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荒木田みつ殺法帳 Ⅱ その四

2022年10月12日 | 荒木田みつ殺法帳 Ⅱ
 ……来たか……
 奥の床几に腰掛け、壁に背凭れていたみつは目を開けた。店の中は暗い。
 太助は二階で寝ている。おてるは、みつと一緒に居ると言って聞かず、隣に座った。隣に座り、最初の内こそ色々と話をしてきたものの、夜が更けるころには寝入ってしまい、今は壁に背凭れながら、ぐうぐうと鼾をかいている。みつは、おてるを起こさぬ様に、左手で太刀をつかみ、そっと立ち上がった。
 みつは出入り口の障子戸の前まで進む。外の気配を窺う。雪駄が地を掏る音がしている。ぶつぶつと何やらつぶやく声もする。六人ほどいるようだ。
 みつは、あからさまな様子に苦笑する。……そうか、わたしがいるとは夢にも思っていないのだな。
 みつは障子をを押さえている心張り棒を外し、障子戸を勢い良く開けた。
 目の前には、右手を振り上げて拳骨を作った文吉が、驚いた顔で立っていた。作った拳骨で障子戸を叩くつもりだったのだろう。
「……あっ、お前ぇは……」
 右手を挙げたままで文吉が言う。後ろに入る五人の男たちも驚いた顔をしている。皆、左の腰に黒鞘の長脇差(ながどす)を一本を挟んでいた。
「何の用だ?」みつは文吉を睨み、静かな声で言う。「刀を持ち出しているところを見ると、わたしと斬り合いがしたいのか?」
 みつは言いながら店から一歩出た。その威圧感に押され、文吉たちは一歩下がった。みつがまた一歩出る。文吉たちは一歩下がる。みつは後ろ手で障子戸を閉めた。
 月明りが煌々と照らしている。文吉たちは月明りでも分かるほど青褪めている。
「どうした? こちらは女が一人。そっちは大の男が六人ではないか?」みつがからかう様に言う。「それに刀もあるではないか。六対一の斬り合いなら、そちらにも分があるかもしれないぞ。……どうするのだ?」
「あ、兄ぃ……」後ろの五人の中の一人が、泣き出しそうな声で文吉に声を掛けた。「太助とおてるをちょいと脅すだけだったんじゃねぇんですかい? 脅して、この女の居所を聞き出すだけじゃなかったんですかい?」
「文吉兄ぃ……」別の一人が言う。「悪いけんどよぉ、オレは刀なんてからっきしだ。オレだけじゃねぇ、みんなも同じだぜぇ……」
「あの時よう」別のが話し出す。「徳利をすぱっと斬ったのなんてよう、オレは全然見えなかったよう。こんな化け物みてぇな女と斬り合いなんて、命をどぶに捨てるようなもんじゃねぇかよう!」
「化け物……?」みつが男たちを睨む。「今そう言った者、前へ出てもらおうか」
「ひええぇっ!」化け物呼ばわりした男は悲鳴を上げて座り込んだ。腰が抜けたようだ。「す、すんません! つい言っちめぃやしたぁ! そんな事は微塵も思っちゃいやせん!」
「思っているから口に出たのではないのか?」みつは言うと、左手に持った太刀の柄に右手を掛け、すらっと白刃を抜く。「お前も男なら、覚悟を決める事だな」
「まあまあ、待ってくれ」文吉が引き攣った笑みを浮かべながらみつの前に立った。「オレたちが来たのは、確かにあんたの居所を太助のじいさんに訊こうと思ったからだ。長脇差を持ち出したのも、訊き出しやすいだろうって事で、脅し用さ。確かに、オレたちは刀はからっきしだ」
「ならば用は済んだだろう? わたしはここにいる」みつは文吉に言う。「わたしの居所が分かって、どうすると言うのだ?」
「あの後、戻って、梅之助親分に話をしたら、親分もこのままじゃ面子が立たねぇって、ひどく怒っちまってさ。そうしたら、うちの先生がそれを聞いて『是非手合わせしたい』なんて言い出した。親分は『そりゃあ良いや、打ち負かしてやって下せぇ』って言って乗り気になってさ。で、あんたに先生と試合してもれぇてぇって、それを伝えに来たのさ」
「そんなに手練れなのか?」みつが好奇の表情を文吉に向ける。「それは面白い」
「良くは分かんねぇけど、何とか流の免許皆伝だそうだから、結構強いはずだぜ」
「それは楽しみだな」みつは言うと、思いついたような顔をする。「そう言えば、お前の所以外にも用心棒を雇っているそうだな」
「まあな」文吉は言う。「だがな、うちの先生が一番だぜ」
「そこでだ」みつは文吉の自慢を無視する。「他の所の用心棒も呼んではもらえぬか?」
「はあ?」文吉が素っ頓狂な声を上げた。「何でそんな事を?」
「この際だ。誰が一番強いかを決め、その者に従う事にすれば良いではないか?」みつが軽く笑む。その美しさに文吉以下男たちが見惚れ、ほうっと息をついた。「そうすれば、つまらぬ意地の張り合いも終わろうと言うものだ」
「……そうか、そうだな」文吉は言いながらうなずく。「たしかに、つまんねぇ意地の張り合いだよな。旅人も皆素通りだしな。このままじゃおまんまの食い上げだし…… よし、戻って親分に言ってみらぁ。段取りがついたら知らせに来るからよ、どこにも行くんじゃねぇぞ!」
 文吉たちは戻って行った。
「……おみつさん、何かあったの?」
 寝ぼけた声を出しながら、店の中からおてるが出てきた。
「ああ、楽しい事が起こりそうだ」
 みつは笑みながら答える。


つづく


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