さあ、岡園!」透が恵一郎の肩に手を回し、力を込める。逃がしはしないぜと言う意思表示だと、恵一郎は思った。「さあ、みんなで、結果発表を見に行こうぜ!」
「……いや……」恵一郎は小声で言う。「もう見てきた……」
「何だよ、先に言えよ!」透がばんばんと恵一郎の肩を叩く。「……で、どうだったんだ?」
「……ちた……」
「ちたぁ?」透が、わざと大きな声を出す。周りの幾人かが振り返る。「ちたって、何だ?」
「……落ちた……」
「まあ!」はるかが、わざとらしく口元に手を当てる。「今、何て言ったの?」
「わたし、聞こえたわ」みちるも、口元に手を当てる。「……落ちた、って……」
「そんな事は無いだろう」圭が悲しそうな顔をする。「だって、岡園君は、ここ一本で受験したんだよ。落ちたらどうなるのか、本人が一番分かっているはずだ」
「そうか、そうなんだ……」勝也はつぶやくと、恵一郎の耳元に顔を近づけた。「……これで、お前の人生は目茶苦茶だな。すっきりしたぜ……」
 勝也は言うと、にやりと笑い、恵一郎が背を向けた高校を見る。取り巻きも一緒だ。
「岡園君」勝也は恵一郎に背を向けたままで言う。「ボクはこれから入学手続きに行かねばならない。だから、君の受験失敗の残念会は出来ないんだよ。悪く思わないでくれ」
「ほら、これは返しておくぜ」透が受験票を恵一郎の手に無理矢理握らせた。「じゃ、今度は卒業式で会おうぜ」
 勝也と取り巻きは、恵一郎とのやり取りなどすっかり忘れた様に、きゃあきゃあはしゃぎながら去って行った。
 恵一郎は、手の中の受験票を、くしゃくしゃになるまで握りしめた。


つづく


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